表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
学祭奔走編
270/518

・スキンシップしよう

今回長いです。

・スキンシップしよう



「今年のバイク部すごかったねえ」

「あいつらは何処を目指しているんだろうな」


 俺たちはつい先ほどまで、体育館にてバイク部の展示会に顔を出していた。


 今回の目玉は、普通自動二輪免許で乗れる農機と、脱法的な大型化改造による、大型バイクに乗る方法の紹介であった。


 こいつらはどうしてこう素直に対応する免許を取って車を買うという手段に訴えないのか。


 買ったバイクを農機用に改造して、然るべき書類を提出し、審査を受けて農業用の車両となったバイク。


 農機として見れば小型の範疇だが、バイクとしては大型になるという再改造を施し、そこから車検対策と高速道路の走行用に、ナンバーを段階的に取得し直すための手引きが纏められた冊子は、コミケのカタログの如き分厚さ。


 一円からでも起業できることを利用し、架空の会社をでっち上げ、事業用車として登録する。


 改造した所で総排気量のリットルをcc換算すれば、簡単に審査に引っかかるはずの所を、農機と普通自動車では管轄が違うからという、縦割り行政の弊害を利用して追及を躱す。


 保険を安く済ませるために、自動車界隈に地盤のある政党の票田になる代わりに『何故か』認可のある、個人営業の任意保険に入れる等々。


 およそ最後は人力、ヒューマンエラー、社会の歪みといったものまで利用した力技、離れ技、搦め手を、ふんだんに使った内容となっている。


 これは最早政治だ。


「手間が一年くらいかかるし費用も馬鹿にならんな」


「金と手間をかけさえすれば、法の目をかい潜れるという時点で良く無いわ」


「小型特殊車両と運送業車の、二足の草鞋を履かせるとはね」


 個人としては小型特殊車両のバイクを持ちながら、副業の運送業の事業用車両として、登録することで、車検は農機で、しかし扱いは普通自動車にして使えるという、高速道路を走れる農機とかいう謎の車が爆誕した。


 二足の草鞋というか異なる規格のタイヤを履かせている。絶対事故る。


 ファーマー/ライダーとかどんな冒険者だよ。


 ※基本的にここに書かれていることは真っ赤なデタラメですので読者の皆様におかれましては決して真に受けないよう宜しくお願い申し上げます。


「あいつらいつか人生脱輪するぞ」

「やめようサチコ話を変えるんだ」

「フリマもかなりの人気だったよね」


 南がごく自然に次の話題を振った。この切り替えの早さは流石である。


「刑務所作品を模した木工家具が、大人気だったね。漆まで作って」


「蓮の葉が掘り込まれた箪笥なんて嫁入り道具かって出来だったわよ」


 フリーマーケットは保護者会主導で全生徒から取り立てた、もとい供出してもらった体操着や上履きなどのお下がりがメインになりがちだが、生徒の自主制作品を出展しても、良いことになっている。


 そんな中で衣装部は、ここぞとばかりに日頃作った装飾品や衣服を出している。


 色鮮やかに染められたモスリンの漢服。『私が狩りました』と生徒の写真と名前が貼られた純毛のショール(なんの毛皮だろう)、中華系にデザインを寄せたウシャンカなどが人目を引く。しかも値段はほぼ材料費だけ。人件費は乗せていない。


 人目を引くものの、皆周りの目が気になって手を付けない。日本人どもめ。なお飾り付けの押し花なんかは園芸部の協力である。


「こうして見ると皆色々頑張ってんだな」

「栄たちの美術部も繁盛してたよ」

「そら何よりだ」


 栄とアガタが兼部している美術部では、二人の合作の大きな絵が飾られている。


 天井まで届く大きなカンバスに、錦絵のような画風で描かれた『最後の晩餐』が話題を呼んでいる。


 また所々に栄の作った小物が埋め込まれていたり、一部の人物に実際に服が着せられていたりと、小技が利いており、絵と元絵とを見比べてみるのも面白い。


 料理部と電気部。衣装部と園芸部。そしてバイク部と情熱を止めなかった結果が、形となって見て取れて何とも感慨深い。オカルト部に特に動きはないが。


「そういや漫研と軍事部って何してるのかしら」

「目を付けられ易いから無難に製作と活動発表だよ」


 漫研部長は、エロを描き始めた先輩とは対象的に、ロボや機械を練習するようになった。


 本人曰く『そのジャンルを描ける奴を、見かけなくなったら自分が描くしかない』とのこと。部室では一般向けの本を配る程度に留まっている。URL入りの名刺を配ろうとしていたので俺たちが没収済みだ。


 一方で軍事部は、健全なサバゲーの部活になりつつあり、毎日のトレーニングや練習試合の様子、必要な機材、装備の購入、貸出の紹介などに留めている。


 それでも毎日体を鍛えては、座学にも精を出しているので、その辺のファッション体育会系に比べ、遥かに優秀である。


「まだ回ってないのは運動部のいる柔道場か」

「そうね、時間的にもそれくらいで終わりそう」

「放課後は後夜祭もあるよ」


 校庭のチアやらバンドやらの、喧騒を聞きながら、体育館を出て少し歩く。


 既に時刻は三時を回っている。

 本当あっという間だな。


 顔を出して少しお喋りするだけで、時間はどんどん過ぎていく。気付けば外は夕焼け色で、もうじき空も暗くなる。


「そういや運動部は何をやるんだ。パフォーマンスでもやるのか」


「いや、組手だって。参加自由の」


 先輩がパンフレットを見ながら答える。誰でも気軽に参加できる自由組手と書かれている。流派無用階級無用の無差別級。


 俺は運動部部長の顔を思い出した。パイナップルみたいな髪型をしたバトル脳みそ。南国風味の躍動感。実態は重度の戦闘ジャンキー。


「大丈夫かそれ」


「運動部側は寸止めで直接殴らないって。参加者同士の試合の審判も、してくれるみたい」


 仲良く喧嘩しろってことか。欲求不満になってそうだな。などと心配やら不安やら、自分でもよく分からない気持ちで柔道場へと足を踏み入れた我々は、その空間がいやに静かなことに気が付いた。


「大将やってるー?」

「おお! 来るのが遅いじゃん!」


 先輩が中にいた連中に声をかけると、見慣れた一人がニコニコしながら駆け寄ってくる。


 なんでこんな辺境にいるんだという、恵まれた才覚の持ち主で、まともにやると死人が出る。そういう危険人物。三度の飯より戦いと、セックスが好きと公言する雄度の高すぎる女。


 俺が野人ならこいつは原人。運動部部長だった。


「人がいないわね」


「午前中はね、まだちらほら来たんだけどその、やり過ぎちゃって」


「飽きられたとかではないんだな」


「ちょっといい気になってた他の運動部がさ、突っかかって来たからさあ」


 なんとも歯切れの悪い返答である。紛らわしいが体育会系の代名詞の運動部とは別に、こいつらのあだ名が運動部。運動できればなんでもいいと、様々な芸や格闘技に打ち込むやんちゃ盛り共だ。


 その部員たちもお通夜のような空気になってしまっている。


「先輩がついカッとなって、一度だけ軽く拳を顔に入れたんですけど、それで歯が折れて、大騒ぎになってしまって、そしたら人が来なくなってしまったんですよね」


「相手は」

「三年男子の野球部と柔道部」

「だってこっちが手出して無いだけなのにさあ」


 つけあがるから、と彼女は俯いた。事情は後輩にして俺と同学年の、延清君が説明してくれた。


 どうやら馬鹿な三年生が、彼を馬鹿にしたらしい。本人は気にしてなかったそうだが、運動部部長が許さなかったようだ。偉い。


 しかし一年生の頃は子犬系だったのに、すっかり背が伸びて今や番犬の風格である。


「お前背え伸びたな」

「あ、やっぱり分かります」


 とても嬉しそうだ。尻尾があったらさぞや振り回していたに違いない。


「水が合ったんじゃないかな、私の」

「こいつくっそ下品ね」


「悪い奴じゃないんだけどねぇ、性別変えたら絵面がもっと酷いよ」


 こいつと延清君は付き合っているらしい。どっちも可愛い顔して、割とやることをやってらっしゃる。


「でも困ったなあ、人間同士の格闘の動きっていうのを期待してたんだけど。これじゃ漫画のネタにできないねえ。もうちょっと早く来れば良かったか」


 取材をしたかったであろう先輩が、携帯電話を撮影モードにしては残念そうに溜息を吐く。


「運動部同士では戦わないの」


「私は客引きのためにも闘ろうって言ったんだけど、皆嫌がっちゃって」


「先輩と戦えるの僕しかいないんですよね」

「延清の戦方は楽しくないから闘りたくない」


 自分の房のような髪を掴みつつ、運動部部長は言い捨てた。


 延清君は本来パフォーマンス系の人間らしく、黒子やパントマイムのような動きが、得意なんだそうだ。


 自分の攻撃が演目の一つのように扱われて、いなされるから殺意が高まるらしい。


 前に一度手に持った鞄を動かさず、その周りをグルグルと回る芸を見たことがあるが、狐に摘ままれたような気持ちになったものだ。


「他に殴り合える子ってサチコしかいないでしょ」

「殴り合ってもらえないと、如何にもならんけどな」

「どうしたもんかなあ」


 などと話しながらも誰かが来る気配も無く、刻一刻と時間が過ぎていく。


 ここは一つ、先輩のために一肌抜いてこいつらの中の誰かと、戦ってみるか。いや待てよ。


「なあ、ここってお前らとじゃなくて、俺たち同士で戦ってもいいんだよな」


「そらね、私らが審判に付くことになるけど」


 そうか。

 ……やって見るか。


「え、サチコ誰と戦うつもりなの」

「そうよ私らあんたと違って頭脳派なのよ」


 先輩と南からブーイングが上がる。しかし俺は知っている。南が、俺より強いことを。


 運動部の二人が南を見て、何かを察する。その反応で満足だ。


「南、やろう」

「嫌だっつってんでしょ。あたしか弱いほうなのよ」

「止せよ南」


 ――空気が急速に冷え込む。

 ――南から、表情が消える。


「お前が俺より強いことくらい、とっくに知ってる」

「……いつから」


 俺は答えずに大きく息を吸い、静かに吐き出した。家でレベルアップをした際、お前のステータスを何度か見た。最後に見たのは何時だったか。


 そのときは、俺がこいつを超えているものは、一つもなかった。


「どうして黙ってたんだ、なんて言わない。見せびらかすものじゃないし、わざわざ主張することでもないからな。恥ずかしがるならともかく、お前が気に病むのことはないんだ」


「みなみん……」


 もしかしたら、俺に気を遣ってたのかもな。俺ってこの世界に戻ってから体力付けたけど、言い換えれば体力くらいしか取り得がないし。


「ただ、ずっと気になってた」


 どれほどそうしていただろう。数えればたぶん、五分も経ってない。


 でも南は、何時間にも思えるこの数分を怒っているようにも、悲しんでいるいるようにも見える顔で。


「止してよ。あんたってたまに、こういうことするのよね。こっちが距離感を計って、あれこれ努力してるのに、分かってて空気を読まないっていうか、最悪」


「南、俺は何も変えない。お前が思っているようなことには、絶対にならない。そう思うだろ」


 本当に、本当に苦しいって顔して、困ったなって顔して。彼女はもう一度『最悪』と呟いた。


「私ね、あんたのそういうとこ、本っと大っ嫌い」

「俺もだ。いつか分からせてやりたいと思ってたぜ」


 ちらりと見ると、運動部部長が俺たちを更衣室へと連れて行ってくれる。先輩に手を振ってから、二人で一緒に歩いた。


 俯く南の頭が見える。

 初めは俺と同じくらいの身長だったんだよな。


「なあ」

「何」


「今気付いたんだけどさ、俺が勝ったらお前のほうが弱いってことになるから、関係が変わっちゃうよな。ごめんな嘘吐いて」


 瞬間、腹に鈍い衝撃が走る。痛いけどなんとも無いふうを装う。見れば南がこちらを少しだけ振り返り、拳を突き込んでいた。


「馬鹿」


 吐き捨ててから、南は先に更衣室に入った。その背中から冷たさは消えて、声は少しだけ明るくなって、顔には確かに笑みが浮かんでいた。


 随分と可愛くなったよ。年下の先輩。


 ごめんな南。


 因縁なんてものはないけどさ、お前とはどうしても一度、決着をつけてみたかったんだ。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ