・凱旋
・凱旋
朝になっている。朝になっていた。俺は自分の部屋である教室の中で、目を覚ました。昨夜の何処までが現実だったのか、体のあちこちを触って確かめる。
背中、痛い。
額の端、生傷がそのまま。
前面、打ち身。
後頭部、たんこぶ。
腕、痛い。
髪、短い。
足、糞痛い。ていうか包帯が血塗れ。
誰が巻いてくれたんだろう。
いや、可能性はオカルト部部長しかいないだろう。
服を着てるし刀も有るし。
ということは巨大化して、あのサメ人間を海にブン投げたのは、夢じゃなかったんだな。
「サチコさん、それ、その、どうしたんですか」
「おうおはよう。皆よく寝てたね。人が学校の平和を守っていたというのに」
こいつらが途中で目を覚まして『サチコが戦っている!』という発覚と、その後なんやかんやあっても、俺を応援してくれたり、加勢してくれたりっていう、展開への期待も心の底に無いでは無かったが、まあ現実として無かったね。
朝飯食ったらそのまま挨拶を聞いて、学校に帰るのが最終日の段取りだ。俺は身支度を整えて、体育館へと向かう。
そこで小学生より早く、ちんけな給食を食べなくてはならないからだ。
「サチコさん! どうしたんですかその怪我!」
途中で俺を見つけた、軍事部の東条が血相を変えてやって来る。そういえばこいつも寝たままだったな。こいつもう制服なのか。いや、この修学旅行で私服になるタイミングって、無かったな。
俺は元から持ってきてなかったが、小学校のイベントへの参加やら、街の見学でも制服着用で、しおりに書かれていた『持ち物:私服』は、寝巻き以外が使われることが無かった。
そんなことよりこの始末をどう言ったものかな。
「ああーうん、えっと、先ず校庭ってどうなってる」
「校庭ですか。何か沢山の動物が車に轢かれたみたいになってるって、先生方が掃除にいきました」
半魚人どもの死体は掃除されなかったのか。警察を呼ぶような騒ぎになっていないのは、死体そのものは撤去されたってことなんだろうか。そこは後で蓮乗寺に聞こう。
「そうか。昨日保護したおっさんは」
「顔色が悪くなっていましたが、やはり我々とここを出るそうです」
「そうか。そうか……」
とりあえず、目的は達成されそうである。
これがくさくさしている、シリアス系の漫画だったら駅の辺りで、狙撃でもされるんだろうけど、流石にそんなことまで心配し切れん。
「何があったんですか」
「うん、そうだなあ。俺にもよく分からないが、この街を根城にしている外国人勢力が、追って来たらしくてな、深夜に校舎にやってきたのを見つけた俺と蓮乗寺で、中に入れないように頑張ったんだよ。何故か誰も起きないし、相手の数は多いしで大変だったんだ」
もしも相手が人間だったら、何がなんでも起こしてたと思う。ただ事が事なだけに、今回はそうしなかったけど。
「髪は切られるし、体中痛いし、足はこんなんなるしで散々だぜ」
「多いって何人くらい」
「一クラス分くらいじゃねーかな、途中で隊長格っぽいのが部下を何人も攻撃してな。仲間割れし出して収拾つかなくなって、俺も刀を振り回して手とか尻とか切ったけど、それでいつの間にかいなくなってたな。俺も気を失って、気が付けば手当てが済んだ状態で、教室に戻ってた。服も着せられてたし、命拾いした」
ちょっと本当のことを交えつつ、嘘を言う。東条は何を察したのか、沈痛な面持ちで俺を見る。
かける言葉が見当たらないのか『ありがとうございます、お疲れ様でした』と震える声で絞り出した。
夜中に外国人の集団がやってきて、立ち向かった女が大怪我をして、しかも服を脱がされたと勘違いするようなことを言えば、導き出される結論は、KO大学一直線である。
現実は街を占領していた半魚人の、末端が仲間を引き連れて報復にやってきた挙句、女が巨大化してズタボロになりながらも追い返したという、極めて荒唐無稽なものだが。
考えてみれば、あいつらってちんこはどうなってんだろう。やはり『さあ、卵を産め』なんだろうか。
雌の半魚人はどうなんだろう。というかあいつらの中に、雌はいたんだろうか。
サメにはあるらしいことは、南から教えてもらって知ってるが、こうして振り返って見ると、どうでもいい疑問が湧いて来るな。マジでどうでもいいな。
「何か申し訳ありません、その、お力になれなくて」
「安心しろ俺の貞操はすんでの所で無事だよ」
そう言うと東条の表情がパッと明るくなる。分かり易い奴だ。
気が小さい奴だから、仮に俺が本当に傷物にされていたら、一生ものの心の傷になる所だったな。
「しかしどうして皆起きなかったんでしょう」
「妙な霧が出てた。あれはもしかすると霧なんかじゃなくて、睡眠薬入りのスプレーを撒いたり香を焚いたりしてたのかもしれん。俺とオカルト部の奴に効きが悪かったのは個人差だろう、たぶん俺たち以外にも、探せば本当は起きてたって奴がいるんじゃないかな」
「なるほど。夜霧に乗じて、ではなく夜霧そのものが既に罠だったんですね」
「アナクロなやり口も使う道具が強まれば、そのまま脅威度が増すってことだな」
要は睡眠ガスを撒かれたと同じことだし。
「漏れがあったとはいえ、これだけ大勢の人間を寝かせられるんですからね」
「寝込みを更に眠らされて、永眠させられるとか冗談じゃねえな」
などど昨夜の出来事を現実的な話へと誤魔化して、そのまま体育館へ入る。割り振られた配置に従って、席に着く。いるのは生徒ばかりで職員の姿はない。
「おはようサチコさん」
「お、おはよう。無事だったか」
制服姿のオカルト部部長こと、蓮乗寺桜子がいる。そういえばこいつも、昨夜は制服姿のままだったな。
寝巻きに着替えてなかったのか、それとも半魚人共が来たから、急いで着替えたのか。
「昨日は大変だったね」
「死ぬかと思った。色々と助かったよ。ありがとう」
「助かったかなあ、あの音楽もそんなに効果有るようには見えなかったけど」
昨夜のサメ人間との戦いで、給食の音楽を流してくれたおかげで、うん、確かにそうだな。
こう、動きから精彩さを失わせるとか、耐えられないほど苦しんだとか、そういうのは無かったな。
「まあボス格なんだし耐性くらいあるだろ。それに俺を着替えさせてくれたのだって、お前だろ」
「うん、まあ、うん」
なんでそこそんな不満そうなんだ。
「サチコさんってさ、結構してるんだね」
「ああ、やっといて良かったって実感が出るほどじゃなかったけどな」
「回数とかこなすと、やっぱり上手になってくるの。それとも相性」
「俺が相性いいってことはないな。でも慣れてくると相性が良くなるのは、あると思う」
ていうかお前のほうが、攻撃魔法は使えるだろう。電気が見た目にも分かるくらいバチバチ言ってるサンダーボールはお前の魔法、ってそうか、あれを連打するのが、一番良かったのかも知れない。
危ないから封印してすっかり忘れていた。
でも待てよ。
「お前も魔法で手伝ってくれたらよかったんじゃ」
「え、な、何を」
「何をってお前は何の話をしてるつもりだったんだ」
「え、ナ、ナニを」
なんでそこそんな風に繰り返したんだ。
どうして顔を赤くするんだ。
「まあそんなことより、結局あの後どうなったんだ」
「どうって」
「魚顔の連中だよ。あいつらのことだから、目を覚ましたら直ぐにでも、報復に来そうなもんなのに」
昼間の自業自得から、受けた屈辱を晴らすために、その日の内にやってくるような連中だ。海に投げられたサメ人間が気絶から復帰したら、今度はシャチ人間やクジラ怪人を連れてきてもおかしくない。
しかし現に今は静かなものだ。
上位種はそういうことはしないんだろうか。
「アレよりもっと上なら、流石にこんなくだらないことでは、やって来ないんじゃないかな」
「そういうもんかな」
「きっとそうよ。『勝ったけど不安が残る』じゃなくて『不安は残っているけど今回は勝った』っていうふうに考えたほうがいいよ。部長さんならきっと『そういう少年漫画にありがちな今後の展開のために引き摺るような描写止めろ』って言うだろうし」
言いそう。凄く言いそう。
「素直に胸を張ればいいの。戦ったのがあなたなら、勝ったのだって、あなたなんだから」
「そっか? そっか」
そういうことなら、そう思うことにしよう。すっきりしないものもあるけど、これが俺の精一杯だ。結果だって最善だと言い張りたい。
ほとぼりが冷めるまで過ごして、特に何ともなかったら、そのときはやり遂げたんだって、思ってもいいのかも知れない。
今でも実感がないけれど、どうやら俺は、勝ったんだってさ。
「でも困ったなあ」
「どうしたの」
「この髪のこと、先輩たちに何て言ったらいいかな」
「あー、すっごい気にしそう」
こうして俺の二泊三日の修学旅行は終わった。
学校ですることにはノータッチだったけど、代わりに人命救助と、襲撃者の撃退なんてことまでしたんだから、学校が多めに見なくても、俺は俺を許そう。
しかしなんていうか、小田原にいてもあんまりいいことないけど、県外に出るともっとろくなことにならねえな。
やっぱり家が一番いいってことだな。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




