・力の限り
・力の限り
バックに給食の音楽をかけながら、俺は巨大なサメ人間と対峙していた。何とも気の抜けることだけど、こっちは至って大真面目。
ここまで一番効果が出てるのも、この間抜けな音楽だって言うんだから、締まらない。
真剣勝負は格好いいかも知れんが、生存闘争となると一気に滑稽になる。
やれ石畳の坂道に石鹸水を撒いたら戦車が登れないだの、大の大人が何千人も集まってバリケード立てるだの、穴を掘りながら敵陣を目指すだの。
そして俺の場合は全力で挑んでいるのに、サメ人間から駄目出しのオンパレードと来ている。向こうには殺す気がないとはいえ『うっかり死なせたらすまん』という程度の手加減だ。
玩具で遊んでいるんだから、そういう気分なんだ。これが飽きたり頭に来て『やっぱりやめた』となると俺の命は無い。
一応ミトラスが俺に、不老不死の呪いをかけてくれているけど、一度も致命傷を負ったことがないので、どのくらい死なないのかの按配が分からない。もっと言うと致命傷なんか、死んでも負いたくない。
「すー、はー、よし」
「立ち直り早えなあ」
不幸中の幸いは、相手も絶対死ぬと分かってる攻撃だけはやらないということだ。何時までそうしてくれるか知らないが、その間に何とか反撃をして勘弁してもらうしかねえ。
あわよくば無力化したいけど、そこまで持って行けるかどうか。
「一つ提案なんだが」
「なんだ」
「お前に一泡吹かせられたら、見逃してくれない」
サメ人間のコウユウが、それを聞いて呆れたような顔をした。サメのくせにずっとニタニタしてるから、笑うのを止めると口の端っこが一気に下まで落ちる。
「そりゃなんだ。挑戦なのかお願いなのか」
「挑戦に成功したらってお願いだぞ」
「く、くっふっふっはっはっは! なんだそれ!」
コウユウは完全に馬鹿にしきった様子で、大笑いをし始めた。悔しいが俺じゃ、鈴鹿を使いこなせねえ。かといって大物食いができるような手もねえ。
なんとか油断を突いて、なんてことをして、本気にでもなられたらおしまいだ。気の済むまでとかいう曖昧な状態から、明確な終了のラインを設けて、その中で生き残るしかねえ。
「面白い。いいだろう。だがちょっと厳しくするぞ」
「口約束だけど、守れよな」
「ふん、偉そうに」
コウユウが仕切り直しとばかりに距離を取る。それを見て俺は鈴鹿を納刀する。こいつは本当に血を吸ってくれるから、吹かなくていいのが助かる。
「よし、やるぞスカルナイト」
軽く胸を叩いてから、付き合わせる魔物たちにも声をかける。彼らは返事をしないが、それでも俺の心強い味方だ。
「いっくぜ!」
とにかく今の俺の引き出しをひっくり返して、全部使ってみるしかねえ。
日頃からもっと訓練しておけば良かったけど、これが済んだら『そんなことなかったな』と思う日々に戻るんだよ!
「お、自分から来るかい」
サメが身を低くする。体当たり等反撃の可能性がある待ち、だったら先ず最初にやることは。
「出でよ魔法剣!」
念を掌に集中して地面を叩けば、太く長い石の棒が空へと伸び上がる。
投石ほどには使用頻度は高くないが、それでも頼れる俺の武器。それを掴んで、投げる!
「でや!」
「うおっ!」
刀を腰に佩いて両手を前に突き出す、指先一本一本に火が灯るのを思い浮かべろ。ミトラスが教えてくれたやつだぞ。
「『飛べよ灯火! 燚火ソワカ!』
爪の上に点った鬼火が、スプリンクラーで水を撒くかのように連続して放出される。出始めこそ変わらないが、直ぐに火の粉の量が倍以上に膨れ上がる。
「妖術か!」
「魔法って言いな!」
夜の霧を押しのけてサメ人間に届いた火の粉は、水で消火されるような音を立てて次々と吸い込まれていく。今は魔物たちの力も借りてソワカまで使って威力を底上げしてるんだ。通じてくれて本当に良かった。
「ぐぬ、ぬ、うあ、くう!」
コウユウは堪らず、手近な半魚人を使って盾にしたので、俺は術を止めて突っ込んだ。相手の命を惜しんだのではない。
まだ二十人以上いる肉盾を全員こんがり焼くほどのMPが俺に無いだけだ。
「おらあ!」
「いっ」
足元まで踏み込んで奴の向こう脛を鞘でぶっ叩く。悔しいけど言われた通り、鈍器を振り回してるほうがしっくりくる。更に反対側も叩く!
「だあ!」
魚っぽくても途中までは人体そっくりなんだ。痛い所だって似通うはず。
「っぐう」
コウユウが体勢を崩す。このまま無理にでも顔面に一発ぶち込めれば。
そう思ったがこのデカいサメ人間は、どの方向にも倒れなかった。蟹股で少し屈んだような状態で踏み留まると、上から『握り潰された半魚人の死体』を投げつけて、更に腕を伸ばしてくる。
「あ!」
死体は避けられたが腕までは無理だった。体を鷲掴みにされて持ち上げられる瞬間、股座の向こうに尾ひれのようなものが見えた。
アレで倒れずに済んだらしい。ずるい。
「おー、痛え。思わぬ反撃だったな」
コウユウの手に力が篭る。握り潰されるかと思って全身に力を込めるが、奴は俺の顔の前に、もう片方の腕を伸ばした。こうなるともうお人形さんだ。
どんな無残なやられ方をしても不思議はない。
「安心しろよ。首引っこ抜いたり捥いだり叩き付けたりしねえから」
「じゃあ何でずっと握ってるんですかね」
サメ人間がもう一度笑う。形勢は依然としてこちらに逆転してくれない。
「そりゃあ、いいこいいこしないとなあ。そう、こんなふうに!」
俺を掴んだ手が引き寄せられる。頬擦りする気か!
「へへえ、どうにかして逃げねえと顔がぐちゃぐちゃになっちまうぞお」
「ぐ、こいつ」
眼前に迫るサメ肌、視界が真っ黒になって、強烈に擦れる感触がする。
あっさりとリビングアーマーの兜とスケルトンの頭蓋骨が砕けて、頭の端っこが守りきれずに鈍くも鋭くもな痛みが、体を損傷した証拠としての痛みが襲ってくる。
頼む。保ってくれ。俺の『黒髪』!
「首を折らないように擦るのは大変だなあ、ん。なんだこりゃあ!」
ズタズタに千切れた髪の毛が、空中へと散らばっていく。咄嗟に超能力で髪を操って、頭を覆ったことで辛うじて攻撃を防ぐことができた。
日常生活では、ものぐさな用途でばっかり使っていたが、こういう使い方もできるんだ。髪だって周りの言うことを聞かず、切らずにおいた甲斐があった。
「ど、どうだ」
「おお、折角の髪が台無しだなあ。じゃあもう一回」
「図に乗るなよ! 『カルス!』」
サメ肌の頬を起点に、コウユウの全身に治療用の薬草が生い茂る。
徐々に傷を治すカサブタのような、俺手製の回復魔法だ。ダメージを回復されてしまうが即効性は薄い。そもそもそんなにダメージ与えられてない。
こいつで皮膚を分厚く覆うことにより、擦られても平気だ。
「うおう、なんだ、草!?」
「ここまでありがとう、スカルナイト。戻れ!」
戸惑うコウユウの隙を突き、合体を解除して一回り小さくなる。
そして握り締められていた手をすり抜けると、着地と同時に抜刀して、呪文を唱える。
「『濁し腐らせ淀の風、憎しみの御旗はためかせ、亡骸の上、膝を折り往け』」
今じゃ意識して使い分けられる異世界の言葉を口にして、刀を天に翳す。これもミトラスが教えてくれた魔法だ。
『壊病風ソワカ!』
頭の中でゾルっとした感触がする。
立ちくらみがする。眩暈がする。気持ち悪い。
まずい。集中力が、違う、髄液漏れ、違う。
魔力が、魔力がもうないのか。
こんなにあれもこれも使ったことなかったもんな。
けど。
「襲え!」
灯りの無い夜よりも暗い、どす黒い暗黒がコウユウを包みこむ。
こちらからは様子が分からなくなるけれど、頼む、それは相手も同じであってくれ。
「煙幕、いや、毒か! ぐ、ぬお、こんなもんがっ」
周囲にいた半魚人たちも、自分の皮膚が爛れたり、息苦しくなったりしたことで、何かのスイッチが入ったのか、弾かれたように逃げ出した。
――第六感が危機を告げる。刀を地面に突き立てて全身で押さえる。次の瞬間、振り回された尾ひれが闇から飛び出してくる。
俺をなぎ払おうとしたそれは、真っ直ぐ刀身に吸い込まれ、自らの力で中ほどまでを切り裂く。
「ぐおあああ!」
初めてコウユウが悲鳴を上げる。さっきと同じ要領で刀が切った場所以外の、無事な部分に打っ飛ばされるが、今度は来るって分かってたから受身が取れる。
「ぐっ、これで一発ってことにならねえ!?」
「ふざけんなオレの自爆だろうが!」
くそ、ここで止めにしてくれたら助かったんだが。もうこうなったら畳みかけるしかねえ。
舐めプでやっと回ってきた手番なんだ。
俺に次はねえ。
万全じゃないし、本当にやりたくなかったが、後は蓮乗寺がなんとかしてくれたらいいな。
「『我が身に宿る魔力の川よ、我が意に応えて瀑布と成れ。剛力ソワカ!』」
まずい。苦しい。疲れてないのに、つかれる。
耐えろ……!
「『我が身に宿る魔力の川よ、我が意に応えて瀑布と成れ。剛力ソワカ!』」
眠い、ちがう。ちがう。たえろ。後は。
「『我が身に宿る魔力の川よ、我が意に応えて瀑布と成れ。剛力ソワカ!』」
「糞! なんなんだこの煙は、吹いても叩いても消えねえ!」
出たな。後は。あとは……。
「おいてめえ、ふざけた真似しやがっ、な、なんだ、もしやそれが、お前の本当の姿か」
――もう、しらん。
「変……身! ダイダラアァァァーーーー!!」
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




