・前座無用のご無体
今回長いです。
・前座無用のご無体
一応部屋、というか教室に戻って、他の女子たちを叩いたり揺すったりしたけど、本当に起きなかった。せめて愛同研の連中くらいは巻き込んで、頭数にしたかったのだが、そうも行かないようだ。
「お前は一度放送室に行け、奴らは英語の音楽が苦手だから、学校中に流してやるんだ」
「私細かい操作とか知らないんだけど」
「全部オンにすればいい。煩くなって全員起きれば、儲けもんだしな」
「英語の音楽なんてあるかしら」
「給食のときにかかる奴でいいよ。でなきゃ音楽室に教材用のがあるはずだ」
「分かったわ」
俺と蓮乗寺は二手に分かれて駆け出すと、そのまま昇降口を目指した。半魚人共は既に敷地内に入り込んでおり、その数はざっとみただけで三十人以上いる。
少ないと思うことなかれ、大の大人三十人は大阪の市役所前で、日夜デモっぽい犯罪をしている人間の、平均的な人数らしい。大阪怖いな。
そんな関西で活動する外国人みたいな連中よりも、更に体力のある連中が襲って来ているのだ。危機以外の何者でもない。
「とりあえず先に召還をしておくか、いきなり向ってくるかもしれないからな」
変身シーンに手を出されるのは最早常識。
最初に話してから戦う準備なぞ、させてくれる筋合いが無い。人類同士だって、平気で約束から条約から破るのだ。
どうも人類基準で考えると、平和的な思考からかけ離れていくなあ。
そんなことはともかく、俺はこんなときの為に用意しておいた、魔法陣が描かれたハンカチを懐から取り出し、足元へと広げた。
「これで合ってるはずなんだ」
魔法陣は大きな円の中に四角いマスが上下左右に配置してある。
それぞれが3×3の魔法陣となっていてる。
そう、数学でいう『魔法陣』である。
縦横斜めの列の合計が同じ数になるアレ。
四角の中に1から9までの数字を記し、番号順に直線で結ぶ。
「十の和を以て四マスを繋げて、と」
左右の3・4・6・7の数字が、隣のマスの3・4・6・7と合わさりどちらも『10』になるようにする。パッと見同じ形だが左右や上下が異なるのがミソだ。
あと呼び出す魔物毎に一種類ずつ文字を宛がわないといけないから、合計で4種類の文字が必要なのも面倒臭い。
平仮名での「いち」は数字に入らないので1、一、Ⅰと異世界での数字の、ギリギリ足りた形だ。
最後にそれぞれの『魔法陣』の中央から、直線を円の中心へと伸ばして、十字で結んで完成。
「上手く行ってくれよ」
後は呪文を唱えれば、魔法陣から術者のいる世界へと最後の直線を通って奴らが現れる。最後の直線とは何か。
陣の上に立つ、そう、俺だ。
『我が呼び声に応えよ、守護霊リビングアーマー!』
精神を集中し異世界の言葉で呼びかけると、北に位置する魔法陣に光が灯る。
『我が呼び声に応えよ、使い魔スケルトン!』
東に位置する魔法陣に光が灯る。俺が呼び出す魔物たちは四体。
『我が呼び声に応えよ、召還獣スライム!』
南に位置する魔法陣に光が灯る。異世界で俺が手掛けたある魔物。
『我が呼び声に応えよ、式神ゴースト!』
西に位置する魔法陣に光が灯る。それを織り成す最下級の魔物たち。
『今こそ出でよ! 我が僕たち!』
昇降口内部に光が満ちる。眩いはずだが、不思議と目が眩むことはなく、ずっと直視していられる。
やがて光の中に四つの影が蠢いて、遂にこの世界へと現れた。
四体の魔物が勢揃いして、俺の前に並ぶ。
かつて異世界で何度か世話になった魔物たち。全員同一魔物ではないはずだが、何故だが妙に懐かしい。いや、異世界でも毎回違う個体を扱ってたけどね。
「できた。実戦ではこれが初めてだな」
悠長にしている暇は無いがそれでも感動する。魔法陣の案から始まり、それぞれの枠にどの魔物を据えるか考えて、ひーこら言いながら、ミトラスとウルカ爺さんに指導してもらって、頑張って作ったんだ。
ちゃんと文房具を使いましょうから始まって、魔法陣への魔力の流し方だっていっぱい練習した。
俺だって元々魔法使える人間じゃないから、ミトラスに操ってもらって、その後自分で真似できるように反復したんだ。
言葉じゃ伝わらんと思うが気持ちの匙加減ってほんとしんどい。
それに『召還獣』『使い魔』『守護霊』『式神』の配置だってそうだ。
どんな被召還物だって納まる通常の『召還獣』と『使い魔』の自由枠はともかく『守護霊』と『式神』は結構悩んだんだ。
スライムは守護霊にも式神にもなれないから自由枠に入れるしかない。逆にゴーストはどれでも行けるから自然と守護霊か式神にある。流石は人間の霊だ汎用性が高い。
スケルトンが守護霊適正あったのは意外だった。まあ骸骨の幽霊が取り憑く話もあるんだから、守護霊の見た目が骸骨でも不思議は無いんだよな。故人だし。
でも俺は自分の守護霊が骸骨なのは嫌だった。鎧がいるだろっていう心の声があった。だからスケルトンとスライムを自由枠にして、ゴーストを式神にした。
そして本来ならば適正が無いリビングアーマーを、守護霊にするためにミトラスにお願いして、彼が酷い力技と言っていた召還術で、適正が有りサイズも合うリビングアーマーを見繕ってもらったのだ。
思えばあいつにおねだりをしたのって、いつ以来だろうか。ともあれそういう地味で絵にならないけど、大変な下準備がこの修学旅行までにあったのだ。
それが今日の目を見る! 夜だけど。
「みんな聞け。今回はいよいよ実戦だが、練習通りにやるんだぞ」
四体の魔物たちは頷ける者は頷き、それ以外は体を振るわせたり何らかの音を出したりし、て了解の合図を返した。
「よし、合体だ!」
号令を下すと彼らは一斉に動き出した。
ゴーストが天高く舞い上がり、リビングアーマーはバラバラに飛び散る!
スライムが大きく体を広げて、スケルトンがそれを身に纏う!
次にスケルトンが飛び上がるとバラバラに飛び散ったリビングアーマーが終結!
スケルトンに装備され、ゴーストが降りてきて取り憑く! そして最後に兜が降りてきて、ガシンと装着され、最後にスケルトンの目が赤く光る!
これぞ!
これが!
これこそが!
俺が異世界で作った合体モンスター! その名も!
「魔霊合体! スカルナァアーイト!」
感極まってつい叫んでしまった。
いつか、いつかやってやろうやってやろうと思いながら、異世界で終ぞ言えなかったこの台詞。
ふふふ、見ろ、グラウンドの半分を過ぎていた半魚人共も、びっくりしているぜ。
緑色の全身鎧に、フェイスガード付きの兜から覗く髑髏、赤く光る目。異世界では邪魔だったレベル制限がないから、向こうのよりもこっちのほうがちょっと強い。
大きさもなんと今の俺より一回り以上デカいのだ。
何でちょっとなのかというと俺のレベルが足りないからだな。まあ合体するとそれだけ強くなるってことだよ。そんな悲しい話はどうでもいい。
「いいぞっ! よくできたぞ! 偉いぞお前たち! うむ、じゃあ行くぞ、付いて来い! そこまでだ! 侵略者共!」
校庭に駆け出し、魚顔軍団の前に立ちはだかる俺。こんなふざけてる場合じゃないが、真面目に考えてしまうと、最悪今日が俺の人生最後の日かも知れない。
生き残りを考えるなら、校内の寝ている奴らを土嚢のように積み上げて、篭城戦の振りをしながら、朝まで小田原に向けて逃げ隠れするのが正解だ。
しかし他の要らない連中だけならまだしも、中には見知った愛同研の奴らもいる。
こいつらが連れ去られて袋抜きにされるかも知れないとなれば、俺が戦う以外の選択肢はない。というか選択肢は奪われてしまった。
だったらせめて勢いだけは前に出していきたい。
「お前たち、こんな夜更けに何の用だ! 今すぐ帰らないと今度は本当に切るぞ!」
そう言ってしばらく様子を見ていた半魚人たちは、皆既に裸で、手足の生えた魚体を、惜しげもなく晒している。
霧があるから乾燥の心配がないということだろう。誰が何処からどうやって発生させているか知らんが、それも何とかしたい。
「あ、あいつだ! あいつが我々を襲い、あまつさえ侮辱して来たんだ!」
「そ、そうだ! あいつが我らの仕事を邪魔して来たのだ!」
魚顔の中から二尾がなにやら喚いている。
やれ精神的な苦痛がどうの人種がこうの。
たぶん昼間の奴だろう。まさか本当にその日の内にやってくるとは。やはり首を切り落としておいたほうが良かった。
「本当か」
そう言って最後尾から前に出てきたのは全長五メートルを越える大型の半魚人。この集団のボス格といったところか。
正面を向いても顔が分かる。サメっぽい。口が異様に広い。
「本当です! コウユウ様!」
コウユウ、大陸勢みたいな名前しやがって。漢字にすると鮫鮪か。流石に違うだろうけど。しかしこいつは何サメなんだろう。
サメっていう以上たぶんこいつよりも、更にデカいのもいるんだろうな。
「お前たちには聞いてない」
「ひっ」
土管の中を引きずるような思い声が響くと、魚顔たちが一斉に顔を伏せた。
発言した二尾だけが、コウユウと呼ばれたサメ人間のほうを向いている。というよりも顔を背けられなくなった。
「本当かと質問したとき、お前ははぐらかしたと聞いたぞ」
「え、俺?」
「そうだ。どうだ」
「本当かってどういうことだ」
「我々が、あの男を庇う理由をお前に聞いたときに、お前ははぐらかした!」
「?」
いまいち分かりにくいな。
「もしかしてお前らが、家に勝手に入ってきたのを、叩きのめしたときのことか」
「そうだ!」
「はぐらかすも何も、俺は今日初めてお前らのことを知ったって言ったぞ。知ってたらあれこれ質問なんかしてるはずないだろって。そういうふうに言ったが」
「嘘だ!」
魚が感情的に口をパクつかせるが、もしやこいつら言葉が分からなかったのか。質問しておいて『はい』か『いいえ』以外の答えが分からなかったんじゃあるまいな。
「嘘だも何もお前ら自分から正体バラすわ返り討ちに遭うわ俺の言ってること分からないわでそれこそ話にならねえじゃねえかふざけんなバーカ」
「嘘だ!」
「嘘だ!」
「もうよい!」
二尾が喚くのをコウユウが一喝する。他の魚共が露骨に顔を明後日の方向に向けた。そして。
――コウユウは二尾の体を鷲掴みにすると、そのまま口の中へと放り込んだ。
「え」
サメの口が動くたびに聞こえる名状し難い咀嚼音。おかしいな。あの二尾はこいつの身長の半分くらいはあったように見えたんだが。
「げふ。こんな所だろうとは思った。すまんな、下位種は頭が悪い」
ははあ、上司はインテリで暴力も嗜んでらっしゃるとか、そういうとこも大陸的なんだな。もう俺の勢いも他の魚共と同じとこまで下がったぞ。
もうね、やるなら殺るぞっていう空気じゃないの。
動物的本能から、これはこの場の全員が逃げないといけないなっていう、そういう空気。俺がグラウンドを魚市場にする光景を、望んでいた人々には大変申し訳ないけど絶対無理。
「あのー、誤解も解けたみたいですし、俺も命が惜しいんでお帰り頂けませんか」
これは俺の戦えるレベルを超えている。コウユウは俺の命乞いを聞くと、新鮮な血液たっぷりの吐息を吐いた。
結構な距離があるにも関わらず、強風が顔を叩く。
「そうしよう、だがお前さんが色々知っているのは、確かのようだし、それを聞いてからだな。あと、銃も剣も使わずに、下っ端とはいえうちの者を倒したそうだな、面白そうだしちょっと遊ばせてもらうぞ」
「は?」
サメが口角を上げた。笑ったのだ。
有無を言わさず、そうするという宣言。
「安心しろ、殺さんでおいてやる。お前たちは二人がかりで武器も使っていい。隠さなくてもいい、お前も人間じゃないだろう。陸の化物たちとやり合う機会など滅多にないからな、ひよっこ相手とはいえな、少しくらい、な。嫌ならいいんだ、嫌なら。その時は」
サメが大口を開けて校舎を見た。
こ、この野郎。人質取ろうってか。どうしてこう、どいつもこいつも血の気が多いんだ。
「……分かった。分かった、やろう」
「いい子だ。それじゃ頑張ってくれ」
街灯の明かりが霧でぼやける深夜。手足の生えた大鮫が、血風を吹かして襲いかかってくる。
先ほどやるしかないと言った自分の言葉が、脳裏に虚しく反響していた。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




