・同類項
・同類項
結局もう一人の男も正体を現して、襲い掛かってきたので、殴り倒した。
今度は杉田もいるから少しだけ楽だった。自分の縄張りの中だと、強気なのかも知れない。
例えでなく魚顔の男たちは、現在ガムテープでぐるぐる巻きにして拘束し、床に転がしている。頼もしいぞ文明の利器。
「それで、お前らはなんなんだ」
動揺しながらも杉田は、縛り上げた魚顔たちを問い詰めた。俺はといえば、こいつらの頭上で刀を持って突っ立っている。何かあればストンと落とす腹積もりである。
気を失っているときに首を刎ねなかったのは、流石に殺害までは、気が引けたからである。
俺にも人間としての意識はあるし、異世界では魔物たちに大変良くしてもらったので、こういう人とも魚とも付かない存在は、無抵抗になると攻撃しづらい。
その点アンデッドは良かった。最初から死んでるわ危害は加えてくるわで、俺もやり易い。首だって刎ねられる。
「我々は人間の言葉で言えば半魚人」
『半魚人』
俺と杉田の声がハモる。半魚人。そんな前時代的な名前を聞くことになるとは。
道理で魚顔してる訳だよ。本職だもんな。魚顔改め半魚人は、牙も舌も生えた口から、人間の言葉を吐き出していく。あと日本語お上手ですね。
「ドコ棲みだ」
「海」
それはそうだろう。
「その、人間の格好はなんだ。作り物か」
「勿論人間を殺して加工したものだ」
「分かってはいたけどモロに言ってくるな」
「もう首落とすか」
半魚人のうちの片方(といっても最早見分けが付かない)が慌てたのかエラをばたつかせる。音がカブトムシの羽音に似ていて、非常に気持ち悪い。というかこいつら今どうやって呼吸してるんだ。
「待ってくれ。我々はお前たちの言う、一般人というものに危害を加えてはいない」
「どういうことだ、俺たちにもう危害を加えてるだろうが」
「それはともかく密入国者というのがいるだろう」
こ、こいつ、ふてぶてしくも! 加害者の癖に! しかも負けてるくせに棚に上げたぞ!
「我々にだって、危険と実利を比べるくらいの知能はある。人間の罪人がいなくなっても困らず、また気付かれない人間を餌食にし、成り代わるのを見て、我々はこれだと思ったのだ」
「それを真似して密入国者を襲い、自分たちの着包みにしたと」
「背乗りに背乗りしたのか」
「この国に来る奴らは頭蓋骨にエラの名残があり横長なので一番被り易かった」
広義に捉えれば人類の敵だけど、実利的には社会の味方。こういうアンチヒーロー紛いの存在って、厄介極まる。しかしそれはそれでまた疑問が残る。
「人間を着るのはどうしてだ。やっぱり乾くのか」
「そうだ。表皮の粘膜だけでは直ぐ乾燥してしまう」
「そもそも何で陸に上がって来たんだ」
「数年前の地震で海にある我々の集落が手痛い打撃を受けた。住処を失った者たちの一部を、地上に疎開させることになったのだ」
「お前らも避難民なのかよ……」
俺の質問に半魚人が答え杉田が辟易する。類は友を呼ぶというか何というか。
地殻や気候の大規模な変動に際し、生き物たちが大移動するのはあることだが、大規模災害に遭った半魚人が、陸地に避難のために進出してくるとは。
「街を見張ってた理由は」
「我々にしても外皮に使った人間にしても部外者だ。現地の人間は気付く。騒がれては困る」
「だからオレたちが外出するのを警戒してたんだな」
うーむ、話せば話すほど意外に知性がしっかりしている。人間を餌食にしている内に知恵が付いたのか、或いは最初からか。どっちにしろ臭え。
「ただしそこの男だけは別だ」
「別? オレだけ」
「そうだ、とりあえずそのうるさい音を止めてくれ。苦痛だ」
半魚人たちは身じろぎしながら言った。さっきからずっとBaba Yetuかけたままだわ。確かにうるさいから止める。すると魚共は目が少しだけ明るくなる。
食材の目利きでこういうのあるけど、これだけ頭が大きいと分かり易いな。
「お前だけが我々の苦手なその音の元を大量に所持している。だから監視が決まった」
「普段は何を聞いてるの」
「北米ものと讃美歌を主に。あとゲーム音楽」
ああ、近年のゲーム音楽はゲームっぽさを付き詰めるかエスノに行くかだからな。ということは待てよ
「こいつらもしかして洋楽が弱点なのか、耳が何処にあるのかも分からんけど」
「英米のミュージックが半魚人を封じていたが、この世界ではもう存在しない。だからそれを持っているオレを、要注意人物として見張っていたのか。個別に直ぐ飛んでくるなんて、出来すぎだと思ったんだ」
こいつらの住処は、太平洋側の日本近海だろうが、洋楽が苦手という弱点はこっちの分布特有のものか、はたまた種族的な共通の弱点か。
仮に共通のものだった場合、この世界には英米が無いので、そっち側ではこいつらの活動領域が、大幅に増していることになる。
そんなとこまで行く予定はないから構わないけど、他所の国の文化が、思わぬ所で防波堤の役割を果たしていたかも、知れないんだな。歴史の浪漫だな。
「乗り込んで盗むなり壊すなりすれば良かったのに」
「我々は危険のあるものには近付かない」
そんなとこは動物なんだなあ。
捕食対象にのみ強気と。
いやまあそれは人間にもそういう奴いるから、特に言わないけど。今回は読み違えたんだな。
「我々からも聞きたいことがある」
それまで黙っていたもう片方の半魚人が口を開く。ずっと半開きだったけど口を開いたんだよ。そういう表現だよ。
「お前は何者だ。何が狙いでこの地に来て、何故この男を庇う」
「俺は高校生だ。修学旅行でこの街の見学に来ただけの学生。庇うも何もお前ら侵略者だろうが、自分の立場を考えろ。お前らみたいなのがいると知ってたら、こんな場当たり的なことになってないわ」
本当のことを言えば、半魚人側からしたら面倒な事になるのは、目に見えている。もっとはっきり言うともうじき杉田が死ぬなんて言ったら、こいつらは喜ぶし延命も邪魔するだろう。
あくまでも運が悪かった、こいつらの勇み足だったというふうに、成り行きを結ばなければいけない。
咄嗟にこういうことを思いつくようになった辺り、人生経験の為せる業だな。
「本当か」
「用意ができてるってことは、お前らのこと知ってるから、質問なんかしないってことだぞ」
言外に『嘘ならお前らの命は既に無いんだぞ』というのを匂わせたいが、こいつら表情が無いからこっちの言ってることが、分かってるのかどうか判断が付かないな。
「そうか」
半魚人たちはそのまま静かになったので、俺は刀を一度鞘に納めることにした。
いい加減腕も疲れてたし、こいつらがこっちを見逃すのなら、こっちも同じように見逃してやってもいいと思う。
半魚人が人間を捕まえて殺したり、袋抜きにして皮を被ったりするのは確かだが、それが一時的でしかも相手が犯罪外国人というなら、見逃したほうが世のため人のためである。
「なあ、こいつらどうする」
「これからのことを考えるとだ、こいつらを殺して半魚人と敵対しても自殺行為だろう」
「だよな、こんなことで追われる身になるのはなあ」
杉田が嘆息する。この二尾が殺すことで他の半魚人から報復されたり、付け狙われたりする生活に、突入するのは御免だ。
「お前らが俺たちを見逃すなら、俺たちもお前らを見逃すけどどうする」
「見逃す。だから見逃してくれ、頼む」
先に殴ったのは俺だが、相手は人間に危害を加える人間じゃない種族だ。向こうにしたって正体を見破られ襲いかかったら返り討ちに遭い、捕縛までされて、これ以上何をかやろうという気は、起きないだろう。
「分かった。それじゃあ一人ずつ外で解放しよう」
「本当に襲ってくるなよ」
そう言って俺たちは一尾ずつ外に出してから拘束を解いた。テープを鋏で切っただけだが、半魚人たちは解放されると即座に車へ駆け込み、何処かへと去っていった。
頭を誤魔化すものがないから、途中で人に見られるかもしれないが、そこまでは関知しない。
「とりあえず、これでオレは安心して外に出られるってことかな」
「そうだな。ともかく後はこの街か、他の街の病院で精密検査でも受けるんだな」
現代医療に掛かれば、来月までの延命くらいはできるんじゃないだろうか。こればっかりは診断の結果を見ないことには。
「あ、電話だ」
「ピンク色」
などと考えていると、預かっていたウルカ爺さんのスマホに電話が掛かってくる。
「はいもしもし」
『あ、もしもし東条です! こちらの総当りは終わりました! そちらはどうですか!』
東条だった。息が荒い所から察するに移動は走ったのだろうか。ともあれ彼の方面も無事捜索が終わったようだ。
「そうか。俺のほうは当たりが出た。今は目標と一緒にいるから、蓮乗寺にも連絡してこっちに来てくれ。場所は……」
俺は現在地と目印になりそうなものを教えて、皆と合流することとなった。
程なくして現れた東条は、信じられないといった様子で杉田を見ていた。それから直ぐにオカルト部部長もこの場にやって来た。
ちなみに彼らを待つ間、杉田に東条たちは一般人だが蓮乗寺には、本当の事を教えるように、言い含めておいた。
そして無事に全員集合し、お互いの顔合わせも済ませて、次の予定を話し合う。
時刻は十二時の終わりに、差しかかろうという頃。迅速だ。
今までのトラブルの中で、最もスムーズに終わらせることが、できたのではないだろうか。
それぞれ積もる話を微妙にはぐらかしながら、俺たちは半魚人の領域から後退した。
今回は仲間の力と自分の成長というものを実感できたような気がする。
これは帰ったらミトラスに自慢ができるな。
ふふふ!
「どうしたのサチコさん」
「いや、俺も最近は捨てたもんじゃないなって」
「それって時期によるものなの」
そうだ、俺だって少しは成長してるんだよ。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




