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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
天狗の仕業編
242/518

・悪魔の囁き

今回長いです。

・悪魔の囁き


 ※このお話はミトラス視点となります。


 僕はミトラス。お昼前にサチコと分かれた僕は、お屋敷の中をウルカさんの指示通りに進んだ。


 不自然に長い廊下を進むと、お座敷と呼ばれるような広くて狭い空間に出た。

 

 広くて狭いというのは、正面の襖を開けると小部屋ほどの広さがあって、またその奥にある襖を開けるとまた小部屋、という仕組みが全部で五回ぐらい続いたからだ。


 広い空間を態々小さく小分けにしている。何ていうか手の込んだ手抜きといった感は拭えない。

 

 無駄なことをするのが、贅沢だと考えている節が、あるような気がする。そんな建物の一画の、一番奥には誰もいなかった。


 ただこの部屋だけは外側に出られて、直ぐ近くには二階へ登る階段があった。

 

 外側と言っても見える景色は塀と森、振り向けば屋敷と視界を封じるような構造をしている。


 上空から見ない限り、全体の把握は困難だと思う。僕はそのまま階段を上がって直ぐの部屋に入る。そこにはフローリングの床、電灯、机やベッド、家電が納まった、現代的な光景が広がっていた。


「こんにちは。魔王さん」


 部屋の中央にはサチコの学校の制服を着たままの、オカルト部の部長さんが、糸の切れた人形のように、座り込んでいた。


 髪の毛がサチコのように長い彼女は、前髪も長く目が隠れてしまっている。髪質が荒いのか、実際の毛髪の量よりも膨らんで見える。


「こんにちは。サチコ共々お世話になってます」

「いいえこちらこそ」


 座ったままの彼女は笑っているみたいだったけど、どこか今までとは違う印象を受ける。


 というよりも明らかに様子がおかしい。

 こちらが本性なのかも知れない。


「何があったの」

「最近ちょっと、女子高生って気分じゃなくって」


 彼女は擦り切れたような、か細い声でそう言った。薄暗い部屋の中、髪の間から覗く目には、幽かな光を残している。


「そう。それで今日はどんな用事があるんですか」

「えっと私に興味って、ないかな」

「無い」


 僕は即答した。本心からそう思う。


 サチコとの平穏を乱されたのは気に入らないけど、あの子のことを考えると、これも機会かと考えて彼女の誘いに乗った。


 それ以外の理由もそれ以上の気持ちも無い。


「そ。でもまあいいか。そのほうが、私も安心だし」


「僕とサチコの命に関わることでないなら君の頼みを聞こう」


 彼女はそれを聞くと溜息を一つ吐いた。


 髪を掻き上げる際に見えた顔には、これが自分のことだとは思っていないような、軽薄な笑みを浮かべていた。仕草の一つ一つが、見た目よりもずっと年齢を感じさせる。


「まあいいや。じゃあ一つずつ言っていこうかな」

「どうぞお好きに」

「それじゃあね……」


 濁って光る目の彼女とのやりとりは、その後夜まで続いた。


「ですから宿命と運命と使命の『三命』がこの世の現象を規定し、規定が確定を導き出して、宇宙を縮めて行くのです。一方で人と人との間で認識の違い、不和が増えると定めが揺らぎ、お互いの時間や個人の世界のズレはガスのように空間に放出され、宇宙の膨張へと至るのです。この様に物事の規定と相互不和が宇宙の解明と収縮・膨張と世界の創造という、あたかも呼吸のような動きへと繋がっていくのです。解明すれば宇宙が縮み、孤立すれば宇宙が広がる。そんな覚え方でいいと思います」


「まさか宇宙がそんなふうになっているなんて」


「文明における進歩は善と悪との相克によって促されます。闘争が文明を進歩させるのは、この法則があるからです。逆を言うと急激な進歩には必ず相克が発生します。法則が牙を剥くのです。反動ですね。生物の意思も概ねこの法則下に有るので、宇宙の収縮は文明上の生物たちの規定の及ぶ範囲までであり、生物たちが孤立していく毎に、宇宙は広がりを見せるのです。また進歩の限界は法則下にある文明上の生物が持てる善悪のうち、同レベルで吊り合う回数まで、ということも併せて覚えておくとよいでしょう」


「吊り合う回数が無くなるとどうなるの」


「例えば善が三、悪が五だとすると、吊り合える回数は三回で悪が二つ余ります。この残った善悪の大きさの分だけその後の末路というか、姿が決まってくるのです。生物の限界まで進歩をさせようと思うのなら、なるべく善悪のバランスが釣り合うように、統治していかなくてはいけません。とはいえ人々の摩擦の中で片方が著しく減ることは珍しくないし、概ね悪が余るのですが。話を戻すと、世の中にある人間以外の生物は皆いつかの人類だったんですよ。最後にそのような姿に行きつくのです。不思議ですね。いつの時代の人々も地獄を見出すのは、いつかの記憶が焼き憑いているからなんでしょう。そうして何度も何度も救い様の無い地獄のような生を繰り返して、人類はそこに在るのです。だから実はとっくの昔に、人類は他の星の人類とは会っているんですが、この人類はそこに気付くまでに至るでしょうか」


「魂の輪廻転生については」


「それは今度サチコと、情報交換をしたほうがいいでしょう。その点については彼女のほうが詳しいですからね。何せ魂から本人が聞いたことですから」


「はい分かりました」


 こんな感じで僕は夜まで、オカルト部の部長さんに求められるがままに、魔法の授業や世界の秘密についての授業を行った。


 実に数ヶ月ぶりに長台詞と説明台詞を言えたので、不本意ながら大変気持ちがいい。


 そうか先生をやれば、この欲求は容易に満たせるんだな。いや、意欲的な生徒がいてくれないと、こうは行かないんだけど。


「また聞きたいことがあれば、遠慮なく家を訪ねて来てください。僕で教えられることなら応じますから」


「はい分かりました!」


 最初の頃の異様さは何処へやら。彼女は楽しそうに返事をした。外を見れば、もうとっぷりと暗くなっているし、部屋の電灯にもスイッチが入っている。


「じゃあそろそろいいお時間なので僕は帰りますが、何か質問ありますか」


「え、何言ってんの。勉強は終わったから、後はもうすること決まってるでしょ」


 この流れで今日はもう無いと思っていたのに。


「何を」

「保体」


「一ついいかな」

「あ、お風呂入ってきたほうがいい」

「そうではなくて」


 見れば先程までの、知的好奇心を優先していた態度は引っ込み、お昼頃の空気に戻っている。


 他意がないときの人間って、身に纏っている空気が周囲に放散されているものだけど、誰かに意思を向けているときは、ぎゅっと内側に収納される。


「薄々予感はしてたし、僕もサチコの許しを得ているけれど、どうしてこんなことをしようと思ったの」


「それは私が何者かっていうことから話さないといけないんですが、今度は聞きますか」


 もしかして聞いて欲しかったのかなあ。

 ちょっと面倒臭い人だなあ。僕は頷くことにした。


「私ね、実は妖怪か何かの、生まれ変わりになってしまったみたいで。ほら、歴史改変ってあったじゃないですか。私が私として生まれるのは変わらなかったんですけど、家系がちょっと変わってまして」


 変わり者という意味ではなく、変化していたという意味である。


「系統の乗り換えというか。私が私であることは変わらないんですが、親が変わってまして」


「誰が親であっても君という人物が現れる事は決まっていたと」


「いえ、苗字が変わっていただけなんですが、有り得るんですかそういうの」


「ある。条件は分からないけど、必ず現れることが決まっている人はいる」


「そうなんですか。で、私の苗字が変わったことと関係があるのか、あるとき私にもう一人分の記憶が増えていたことに気が付いたんです。改変前の歴史との記憶とは違う、もっとずっと前、色んな時代を転々としてきた記憶が。どうやら昔自殺した女の人の、生まれ変わりみたいで。いわゆる転生っていうのを繰り返してたようです。それも一定の血縁に限って。それが途中で絶えたはずだったんですが」


「歴史改変で血筋が繋がって、君の代まで来た」


「はい、それで私は私ではなく、誰かの生まれ変わりになったみたいなんです」


「そんなことが」


 ないとは言い切れない。ここまでにも歴史改変による変化というものは幾度か見ている。


 勿論、元々この世界の者でない僕には、気付けないものばかりだけど、サチコたちは既に何度も体験している。


「それでですね、最近その記憶が段々と鮮明になってきてですね、嫌な思い出も沢山あったんですけれど、その、性的な記憶も結構入って来てですね」


「はあ」


 彼女は少しだけ顔を赤くした。

 刺激が強かったんだな。


「サチコさんの記憶を読んだときは、魔王さんとの情事でそんなに気にならなかったんですが、そのさっきも言った記憶が鮮明になるにつれて、サチコさんの魔王さんへの気持ちがなんかこう、いいなあと思うようになりまして」


「それで」


「私もそういうことに、興味がない訳じゃないので、処女捨てるのにも丁度いいし、是非体を貸して頂きたいなと」


 これはこの子に転生した誰かに、意識を乗っ取られかけていると思っていいんだろうか。


 しかしこう言われて相手が性的な行為に及ぶ気持ちになると思うのだろうか。


 敢えてサチコのような言い方をするなら『据え膳はいらないご飯しかない』とでも言おうか。これなら僕の経験人数は、一人のままで一向に構わない。

 

「お断りします」

「ええ、やっぱりサチコさんじゃないと駄目ですか」


「それも有りますが、僕はサチコに自分の中の欲というものに、目を向けて貰いたかったから来たんです。あなたとセックスしたくて来た訳では、断じてありません」


 欲望というものは決して一つではない。


 三大欲求は言うに及ばず、僕がサチコの幸福を祈ることと、サチコを求めることとが、それぞれ存在するように、僕はサチコにもっと、積極的に僕を求めて欲しいと思っている。


 僕の自由を侵害してもいいから、もっと頻繁に求めて欲しい。


 でもそれはサチコにはたぶん難しいだろう。だから廊下であんなことを言った訳で、焚き付けるような、僕たちの関係が危うくなりそうな手を打った。


 オカルト部の部長さんには悪いけど、彼女の用がどうあれ、僕の用はこれだけだ。彼女とサチコと僕の三人で色々と合意があっても、僕に致す気はないんだ。


 だから。


「だからズボンに手をかけるのを止めなさい」

「一回だけ、一回でいいから」


「天狗の御爺さんに頼めばいいでしょ!」

「あの人は、私に生まれ変わった人を見てるから」


 じゃあ君も生まれ変わったほうに人格の主導権まで渡せばいいだろと思ったけどそんなことより想像以上にズボンを下げようとする力が強い!


「してるときにサチコさんの顔を思い浮かべてくれてたらいいから!」


 ……え?


「私をサチコさんと思うのは無理があるけど、サチコさんのことを思い出しながら、私として見て背徳感を経験してみるのはどうかしら。ね、一回だけならいいでしょ」


 こ、こいつよりにもよって、そんな罪の疑似体験をしてみないかなんて、とんでもないこと言いだした。人間はどうかしている!


 そんなこと……。


「普段サチコさんにしてるようなことしていいから、ダメなら天井の染みでも数えて、ね」


 サチコのことを思い出しながら他の人と。いや、それなら帰ってサチコとすればいいだけのこと。


 この人を抱いた後、サチコと。そんなことしたら、サチコが傷付くし。


「あの人から『私のことどうだった』って聞かれたくないの?」


 頭の片隅に、何か良くないものが差しこまれたのを感じる。今僕はここで抗わなくてはいけないものを、深く突き刺されてしまったのが分かった。


 恐るべき囁きに抵抗する力が一瞬弱まってしまい、ズボンを一気に足元までずり下げられる。地べたから僕を見上げる彼女の瞳は、喜悦と嗜虐に満ちた怪しい輝きを放っている。


 ――あ、

 ――悪魔め。


「いや! 僕はサチコを裏切るような真似は、ていうかパンツから手を放して!」


「じゃあ採点もしてあげるから」


「採点ってな、なにを」

「交合の」


「必要ありません。僕たちはちゃんとできてます!」

「本当に?」


 心臓をぎゅっと掴まれるような恐怖が僕を襲った。僕とサチコは本当に夜のいとなみを、ちゃんとできているのか。


「体格差だってあるし、サチコさんのほうが気を遣って演技してくれてるんじゃないの」


「そ、それは……」


 サチコは性欲が強めでお互いに求めに応じてはいるけれど、果たして内容まで応えられているかというと客観的な根拠とか証拠なんてものはある訳も無く。


 むしろ不満が募って、回数が多くなるという悪循環だったのでは。


「いやしかし、あなたで試したからといってその評価がサチコに通じるとは限らないでしょ! あとパンツから手を放して!」


「私って最初はあの子と同じくらいの背丈だったらしいの。子ども生んだ記憶もあるみたいだし、転生の記憶を辿れば経験回数も人数も、あなたよりはずっと上だし、男に生まれ変わったこともあるようだし、男女の両面からアドバイスできると思うな」


 この僕が選りにも選ってこういうことで遅れを取りマウントを取られるなんて。


 しかし、いやでもしかし……!


「いつまでも彼女に演技させてていいと思ってるの」

「それは」


 いや、何もサチコが演技をしていると決まった訳ではない。そう言おうとした瞬間には、僕はもうこの女に押し倒されていた。


 ああ、サチウスごめんなさい。僕はダメな子です。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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