・個人旅行のほうが遥かに贅沢
・個人旅行のほうが遥かに贅沢
電車に揺られること約四時間。一日目の行程の半分が消えた。
乗り継ぎを幾度もし、まだF県入りもしていない内からトイレと昼食の休憩を挟み、最後は駅から住宅地の中を通って、宿泊地である小学校へと到着した。
我々米神高等学校二年生は長時間の移動にすっかり辟易していた。空は曇っているし街も静かだ。
国道沿いはまだしも、住宅街は平日にも関わらず、しん、と静まり返っている。人の気配がしない。
『検波』で広がった感覚は人がいないことを示している。
それに街の景観が全体的に荒れてる。幾つかの建物と住宅地はそのままなのだが、その外側は向こうまで見えるほど、平らかなのである。
途中で放棄された空家のようなものも何件かあり、賑わいの欠片もない。所々に街路樹や植え込みが倒れてそのままなのは、その後の台風などの天災に見舞われたとき、既に住民がいなかったからなのか。
「周囲に比べればまだいいほうだな」
廃校予定と言われた小学校に入って見れば、設備はそこそこ綺麗だったが、いかんせん子どもがいないのだろう。
良く掃除が行き届いているというより、手付かずといった印象を受ける。収容人数500人越えの施設に、通うのは三分の一程度の人数だ。
「これ学校が休みって訳じゃないよな」
「授業をしてる中お邪魔してるんだから、大人しくしてろってしおりにあったじゃない」
「それはそうだが」
似たり寄ったりな町並みの、これまた似たり寄ったりな学校。
それだけにこの不自然な状況が不気味だった。
「ワクワク感が全くないな」
現在午後二時半。旅のしおりによれば、今は荷物を割り振られた部屋に置いて、三時まで休憩ということになっている。
俺はと言えば、クラスメートとは仲が良くないし、荷物なんか置いていこうものなら、またどうなるかは火を見るよりも明らかなので、引き続き荷物を持って行動している。
そして同じく二年生である他二名と、事前の打ち合わせ通りに落ち合い、お互いの部屋を、確認し合った所だ。
俺は二階の1年1組。
オカルト部部長は、同じ階の2年2組。
東条は四階の6年3組。
男子は最上階である四階及び三階の半分、女子は二階と三階のもう半分といった配置である。
で、ここが三階の階段前の片隅。
「小学校なんて五年ぶりだわ、母校じゃないけど」
「長居したくねえなあ」
「地域学習と自由見学は明日で、この後は学校案内と教室の清掃となってます」
昭和臭のするハンサムフェイスこと東条がしおりを読み上げる。人がいない学校の手入れをさせられるのか。
「しかしなんだってこんなに人がいないんだろ。前はもう少し復興していたような」
「そりゃ、今この県は『1点』だし」
「この前台風もありましたしね」
俺の疑問に二人が答える。東条に歴史改変の記憶は無い。だからこの二人の返答は説明内容に時間の食い違いがある。
オカルト部部長の言う『今』は前の歴史と比べてであり、東条は『この前』はこの歴史の時間においてである。
「なんだその1点て」
「え、中学の社会でやりませんでしたか」
「俺は高校までの学校生活は、授業に出られた日のほうが少ないから、知らない」
「あ、すいません」
「説明するとね、どこぞの大統領選挙みたいに、各都道府県には点数が割り振られてるの」
「日本は大統領制じゃないだろ」
「そうね、でもそこから選出された国会議員にはその点数が、そのまま割り振られるようになっているの。これにより点数は議席以上になって、これが何かに付けて要求される過半数とか三分の二とかのなんやかんやに使われるようになってるの」
つまり都市部出身の議員は高得点で、かっぺはそうじゃないってことだな。
「それ多数派の政党が益々強くなるだけじゃね」
百人の議員が仮に全員1点で100点持ちだとして、三十人の議員が3点だとしても90点だ。10点負ける。
もっと言うと百人の議員全員が3、点取れないとは考えにくいし逆もまた然りだ。都合よく少数派が点数で逆転するなんて、有り得るだろうか。
「いえ、多数派の政党の議員にはこれは適用されないのです。一票の格差を是正するためらしいのですが、多数派に属さない政党、あるいは無所属の議員が選出された場合のみ、点数が加算されるんです」
「なんだそれずるいな」
「ここまでならね」
オカルト部の部長が意味ありげな含みを持たせる。廊下を他の学生たちが、我が者顔で走って教師に注意されている。馬鹿だなあ。
「少数派でも選ばれれば倍点以上は確実。少数派の代表には、多数派に劣らない価値があるとしたこの制度は引き換えに、というのもおかしいですが、昔言われた一票の格差というものを考慮しない、いや、結果に差は存在しないということにしたのです」
一票の格差というのは価値が低い票なんか幾ら取っても落選するという、文字通り票の格差である。
そしてそういう状態を指して、有権者の権利を侵害しとるんじゃないかと付けられる『いちゃもん』のことでもある。
「あれ、大きい選挙区で負けるから、地域を細切れにして小さいとこで勝って、得票数で大敗しても議席の数で勝とうっていうのが少数派だろ。これじゃ一方的に得だし損じゃないか」
「そう思うわよねえ。だからあっさり可決したのよ。この制度」
廊下の向こう側から、教師同士の話し声が聞こえてくる。聞き取れないがたぶん挨拶の類だろう。
「で、蓋を開けて見たら、少数派と多数派の議席の逆転が起きてしまったんですよね。ただ、今言った点数の大きい所は元多数派が殆ど持ってっちゃって。少数派になった元多数派は得点で勝って、議席の上では多数派になった元少数派は、点数の恩恵を受けられなくなりました」
仮に百ある議席数の内訳が51:49のような結果になったとして、二人の話したルールだと51はそのままだが、49のほうは一人でも3点の地域から選出された議員がいれば、その時点でもう互角という訳だ。
一見互角のように見えるがその実、地盤の力がモロに現れる形になっている。うーんマスゲーム。
なんだろう、列強が粗方消えてることと関係あるんだろうか。歴史改変のしわ寄せで、選挙制度が変わるなんてことがあるのか。
「それで」
「元少数派は同じことをやり返そうと目論みました」
「結果は大敗を喫して、今では議席も点も数三倍にしたって勝てない有様になったみたい。多数派はやはり多数派ということね」
オカルト部部長は、現在の状態はおそらく歴史改変前の状態と、そう大して違いはないのではないか、と小さく付け加えた。
「なるほどな。で、この土地が1点というのはまあ、色々の災害のせいということだな」
「そうですね。政治的な価値の低さが復興の足を引っ張り、省みられなくなって、人も離れてといった所でしょうか」
こっちは選挙制度の変更の悪影響をばっちり受けていると。
「学校もまだそんなに古くなってないのに、子どもが居なくなって、自治体は破綻か統合かという状況のようです。しかし被害は広範に渡っていますので統合というよりは」
改廃となって真空地帯になるか。流石に破綻で済むだろうが、残ったら残ったで苦しい生活も残る。
「学校が使えるような宿泊施設もないから、こういう運びになったという訳だな」
「そういうことね」
「世知辛えなあ」
社会見学の中でも最大のイベントである修学旅行で低予算、低待遇というこのやるせなさ。希望も将来性も無い。
「国会でもたまに議題に上がるんですよ。点数の低い地域を発展させようって。でもそれを言うと与党傲慢だって言って負けてる野党が反対するんですよ。相手も得はしないのに」
「え、お前国会見てんの」
「今は動画がありますから、放課後や昼休みに見られますからね」
意識高いなあ。俺なんかテレビは録画しておいた深夜アニメか、近所のビデオ屋で月の頭に格安で映画を借りて見るくらいだよ。
「地方自治と国会の乖離は見ていると面白いですよ。国内と言っても地域によって、別の時間と歴史が流れているのが分かります」
力説する昭和系美青年が、ガタイの良さに不似合いな早口で捲くし立てる。軍オタって包括的な連中だよなあ、多岐に渡るというか。
戦争に関係すれば風俗や地理から政治や個人のエピソードまで何でもありだ。
アナリストには向いているがコンサルタントは不可能な、アナログ情報系後方勤務。情報士官がいないと集めた知識は飛び散るばかりだ。
「まあお前が面白いなら、それでいいじゃん。むっ」
なんだ。
「どうしたのサチコさん、幽霊でもいるの」
「いや、何だろう。そういうんじゃないな」
「え、二人ともそういうの分かるんですか」
無意識に匂いを嗅いでいる自分に気付く。なんだ。今一瞬、急に外の気配が増えたような。
「少なくともココとうちの学校にはいないから、安心しろよ」
「なあんだ、脅かさんでください」
休憩時間の終わりと共に、俺たちは一度部屋に戻ることにした。その途中で、廊下の付き辺りの窓から、学校の外に続く町並みを見た。
曇り空の下の寂れた街は、動く者など誰もいないはずなのに、何故だかその後ろで、見えない影を動かしているかのように感じた。
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