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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
見捨てられた地編
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・機先を制するということ

今回長めです。

・機先を制するということ



 色白の蒼白な顔色をした連中が、杉田家のチャイムを鳴らす。二人いて一人はワゴン車の運転席、もう一人が門前。二階の窓から覗き見るに、どちらも顔に生気が無い。いや。


「あいつらは何だ」


「自称民生委員だ。この辺一帯から人がいなくなった頃に、現れるようになった」


 杉田が忌々しそうに呟くと、その顔には焦りの色が浮かぶ。真っ当な人間では無さそうだ。


 民生委員がチャイムを鳴らし続ける。エラが張って顔が横に尖っている。


「自称」


「そうだ。あいつら名札を付けてるが、この辺の民生委員にあんな奴らはいないそうなんだ。この辺を練り歩いて街に残った連中を見張ってる。街の外に出ようとした奴が邪魔されたり、しばらく付きまとわれたりしたそうだ」


 杉田が言うにはイベントの日に外出をしようとしたとき、駅に差し掛かった辺りで、あいつらに捕まったそうだ。


「言葉も片言で、イベントというものが、理解できてない節があったな。家に帰ってくる用事の場合は一応引き下がるが、そうでない場合は」


「どうなるんだ」

「分からん」


 逃げ果せたか、それとも。まさか外まで追って来て何をしようっていうのか。


「あいつらは密入国した外国人だ。災害で行方不明になった人たちに背乗りしてる。役所まで流されたから名乗りたい放題だが、俺たちみたいな避難所に入らない生き残りから、バレるのを恐れてるんだ」


「何故それが分かった」


「見れば分かるが先ず顔が違う。明らかに大陸系だ。それに海から上がってくる連中を見たってメールが、知り合いからあった。誰が手引きしてるのか、今じゃ何かあると、こうやって車まで用意してやって来る」


 お前らって知り合いとか友だちいたのか。


 いや、今までそういうのを、目にしてないだけで、いてもおかしくは無いんだな。


「むっ」


 チャイムが止んだ。


「どうする。あいつら玄関開けて入ってこようとしてるぞ。一応侵入した際に鍵は掛け直しておいたが」


 逃げられないように、踏み込まれないようにと、進退を考えてのことだったが、功を奏したようだ。玄関をガチャガチャする音が聞こえてくる。


「あんたが来たから様子を見に来ただけだろう。修学旅行の生徒が、見学に来たって言えば、帰ると思う。あんたの学校の名前は」


「米神だけど麦仏って答えといてくれ」


「よし、じゃあちょっと行ってくる。それと、奴らは音楽を嫌うから、音量を上げて何か曲を流してくれ」


 杉田はそう言って部屋を出ると玄関へ向った。下で玄関を開ける音と、ひょうきんな様子を取り繕った、杉田の声が聞こえる。


 彼の声ははっきりと聞こえるのに対し、恐らくは民生委員のものであるはずの声は、くぐもっていて聞こえない。


 不意に第六感が危険を告げる。


 ゆっくりと慎重に、抜刀して再び窓を覗きこむと、車からもう一人が、降りて来るのが見えた。玄関には行かず裏から回り込もうとしている。


 盗みか、それとも俺に気付いているのか。どちらにしても、家に入ってくる理由が無い。


 相手が自国民に成り代わろうとする寄生民族だったとしても、叩き斬っていいものか。間違いなくいい。法には触れるが万民の心は俺を賞賛する。根拠はともかくその確信がある。相手は人間ではない。


 しかしここは一度杉田の言葉に従って、音楽を大音量で流してみよう。捻くれたゲームじゃあるまいし、チュートリアルには素直に従うものだ。


 俺が画面の音量を徐々に上げて行くと、室内から廊下へ、廊下から階段へ、階段から家中へと、それは響き渡っていく。スワヒリ語の賛美歌が。


 ――Baba Yetuの唄声が。


 この世で最も道徳的に美しい歌が、大気を振るわせて行く。しばらくの間、煩くてかなわない部屋の中で息を殺していると『それ』は起こった。

 

 玄関と、裏口側に突然気配が二つ増えたのだ。


 さっきまでなかったものが連中に、いきなり生じたことになる。


 しかしおかしい。人間の気配とそうでないものとが混じっている。ミトラスやウルカ爺さんとは違う。


 別の動物というのでもない。殺していた気配を現すのとも違う。


『一箇所に二つずつ、合わせて四つの気配が同時に出現した』のである。


 尋常のことではない。


 恐る恐る自分も階段を降りて様子を窺う。階段は廊下の奥にあるが、廊下の付き当たりは行き止まりではない。左右の壁にドアがある。


 階段側のドアはトイレ。反対側のドアは二つ。片方は玄関とは壁で隔てられた部屋。居間だろうか。そしてもう一つの開けると細長い通路があった。その先に外へと通じるドアがある。


 ここだ。


 抜いておいた刀を刃が上に来るように持ち、後ろ手に隠す。髪の長さと背の高さが初めて役に立ったような気がする。ドアの影に屈んで静かに待つ。


 相手が近付いてくるのが分かる。


 ――ドアノブが、がちゃりという音と共に回って、裏口が開かれる。


 吹き込んでくる外の匂いに混ざって、生臭さが鼻を突く。白い服に身を包んだ、もう一人の自称民生委員がのそりと入り込んでくる。


 背が高く、死人のような色の顔は、エラが張っていて顔が横に尖っていた。

 

 中を覗きこみ、玄関側を窺ってから家の中へ。男が入り込むのに合わせて、俺は入れ替わるようにして外へ出る。開け放たれたままの裏口から、音を立てないように回りこみ、体を一旦外に隠す。

 

 男が奥のドアを開けて、中に入ったのを見てから、後を追う。ドアが閉まっていれば開けるために立ち止まる必要があり、かといって開け放っておけば、こうして誰かに裏に回られた際、気付きにくくなる。


 一長一短の順番が噛み合って、イニシアチブが取れていると思いたい。


 家の中に入り込んだ男は家捜しをするでなく、真っ直ぐに二階へと上がった。迷いが無い。金目の物を探しているとか、俺を見つけようという動きじゃない。


 何が目的だ。男が部屋に入るのが見える。不自然なことに頭を抱えている。腕で耳を塞ぐような抱え方、煩いなら単純に耳を塞げばいいものを。


 そう思いながら俺も部屋に入る。

 もう直ぐ目の前で、すぐ後ろ。


 なのに向こうは気付かない。男はしきりに部屋の中をキョロキョロと見回して、ディスプレイ横にあるスピーカーを見つけると、徐に足を上げた。


「おい」


 スピーカーの音量に負けないように、少し声を大きめにして呼びかけると、男は一瞬びくりとして、俺のほうを振り返る。


 見れば見るほど違和感しかない。真っ白くて何処のものとも分からない白尽くめ、日に焼けていないにしても程がある肌、そして日本人らしからぬ顔。


 こちらを振り向いて、定まっていない眼線が少ししてから落ち着く。目と目が合って、


 いや、違う、不連続な動き、何かが複数ある。目の奥にある何かが、眼球の動きの中に別の動きが混じっている!


『目の奥にある目と目が合った』


「うわあああーーーーっっ!!」



 大声を張り上げて、俺は刀を持っていないほうの手で殴った。ほとんど恐慌状態に近い行動だったが正しいという予感があった。


 だがしかしどうだろう、男の顔面左側に吸い込まれた拳は頭蓋骨の硬い手応えを返してくることはない。それどころか。


「顔が、どうなってるんだ」


 男が少しだけ後ろによろめく。顔は赤く腫れる訳でもなく、皮が破け、頬骨は潰れたダンボール箱のように内側に陥没した。軽過ぎる感触。擦り傷以上の傷口からは、一滴の血も滲まない。


 男が徐に横を向く。


 見間違いだったらどれほどいいか、尖った頬骨がもごもごと何ごとかを呟く。頬が破れて、嘴の下側のようなものが見える。生臭さが一層酷くなる。ボロボロと顔が崩れて、下から異形の顔が露出する。


「ググ……」


 それは頭を掻き毟ると次々に皮が剥げて、人間の顔の下に隠されていた顔を、完全に外に出した。B級映画さながらの人間大の魚顔。


 しかし愛嬌は欠片も無い。


 化けてやがった。何者かは知らないが、こいつらは『人間の皮を被って人間に化けていた』。気配が四つあったのはこういうことか。


 こいつらが人間の皮を着ているときは、気配がフィルターにかかっていたんだ。


 普段はそれを殺しているが、仮に気配を読んでも、皮のおかげで人間のものとしか気取られない。しかしどういう訳か、音楽を聞くとフィルターで隠しきれないほど、こいつらの存在感が増す。


 それが一か所から気配を二つ感じ取れた理由。


「オ、オノレ……」

「人間じゃねえのか」


 こいつらが何者で、何故こんなことをしてるのかは知らんが、俺の目的は何もこいつらと揉めることじゃない。


「追わねえし黙っててやるから帰れよ。住居不法侵入だぞ」


 言えた立場ではないが、このまま何とか帰ってくれねえかな。


「ミタナ、ミぃタぁナアアアァァァ!」


 魚顔が息を荒げて襲い掛かってくる。しかし。


 俺は背中に隠しておいた刀を、前へと振りながら全身でぶつかる。生憎こちとら身長180センチ二十歳の女子高生だぜ!


「ゲッ!」


「何がミタナだ。てめえのほうから全部脱いだくせしやがって」


 後ろへ下がってから刀と鞘を相手の足元へ放り、腰を落として深く溜めを作る。


 ――いざ八卦良し!


「残ったあ!」

「グゲッ!」


 全身でぶちかましをかけると魚顔がゲームのハードやら室内のソフトやらを盛大にぶちまけながら倒れる。こうなれば後は一つ。


 殴る×n回。


 目の前の化け物が完全に意識を失うまで、頑張って殴る。こいつがまた非常にタフで五分ぐらい顔を殴り続ける羽目になった。


「ぜえはあ、ぜえはあ。俺だって成長してんだ。今更ポっと出の化け物程度にやられるかよ」


 吐き捨てつつ刀と鞘を拾って納めると、部屋の入口から杉田ともう一人の白いのが、こちらを眺めているのが見えた。


 この騒動を聞いて上がってきたのだろう。

 

 どうしよう。たぶんアレとも戦うんだろうな。こういうとき弱気になったらいかんのは分かるが、それにしてもどうすれば。


「……なんだやんのか、見せもんじゃねえぞ」


 俺がそう言うと、もう一人の白い奴も、さっきと同じように頭を掻き毟り始めた。


 畜生こうなったら十人だろうか二十人だろうがやってやろうじゃねえか!

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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