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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
天狗の仕業編
228/518

・大レベルアップ

今回長めです。

・大レベルアップ



 夏の暑さとは何だったのか、そう思えるくらい雨が続いて、冷え込むようになった今日この頃。


 しとしとと振り続く秋雨と、時折舞い込む冷たい風からは、もう夏の匂いはしてこない。


 先月の慌ただしさが、嘘のように静かな夜だった。いや、先月の動きがおかしかったんだよな。


 台風の中を肝試し目的で旅行に行ったり、その旅行で幽霊と戦ったり。


 先輩に至っては帰りにコミケに行っている。冷静になると正気とは思えないことしかしていない。


「平和だなー」

「そうだねー」


 リビングの机に突っ伏すのは俺と、なんだかんだ長い付き合いの魔少年ミトラスだ。ファンタジックな緑髪に猫耳が生えている。尻尾はついてない。


「こうして何気なく、何もない日々を送れることって幸せだよな」


「それは勿論そうだよ。宗教だってそれを売りにするくらいだし」


「よせよ平和が不味くなる」


 目に見えない所で悪いことしてるんだろうなーって思ってしまう。平和の価値が毀損されてしまう。


「しかし今年はなんとか海行けたし良かったよ。あの旅行の後、ちゃんとした海水浴に行こうって、先輩が言いだして、改めて出かけたんだよな。俺、何気に江の島行ったの初めてだよ」


「今年は君の水着が見られてほっとしました」

「なんなら家で着るのに」

「なにその風情ないの」


 む。なんだ気に入らんのか。風呂入るときやするときは全裸だし、風呂上りはパン一※だったりするんだから、それが水着だって良さそうなものなのに。


 男の機微はよく分からんな。


 ※パンツ一丁の略。


「季節とロケーションに合わせた性欲の喚起を発情期と言うんです。それを意図的にずらそうというのは、違うと思うんです」


「年中発情期の人間にそれを言うなよ。まあいいや、レベル上げようぜ」


「そういうんじゃないんだけど、もうちょっと理解が欲しいなあ」


 なんだ面倒臭いことを言いおって。

 要はお前の感じるエロではないってことだろう。


 積極的になるのは構わないし、慣れてくれるのも嬉しいけど、主張をされるとなあ。俺のせいでするようになったんだけど。


「……じゃあもうちょっと考えてみるよ」

「ホント? やった!」


 えっちなことをしようと言って、素直に喜ばれると俺も嬉しいよ。さ、お互いに機嫌も直ったところで、レベルを上げるか。


 リモコンを操作してテレビの画面を切り替えてと。


「あ、成長点がいつもより多く入っている」

「そりゃあんな密度の濃い出来事があればな」


 毎月保健所やら処分場やらで殺される、犬猫を元にした犠牲サプリを毎日一粒飲むことで、俺は月に三千の成長点を得ている。


 この成長点を消費して、俺は毎月自分を強化しているのだ。どういう構造でそうなっているかは全くの謎だが、ミトラスがいうには人間が生物としておかしいらしい。


 魔王級の存在に言われたくないし、俺はそんなことは聞いてない。


 何をどうしたらこうなるんだと聞いてるんだけど、その点に関しては知らぬ存ぜぬと、便利な家電を扱う一般人みたいな返答を、されるばかりである。


「6,000ってことはいつもの倍入ってるね」

「先月の一件で3,000は入ったってことか」


 先月の肝試しを通して、ほんのり悲しい幽霊退治をした結果、これだけ入るとは。


 俺の身になるものが、あったってことなんだろう。いや、これから身にするんだな。


 本来の俺のレベルなんてものは、たかが知れていたのだが、異世界で出会った魔物たちとミトラスのおかげで、多くのマイナス要素を排除し、限界を底上げし成長点を水増しすることで、今も成長できている。


 たぶんそうしなかったら、今頃はとっくに頭打ちになってたんじゃないかな。


「こういう形で行いが帰ってくるとやる気が出るな。どれじゃあ早速」


 リモコンで画面を『ビデオ』の下にある『サチコ』に入力切替。ずらっと画面に並ぶパネルと、その上に四つのアイコンが記されたタブ。


 先ずは恒例の『肉体』タブから。


「今回はこれだな」


『咀嚼筋強化』:頭部から広背筋、特に顎部周辺と首の筋力と持久力が重点的に強化されます。また嚥下する力が衰えなくなります。


「噛む力が強くなるし顎や首が疲れにくくなる」

「でも特に有用な力って感じはしないけど」


 敢えて教えないけど俺はつい今しがた『もうちょっと考えてみる』と言ったばかりだぞ。


「で、次がこれ」


『舌筋強化』:舌の筋肉が強化されます。


 双方3,000で合計6,000の奮発。頭部とその内側だけあって高い。体感だけど鍛え易く、何度も取得できる部位のパネルは、比較的成長点の消費が安いような気がする。


「これも今そんな要るかい」

「こええエロがほーゆーうおいふぁえきるよ」

「うわきもちわる!」


 口を開けてしてみせたがミトラスは引いた。お前のためと思って取ったんだが、これも駄目か。


 中々難しいなあ。


「うんん、では気を取り直して次魔法」

「え、ええー」


『なんだったんだ今のは』という顔をして、ミトラスがこっちを見上げてくる。こんなときに鈍いのは良くないと思うな。


『霊魂強耐性』:霊的干渉による精神衛生への影響に対して、強い耐性を獲得します。


「何時の間にか弱耐性も取れてたんだけど、これもあの幽霊との、一戦のおかげなんだろうな」


「触ったときに手が焼けそうになってたもんね」


「そういえば、皆の髪の毛を指に巻いてたから、呪いを軽減できたけど、あれどういう理屈なんだろ」


 神話でも髪の毛にまつわる話は多いけど、やっぱり不思議な力があるんだろうか。


「生物の毛髪って細いから、他の部位に比べて魔力や霊力が十分に溜まり易いんだよ。それが束になるとまとまった量の魔力や霊力を、帯びた物体ということになる。これが緩衝剤や触媒、あるいは単純に貯蔵物として、機能するってことなんじゃないかな」


「なるほどな、でもこれあくまでも幽霊からの攻撃に強くなるってことだろ」


「そうだよ、これで天使が来ても大丈夫。いい経験になったね」


 すごく嬉しそうにいうなあ。天使っていうのも魔物の一つなんだけど、前に会ったときは拳がイカレただけだったし、別に攻撃力が上がった訳でもない。


 できれば霊に対する物理的っぽい攻撃力の上昇や、幅広い精神的な耐性が欲しかったな。でもこれ強って付くだけあって6,000する。


 如何にもこのあぶく成長点の使い道って感じがするから取るけど、いまいちありがたみが薄いような。


「うーん、こういうのって、事前に有れば良かったんだけど」


「そう思うから作ったり覚えたりするんでしょ。今となっては役に立たないけど『またこういうことがあったら困るから念のため作っておこう』というのが備えというものです」


「正論だけど当事者としては残念である。次、知能」


『検波』:相手の脳波、電磁波等の生物的波長を感じ取れるようになります。


「これどういうことなのサチウス」


「恐らくペットが家の近くまで帰ってきた家族に五感を用いず気付いたり、或いは自分の嫌いな奴が近付いたり、部屋の中にいるときに、断定できる手がかりもなしにそこに『いる』と、分かったりするときの感覚のことだろう」


 特技に気配察知とか似たようなのがあるけど、文字通り特技として、分かるようになるってことであり、後天的に訓練次第では、同じように気取られるようになるんだろう。


 ともあれ取得。一つ2,000の三セット。


「ん、おおー」

「どう、何か変わった」


「上手く言えないが、お前の気配が前より分かるようになった、気がする」


 足音とか動きではなく、漠然と識別できる。個人が持つ雰囲気とでも言おうか。ミトラス感っていうか。これが南なら南感みたいになる。


「こうして感じ取ってみると、確かにミトラスは人間じゃなかったんだな」


「え、そうなの。ちょっと不安だな」

「俺は好きだからいいけど」


 そう言うとミトラスは俺の目を見て、少しずつ顔を赤くしていく。座っていた椅子を寄せてぎゅっと抱き着いてくる。愛い奴愛い奴。


「じゃあ最後、特技」


『真似』:相手の真似が上手になります。


「模倣と言わない辺りがなんだか気にかかるな」

「習熟が早まるという訳じゃないのも引っかかるね」


 そのクセして要求する成長点が6,000と来ている。毎月の成長点が3,000だから、その範囲で強化できるものばかり探して、他の高いパネルは見て来なかったけど、消費が重たい奴は皆こんなのばっかりなのか。


 でも取得。


「細かい説明がないのが怖いけど、たぶん損する訳ではないだろう」


「後は真似する相手を探すことだね」


 こういう特技って、真似出来る範囲で尚且つ俺よりちょっと優秀なくらいが、丁度いいんだよな。


 とはいえ周りにいる連中って、ちょっとというより大分優秀だしなあ。


「そうだな。後フリーの成長点が前回の貯金に今回の分を乗せてなんと12,000点。これを貯めてどうするかも考えておこう」


 かくして今回のレベルアップは終了した。


 俺たちはテレビとリビングの明かりを消した後は、用を足してそれぞれの部屋に戻る。


 しかしいざ入眠というときになって、部屋のドアが開かれた。ミトラスだった。


 彼はこっちを気にしながら、入り口の辺りで立ち止まっていた。


「ん、一緒に寝るか」

「あ、うん」


 部屋の明かりは点いてないけど、ミトラスが顔を合わせないようにしているのは分かった。


 こんな態度をし出す理由は恐らく、さっき人間ではないと俺が気付いてしまったことだろう。


「こっち向いてよ」

「うん」


 俺のほうから寄って、彼を抱き寄せてから、位置を戻す。抵抗しないけど緊張してるのが伝わってくる。自分の鼻先を髪の中に埋める。


「俺は気にしてないからさ、お前も気にしないでよ」

「でも……」


 うーん、迂闊なことを口走ってしまった、かも知れない。でもミトラスって、自分が人間じゃないことを気にしてたっけ。


 今までそんな素振りなかったと思うんだけど。


 いや、仮にそうだとしても、今気にするようになったんだから、そこから目を背けちゃいけないな。


 よし、明日になったら考えよ。毎日枕はイエスにしてるんだ。きっとなんとかなるだろう。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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