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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
天狗の仕業編
231/518

・伴天連の天は天狗の天

今回長めです。

・伴天連の天は天狗の天



「お茶ですどうぞ」

「どうも、ありがたく頂戴します」


 久方ぶりに淹れた緑茶の香りが、夜の我が家の一室に立ち上る。相場が分からなかったので、スーパーで売ってた一缶2,000円くらいのものを割引込みで購入したのだが、それ以前に淹れ方が合ってたかどうか。


 急須に茶葉とお湯を入れただけなんだけど、こういう所で教養が必要になるとは思わなかった。


 家にちゃんとしてる人(魔物)の客を招くなんて初めてだし、こういうのは想定してなかったからなあ。


「何分お茶を淹れたのなんて数年ぶりなんで、粗相がありましたら、言ってやってください」


「ああいえいえ、そんな恐縮です」


 異世界でお客にお茶を淹れたりもしたけど、こっちに戻ってからは、とんとご無沙汰だった。祖母の湯呑セットを捨てずに置いて本当に良かった。


「こんな夜分にお邪魔している以上、お茶をお出しして頂けるだけでも、出来過ぎなくらいです」


 オカルト部の部長が手配した存在らしいが、なんだか低姿勢な人だなあ。こういうのはこっちに来てから初めてかもしれない。


 俺はバイト先に現れた、この平崎某とかいう男と話すため、家へと案内した。勿論バイト終了後であり、ミトラスにも電話で連絡済である。


 海さんに事情を聞かれたが『セカンドオピニオン』とだけ言っておいた。彼女は察すると、それ以上何も言わなかった。やはり経験は共有するものである。


「いや、まさかオカルト部の部長の手回しとは知らず生意気な口を」


「いえ警戒は当然です。得体の知れない化生が来た、しかもあの方の差し金であるのなら、猶の事」


 俺たちは何でオカルト部部長の名前を伏せて、話し合っているんだろう。不思議と名前を呼んじゃいけないような気がして、ならないんだよな。


「あの、それで今日はいったいどのようなご用件で」


 ミトラスがおずおずと質問する。


「あ、すいません、ご挨拶がまだで。僕はミトラスといって、こことは異なる世界の魔物です」


「ご丁寧にどうも。あなたのこともお話は伺っておりますよ。なんでも大層な妖魔だそうで」


「いやそんな、僕なんて世間知らずも甚だしくて」


 リビングには俺と平崎某ことウルカさんが、テーブルを挟み、向かい合って座っており、ミトラスは俺の隣にいる。


 彼はこの世界で、初めて他の知的な魔物と出会い、興奮を隠し切れない様子だった。


 微笑ましいが今はこちらの用事が先なので、わざと咳払いをしておく。


「またまたご謙遜を。ですが、あの方から伺っておりませなんだか。なんでも刀を看て欲しいと言われて、来たのですが」


「あ! 刀ってこの前のか。ほら、旅行先で変化したアレ。あれのことをあの人に頼んだんだ。駄目元だったんだけど、こんなに早く来るとは」


 ミトラスにも分かるように言うと、二人はうんうんと頷いた。


 ということはこの人、いや魔物、いいや爺さんで。今後出会う奴が年食ってたら、皆それで通そう。


 とにかく爺さんは、あの貧弱なボーヤだったが一夏で超変身した刀の鑑定と手入れに、そして事と次第によっては、引き取ってくれるためにやって来たということだ。


 オカルト部部長の伝手とは、この人のことだったんだな。


「そうと決まれば早速、これです」

「ほほう、これが」


 今回は刀を玄関に立掛けずに持って来ていたから、それをそのままテーブルの上に置く。うーん、改めて見ると、ちょっとみすぼらしいな。


「これはどこで手に入れられたので」


「森で修行してたときに落ち武者を狩りまして、そのときに。そういえばミトラス。ちょくちょく行ってるあの森って何処なんだ」


 この刀は、ミトラスに転移魔法で連れて行かれた、何処とも分からぬ森に湧く、如何にもな落ち武者を倒した際に、ドロップしたものである。


「うーん、これは明かしてもいいかな。あそこはシノさんの実家近くの森だよ。前に個人的にシノさんから聞いたことがあってね、人避けもしてあるし、手頃な魔物もいるから、君の修行に使ってもいいよって」


「何時の間にそんなことを」


「僕は君があの人のお世話になったことで、節目の挨拶をするようになってたんだよ」


 俺の知らない所で、そんな保護者みたいなことを。実際に保護者なんだけども。


「あの、シノさんというのは」


「こっちの世界の妖怪狐です。お子さんが有名人らしいです。もう千歳くらいになるとか」


「その狐は、何か特徴はありませなんだか。尻尾が多いとか、怪しげな呪物を持っていたとか」


「そういや変な箱と玉を持ってたな。アレのおかげで俺は魔法を使えるようになりました」


「まさか、信太の葛の葉!」


 ウルカ爺さんがシノさんのことを聞いて、ぎょっとする。さてはあの人やっぱり結構な大妖怪だな。そうでもなきゃ、単身で異世界になんか来れないか。


「では信太の森で、そしてこの刀、もしや……」


 なんだ急に大事の気配がしてきたぞ。でも第六感が危険を訴えないから、これはきっと蚊帳の外パターンだな。安心だ。


 面倒事に慣れて来ると、自分が巻き込まれるかそうでないかが、何となく分かってくるようになる。嫌な経験則。


 一方で爺さんは改めて刀を手に取ると、しげしげと眺めて始めた。


「失礼、正体を現してよろしいでしょうか」


「そんなこと聞かれたの初めてだけど、物を壊さないならどうぞ」


「ではこの急須と湯呑を、片付けさせて頂いてから、失敬して」


 何やらものものしい雰囲気を受けて、俺とミトラスはテーブルから離れた。


 ウルカ爺さんはお茶を流しの中に避難させてから、顔の前で両手を合わせると、静かに目を閉じる。


 するとどうだろう。エアコンも付けてないのに室内には強風が吹き始める。皿とか割れそうなものは片付けてあるし、コップもプラスチック製で良かった!


「この力、風の妖精だ、それも途轍も無く高位の!」

「え、マジで!」


 書籍の資料をひも解けば、人型じゃない妖精とかもいるし、お爺さんやお婆さんの姿をとる者もいるが、まさか実物を拝むことになるとは。


 うわあ嫌だそれつまり実写版ってことじゃん! 


 ちょっと待ってくれ頼むよ、なんのかんのここまで美男美女の割合多めの出会いをしてきたんだからさ、爺さん素地は悪くないから出来れば特撮メイクっぽい顔面偏差値を損なわない感じのアレで出てくれ頼む!


 そう考えるとシノさんは本当に当たりだっ


「うわあっ」

「サチコ!」


 余計なことを考えていたら、最後に蒸気のようなものと同時に、突風が吹いて体が大きく仰け反る。


 ミトラスが咄嗟に腰を掴んでくれたおかげで、転倒は免れた。


「ふう、お騒がせしました」


 先ほどの風が嘘のようにピタリと止んで、靄の中からウルカ爺さんの声が聞こえる。


 今気付いたが、テーブルの上の刀は、微動だにしていない。


「これが私の本性です」


 そう言って姿を現したのは、山伏姿に真っ赤なポンポン(結袈裟とかいうやつ)、頭に兜布じゃなくてキリスト教のズケットを被っている。


 背中には黒い大きな翼。そして真っ赤な、いや、顔が赤い人種ってくらいで、いうほど真っ赤じゃないけど赤い顔に、更に鼻が強調された……これは……。


「天狗じゃねえか!」

「ええ、これがあの天狗!? 僕初めて見た!」


 お前はお前でなんで天狗でそんなに大はしゃぎしてるんだよ。ていうか風の妖精じゃないじゃないか。


 またこの美醜の枠から、意図的に逸れるスタイルのおかげで、がっかりしないのが微妙に腹立つ。


 用意しておいたリアクションを使わせろよ。


「天狗なのにキリスト教なのか」


「元はあちら側から流れて来た身ですよ。伴天連の天は天狗の天です」


 伴天連の天は天狗の天。すごい説得力だ!


「では改めて、むん!」


 ウルカ爺さんは刀を手に取ると、何やら意識を集中し始めた。見れば見るほど天狗だ。変身して服が破けたりしない辺り、上級の魔物なんだろう。俺ではこうはいかない。

 

 それに腰には錫杖とメイスを装備している。お前、杖二刀流なのか。そりゃ強いけど、メイスワールドって言われることあるけど、2.0時代には棍と魔法の世界って言われたこともあったけど。


「楓の葉と法螺貝を持っているのは、伝承通りだね。パッと見で見える装備全てに、魔術的な意味合いが含まれている。それにやや力士体系で、こんなに頼もしく神々しい魔物は見たことがないよ」


 ミトラスが感極まっている。なんていうか、そういう体系に憧れる人いるよね。


 スマートなマッチョよりも思い切り鍛えてるほうが好きだし、かといってボディビル体系よりも固太りのほうが好きっていう人、ゴリラに近付くほど良いってことなんだろうか。


「むうううん、かああーーーーっっ!」

「見て、刀が!」

「嘘だろ輝いてるぞ」


 天狗が一声吼えると、例の刀が青白い光を放つようになった。それは短い時間だったが、確かに光り輝いていた。


 光が治まるとウルカ爺さんは、厳しい表情をして納刀した。


「お嬢さん、名をなんといいましたかな」

「え、あ、サチコですが」


「サチコさん、この刀は私が責任を持って打ち直しましょう。ですがその為には、先にしてもらわなくてはいけないことがあります」


 彼は刀を掴んで俺の前までやってくると、厳めしい顔をして渡してきた。


「それはいったい」


「その刀が今日まで折れずにいられたのは、呪いと祝福の力が相乗していたからです」


 すげえ中二心がくすぐられる言葉が飛び出した。

 この刀には呪いと祝福がかかっている!


 今までちゃんと使ってなくて大丈夫か俺、祟られたりしない?


「話せば長くなるのでそれはまたの機会にしますが、とにかく急いで取り掛かって頂きたいのです」


「つまり、前準備として再び呪いと祝福の力を、注ぐ必要があるということですか」


「然様」


 天狗が今度は重々しく頷く。俺はこの時点でなんだかとても嫌な予感がした。ミトラスは大興奮だがこいつは紛れもなく妖刀である。そんなものにマジカルパワーを補充するなんて、絶対ろくな行為ではない。


 そしてその予想はまんまと的中する。天狗は俺の頭にバケツで水をぶっかけるような、急速に色んなものが冷えて行く言葉を、浴びせてきたのだった。


「具体的にはこの刀に、血と魂を出来る限り吸わせて頂きたいのです」

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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