・今昔天狗かく語りき
今回長めです。
・今昔天狗かく語りき
作業が一段落して休憩に入ったのは、一時を回ってからだった。本当に熱した鉄を縦に割ったり横に割ったりで、何度も何度も曲げて、太長い長方形になるまで随分と時間が掛かった。
俺とウルカ爺さんは、昼飯を食べ終わって食休みの最中である。他の空いている作業台に腰掛けて、卓袱台代わりとした。
俺は弁当なんか持ってないのでご馳走してもらった形である。ちなみに出してもらったご飯は、お茶漬けだった。
なんか高級な感じのする野沢菜で、はしたないとは思ったが、あんまり美味しくてがっついてたら、何故か爺さんは『すいません』といって、自分の焼きおにぎりをくれた。
用意が無いのにお代わりを催促すると、思われてしまったのか、ちょっとだけ恥ずかしかったが、腹は膨れた。大分気分が持ち直してきたのが分かる。
我ながら単純である。
「ごちそうさまでした」
「おそまつさまでした」
そしてまた一服。
「ここから刀の形に打ち出していきます。今回は水に河童が入ってますからね。仕上がりにも自信が持てますよ」
「河童がいるとどうなるんですか」
「河童を贄にして刀の霊験を高めるのです。天狗が祈り水霊を捧げれば、歳月の蝕みとは無縁になりますからな。突き詰めるなら人魚がいいのですが、扱えなくなるほど穢れますからな、それは言わば理論上の最強ですよ」
「そんなの何処で捕まえたんですか」
河童か。そういえば見たことないな。
落ち武者と天狗と怨霊と化け狐は見たんだけど。
「実はあなた方から話を聞いて、信太まで飛んだんですよ。そうしたらいい怨霊と河童がセットで見つかりまして。浚ってきたという訳です。この刀はつくづく運が良いですな」
前言撤回。修行のときに俺を川に引きずり込もうとした奴だな。
それが天狗に捕まって妖刀の糧になるのか。
俺がずっと小田原だと思ってた森で、修行のときから生まれた因縁もこれで終わりか。
さらば河童。そして落ち武者。
「そうだ、折角サチコ殿がいるのですから、今のうちに鞘のデザインを、決めてしまいましょう。鞘の色は何色のが良いですかな」
「いや待ってよ。それよりさっきの話を」
「さっきの話とは」
「あの刀のことです。どういう来歴があるんですか」
工房の奥へ引っ込もうとするウルカ爺さんを呼びとめると、彼はそうだったと言って席に座り直した。
そして懐から徐に、扇子やら煙管やらを取り出し始める。
「ちょっと真面目な昔話ですので、手慰みを勘弁して頂きたい」
「それは構いません、どうぞ」
「忝い」
そう言うと、爺さんは先ず扇子を手の中で弄んで、少しの無言の後に、口を開いた。
「事の起こりは今より十三世紀ほど前まで遡ります。私は当時、まだ伴天連という言葉ができるよりも前、本国の密命を受け、シルクロードを行き来する伝道師に成り済まし、商人たちに混じって各国の動向を探る任に当たっていました」
「当時流行りのスパイ坊主っすね」
「生憎と今は本職ですが」
伝教大師は007ってか。
差し詰めこの天狗は初代ジェームズ・ボンドか。
しかし長生きだなあ。
「国ってどこの国で」
「妖精の国で王族は人狼といえばお分かりになりますかな」
「はい結構です」
英国紳士か。顔立ちは完全に中東人なのに。
「そんなある日のことです。本国から新たな密命が下りました。『北の戦乙女が、蛮神族の勢力圏で動いている。調査せよ』と。私は詳細を聞き大陸へと渡り、日本にやってきたのです」
「ヴァン神族? 北は何処です」
「蛮です。野蛮の蛮。他の勢力を見下して嫌うのは、何処の神も同じですなあ。あ、北は北欧一帯ですよ。ヨーロッパ北部に位置しながら、自分のした所業で、北欧の一員になれないとは、なんとみっともない」
ウルカ爺さんは心底嫌そうに呟いた。俺がいなければたぶん、反吐の一つも吐き出していたに違いない。それくらい顔に渋面を浮かべている。
「で、あわよくば戦乙女を捉えて、国に連れ帰れと、要は政治的な誘拐をやれという話でした。くだらないとは思いましたが、知らぬ国へ行く好奇心に駆られ、私は海と山の賊、娑婆苦に満ち満ちた航海へと乗り出したのです」
「なんで日本にいるって分かったんです」
「本国の魔女の占いによると、貰い物の宗教ではしゃぐハゲネズミの巣で、宝探しをしていると出ていましたので、遣唐使の一団に紛れ込み、密入国を果たした次第です」
多分に侮辱的だけどイギリスだからな。そんな態度だから、北欧人から北欧国に数えられないんだ。
「私は一人で偽坊主暮らしを楽しみながら、当ても無く都を中心に人を探していました。慌しい人の世の中でいとも容易く数十年を過ごしていると、転機が訪れたのです。後に征夷大将軍と呼ばれる人間の男が賊の討伐にいくという。聞けば一度は大敗を喫し、いよいよ本腰を入れての討伐だというじゃありませんか。私は間近で見たくなり、兵の一人に紛れ従軍しました」
この人滅茶苦茶好奇心あるな。
人生死ぬほどエンジョイしてる。
「果たして一行がとある山に差し掛かったその時!」
扇子で台をぺぺんっと叩く。
段々向こうも乗ってきたらしい。
「盗賊八十人殺しの異名を持ち立烏帽子と呼ばるる者あり。偉丈夫と見紛うかのような、水銀商人共の女用心棒が経ち塞がったのです。遠路遥々北欧よりやってきた戦乙女、本名不詳の鈴鹿御前だったのです」
「天女っちゃあ天女だけどさあ。まあいいや続けてください」
「はい。術と刀で打ち会うこと数合、賊と間違われた将軍は、刀を納めて自分立ちこそ討伐軍であると言って説得なさったのですが、これが中々どうして信じられませぬ。何せ賊軍は一度正規軍を打ちのめし、死体から装備を剥ぎ取り、数も揃えていたものですから、区別がどうしても付きづらい」
「裏切りとか同士討ちだってありますもんね」
「そうです。しかし将軍はこういいました。賊軍でない証に、とびきり贅沢な家に留めてやると、奪った家でもなく、自分たちは近隣に村に、ちゃんと泊まっているのだと」
当時の合戦の行軍って、途中にある村や畑から必要なものをブン取ってたって話を、どこかで聞いたことがあるような。いやよそう。うろ覚えの記憶で判断するのは良くない。
「それでどうなったんですか」
「将軍はそれから御前の武勇を褒め、賊に一人で立ち向かおうという気概を褒め、共に来るなら無礼は不問にすると仰りました。御前も賊のせいで商人たちがいなくなり、宿無しの生活が続いていたようで、獣臭がきつくなっておりましたから、このお声掛けはさぞや嬉しかったのでしょうな。割と直ぐ着いてきました」
御前ちょっとチョロくない?
あと容姿は褒めなかったんだな。
「私は見張り番に化けて、二人の様子を探りました。どのような経緯があって、こんな辺鄙な島国で人間の用心棒なんぞと思いまして」
「うん、なんだってこっちまで来てたんです。それにその賊っていうのと戦う理由もない」
「それがですね、戦乙女たちは死後の世界のとある戦に備え、この世から有望な戦士の魂を攫う役目を負っているのですが、小さな発展途上国の内紛は彼女たちにとって穴場だったらしいのです。彼女はその、まあ方便を使って、仏の尖兵となる栄誉ということでスカウトをしていたのですが」
そんな昔から神仏習合すんなよ。ていうか戦乙女って例えじゃなくて、北欧神話の本物。
「ある日水浴びをしていた所、天に帰るために必要な羽衣を男に奪われて、それを盾に陵辱されたらしく、またその男こそが賊軍の総大将だったのです。御前はこのままでは国へ帰れぬと、何としてでもその男の首を刎ねなくては、自分の仇を取れぬと嘆いてました」
なんか気の毒だな。ていうか天女の羽衣ってヴァルキリーの所持品だったのか。ロングマフラーとか、スカーフをそう言ってたのかな。
「しかし将軍は却ってこれをいたく気に入りました。将軍の中では賊軍討伐の折り、傷付けられた天女を助けた、その恩返しを受けて敵を討滅、まさにスターの階を登る自分が見えたことでしょう。身なりを整えた御前の容姿はそれなりで、上背もありました。そこに黒髪の異人の女、他人に奪われている、汚されたとはいえ神仏であり、地元では御前だの姫だのと慕われている。そんなアイドル的人物を、それなりにやんごとなき身分の己が助け……とにかく男の下心の陰と陽の全てがその、揃っておりました。ご都合というならばこれこそがという状況でした」
「なんだか何かに導かれているような気さえしてきますね」
「恐らく将軍もそう思ったことでしょう」
ウルカ爺さんは深く頷くと、扇子をバッと開いた。そこには虹の六色の上にピースマークが、いや、よく見るとカエデかこれ? が描かれている。
「将軍はかなりがっつきました。羽衣を取り戻す手伝いをする約束をし、御前に求婚もしました。もしも良ければということ、人間でなくとも、何かあれば自分から何処かへ消えてくれるだろうという邪心、あわよくば神仏との間の子を設ければ、家も安泰に違いないという野心。高嶺の花と肉体関係になりたいという、性欲。そして貞操を汚された負い目から、ワンチャンあるだろうという奸智。流石は将軍職とも言うべき恐ろしさを、彼は持っていました」
「聞いてて気分は良くないけど、御前側からしても、現実的にはあまり、選択肢のある状態じゃないよな。騙されて集団で襲いかかられるよりは、いいんだろうけど、なしくずしで国際婚っていうのも」
「そうですな。ですが御前としても不名誉の払拭にはこれが一番と、考えたのではないでしょうか。御前は直ぐに承諾し、さっさと既成事実を設けました」
御前ちょっとチョロ過ぎない?
「そして御前は将軍の手勢に加わると、賊軍を討ち果たし、将軍は人間の女性とご結婚なさり、それとは別に御前を妾として、お抱えになったのです」
「おー、ということはあの妖刀はもしかして」
「いいえ、アレが出るのはまだまだ先。話はまだまだこれからですよ」
「え、この話どれくらい続くんですか」
「そうですね、ここまではいわば、前日譚といった所ですかな」
長いなエピソード0。
「そして一件落着かに見えたこの節目が、更なる地獄坂への足がかりであったとは、そのときはまだ、誰も知らなかったのでございます……」
ウルカ爺さんはそう言って静かに扇子を閉じると、火の点いていない煙管を銜え、大きく鼻息を吹いた。
続く。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




