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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
天狗の仕業編
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・そしてショタオネへ

・そしてショタオネへ



 夜。もうじき十時になろうかという頃だ。一応ミトラスの分の晩御飯は、作り置きしておいた。食事も風呂も歯磨きも済ませて、今日はもう寝るだけだ。


 俺一人だと生活の、というか一日の終了時間は非常に早い。バイトで時間が後ろにズレ込んでも、十二時には寝ている。久しぶりに俺一人の夜だ。


 本当に、久しぶり。


「寝るか」


 一人呟いて自室に戻る。


 俺はウルカ爺さんが昔話を終えた後、作業再開から二時間ほど経ってから、帰ってきた。玄関の神隠しはミトラスが帰って来てないから、そのままだ。


 最後に見たときには、刀もようやくそれっぽい形になっていた。たぶん来週には仕上がるだろう。見た目や銘についても話し合ったから、楽しみだ。


「静かだな」


 参ったな。することがない。する気が起きない。

 ぽっかりと空白ができてしまった。

 物理的にも、精神的にも。


 今日に限り車やチンピラ共も通り掛からないから、窓の外から物音さえも聞こえてこない。


 ミトラスは今頃オカルト部の部長、いや、蓮乗寺と寝てるんだろうか。知り合いが自分の連れと致してるところなんか、想像したくなかったが、嫌でも考えてしまう。


 これが先輩だったら『それはそれで』と捗ったことだろう。南だったら泣くか怒って、俺に愚痴の電話の一つも寄越すと思う。海さんは一人で抱え込みそう。


 ……ミトラスは帰ってくるかな。帰ってきたらどういう顔をしてるだろう。


 俺はどういう顔して、彼に会ったらいいんだろう。


 他の女として、朝帰りしたとして、それを無かったことにできるだろうか。


「駄目だな」


 上手く頭がまとまらない。俺は台所に行って冷蔵庫から、紙パックのお茶を取り出して直飲みした。


 思考を整理しよう。二人のことだ。俺の感情だけではどうにもならないし、言葉にならない感情のみでは話にならない。


 先ずはミトラスが、蓮乗寺と(たぶん)したことについてだ。


 これは気持ちで言えば、確かに嫌だが、良い悪いというものではない。責めるというなら嫌だから止めてくれと、はっきり言わなかった俺に非がある。発端も俺だし、消極的に肯定していたのも俺。


 これは自業自得だ。それに俺たちは最初の頃にこういうことを許し合っている。迂闊だといえばそれまでだけど、二人で決めたことには、変わりが無い。


 実際に目の当たりにしたら嫌だっただけで、これは少なくともミトラスに非は無い。


 今回の立場が逆の場合も、有り得たかも知れないんだから。それに俺たちは、結婚している訳でもない。浮気とか不倫でもない。


 よし、これは横に置いといていいな。次だ。

 次、ミトラスが帰ってきたら。


 帰ってきてくれるならそれは嬉しい。嬉しいけど、どういう顔をして会えばいいだろう。今回に限れば、笑って出迎えるようなものでもないし、かといって、不貞腐れるのも違う。


 俺が煮え切らなかった、主張しなかったことで招いた事態だ。非常に都合の良い考え方だけど、ミトラスだって、止めて欲しかったのかも知れない。


 だけど致しているなら、俺が申し訳ないって顔をするのも、それはおかしいと思う。


 俺は止めてくれと言えなかったし、ミトラスが言って欲しかったとしても、去って行ったことからその後の行為までは、彼の意思ではあるんだ。


 だからまあ、もし仮にミトラスが、気まずい感じでいたら、俺も遠慮なく気まずい顔をしよう。


 でももし、万が一、非常にスッキリした顔をしていたら、どうしよう。


 どうしていいか分からないな。こういうとき相談できる人間がいないって弱る。いいや、そのときは何とかやり過ごして、寝てしまおう。


 問題は俺たちの関係に変化があるかどうかなんだ。

 俺はミトラスを嫌いにはなってない。

 ミトラスはどうだろう。


 俺はミトラスが蓮乗寺とエッチをするのは嫌だなとやっと思うようになった。


 だが逆にミトラスが、他の子とすることに、抵抗か無くなって好色に目覚めたら。


 俺はこれからもミトラスとエッチはしたい。今晩はちょっと微妙だけど。


 でも逆に、ミトラスが俺とするのは、もういいやと思ったら。


 難しいな。相手有ってのことだから、相手のことが分からないと、どうにもできないことが沢山ある。


 自分の気持ちが整理出来ても、出たとこ勝負ってことは変わらないのかもな。


 ――ただいま。


 などと考えていると、玄関からかぼそい声が聞こえてくる。家の中で俺以外が発する唯一の声の持ち主。ミトラスだ。


「お帰りっぐふ!」


 反射的に出迎えに行くと、下腹の当たりに強い衝撃が伝わる。


 思わず尻餅を搗いてしまい、何事かと思って慌てて見て見ると、そこにはミトラスが、俺の腰をがっちり掴んで、股の間に体を割り入れていた。


 ファンタジックな緑髪は、ネコ耳と揃ってピンと逆立っており、胸に顔と言わず頭と言わず押し込んで、ぐりぐりと擦り付けてくる。


 痛いくらいに抱きしめてくる彼の息は荒く、ズボン越しのものは熱く脈打っている。


「ど、どうしたんだよ、いきなり」

「ごめん、ごめんごめんごめん。サチウスごめん!」


 腰を押し付ける力を強めながら、彼は何度も必死に謝ってきた。俺を見上げる金色の両目は潤んでいて、水面に揺れる月のようだ。


 反面、股座の怒張は硬くいきり立っている。これでは話し合いどころではない。


「お前、向こうでしてたんじゃないのか、その、こういうこと」


「そうなんだけど、そうなんだけどぉ」


 喉の奥から金切り声のような音を響かせて彼は頭をイヤイヤと振る。やはりあいつとはしたのか、でも、それなのにどうして、こんなに不満が募ったんだ。


「あいつとしたんだろ。どうしてそんな」

「あの人下手くそだったのおっ!」


 ※相手有ってのことです。男性が下手な場合も有れば女性が下手な場合もあります。相性と練習が大切ですので、どちらか一方に責任を負わせるようなことは控えましょう。


「散々色々言っておいて! サチコみたいにしていいからって言ったのに、そしたら簡単に根が上がって、任せたら任せたで、昔とは体が違うから、上手くできないとか言って、そりゃ生まれ変わって体が経験し慣れてないなら辛いとは思うよ。でもすごくあっさりともう無理って、生殺しみたいなとこで終わりで、帰ることになって」


 俺も今やだいぶ体力が付いた。ミトラスと長々としても平気だが、向こうはそうもいかなかったようだ。痛みに耐えかねたのか、それとも体力が尽きたのか、それともその両方か。


 ともかく二人の初めては、失敗に終わったようで、こいつは中途半端な状態のまま放り出されたらしい。


「図々しいって分かってるけど、お願いサチウス」


 こんなに苦痛や不満といった、負の感情が詰まったミトラスの顔は初めてだ。つまりその不完全燃焼を、爆発させたいってことなんだろう。


 俺たちって本当、しまらないよね。


「……せめて部屋でしてくれ」

「うん」


 そうして部屋に戻ると、彼は有無を言わさずに俺の服に手をかけ、無遠慮に体中をまさぐった。部屋の明かりを消す暇もなく、だけど俺の口を吸ったり、俺のほうから服を脱がしてやると、少しずつ落ち着きを、取り戻していった。


「なあミトラス」

「なあに」

「なんでもない」


 自分が単純な奴だって、今嫌っていうくらいに思い知らされてる。


 ミトラスが何時に無く乱暴にしてくるのに、俺は心の底からほっとしてる。さっきまでずっと不安だったのが、嘘みたいに消えていく。


「なあ、お前は俺に意思を持てって言ったよな」

「うん、もう僕が言える立場じゃないなんだけど」


「その、な。今だけでもいいからもっと、乱暴にして欲しい、んッ」


 ああ、ミトラス、もっとだ。もっと強くしてくれ。優しくしないでくれ。


 もっと抱いて、俺をお前のものだって言ってくれ。

 俺を手放さないって、言ってくれ。

 

 ――そうして力尽きるまでして。


「なあミトラス」

「なあに」


 ベッドの上でタオルケットもろくにかけないまま、重なり合っている。注がれ続けた胎の中が、あつい。嬉しくて、堪らない。


「今度からは俺も、お前が欲しいって言うよ」


「うん、僕の伝え方も悪かったんだ。ごめんね。サチウスは、これからもずっと、僕のだからね」


 どうして今になって、お前にわがままを言ったらいけないって、思うようになったんだろう。


 俺たちは今まで、よく話し合って来たけれど、そうし過ぎたのも、良く無かったのかも。お互いの気持ちに不安になったのに、たった一回貪り会えば、そんなものは何処かに消えてしまった。


 部屋の中に満ちる臭気と、二人の身体を貼り付けている水分が、現実感となり二人の目を醒ましていく。


「なあミトラス」

「なあにサチウス」


 ――お帰り。

 ――ただいま。

 

 これからは、もっとわがままを言うよ、ミトラス。

 

 俺の、俺のミトラス。おやすみなさい。

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