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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
見捨てられた地編
256/518

・夜霧の中で

今回長めです。

・夜霧の中で



 杉田は家で入院の支度を、出来る限り整えてから、夜に学校へ来ることになった。


 半魚人が襲ってこないとも限らないので、一応念には念を入れて、一人で寝泊まりしないように、学校で匿おうってことだな。


 心配というか警戒のし過ぎだと思うが、オカルト部部長の提案なので素直に従っておく。


『正体がバレた以上は生かしておけない』と、向こうは考えるかもしれないとのことだが、それだって俺が殴り倒して、本人たちも見逃すと言ったんだし、そういう事態は起きないと思うんだけどな。


 降参したその日の内に、舌の根も乾かない状態で、前言撤回して襲撃してくるなんて、低予算の映画じゃないんだから、有り得ないだろう。


 そう思いはしたが、何故だかその可能性を、頭から追い払えない。


 杉田もオカルト部の意見に全面的に同意していた。考え過ぎというよりは、あの魚顔をどうしても信用できないというのが、大きい気がする。


「しかしまさか本当にいるとは思いませんでしたよ」

「これだからあいつが口開くと怖いんだよなあ」


 帰り道の途中で、東条が興奮冷めやらぬといった調子で話しかけてくる。他の隊員たちは解散して、自分のクラスへと戻っていった後である。


「これで本当に重病だったりして」


「まあその辺は、掘り下げないでおこう。本当に病気でも良くはないし、かといって違うなら、ただのお騒がせだったことになる」


 仮に予知夢から推測した内容が当たっていたとして『本当に病気で良かった!』などとは言えない。


「それはそうですけど、しかし予知夢なんて、本当にあるんですね」


「オカルトは解明されてないだけで、基本的には存在してることだからな」


「存在しないことの証明の他に、構造が解明される場合もありますもんね」


 だいたい霊媒や記憶を読み取る能力なんて、世の中にとって都合が悪いから、人類の一生に渡り解明なんぞされないだろうし、されてもたぶん人目には付かないだろう。


 ソーシャル閻魔帳とかプライバシー駄々漏れで世界中が犯罪者で溢れ帰ってしまう。


 新大陸が浮上して世界中の刑務所から犯罪者を流し込んだとしても、直ぐに元通り以上の犯罪者数が発生することは、想像に難くない。


 どんなディストピアにだってキャパシティというものがあり、世に盗人の種は付き無い。


 こうして見ると、警察的な機構の物量による犯罪への敗北は、最初から決まっていたのだ。


「しかしあの人はどうやって今日まで生活して来たんでしょうね」


「親の通帳があったんじゃねえの、でなきゃ死体が上がって、生命保険は受け取れたとか」


「かもしれませんねえ」


 俺は東条の疑問を適当にはぐらかした。杉田が言うには親の死体が見つからなかったことは幸運で、死亡ではないから、親族の彼が今も親の通帳から、金を引き出して暮らしていたそうだ。


 生命保険は家庭裁判所に失踪宣告を申し立てたのが受理されたそうだ。


 事情が事情なので特別失踪扱いだったらしく、これのおかげで早めにお金の工面ができたんだとか。


「金の切れ目が縁の切れ目って言うけどな」


 そしてこの手続きは周囲の誰も知らなかったというのだから酷い話だ。よく調べたなと思う。


 また震災当初は人がいない、家主が死んだ家をいち早く突き止めて、家捜しをしたそうである。


 要は泥棒だ。


 自分がそういうことをしてたんだから、俺が家に来たとき、あんなにびっくりしたんだそうな。


 こんなことをペラペラと喋る時点で、杉田もどこかおかしいんだろう。


「縁の切れ目がお金の結び目になったんですね」

「生臭い話だぜ」


 今更杉田を警察に突き出すなんてことはしないが、評価はぐっと下がったと言わざるを得ない。


 学校生活の三年間に死亡する、異世界転生の予定者たちは、どうも心身を病んでいる奴が多い。


 例外もいるにはいるが、この分だと残る二人もろくな人間ではなさそう。


「そういやお前ら今日の夕飯どうすんの」

「自分たちは缶詰開けます、高いほうの鮭缶ですよ」

「贅沢ぅ」


 二日目の我々の昼食は、各自好きに飲み食いして、良いことになっている。手配ができなかったんだな。


 そして夕飯はといえば、街で買い物をして自分たちで自炊してみようという、教育的体験が待っている。手配ができなかったんだな。


「給湯器もありますからお茶漬けだって食えますよ」

「連携が取れてると、こういうとき本当に強いよな」


 分担ができることにより、使える道具や手段が拡張されると、こういう修学旅行みたいな苦行の時間が、格段に過ごし易くなる。

 

 持つべき物は友人だ。幸せは人がいっぱいいても、大して増えないが、苦痛や困難は足を引っ張られさえしなければ、ある程度までは人数分軽減されるのだ。その為の人員を友人と呼ぶかは、個人差があるが。


「あれ、確か小学校の家庭科室って、一クラスしか使えないよな」


「給食室も使わせて貰えるらしいですよ」


「いや、あれは同じ物を大量に調理するための場所であって、大勢の人間がバラバラに料理できる場所じゃないぞ。どうするつもりだ」


「さあ」


 嫌な予感がして来たな。俺は近くの駅まで行くと、構内にあるコンビニでおにぎりと飲み物を買うことにした。


 ――そして。


 夜。修学旅行だというのに、学校の中は静かで皆元気がない。安普請でも旅館とかホテルでわいわいしているのが健全な修学旅行のはずだ。


 しかし現実は過酷だ。過酷というより貧しい。童心に帰り走ったり、やんちゃしたりをする者は皆無だ。誰かが話すと声が響いてくるくらい、誰も喋らない。


 夕食は案の定学校側の見通しの甘さから悲惨なことになった。自分たちで作る分、前日よりはマシだろうと踏んだ生徒たちは、調理の持ち時間という漫画のような展開に晒された。


 順番に風呂に入るように、順番に飯を作る。旅行に来た生徒数は二百人近い。持ち時間は40分ほど。それだけの人数が自分たちの夕飯を綺麗に作って、後続に場所を渡すという芸当は、不可能である。


 当然時間は押す。そして出来た班から先に食っていいという訳ではなく、全員で揃っていただきますしろという、頭が腐ってんのかって全体主義が追い討ちをかけた。


 作った飯が冷める。レンジもない。一堂に会する以上出前も取れない。この状況をなんとなく予感していた俺と、愛同研の生徒の一部は調理を放棄して、店で購入した出来合いで済ましたものの、それでも時間は足りなかった。


 最後の班が笑顔の欠片もなく調理を終えた頃には、時計の針は九時を回り、食べ終わりと片付けを終えたときには十一時に近く、風呂の時間はとうに終わっていた。


 生徒たちは持っていたスマホや携帯電話で、ネット上にこのことを散々にぶちまけて、俺たちは帰る前から炎上することになった。


 治安や防犯の観点から、これらの道具は没収していなかったのが、学校にとって仇となったが、仇というなら全てにおいて無計画なこの企画を立てたことと、通したことがだろう。


 たぶん課題の感想文には、この人災へと怨みが山のように提出されるに違いない。


「サチコさん、今日はありがとうございました。私らもう寝ます」


「おう、お疲れさん」


 ルームメイトたちがお辞儀をし、もそもそとマットの上に横になる。俺たちは体調不良の名目で保健室に引っ込み、夕飯というイベントをキャンセルした。


 部屋に食器を密輸し、こっそり軍事部から給湯器を借りて、コンビニで買ったおにぎりを器に空けてお湯を注いだ。


 そうして俺たちは温かくて美味しいご飯を食べた。彼女たちはそのことに恩義を感じているようだった。


 軍事部は小型の給湯器の他に電子レンジを持ち込んでおり、パックのご飯をチンして大量の缶詰を開けていた。滅茶苦茶羨ましかったが、人間の基本道徳を思い出し『ちょーだい』とは言わなかった。


 俺たちは何の咎を責められてこんな目に遭っているのだろう。


「ままならねえなあ」

「そうですね」


 呟いた独り言を誰かが拾ってくれるが、話はそれきりだった。最早寝る以外の行動をする気が起きない。


 過ぎ行くものは一切であり、一切とは是かなしみであり、かなしみとは空である。


 かなしみと悲しみは違うものである、誰かのかなしみが伝わり、目を閉じて、浮かび上がる涙を瞼の裏で飲み干すことが、悲しみなのか。


 或いは悲しみが空に広がってかなしみになるのか。執着せず、しかし捨て去るでなく、失うでなく。


 境地に至りては境地のままに行い続ける。それが空ということなのか、ならばそれさえ過ぎ去っていくというなら、過ぎ去るものは何だ。誰だ。それは……。


「サチコさん」

「ハッ!」


 うつらうつらとしている所を、誰かに呼ばれて目を醒ます。


 危ない危ない、危うく悟りを啓くところだったぜ。


 見ればオカルト部部長こと蓮乗寺桜子が、俺の顔を覗きこんでいた。他の女子たちは既に眠っている。


「変よ」

「ああすまん、ちょっと考えごとをな」

「違うわ、学校中がよ。いいから来て」


 蓮乗寺に言われて俺は身を起こした。ジャージのままだが出歩くのに問題はない。


 物騒な雰囲気なので刀を持って、彼女の後に付いて廊下へ出て見ると、屋内は真っ暗。天井の蛍光灯では明らかに光量不足だ。


「そういや杉田は来たのか」


「来た。東条君たちの部屋に案内したんだけど、皆寝てるのよ」


「そりゃ疲れたんじゃねえのか」

「起きないの。だから変なのよ」

「なんだと」


 俺たちが話す声以外に物音がしない。


『検波』にも誰かが夜更かしして、スマホを弄ってるような気配を感じ取れない。学校中が寝静まっているのか。


「外を見て」


 蓮乗寺が廊下のカーテンをそっと捲った。就寝時に締める決まりなのだが、そこには奇妙な光景が広がっていた。


「霧か、これ」

「天気予報でも雨はなかったわ。突然の霧なの」


 一見分かり難いが、グラウンド側の電灯や校舎の外の電柱、そういった場所の光源から、霧であることが分かる。雨は降っていないが、晴れでもない。


「夜霧なんて滅多に見ないが」

「サチコさん、何か感じない」


 ここでようやく俺は、彼女が何を求めて俺を起こしたのかが、分かった。しかし。


「なんだ、数が近くに有り過ぎる」

「人間以外の気配よ。それだけに絞れない」


「絞るのは難しいが、確かに、いるな。近い。近付いてくる」


 学校の外にあった気配。それが、今や、全て。


「ミトラスやウルカ爺さんに連絡取れるか」

「電話も通じなくなってるの」


 先手を打たれている。しかし誰が、何の為に。その疑問への答えは、自分からやって来ている。街灯の下に現れたのは、昼頃に見た白い制服と。


「あ、あれ」

「本当かよ」


 魚の頭をした異形の存在。その集団。半魚人共。


 やられたその日に仲間を連れてお礼参りとか大陸人じゃねんだぞ恥知らず共が。


「狙いは俺と杉田だな」

「どうするの」

「どうしようもねえ」


 手にした鈴鹿の鯉口を切って、にじり寄って来る連中を見る。真っ直ぐに学校を目指して歩いてくる。


 隣を見れば、蓮乗寺も奴らを睨んでいる。


「戦うしかねえ」


 何とかして、この場乗り切らなくては。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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