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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
天狗の仕業編
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・定例予知夢

・定例予知夢



「これが今回見た予知夢ね」

「いつもお世話になります」

「いいのよ、見ようと思って見てる訳じゃないから」


 いつもの放課後。俺はいつもの一人しかいないオカルト部の部室に、足を運んでいた。


 九月の部室はまだまだ夏の名残で明るいが、これからどんどん暗く怪しく、恐ろしくなっていく。


 そんな中でわざわざ恐怖心を煽るため、惨劇の様子をクレヨンで雑に描いたスケッチブックを受け取る。肌色に赤を混ぜるの止めてくれないかな。


「片方は床に倒れてるな。周りに人が沢山いる。それと食器らしきものが転がってるな。味噌汁かなこれ。味噌汁にアレルギーのあるものでも入ってたのか」


「たぶんキノコに中ったんだと思う。OBの人が差し入れをして、強引に作らせたんじゃないかな。それで食べられないのが入ってて」


「迷惑な馬鹿だな、ん、もしかしてこれ、学園祭か」


 よく見ると背景が学校内のようだ。なるほどだからOBか。


 素人が山菜やキノコ狩りなんかするなと、毎年注意喚起が出されているというのに、何年経ってもこういうジャスト末代な奴って尽きないよな。


「学際っていうと再来月だな」

「うん、それでもう一枚がね」


 オカルト部部長が頁を捲りもう一枚の絵を見せる。そこには人は描かれていない。


 あるのは外の風景だけ、殺風景なゴーストタウン。瓦礫の無い小奇麗な廃墟。


 ただ所々、黒い何かが移動するかのような線が走っているのが、気になる。


「これ何」

「たぶん市内じゃないから修学旅行先かな」

「出先で死人出るのかよ……」


 この頃そんなのばっかりだな。異世界にいた頃は調子に乗ったゴロツキ集団や密猟者でもない限り、命の危険は無かったというのに、これだからこっち側の世界って嫌だ。


「最近全国が天災に見舞われてるじゃない。だから見世物にすることで、少しでも修繕費とか復興費用っていうものを、稼ごうって魂胆なのよ」


「そこに格安で分かり易い教育的なプランを組めると学校が飛びついたと。国内の何ヵ所か知らんが今年は全国的に被害が出てるからな、正直行きたくねえな」


 西日本は元々治安が良くないから、せめて人が住みついてない廃墟がいいなあ。少年誌みたいに地元の悪党や犯罪に遭遇してっていう展開は勘弁だ。


「ちなみに修学旅行は来月ね」

「気が重いなあ」

「とにかく、準備は入念にしておいたほうがいいよ」


 そんなチュートリアルとか、インターミッションの締めみたいな台詞言わんでくれ。俺はスケッチブックを閉じて、オカルト部部長に返した。


「確かこいつら異世界で死因聞いたときに、名字控えたんだけど、何て名前だったかなあ。それが思い出せれば探す手間が、少しは省けそうなんだけど、それは一先ず置いておこう」


 いかんせんもう一年半以上前のことだからな、大して付き合いのない連中の、生前の名前とか流石に思い出せない。


 記憶力と想起力があっても、ちょっと厳しい。後でミトラスにも聞いてみよう。とはいえ住所までは知らないから、それほど役に立つって程じゃないんだが。


「そう。じゃあ私からの定時連絡はこれで終わりね」


 予知夢の定時連絡ってなんだよ。そう思ったけど口には出さないでおく。


「今日はそっちからも用事があるんでしょ」

「ああそうそう、これを見てくれ」


 俺は手近な机を寄せると、その上に背負っていた刀を置いた。最初は重たくてしんどかったが、慣れると気にならなくなるものだな。


「これが例の」

「そう、先月のやり取りでこんなになってしまった」

「ご立派ねえ」

 

 刀は俺が何時ぞやの修行で、ミトラスに連れられていった森で手に入れたものだ。落ち武者を何度目か倒した際にドロップしたもので、先月の肝試しでは他の幽霊相手に大分役に立った。


 それまでの不遇っぷりが、嘘のような活躍度合いである。


「霊に刺してからお経を唱えたらぐんぐん何かを吸い出してさ、終わったらこうなってたんだ」


「あなたのお経が加わったことで刀の侵食に抗えなくなったのね」

 

 霊魂を蝕み喰らうとはいかにも妖刀だ。


 今までそんな素振りは無かったけど、もしかしてというか、やはりというか、災難が定期的に起こるのはこいつの仕業なんだろうか。


「最初は刃長が70センチくらいだったのが今じゃ90あるんだぜ。刃自体も肉厚で太い印象がある。研いだまではいいが刃零れが目立った刀身も、今じゃこの通り新品みたいだ」


「この柄と鞘は自作」


「まあな。とにかく納まればいいと思って、材木貼り付けただけだよ」


 刀子はそれなりだけど、肝心の部分がこれじゃ格好付かないよなあ。


 手作り感丸出しの持ち手とケースって、そんな温かみが刀にいるかっていう。


「出自が出自、物が物だしで正直どうしたもんかって思ってさ。本職に頼んであれこれ聞かれても困るし、そんな金は無いし、何よりこのまま持ってていいかも分からん。正直手に余るし、こういうのの取り扱いができる知り合いって、いないかなって思って」


「なるほどね、確かに拾得物で済ませられるものじゃないし、かといってお祖母さんの形見で押し通すのもちょっと無理がある。触ってもいい」


「いいけど危ないぞ。俺が刀を押さえとくから、ゆっくりと鞘から抜いてくれ」


「ん」


 オカルト部部長は頷くと、材木を貼り合わせただけの雑な鞘を握り、引いた。


 中から現れたのは黒と銀とに鈍く輝く刀身だった。そこまで美しいって感じじゃないのにすごいゾワゾワする。


「持っていい」


「いいけど重たいから一緒に持つぞ、柄を握ったら俺も後ろから持つから」


「分かった、じゃあ『せーの』で持ちましょ」

「よし、いくぞ、せーのっ」


 オカルト部部長の手に自分の手を重ねながら、全身に流れるように力を入れて、慎重に持ち上げる。


 机の上に横たわっていた刀が、俄かに天へ向かい、反り返る。


「うひょ」


 オカルト部の部長が感極まって、変な声を出した。しばらくの間そうして刀に見入っていると、段々息が荒くなって汗ばみ、顔が赤くなっていく。


「重たいだろ、下すぞ」

「あ、うん、うん……」


 様子がおかしい。一先ず机の上にもう一度刀を寝かせるが、手を離そうとしない。


「これいいわね。すごくいいと思う」

「そうか」

「うん、すごくいいと思う」


 取り憑かれたように繰り返す彼女は、その熱っぽい視線を刀身に注いでいる。


「それで、どうかな、やっぱり無理そう」

「何とか伝手を当たってみる。少し待って欲しいな」

「分かった。ありがとう。じゃ仕舞うぞ」


 そう言うとオカルト部部長は、残念そうに刀から手を離した。良かった、まだ理性は残っているようだ。


 刀身を鞘に納めると、物欲しそうにこちらを見てきたが。


「そうだ、この前のと合わせてお礼と言っちゃなんだけど、何か欲しい物とか、して欲しいこととかある」


 空気を誤魔化すために話題を振って見る。予知夢の件で家に来たら言うって話だったが、こっちから切り出してしまおう。


 こういうのは後に引かないよう、取り計らうのも大事だ。しっかり考えられて、きついのを要求されたら困るし。


 何が困るって、そのお礼をしなきゃいけないから、困る。するから困る。しないという選択肢は無い。


「あ、そ、そうね。それも今度話すって、前に言ったものね、そうね」


 彼女は燃料の切れたロボットみたいに、がくりと項垂れた。前髪に両目が隠れていても興奮が伝わる。


「どうしようか、どっちに、いやどれにしようかな」


 少なくとも候補が三つはあるようだ。やだ怖い。


「流石にできることや、用意できる物に限ってくれ」


「ああ、そっか。そうだね、じゃあ、先にできるか、聞いておかないといけないよね」


 薮蛇だった。

 俺今間違いなく、余計なことを口走ったぞ。


「サチコさん」

「なにかな」

「あのね、ちょっと耳を貸してくれる」


 聞いた瞬間洗脳される言霊でも、吹き込まれるような気がして、一応拳を握っておく、


 その上で恐る恐る身を屈めて頭を差し出すと、オカルト部部長は唇を開いた。


「あなたの魔王さんを、少しの間貸して欲しいの」


 ぎょっとして振り向くと、彼女が粘り気のある笑みを見せる。前髪の奥の双眸は爛々としており、あらゆる欲望が見え透いている。


 こいつこのやろう、まさかミトラスを寝取らせろって言っているのか!

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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