・心の支え
今回長いです。
・心の支え
『拝啓 だいだらぼっち様。この前の戦いにおかれましては大変な健闘ぶりでございました。オレが油断しただけであって本気だしたらテメエが変身する前に勝負ついてたから勘違いすんなよ。でもオレがいいモンぶち込まれたことには変わり無いから約束通り見逃してやる。ありがたく思え』
鮫鮪より。
「まさか本当にそういう字だとはなあ」
「どうしたの」
「いや、これ」
修学旅行から帰宅して、ここは翌日の自宅。愛しのミトラスがいる、大して愛しくない我が家。
俺は恐らく自分宛であろう手紙に目を通していた。丸一日休んだから外はもう夜だ。
F県から帰る際に、駅のホームに何処からか矢文が射込まれた。俺は微妙に皆からは離れていたのだが、傍の鉄柱に突き刺さった辺り、その威力は推して知るべし。
で、その矢に付いていた手紙がこれ。
「負け惜しみだね」
リビングのテーブルに、隣り合って座るのは、俺とミトラス。
ファンタジックな緑髪と、可愛らしいネコ耳。ほんのちょっと会わなかっただけで、随分長いこと目にしていなかったような気がする。
「うん。けどまあ追いかけて来ないし、舐めプのおかげで命拾いしたんだから、俺から文句はないよ」
改めて見ると俺の体はボロボロである。
体中が痛い。
巨大化すると痛覚も増すので、反動がデカ過ぎる。
一応頭と足の傷は塞がったし痕も残らんが、両方の手の平は未だにガーゼでびっしり覆われている。思いの外、傷が深かった。
「もしも仕返しに来るようなら、そのときは僕が滅ぼしておくから」
「頼もしいなあ、そのときは是非お願いするよ」
こんな状態で性欲も増したけど、増幅された痛覚によりあっさり霧消した。マゾい趣味に目覚めなくて良かったと思う反面、ミトラスをお預けされたので残念である。
そのミトラスはと言えば、手を伸ばして俺の髪を撫でようとしている。
「髪、短くなっちゃったね」
「これくらいで済んで良かったよ。放っておけばまた伸びるだろ」
帰宅した俺を見たこいつの第一声は『勝ったの?』だった。何かと争ったこと前提なのは、理解が早くて助かるけど、災害とか事故を最初に疑われないのは、やや後ろめたかった。
日頃の行いなんだろうけど、俺から襲いかかることなんて、ほぼないんけどなあ。
「先輩たちもそうだけど、髪の毛くらい気にしすぎ」
「君は分かってないなあ。とても分かってない」
ミトラスはジト目で俺の短くなった髪を見た。全く先輩といい、南といい、海さんといい、そんなに深刻なことかな。
俺としては頭が軽くなって、首を振っても髪の揺り戻しがなくて、すこぶる快適なのに。
ちなみに先輩たちへ説明は、東条とは異なるものにした。カバーストーリーを考えるのも一苦労である。大筋はほぼ同じだが、こちらはオカルト部部長が活躍したことになっている。
だって俺一人で、密入国した外国人の犯罪組織を相手に、夜通し防衛戦してただなんて、流石に嘘だって分かっちゃう。
ところがここにマジもんの超能力者というか、妖怪になっている、蓮乗寺桜子が出るとアラ不思議。話の方向が一気に彼女のストーリーになってしまう。
『皆には内緒ね』と言いながら、愛同研の一部の者に超常的な力をお見せしていることもあって、噂に尾ひれが付いた程度なら、割りと本当のこととして、受け止められるのである。
内容は『危うい所でオカルト部の部員が現れて助けてくれた。本当にいたんだって驚いたんだけど、何故か彼らの顔が思い出せないし、どう助かったのかも判然としない』というもので、俺は脇に退いている。
そしてそれを聞いた先輩と南は、何と言っていいか分からないという顔でこの話を終了させた。戦国時代の将軍が、悪名も評判の内としていた理由が、なんとなく分かる気がする。
違うか。違うな。
「でもほら、背中はよく見えるようになったろ」
「うん? うー、ん、うん」
今来ているシャツの襟首を引っ張ると、ミトラスは釣られて覗き込んだ。彼は何かを納得したように鼻息を一つ吹いた、背中がこしょばい。
「これはこれでいいかな」
「ありがと」
「そういえば異世界転生するはずだった人は、結局はどうなったの」
今回の予知夢に現れた、異世界転生青年団予備軍の杉田は、無事この街に着くなり別れることとなった。住む所が決まったら、一応検査も受けるらしい。
「住所決めたら病院行くって。意味無い気もするが」
「どうして」
「異世界にいた時に他の連中から聞いたときは、杉田の死因は室内での病死だった。だけどこっちで会った杉田は健康そうだったし、オカルト部の部長の絵にも病死するような描写はなかった」
歴史が変わったことで、死因が変わったんだろう。そしてそれがあの黒い線ということで、黒い線の正体はあの半魚人共だったと、考えていいだろう。
「死因が変わったのなら、それは病死から殺人ってことだろう。それは黒い線、つまりあの魚顔共が犯行に及ぶってことなんだろうけど。ん、そうなると蓮乗寺はあいつらのことを、見通せなかったのかな」
夜霧のことといい、外の魔物たちが使う術は侮れないものがある。とはいえ常日頃からそんなもの、警戒しておくことなんて無理だが。
「案外上手く書けなかっただけじゃないの。以前から見てたけど、相当書き難いと思うよ。説明に困るし」
「そうかな、そうかも」
人間を正面から見ると顔があるけど魚が正面を向くとなあ。面というより線に近くなるし、横から見たときに顔が横を向いたらもう線だしなあ。
「あー、しかし疲れた。人命救助とはいえ、それ以外はとてつもなく不毛な三日間だった」
「宿題の感想文はどうするの」
「他と合わせて文句ばっかり書くよ。良かった探しをする義理もないしな」
飯が不味く話も長く退屈で、目下のガキの面倒を見させられたり、行事の手伝いをさせられたり、野に放たれたりと、いいことが一つも無い。
何を学んだかと言えば、こういう行事は参加しないに限るってことくらいか。
世の中が嫌いになれば、社会的な意義などゴミにも等しい。そして学校に通っていると、学校と世の中がどんどん嫌いになっていく。
強制的に授業をさせるのは構わんが、なるべく行事は真にお辞め頂きたい。
「そ。それでなんだけど、サチウス。僕に何か言うことってなーい?」
「なんだいきなり。ただいまは言ったぞ」
ミトラスは肩をぐいと押し付けて、下から顔を覗き込んでくる。これがその辺の人間の顔ならぶっ殺したくなるだろうが、これはミトラスだ。
やはり特別である。このまま行為に踏み切ってくれても構わない。
「そうじゃなくて、僕もざっくりとしかその半魚人との戦いは聞いてないんだから。ちゃんと詳細に話してくれないと」
「ええ、いいよそんなこと。面倒臭いし、それに胸を張って言えるような内容じゃないし」
「それこそそんなことでしょ。僕は君が頑張ったっていうことを、君の口から聞きたいの」
そんな拷問みたいなことを、言わないでくれよミトラス、死にたくなるだろ。
俺のような否文明人は、自分の功績や努力をアピールするなんていう、恥ずかしいことはしないんだよ。他人がするのは黙って聞いてられるけど、それを俺に強要せんでくれ。
いやでも、途中までは上手く行ってたし、俺もその気にはなってたし、ミトラスが言えっていうなら俺もそこは聞かないとだし。
「自慢とかじゃなくていいから、時系列の紹介でいいからさあ」
「え、あ、う、う~そうだなあ、ええと、んー何処からどう話したものかなあ」
俺は修学旅行に出てから帰るまでの、一部始終を話そうとした。そこでカットを言い渡されて、愚痴で尺を稼ぐことも封じられた。
そしてやはり一昨日の深夜から始まり、昨日の早朝以前にかけての戦いを、話すことになってしまう。
「だからな、最初は勢い込んでスカルナイトを呼び出してな、そしたらいきなりボス戦だったんだよ。まあ三十匹くらいいたから、そんなのを嗾けられても辛いだけなんだが、今考えたらあいつらを相手にしたほうがずっと楽だったと思うなあ」
「うんうん、それで」
「五メートルくらいあるサメ人間に襲われてさ、これが滅茶苦茶強くって、俺も直ぐに奥の手だって、スカルナイトと合体したんだよ」
「ここのところずっと練習してた奴だね」
「うん、まあ結論から言うと、それも歯が立たなかったから、あのサメは正直どうかしてるほど強かったんじゃないかな」
俺インザスカルナイトは、間違いなくスカルナイト単機より強いはずだが、それでも効果があったと言えそうなのは、魔法の威力が少し上がったのと、殴り飛ばされたときダメージが減少したのと、刀を振りぬく力が増していたのと、最後に体を握り締められた状態から抜け出すのに、役立ったことくらいだ。
いや結構役に立ってるな。
「で、追い詰められた俺は頑張って戦うから見逃してくれないかと、こう接待みたいな勝負を打診したんだよね」
「え、そうなの」
ちょっとミトラスががっかりする、ほらあ、だから言いたくなかったんだよなあ。
分かってるんだ、みっともないってことくらい。
「う、うん。でだな、そこからこう、頑張ってお前から教えてもらった魔法を駆使してさ、なんとか巨大化まで縺れ込んだんだよ。相手の手加減っていうか舐めてかかってもらったってのもあったけど、それでも俺はほうほうのていでさ」
「この傷はそのときに出来たんだね」
「あ、うん」
ミトラスがそっと頭の傷を撫でる。怒っているのか心配しているのか、目が細くなる。
「魔力も底を尽きそうな所を堪えて、剛力を唱えて巨大化して、それで」
「それで?」
「そこからちょっとうろ覚えなんだよな」
意識があの辺りから途切れてるんだよな。いや起きてたし、目に映ってた光景はぼんやりと思い出せる。でも何かを考えて動くという状態じゃなかったな。
「もうとにかく無我夢中だったんじゃないかな。起きてるんだけど、疲れて意識が朦朧としてるというか、戦ってた記憶がない、気付いたら朝だったっていう」
「それでよく勝てたね。うん、ちゃんと頑張っているじゃないか」
「いやその、これがさ、恥ずかしい話なんだけど」
「なに」
「いや、やっぱりいい」
ミトラスが興味心身といった様子で身を乗り出してくる。
ていうか俺のほうが身長は元より、座高も高いのに顔に息がかかる程だから、もう立ち上がってる。
「なに」
「いや~言っても、引かない?」
「言わないと分からない」
ごもっとも。
「その、巨大化してもうぶっ倒れそうってとき、お前の声が聞こえたような気がしてさ。それで、最後まで立ってられたんだ。走馬灯みたいなものかもな、幻聴でお前の声を聞いたんだよ。だからなんだけどあの、ちょっと気持ち悪いだろ」
やっぱり引かれただろうか。
幾らなんでも重いというか、縋り過ぎというか。
実際に言ってないのに、相手が自分を応援してくれる幻聴を頼りに踏ん張るっていうのは、格好が悪い。
「……そーかー」
ミトラスは引いたりはしなかったけど、表情がとてもニヤつき出した。俺の椅子に座って、そのまま抱きついてくる。自分の胸の谷間から、金色の猫の様な目が覗く。
「そっかー、聞こえてたかー」
「いいだろ別にそれくらい。俺もそれくらい大変だったんだ!」
「うんうん、よいよい。ん~」
くそ、凄い恥ずかしくなってきた。
裸の付き合いなんか幾らもしたけど、とてつもない羞恥を味わわされている!
「だから言いたくなかったんだよ」
「そ。サチウス」
「なんだよ」
「よく頑張ったね。えらい」
「……おう、ありがと」
もしかしたら、こいつなりに気を遣ってくれたんだろうか。
こんなこと、本当の話なんか出来ないし、労ってくれる相手も、オカルト部部長くらいしかいない。
こうしてもらえなかったら、どこかで『頑張ったのにな』って思ってたかもしれない。
「ミトラス」
「なに」
「ありがとな」
まあ、大変だったの本当だし、やることはやったんだから、褒められたっていいだろ。
そう思いながら俺は、俺たちで、そのままゆっくりとした時間を過ごした。
<了>
この章はこれにて終了となります。
ここまで読んで下さった方々、本当に
ありがとうございました。嬉しいです。
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文章と行間を修正しました。




