・沈む日
今回長めです。
・沈む日
夕方ももう終わりの頃。
校庭には急増された櫓がおっ立ち、その身を電飾で覆っている。
昔はキャンプファイヤーが定番だったらしいけど、現代では安全面がどうこうとか、世の中がそういう空気だとか、根拠や責任の無いものに巻かれて、止めてしまったんだとか。
長いものに巻かれるというのは、都合が良いことも多いが、こういう弊害もある。一番長くなるのはこういう煙みたいなものだからだ。
いつだったか給食委託の公営ビジネスを流行らせたいからと、行政側が何かに付けて自園、自校調理を止めさせようとしたり、そういう空気だと言って乳酸菌飲料の契約を、打ち切らせようという活動が行われていたことが明るみに出て、ニュースにもなったことがある。
そのときは結局行政側も嫌がらせの手を引いたが、その際の責任は特に取らなかった。口先だけで証拠らしきものは、誰もとっていなかったからだ。
この空気とか雰囲気で人を操ろうというのは、酷く邪悪なことで、法的な根拠も命令も無く、相手にやらせることで、最終的責任を相手に擦り付け、自分の目的はまんまと達成しようとする。
自分の血も汗も涙も流さない。キャンプファイヤーだって、この時代の俺たちも、見るなりやるなりしてみたかった。
それを自分たちで勝手に止めておいて、何処かの誰かが馬鹿な事故でも起こしたらしい、なんて話を真に受けて、今時の子は知らないんですね、やらないんですね、なんてことを言う。
時代を追う毎に一つ前の人間が、出枯らしのように無価値で、役に立たないものになっていく。
実際はお茶の出枯らしのほうが無害だから、ずっと良いんだけど。
「どしたのサチコ」
「いや、なんかちゃっちいなあって思って」
「ああ。分かる。キャンプファイヤーね」
俺たちはぶらりと訪れた、図書室のベランダから、グラウンドを見ていた。図書室のある方角はグラウンドには面していないが、部屋の端っこだけは違った。
そこに三人集まって、LEDライトでぐるぐる巻きになり、出火するんじゃないかってくらい、光り輝いている謎のオブジェを見ているのだが。
「一点集中で確かに明るいんだけどね」
「外側がグラウンド四隅の電灯だけじゃねえ」
「味気ないよなあ」
こうして見ると確かに炎は美しい。あの明るさは生きているのだと感じられる。
それこそ規模が小さくても、魅了されるものが有るのだが、一方で中途半端な規模のイルミネーションは華やかさに欠け、活き活きとはしていない様を、浮き彫りにしてしまう。
「画竜点睛を欠くっていうのは、人類の様式美だな」
「こればっかりはね」
先輩と南は肩を竦めた。二人が全て監修して、その通りにできれば、粗方のことは上手く行くだろう。
しかしこいつらの言う事を、実行できるレベルの人間が、世の中にどれだけいるだろう。
俺だって俺にできることを、振ってもらっているだけだ。自分からこいつらのできることは、俺でもできると手伝っている訳ではない。
只でさえ人間には程度の差がなくても、理解も実行も再現もできない輩が人の数ほどいる。
いわんやこいつらレベルをや。
「……これで終わりか」
不意に先輩がぽつりと呟いた。
眼鏡を外してグラウンドのほうを見る。
「あっという間の三年だったよ」
俺は南を見た。何とも言えない表情で、先輩を見ている。そういやお前もか。
「不思議な三年だった。弱小の同好会、愛好会に研究会。そういうのを集めてまとめる運動をして、愛同研を起こしたのが一年。当時は私の先輩たちも乗っかってくれて、嬉しかったな」
目を瞑って、一足早い夜風に吹かれる斎の横顔は、いつもみたいな、女の子の顔じゃなかった。
「二年生になって、サチコとみなみんがやってきた。二人ともキャラが立っててさあ、歴史まで変わっちゃうし、なんだか私が普通の人みたいだった」
『それはない』
お前が普通の人なら、俺は美少女で南は芸能人だ。斎は笑ってこっちを振り向いた。
いつもの笑顔だけど、ああ、俺たちに合わせてくれてたんだなって、このとき初めて気付いた。
「結局元には戻らなかったけど」
「戻って欲しいのか」
「正直どっちでもいいよ。みんなの人生が、嘘にならないならね」
斎の視線を追うと、必ずそこには愛同研の何処かの部員の姿があった。この人は神様みたいに、俺たちのことを知っていて、俺たちのことを想ってる。
もしかしたら俺のことも、本当は全部、知ってるんじゃないかって、考えた事もある。
「最初はさ、この集まりを盛り立てていこうって思ったらさ、学園生活がドンドン回り始めて、人生の主人公って感じがして、でもそれもすぐ無しになって」
「どうして?」
「みなみんに捕まったりサチコに凄まれたりしたときに止しとこって思った」
俺と南は揃ってばつの悪さを味わう。そんなつもりはなかったのだが、図らずも斎に人生の選択を、一つさせてしまったみたいだ。
「そんで毎月平和に一生懸命好きなことを好き勝手にやって、肝試しもやって、後輩のために一肌脱いだり先生と揉めたり、友だちと買い物行ったり。自分の人生を自分で作っている実感があった」
何気に俺の学生生活には、八割がたこの人と南が、関わっていたように思う。学校というより、俺はこの人の所に通っていたと言ってもいい。
「海さんとも知り合って、三年になってさ。銃撃戦に巻き込まれるわ、皆と一緒に幽霊とリアルファイトするわ、ついでに栄との仲も修復できてたし。気付けばもう、こんな時間だよ」
街の端に残っていた夕日が沈む。
十一月だというのに、今日は日が長かったんだな。その日も終わりなのか。あっという間だ。
「ああ、名残惜しいな。正直ろくでもない学校だったけど、私の手が届く範囲は、素晴らしかった。そうできたし、そうしてきた。満足がいってるから、終わりにしたくない、かな」
斎がベランダから片手を伸ばして、引っ込めた。
「いっつもこんななんだ。手を着ければ幾らでも良くできるけど、終わりを見る前に時間切れになる。気が付けば、終わりがあるものばかり、趣味にしてた」
受験勉強も創作活動も、最後を迎えられないこの人にとっては、最後までやるってことの、代わりに過ぎなかったのか。
確かに斎なら、人生の終わりまで一つのことに打ち込んで、完成という段まで行けるかは怪しい。死ぬ直前まで成長を続けるような気がする。
「なんだか私たちがいっちゃんの、ブレーキ役だったみたいね」
「否定はしないよ。幸せだった。歩幅を考えたのは、初めてだったよ」
先輩の使う物は、絵描きのソフトからパソコンから自作である。無駄にすごい技術の山だが、出処は全部この人個人と言えば、一般人離れの度合いが分かる。
この人の生活空間における『自分』の割合は、計り知れない。
「周りの打ち込み様を知って、そこまで生き急がなくていいかなって思った。今まで運動以外は何でもできたから、何かしないといけないような気がしてたよ。でも別に、自分に優れた能力があっても、それを何かに使わなくてはいけない、なんてことは無いんだ」
大きな力だからって責任を負わせる権利は、誰にも無い。
「才能なんかなくても、下手の横好きだって分かってても、死ぬほど楽しそうにしてる奴らもいて、傷だらけの人生を送ったせいで、平穏さえあればいいって、心の底から思ってる奴がいて、私みたいに自分を持て余してる奴もいる」
斎が俺たちに向き直る。世界から光が消える日が来ても、彼女の瞳は見えると思う。
「色んな人間がいたよ。色んな人間がいる、私の人生はそれでいいと思った。私の人生を、私だけで埋め尽くす必要はない。終わってしまうけど、答えが出せてよかったよ」
一瞬だけ強い風が吹いた。
冷たくない、暖かな強い風。
この小さくも大きな人から吹いてくるような、象徴的な風だった。
「一足早いけど、私の愛同研はこれで終わり。卒業まではいるけど、気持ちの上では、今日で最後にしようと思うんだ」
「意味わかんないわ、ね、サチコ」
「おう」
「あれえ!?」
「いきなりセンチメンタルな自分語り始めて満足しないでちょうだい。私はまだまだ全然だし、ここに残るために一年使って、本来よりも一年少ないのよ。欲を言うならもう一年いたいわ」
「そうだぞ留年しろ南」
「ごめんやっぱ三年生を十八歳で卒業するわ」
ふざけんなよ俺なんかそのとき二十一歳だぞ。
止めよう。
この件については自分の内心でさえ、出してはいけない。誰も悪くないのに、どうしてこんなに悲しいんだろう。
「でもねいっちゃん、これだけは私たちの気持ちだから聞いて頂戴。あなたの考えは正しいと思うし、他人のことなんか関係ないとも思うけど、ちょっとくらい私たちの気持ちを鑑みて欲しいの」
「いきなり部活引退宣言するのは、まあ構わないですけどね、どの道卒業までは部活に顔出すんですから、そんなロマンチックな終わり方はできないし、俺たちだって許しませんよ」
「二人とも」
斎は笑みを浮かべたまま、顔に皺を増やした。逆に俺たちは、神妙な顔をしているに違いない。
「あんたがいる内はね、後任を指名してようが俺たちの部長は、あんたなんです」
「ま、そういうことよ。カッコつけるのもいいけど、そこは分かっておいてね」
俺たちがそう言うと、先輩は眼鏡をかけ直し、少しだけ笑った。くしゃっていう音がしそうな、優しい笑顔だった。
ああ、俺に異世界での日々が、あってもなくても、この人が俺の先輩だってことは、変わらないんだな。
「ひっでえやつら。もういいよ、人が折角キメようとしたってのに」
「似合ってないのよ。私じゃないんだから」
「腹減ったからうどんでも食い行きましょ」
「サチコまた食べるの」
三人で笑って誤魔化しちゃいるけど、確かにこの瞬間が、一つの節目になったんだって分かった。
俺も、南も、先輩も。
図書室に戻る前に、グラウンドを見た。眩しく光るオブジェの灯りが、点いたり消えたりしている。あの一つ一つが、俺たちのようにも思えて。
「ほらサチコこっちー」
「あ! やっぱり感動した? 感動してた?」
「うっせばーか」
その俺たちの灯りは、たった今一つ消えたけれど、不思議と悲しくなかった。
「何よこのうどん、具材がキノコしか入ってないじゃない。しょっぱいわねー」
「サチコのだけ何か変わってんね」
しかし最後にうどんってのは流石に格好が悪かったなあ。味も素人が作ったせいか変な味がする。
せめてファミレスで奮発して肉でも食わしてやったら良かったか。花の女子校生が三人揃って、うどんを啜る図というのも何だかなあ。
それにしてもこのキノコ、見た目もあまり良くないし味も良くないな。
何処で買って来たんだこのキノコ。
「まあ、なんだ。今までよく頑張ったよ。私も皆も」
「そうね」
「そっすね」
ずるずると音を立てて食いながら、お互いの健闘を称え合う。こういう締まらないやり取りが、たぶん俺たちらしいって、ことなんだろうな。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




