・ワンオペの妖怪
今回長めです。
・ワンオペの妖怪
側面のレバーを起こし、電化済みの火炉の電源を入れると、ウルカ爺さんは近くの作業台にあった、分厚い手袋をはめた。
元々大きい手が、ギャグ漫画じみてでっかくなるので冗談みたいな印象を受ける。
次は長い鉄の棒に、この二週間ほどで鉄インゴットまで先祖帰りを果たした、妖刀をくっつける。
くっつけるというのは言葉通りで、ごつごつした鉄塊の尻に、ちょんと触れ合わせたのだ。
まさか力尽くでめり込ませるのかと思ったら、爺さんは呪文を唱え始めた。するとどうだろう、接触している面が赤熱して、接着が完了したのだ。
言っている言葉が聞き取れない、いや、聞き取れているのに、発音を思い浮かべることができないのは、そういう仕様なんだろう。とても気持ち悪い。
「本来ならこのように改めてテコ棒にくっつけるようなことはしないので、サチコ殿が刀をお造りになる際には、真似しないようにお気をつけてくださいね」
「いやそんな予定はないけど」
「ではこれを炉に入れては熱します。後は叩いて伸ばしたり折り畳んだりの作業が夕方まで続きますので、どうぞお寛ぎください」
ウルカ爺さんはそう言うと、そのまま本当に作業に入ってしまい、俺は置いてけぼりを食らう。
「え、俺が呼ばれた意味は何なの」
「こちらの進捗のお知らせと、こういう場面に興味がお有りかなと思ったのと、あとはミトラス殿が来るのにサチコ殿を置き去りにするのは、その、気が引けましたので、まあ結果は芳しくありませんでしたが」
「はは、お気遣いどうも」
ミトラスをドナドナした後、俺が家に一人で居るのは良くないと思って、わざわざやってきたのか。
言い換えれば今日は俺来なくてもよかったんだな。
ここに来て良かったことは、ミトラスと最後まで話し合えたことと、鈴を渡せたことくらいか。
いないよりはマシなことにはなった、のかなあ。
「考えて見れば、仕上げが近いと言っても、今日中に刀が出来る訳じゃないのか」
「それはそうです。この後もまだまだ沢山の工程が、残ってますよ」
「もしかして全部ウルカさんがやるんですか」
「そうですよ」
ウルカ爺さんは『何を当たり前のことを』と言わんばかりにきょとんとしている。昔っからこういうスタイルってあるんだな、大変だな。
でもそうなると、本来なら呼びに来るのはもっと後だったんだろうな。ん、待てよ、本来ってなんだよ。なんでこのタイミングで来たんだ。
「あの」
「はいなんでしょう」
ウルカ爺さんは炉の中で、規則正しく吹き上げる炎へ鉄の塊を突っ込んで、じっとしている。
「もしかして、本当は今日呼ばれたのって、ミトラスだけだったんですか」
「あ、はい、実はあのお方が、痺れを切らしまして、それで様子見をと思ったのですが」
爺さんはばつが悪そうに答えた。余計なことをとは思ったが、結局断りもせずやってきたのは俺たちだ、彼が責められる謂れはない。
「そっか」
「申し訳ありません」
「いや、いんです。俺たちのしたことですから」
つまり俺は完全にお役御免ってことだな。完全に手持ち無沙汰だ。
あいつを置いて俺一人で家に帰れないし、勝手に屋敷内をうろつくのもな。何が出るか分からない。
「とはいえすることもないし、作業が終わるまで待つしかないんですよね」
「左様ですか。では何か気になることや、ご要望があれば仰ってください」
そう言ってウルカ爺さんは炉から熱した鉄塊を取り出すと、また別の作業台へと向った。
予め用意してあった金槌を持って、丹念にそれを叩き始める。とてつもなくうるさい。
「そういえばさ、この刀のことなんだけど」
「ああ<カン!>いわ<カン!>まだ話<カンカンカンカン!>んでしたね」
駄目だコレではうるさくて聞こえない。
それは爺さんも同じだったのか、鉄塊が宙に浮くように棒を台の上に寝かせると、壁に掛けてあった輪っかのようなものを、二つ持ってきた。
イヤーマフだった。オレンジ色の。片方を自分で装着し、もう片方を差し出してくる。何となく結果が予想できたので俺もそれを身に付けた。
「どうです、聞こえるでしょう」
「はい、ちゃんと聞こえてます」
爺さんが手近な台を、引き続きバンバン叩きながら聞いてくる。袈裟といいコレといい天狗は色々持ってるな。
「遠くの山にいてもお互いの声が聞こえる、兜布の現代版ですね」
作業に戻って、また金槌を振るい始めた爺さんの声が聞こえる。
「それでこの刀のことですが、何をお聞きになりたいですかな」
「そうだな、先に刀に使った素材っていうのを聞いて起きたいかな。ちゃんとしたっていうのは、どういう意味でちゃんとしてるのかなって」
俺がそう言うと天狗は小さく笑った。彼は四角く形を整えた鉄塊を、重機めいた鍛造機に入れて、足元のペダルを踏む。ミシンを思わせる動きでハンマーが何度も何度も鉄を叩いていく。
「些か漠然とし過ぎていましたな。『ちゃんと』というのは、刀の素材としても、霊的な素材としてもという意味ですよ。原料の元は生物由来です。生物から生産できるもの」
要は生贄から取り出しましたってことか。妖怪らしくなってきたというべきか、むしろ人間味があるというべきか。
「具体的には」
「鉄は血から取り出したものです。効率は最低最悪ですが、魔剣妖刀の元にはこれが一番です。それと私の信仰ですな。刃物はやはり、鉄が善い。油は肉を絞ったもので、波紋を出すために塗る泥は絞りカスとなった肉ですね。古代の素材を新しい機械で丸鍛えするなんて夢のようですよ」
爺さんは叩いて伸ばした鉄の腹に、大きなノミと斧の中間のようなものを打ち込んで、切れ目を入れた。たしかタガネとかいう名前だったか。切れ目から折り曲げてはまた叩く。
「他には」
「石灰ですな。ざっくり言うと骨で血を濾すのです。できれば酸素にも触れさせたくないのですが、それを言うと真空状態でやらないといけませんし、そうなると火は起こせませんので電熱となりますが、流石にそこまでの施設は用意できません」
最終的に刀を打つなら宇宙が一番って話になりそうだな。宇宙服を着込んで、真空の中で太陽の熱でも使いながら、刀に最適な金属を加工する。
宇宙時代の刀か。
「水は血液以外の水分をろ過しています。そのままでは水分との分離が難しい場合は、逆に水を足すなどしていますね。残った死体を乾燥させて、火炉にくべました。火入れの炭はそいつらです。昔は火の温度が上がらず、霊験と引き換えに鉄の質が一段下がるので、どちらを取るかという悩みがありました。ですが今ではこういう便利な機械が出来て、問題は解消されましたのでご安心ください」
その説明の何処に安心できる要素があったのか気になるけど、俺は何も言わないことにした。人倫の問題が十割だと思うけど相手は天狗だ。せめて使用素材が人間十割でないことを祈ろう。
「今回はとっておきの青骨を使いましたからね、美しくもなりますよ」
「おう、俺より美人にしてくれよ」
「それはもう勿論! いや失敬」
軽口も叩いて少し気分が良くなる。このまま話し疲れるまで。話すのがいいかもな。
「いいよ。それで、青骨っていうのは」
「一部の動物の骨は血で濡らすと年月を経て青くなるのです。それが青骨、とても美しく凄絶の煌きです。月の光を浴びた青骨は、人と妖を震え上がらせるほどの怖しい美しさなのです」
「天狗がいるのにこう言ったらなんだけど、まるで昔話だなあ」
「ふふ、あなたがこれからご覧になることですよ」
ウルカ爺さんは丁寧に丹念に鉄を鍛えていく。人間よりはあるだろう天狗の力で、もっと言うなら機械の力でどんどん殴ればいいだろうと思ったが、そういうことでもないのか。
刀匠が鋼を何時間もかけ、十数回も折り返して鍛えるのは、単純な力では解決できないものが、そこにあるってことなんだろうな。
「そうなると、あの鈴はやっぱり止しといたほうが、良かったかな」
「何故です」
「錆びてて傷んでる」
「とんでもない、ありゃ地縛霊の核です。滅多にお目にかかれません。後で清めてちゃんとした中身を詰めますよ」
あの小汚い鈴がか。最後に残ったのがあれだから、嘘ではなさそうだけど。
「あれは何処で手に入れたんですか」
「ああ、実は先月……」
俺は八月の肝試しのことを爺さんに教えた。次々に人を獲り殺していった怨霊とその顛末を。今でも気にするときがある。
「アレは最後、人の心を取り戻したように見えたが、どうも腑に落ちなくて」
「地縛霊の成仏は、消滅を意味しています」
鉄塊の温度が下がってきたのか、爺さんは再度それを炉に入れた。
「土地に縛られていた霊が開放されるということは、その地を離れるということですが、一度その地に根ざした霊が開放されれば、自己を保てなくなるのです。封じ込められていたことで、一層霊の念は強まっていたことでしょうし、仮にあなた方が祓わずとも、自分から外に出て、独りでに滅んでいたでしょう」
「どの道お札を剥がした時点で、アレの最期は決まってたんだな」
「そうなりますね。ただ、あなた方の働きによって、霊の大元は自我を取り戻した。だからこそ成仏ができたし、結果としてこの鈴を、結晶として残すことができたのです」
「結晶って、霊魂の」
「怨念です。地縛霊が土地を離れるという禊を済ませたことで、身に纏っていた怨念が剥がれ落ちた。剥がれ落ちた怨念は、化けて出た当初の拠り所だったであろうものの、形をとったのです」
そういえば、歴史改変前の怪談では鈴の音がするというものがあって、あの怨霊自身も、鈴の音をさせていたな。
どうして鈴に想い入れがあったのか、今となってはもう分からない。
「何にせよ、あなたが気に病むことはないのです。むしろ、胸を張りなされ。罪と穢れの置き土産がここにあるということは、その霊にはもう斯様な執着は無いのですから。おふざけから始まった、あなた方の行いでも、しかして幾つもの悪を滅ぼして、最後に一人の人間を救い出したのです。ご立派ですよ」
ウルカ爺さんは手を止めて、こちらを振り向くと、皺の多い赤ら顔をにっと綻ばせた。
自慢話をしたつもりはなかったんだけど、気持ちが少しだけ楽になった。俺はあの霊を追い詰めた訳じゃなかったんだな。それだけは、よかった。
「そっか。ならいいんだ」
そうしてしばらくの間、俺たちは沈黙した。イヤーマフ越しに聞こえる鉄を叩く音が、庵の皮を被った工房内に木霊する。
「この作業が終わったら一度休憩しましょう。そうしたら今度は、この刀の由来をお話ししますよ」
ウルカ爺さんはそう言って、何度目か知れない折り畳みを繰り返した。
熱された鉄は未だ燃えるように明るく、この作業を終わらせまいと、しているかのようだった。
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文章と行間を修正しました。




