・グッバイティーンエイジレベルアップ
新章開始です。
・グッバイティーンエイジレベルアップ
俺の名前はサチコ。先月誕生日を迎えて、二十歳になった高校二年生。来年で二十一歳。セーラー服に袖を通すのが苦しい今日この頃。
代わり映えしない日常を、たまに怖く感じるようになってしまったのは、俺が十代じゃなくなってしまったからなのか。
「こうして何気なく、何もない日々を送れることって幸せだよな」
「サチコそれ先月も言った」
そうだったっけ。
なんだか凄い昔のことのように思えるよ。
今もこうしてレベルアップの作業をしているけど、この瞬間は未来の自分自身が、昔のことを思い出しているだけなんじゃなかろうか。
止そう。
なんでわざわざ現実を疑う必要があるのか。
「でも言ったときの気持ちは違うんじゃないかな」
「それは僕も思うけど。ていうか何時までその格好をしてるの」
俺のことを怪訝そうな顔で見ている、魔物の少年はミトラスだ。俺のミトラスだ。もう一度言う。俺の、ミトラスだ。
草原を想起させるファンタジックな緑髪に、ネコ耳と金目、尻尾は無し。可愛い。そんな表情をしていても可愛い。
「これか。いや、皆から貰った誕生日プレゼントを、装着してみたんだが」
現在の俺は誕生日に先輩や南、海さん、オカルト部の部長などなど、高校生活でご縁のあった人々から、貰ったものに身を包んでいる。
人生でこんなこと初めてなんだけど全然喜べない。何故なら。
「いったい誰と戦ってるの」
「そんなこと言ったってよう」
俺の体は首とか肩とか肘とか膝のサポーターで固められ、胴から腰にかけてはコルセットを巻き、手にはグローブ、下着に至っては就寝とスポーツの両用が、可能なものになっている。
滅茶苦茶に野暮ったい上に、全身に拘束的な圧迫を感じる。
しかし先日修理を追えて、新品になったことと引き換えに、糞重たくなった刀を持つときには、すこぶる役立つのである。
これらの装備が有ると無いとでは、疲労のし易さや動きの精度に、かなり違いが出る。人体のテーピングによる補正効果は、大したものだと実感した次第。
「ちょっと窮屈だけど凄く動き易いんだって」
「うん、まあかなり機敏になったのは分かるよ」
「胸も痛くないし」
以前は片乳500gくらいだったが今は1kgになりつつある俺のバストも、この状態だとしっかりと固定されて遠慮なく活動できる。汗を吸って直ぐ乾くのも大変よろしい。
その上全身ぴっちりのボディスーツと俺の外見は、さながら映画に出てくる女エージェント。
バックパックはハーネスなのだが、これが巨乳専用のハーネスで、乳を釣り上げ体中に負荷を分散させる画期的な仕組みになっている。衣装部謹製。後で使用感をまとめて、提出するよう言われている。
巨乳がアクションの邪魔にならず、重い物を持ち易くなったこの姿こそ、現代における女性の戦闘用装備なのである。
誕生日プレゼントに、攻撃面に傾いた装備を貰うのもどうかと思うが。あいつら俺を何だと思って、どうしたいんだ。ありがたいけどさ。
「でもそれ防御力はあんまりないよね」
「刃物にも打撃にも銃撃にも爆風にも弱い。温度変化と電気には強いが」
とはいえこの状態がインナー的ではあるので、上に防弾ベストや耐爆スーツやヘルメットやポイントアーマーや甲冑や鎧具足を装備すれば弱点は克服できそうではある。
俺はいったい何と戦うつもりなんだろう。
「止そう。レベルを上げよう」
「戦う相手はいないけどね」
「そうだなあ」
さて前置きが長くなったが、いつものレベルアップ操作だ。いつもと違って今日は魔法のタブから進めて行くことにする。
「今回は取りたいものがあるんだ」
「というと」
『使い魔登録』:召還ないしは製作した魔物を、使い魔として登録、ストックしておけるようになります。使い魔は失われない限り即座に呼び出せて、かつ召還上限の外に置かれるようになります。
「取ろうと思ったけど何だ召還上限って」
「文字通り召還の上限だけど。召還術の使い手のレベルに応じて、呼び出せる数とか強さに限界があるの。これを取って置くと、一体呼び出すのが精一杯っていう強さの魔物を使い魔にしておくことで、もう一体召還できるようになるんじゃないかな」
「単純に数をプラス1出来るのは大きいな」
成長点を3,000点払って取得。そして今回は更にもう一度取る予定がある。
「更にフリーの成長点を今回は注ぎ込み!」
「え、まさか!」
『式神登録』:召還ないしは製作した神霊を式神として登録、ストックしておけるようになります。式神は失われない限り即座に呼び出せて、かつ召還上限の外に置かれるようになります。
成長点を3,000点払って取得。俺の狙いのためには後一つ取る必要がある。
「そしてもう一度!」
「ど、どうしちゃったのサチコ」
なんでそこで怖気づくんだ。勢いを加えてくれよ。
『守護霊登録』:召還ないしは製作した守護霊を式神として登録、ストックしておけるようになります。守護例は失われない限り即座に呼び出せて、かつ召還上限の外に置かれるようになります。この魔法は守護霊のいない人しか取得できません。
成長点を3,000点払って取得、できてしまった。
やはりというか知っていたけど、俺にそういうご加護は無いようだ。
フリーの成長点は今回分と貯蓄を合わせて15,000点あったが、今回6,000点使用して残り9,000点。
「これで通常の召還術で呼び出す分に加えて、俺は三体、合計で四体呼び出せるようになった。これがどういうことか分かるか、ミトラス」
「四天王呼び出すのは格が違い過ぎるから無理だよ」
「うん、気付いてないならいいんだ。ちょっと傷付いたけどいいよ」
この前知り合った天狗の爺さんが、名前が違うだけで中身がほとんど同じ特技は、習得しておいたほうがいいと言っていたんだが、本当に出来るとは。
同系統を伸ばすっていうのは、こういうことでもあるんだろうな。
呼び出す魔物は決めてあるが、後は実際に呼び出して微調整するだけだ。それは今度にしよう。
「上手く行けばすごいことになるからさ、気長に待っててくれ」
「おお、サチコが自発的にする行動に対して、こんなに自信を持つなんて」
ミトラスが感動している。自分の不甲斐無さを実感するが、その反面ちょっぴり嬉しい。
「よし次だ。知能」
『土地勘』:地域に対する風向き、気候、度量衡、街の形などを地図として、想像できるようになります。また、地図をちゃんと読めるようになります。
余計な一文が付いてるけど取得。今度は知らない土地に行って、人探しをするからこれは必須と言える。道に迷わないという響きは何とも心強い。
「で特技だが」
「肉体は取らないの」
「後でな」
『大声』:限界まで大きな声を出せるようになります。また継続的な怒号を発することが可能になります。声量自体を底上げしたい場合は肉体の『声量強化』を取得するか地道にボイストレーニングを頑張ってください。
「このテレビの中に誰か住んでんの」
「そんなことはないはずだけど」
いつもながら微妙に腹の立つ説明文だ。ミトラスが中に誰か協力者を仕込んだとか、魔物が化けているとかじゃないだろうな。
思えばそれを最初に疑うべきだったが、まあいいかそれは。
「で、お待ちかねの肉体だが」
「何を取るか決めてるの」
「実は今回はさっぱりなんだ」
完全にノープラン。いや基本的にレベルアップ時はそうなんだけど、良く言えば力に飲み込まれず、悪く言えば強さに興味が無い俺としては、このパネルの取得は地味に困るのである。
「どうするか」
「じゃあ僕が決めていい」
「あ、いいよ」
そう言ってミトラスはリモコンを握ると、カーソルを迷いなく動かしていく。明らかにこれまでずっと、取って欲しかったのがあるんだと言わんばかりの真っ直ぐさ。
『精力増強』:心身の活力を底上げします。
説明が短いのが怖い。しかも具体的な数値を示してくれないことに定評のあるパラメータの緑色のバーが全体的に伸びる。伸び代は控え目だが強い。
成長点を3,000点払って取得するが、パネルの隣に新たなパネルが出現する。
『精力絶倫』:心身の活力を更に底上げします。
これはまだ取らないが明らかにミトラスが狙っているのが分かる。視線を感じる。隣の席から見上げているのが分かる。
「これはどういうことかなミトラス君」
「その、もう少しサチコとの回数を増やしたいかな、なんて」
俺の失礼な友人たちが、もしも俺たちのことを知っていたなら、夜の営みについて俺のほうが求め、ミトラスが音を上げると想像するかも知れないが、正しいのは前半だけである。
俺はいつも枕をイエスにしているし、手伝いを頼むように声をかける。だが当然といえば当然なのだが、体力はミトラスのほうがある。
平和で善良なこいつだが、異世界では魔王の息子であり四天王と並ぶ実力の持ち主で、精神的なストレス以外では、ほぼ傷つかないモンスターなのだ。
いわんや夜のいとなみをや。つまり俺のほうから求めて、俺が先にギブアップするということで。
「気持ちは嬉しいけど、うん、嬉しいけど」
嬉しいな。照れる。
「でもあんまり体力がつくと、そのうち丸一日しても足りなくなっちゃうんじゃないか」
「そのときはこれを取り消せばいいよ」
そうか。まあしない日だって、元気で健康なほうがいいしな。
「あ、じゃ、じゃあ、この後するか」
「今夜は寝かさないぞ! ふふ、一度言って見たかったんだ」
頬をかきながら言うと、ミトラスは無邪気な笑顔を浮かべた。これがおませじゃなくて、本当の事なんだもんな。そのうち巨人化した状態で、したいとか言い出したらどうしよう。
「ほどほどに頼むな」
「えー」
テレビを消してリビングを引き払うと、俺の部屋へと引き上げ、二人で布団に潜り込む。そうして俺たちの十月の夜は、更けていくのであった。
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文章と行間を修正しました。




