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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
肝試し編2
227/518

・今年の夏の思い出は

今回長めです。

・今年の夏の思い出は



 朝。旧本館に戻った俺を待っていたのは、心配そうな顔をしていた三人だった。


 お経も止んでいて、すっかり正気に戻ったらしい。


 びしょびしょになった服は臭くなっていて、全員の表情には疲労の色が濃く滲んでいる。三人ともお経、というか呪文を唱えていたときのことは、良く覚えていないらしく、事の顛末を訪ねてきた。


 俺はなるべく正直に話した。

 なるべく、暗くならないように。


 先輩は『派手な最後ではあるけど拍子抜けだな』と不満げだった。自分の目で見られなかったことが気に入らないんだろう。


 南と海さんは顔を見合わせて『やっと終わった』とぶちぶち愚痴をこぼし合っていた。


 安心したんだろうな。

 しばらくの間それは止まらなかった。


 俺たちはずぶ濡れの荷物をまとめて本館に戻ると、朝風呂を浴びて、朝食を採って、着替えをして、昼前にチェックアウトした。


 生活の知恵で、着替えをビニール袋に入れておいたおかげで、そっちは無事だった。


 台風で窓ガラスが全部割れて、大変な目に遭ったと報告したが、旅館側は『大変でしたねの』一言で済ませた。


 言外に俺たちが壊したんじゃないのか、という目があり、当たらずとも遠からずなので、食い下がるようなことはしなかった。


 空は晴れていたし、水着に着替えて少し遊んで行こうかという声も、先輩から上がったが、皆くたびれていたので、また今度ということになった。


 登校日辺りに休んでそうしようと約束して、俺たちは帰路に着いた。先輩を除いて俺たちは口数が減っていた。


 やり遂げはしたものの、釈然としない気持ちを抱えたまま、帰りの電車に乗った。特急一本のグリーン車で指定席に座ると、俺たちはようやくこの旅が終わることを実感した。


 南が寝ると宣言して、海さんが続き、先輩もほどなく眠った。


 俺もそうしたかったのだが、幾つか気になることがあったので、それは後回しにする。南から借りた携帯電話で、オカルト部部長に電話をかける。


 旧本館では切れかけていたバッテリーも、チェックアウト直前まで充電していたことで、回復している。


『もしもし』

「もしもし。サチコです」


 電話の出たのは今日の早朝まで共闘していた、オカルト部部長だった。いつもと変わらない調子で、全く疲れた様子もない。


『あ、お疲れ様。どうかしたの』

「実はあの霊のことで、聞きたいことがあってな」


『見てた限りじゃ成仏寸前まで、持って行けたように見えたけど』


「それなんだが」


 俺は鈴の霊の最後を報告した。成仏ではなく雷に打たれて、消滅したように見えたのだが、そんなことがあるのだろうかと。


 いや、俺自身がああいう無碍な終わり方を、受け容れたくないって思ってるんだ。だから、それを確かめたくて相談しようと、こうして電話をした。


「……ってことなんだよ」


『雷が降って、霊が出るならまだしも、逆に霊を追い払うってのはないわね。プラズマじゃないんだから、畑の豊作とかで神聖視されることはあっても、ゴーストバスターとして頼られることはないんで。つまり雷が落ちて当たっても、幽霊が消し飛んだり成仏したりとは関係ないです』


「そうか。じゃあ俺が見た時は、もう消えようとしていて、そこにたまたま雷が重なったから、雷が霊を消したように、見えたってことか」


『そういうことです。しかもそのとき何か燃えてたんでしょ』


「火が消えた後からは鈴が出てきたんだ。随分錆びたのがな」


『それは霊の個人的な持ち物だったとしても、そんなメラメラ燃えません。安心していいです』


「そうか、別に天罰的な追い打ちを受けたって訳じゃないんだな、分かった。ありがとう」


 俺の勘違いだったのか、良かった。どうやらあれは成仏できたようだ。


『人がいいのね。地縛霊の場合、心境が良くなったといっても、その地を離れ難いから、旅館の中に戻っててもおかしくなったのよ』


「そのときのほうが駄目かって思って叩っ切れたし、もう少しすっきりしてたと思う」


『そう。そうかもね』


 車窓の外をゆっくりと景色が流れていく。青空の向こうから流れてくる雲が、そのうちまた雨を降らせるだろう。


 概ね青と緑の色が遠ざかって行く。電車の揺れが不思議と心地良かった。


「なあ、アレは結局なんだったんだろう」


『歴史の間に落っこちて取り残された、前の歴史の幽霊よ。この世界の人たちを餌食にしたみたいだけど、犠牲者のほうが悪すぎたから、それに引き摺られたんでしょうね。他の霊たちを取り除いたから、一人の被害者に戻れたの。案外、これも人助けってことになるのかもしれないわ』


「そうか、ありがとう、今度何かお礼をするよ」


『じゃあ、また近々予知夢のことでお邪魔するから、そのとき言うね』


 ここで『別にいいよ』と言ってくれない辺り、俺とこいつの距離感が、具体的に出てる感じがする。


『そういえば刀が膨らんだとも言ってたけど、それは今どうしてるの』


「鞘に入らないし柄も割りやがったからダクトテープでぐるぐる巻きにして、刀子に入れてる」


「えー」


 鈴の霊に切り付けて刺さった刀は、その状態で俺がお経を唱えると、その瞬間から何かを吸収し始めて最終的に刀というより、ソードの風体になっていた。


「これも帰ったら柄を作り直さないとな」

『それも今度会ったら見てみるね』

「頼む、じゃあな」


 俺はそうして電話を切ると、次に鞄から一冊の茶色いノートを取り出す。


 年代物のそれは、昔は固く厚かったであろう表紙が、今では無抵抗な程ぺらぺらになっていて、頁も黄ばんでいた。


 旧本館の地下へと続く階段の裏に、お札の傍に貼ってあったものだ。表面にべたべたと貼られたガムテープを、表紙を破かないように剥がすのは骨が折れた。


 所々欠けていながらも『業務日誌』と辛うじて読むことができた。名簿のときのように、頁が貼り付いていることもない。


 いっそ処分すればいいもの。まあ後ろめたいことをしておいて、後ろめたさを感じない奴って、そうはいないけどな。


 扉を開けて中を見る。


 随分古い、数十年前の日付がある。初めのほうは墨と筆で書かれている。そこにあったのは、あの地下で行われてきたことと、被害者の変遷だった。


 きっかけは古参の従業員がストライキを起こしたことだった。嵐によって船を失った漁師たちを、いずれ漁師に戻るからという約束で、従業員として受け容れたのが始まりだった。


 それ自体はいいものの、安定した暮らしに、彼らは漁師に戻る気が無くなっていたこと、年を追う毎に昇給する、彼らへの給与が看過できなくなり、また声と態度が大きくなっていたことが、当時の支配人の頭を悩ませていたとあった。


 庇を貸して母屋を取られるという奴だな。派遣も無く要らないからと、職場から追い出せるのは、日雇いくらいの時代。


 とはいえ結局は経営状態と勤務態度、約束というものから首を切ったらしい。だが、それを不当解雇として声高に言い始め、辞めないし働かないという状態になってしまったようだ。ゴミだな。


 かくしてそのゴミの始末を、どうしようかという段に至り、この旅館の地下に呼び込んで“説得”を試みたそうな。


 地下がある理由は、元はといえばここは役所を建てる候補地であり、本決まりでもないのに着工を始めたものの、話が二転三転して頓挫したところ、前支配人が買い取ったとある。


 昔から癒着の気配がべったりだったんだな。


 そして一人一人呼びつけては、地下に幽閉していったが、ここで異変が起きる。幽霊が出るという話だ。閉じ込められた従業員の、出任せと思われていたが、不審死を遂げる者が出てしまった。


 拘禁反応から来る狂死だろうかと、推察がなされている。どちらにせよ出す気も折れる気も、なかったらしい。


 死体を処分したら、引き続き従業員たちを騙して、放り込んでいたとある。


 しかし不審死が相次いで起こったことで、どうやら本当にいるらしいと認める記述がある。


 あるのだが、これ幸い、天佑を得たりなどと書かれており、かなり危うい方向に、調子に乗ってしまったことが窺える。


 身寄りがいないので誰も訪ねることが無く、不審に思った他の従業員も、邪魔になった彼らに良い思いはしていなかったので、掘り下げることもなかった。


 その油断から今の市長一族の先祖に、死体を捨てている所を突き止められてしまい、バラされたくなければと、両者の子どもを許嫁にするよう脅迫され、それを呑んだとある。


 ゴミに邸を乗っ取られたと思ったら、今度は同じ穴の貉に血筋と、行く行くは旅館を乗っ取られることになったのか。


 最後の頁に『○○壮初代支配人』と名前が書かれて終わっている。そりゃ未練も残るわな。


 この後今の市長一族がこの街に広がって、殺人現場の有効活用として、行旅死亡人の受け入れ先に名乗りを上げ、罪を重ねてきた訳だ。


「旅籠の街は、何処も地獄だな」


 呟くのに合わせて車内にアナウンスが流れる。どうやら次の駅に停まるようだ。遅い癖にこの上まだ各駅停車とか、こいつは本当の特急なんだろうか。


 窓から来た道を振り返れば、まだ今井浜の街並みが見えている。


「あれ」


 思わず声が出る。来た道、海側の旅館のあった辺りから煙が上がっている。真上に黒雲ができるほどに。きっと何処かが燃えているんだ。


 煙は刻一刻と量と勢いを増し、空へと登って行く。

 見入っていると、煙の根元に赤い色が差した。


 線香の先端に火を点けたときのように、ちろちろとしたものが、赤々と燃えている。窓を開けて見るが、遠い潮の匂いがするばかり。


 黒雲は、徐々に広がり始め、意思があるかのように形をとっていく。人間の顔にも見えるのは、気のせいじゃないと思いたい。


 ふと思いつくものがあって、南の携帯電話を使い、ラジオニュースを聞いてみる。


 全国ではまだない様なので、ローカル局に合わせて検索すると、○○荘で火事が起こっており、中には従業員や、たまたま来ていた市長等行政職員が、未だに館内に取り残されていると、伝えてくれた。


 もう一度窓の外を見ると、黒雲は今やはっきりと人の顔をしており、眼下の燃える建物をじっと睨み付けていた。そして思い出したように、電車が動き出す。


「納まる所に、納まったってことだな」


 ゆっくりと電車が走る。俺は窓を閉めて、それきり二度と来た道を、振り返らなかった。こういうのでもいいかと思いながら、何だか肩の荷が下りたような気がして、目を閉じる。


 急に睡魔と疲れが襲ってきて、全く抵抗出来ずに、俺は皆と同じように、眠りに落ちていく。


 これくらいが丁度いいかも、なんて思いながら。


 遅い特急電車に揺られながら、俺たちは伊豆の街を後にした。




 追記:全員寝たせいで全員寝過ごした。

この章はこれにて終了となります。

ここまで読んで下さった方々、本当にありがとうございました!嬉しいです!


誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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