・雨天決行
今回長いです。
・雨天決行
※このお話は斎視点でお送りします。
「走れ! エレベーターに乗るんだ!」
「おおーおーーおーおおーおー!」
ハーイ私は北斎! 高校最後の夏休みは古い旅館で肝試しをしようと皆を騙してお泊りしたの!
そうしたらもうびっくり! 本物の幽霊が出るし、外は台風が吹いてる上に、携帯で天気予報を聞いたら別の台風まで合流しててもう大変!
そのせいなのかそれともお札を剥がしたせいなのか窓が次々割れちゃって、中はもうびしょ濡れ!
聞こえているのも風の音なのか、人のうめき声なの分からない!
丑三つ時よりちょっと早めの二つ時に最後の幽霊退治大作戦を決行したまでは良かったんだけど、一枚剥がしただけでもうこれ。
しかも割れたガラスがまるで意思を持っているかのように、こっちに向かって執拗に飛び交ってくるから大ピンチ!
がんばれいつき!
いきてかえったらコミケに直行だ!
「こっちよ! 急いで!」
二手に分かれて反対側のお札を剥がしていた海さんとみなみんが手を振っている!
ライトの明かりがこちらを照らしてくれてるから、光に向かって一直線だ!
ていうかこの明かりが無ければ今頃ガラスが顔面にぶちまけられていた怖れがある。
何がしんどいってドッジボールみたいに飛来物が自分の間近に迫ってるときの風切り音と、物が顔面に当たる時特有の鼻の奥がつーんとなる感触が頻繁にしてて生きた心地がしない。
「よし! 閉めてくれ!」
「オッケイ!」
しんがりを務めたサチコがエレベーターに乗り込んでみなみんがボタンを押す。良かった。これまで幽霊に掌握されてるなんてことはないみたい。
もしそうだったらドアが閉まらずガラスが飛び込んでくることだろう。
「いきなり来たな」
「ほんと、剥がしたらあっという間だったわね」
切らした息を整えながら、私たちは死地か安地か分からない空間で体勢を整えた。壁には皆で書いた模造お札が、これでもかと貼り付けてある。
ここに物が飛んできてぶつからない辺り、それなりに効果はあるんだなあ。
「次どうしよ」
みなみんと海さんの仮眠が済んだ後、私たちは携帯電話のチャットツールで、オカルト部部長のくれたお経をシェアしつつ、二手に分かれてお札を剥がした。ちなみに上から下にいくのが良いだろうと、四階から始めたんだけど、二枚剥がしただけでこれだよ。
「三階だろ」
「そうでなくて、安全の確保って意味よサチコさん」
手持ちの荷物はライトと携帯電話。
それとタオルと刀。
タオルはサチコが刀を使うときに、危ないって言ったから持って来たものだ。残りはロビーに置いてきている。とはいえ元より防具とか持って来てない。
だって幽霊相手の防具って何用意したらいいか分からなかったし。食塩なら入ってるけど。
「……三階に着いたら、俺がタオルを持って先に出るから、お前らは三秒数えてから反対側に行け」
「そんなギャラックみたいなことしたらサチコがギャラックみたいなことになっちゃうよ!」
「縁起でもないことを言うんじゃない!」
せめてサチコに携帯電話を持たせてあげたいけど、自分たちの分しかない。この状況では幾らなんでも手放せない。
劇場版でタケコプターが、必ず一つ壊れるように、こういう場面で一つ足りないと、足りない奴が脱落するようになっているんだ。
やまだかつて仲間たちがのび太とタケコプターを交換したことは一度だってないのだ。
私もそれに倣うよ。
「俺は腕が長いから一人でもお札を剥がせるが、そっちはそうも行かないだろ」
「けど一人じゃ危ないわ」
「だったら、みーちゃんを寄越してくれ」
「あー、あー、うん、そうだね」
まずい。ここでみーちゃんを取られるの痛いなあ。
冷静に考えると、体力満タンの私たち三人が一塊で行くよりも、サチコ一人で行くほうが生存率と成功率が高く、損耗率も低いだろう。
息ぴったりのみーちゃんと一緒なら間違いなくこの場は乗り切れる。しかし私たちはどうか。
素人三人組がここに来て全くの平、素振り、真っ向勝負。三者凡退の目が色濃い。
加えて八方避けのお札は、地下の階段に一枚、四階から三階の間に二枚。一階から二階の間に二枚なんだけど、三階から二階の間だけ二枚ずつの計四枚ある。
何れも梯子が必要な位置じゃなくて、腕を伸ばして裏側をゴソゴソすれば、見つかるような場所に貼ってある。あるんだけどそれって、成人男性の腕の長さが基準だから、私たちだと厳しい。
手摺りの隙間から、腕を差し込んでも届かないとなると、途中の踊り場や下の階から、肩車しないといけないかもしれない。
「正直不安だけど」
しかし後々のことまで考えれば、サチコの体力は残しておきたい。
猫がガラス混じりの強風に対して何ができるとか知らんけど、何か御利益ありそうだし、ここはやっぱり付けとこう。
サチコを温存しつつフル活用するのがこの場を乗り切る最善策だあね。
「夜の内なら時間が経つだけこっちが不利だ。そうするしかないか。サチコ」
声をかけると、ライトの明かりに浮かび上がった、サチコの顔がしっかりと頷く。
この中で荒事に関して恙なく動けるのは間違いなくこいつだ。使うしかない。
「待ってサチコさん」
「なんだい海さん」
「手を出して、どっちでもいいから」
皆が頭に疑問符を浮かべる中、海さんは画用紙を切るときに使った鋏で、髪の毛を一部切り取ると、それをサチコの右手の人差し指に、巻き付けた。
「お守りのお呪いくらいには、なるといいけど」
「……ありがと」
どことなく昭和っぽいやりとりだけど、これは百合だな。姉妹とも親子ともつかない感じだ。
身長差があるのもいい。
「ほら二人も」
「そうね、願掛けくらいには」
「私の髪短いんだけど」
促されて私とみなみんも髪をちょこっと切ってそれぞれ小指、薬指に巻き付けていく。最後にサチコも自分の髪を切って中指に巻いた。
「それじゃ、お願いね」
「頼むわよサチコ」
「うん……一、二の三だからな」
今度は私たちが頷いて、エレベーターにある三階のボタンを押す。
ドアが開いた瞬間、タオルケットを握り締めたサチコが、みーちゃんと共に勢いよく飛び出した。
「一二の三だぞ!」
遠ざかる叫びを追って強風が奔る。タオルが物を叩く乾いた音と、ガラスの割れる音が交互に響く。
「あいつタオルで頭や背中を守ってるんじゃないの」
「この暗闇の中でガラスを叩き落としてる……」
「私たちは真似しちゃ駄目よ、いいわね!」
愛同研って一芸特化な連中ばっかりだけど体力派ってこんな凄かったんだな。サチコはもう運動部に所属してても、おかしくないくらいの力はあると思う。
「上からそのまま降りられてたら楽だったんけど!」
「ガラスも振ってくるから無理よ!」
気を取り直して、エレベーターから飛び出した私たちは、三階の階段目指して全力で走った。ライトを固定するため腕は振れないが、それでも全力。
明かりが三つもあるので、前に向かって進むくらいは結構イケる。
「よし! タオルをかぶれ!」
そして階段に辿り着いたらすかさずタオルを被る。風に飛ばされないようにしながら姿勢を低くし、じりじりと手摺りへにじり寄る。
「いた、いた、痛い」
「ここまで来るともう意図的ね」
タオル越しにガラスがぶつかる硬い感触が、背中や後頭部に伝わってくる。
「みなみん有ったー?」
「有ったけど急かさないで!」
お札は剥がれないよう、上下が粘着テープでくっつけてあるので、テープを剥がさないといけない。これがまあ手がべったべたになるの。
幸い糊じゃないから、剥がしてる途中でお札を破く危険はない。
「こんなことなら爪を付けて来るんじゃなかった」
「お洒落がこんな場面で役に立つとは」
イケメンなんかいないから、特に用途が無いまま、みなみんの鞄の中に眠っていた付け爪が、壁のテープを引っ掻いて剥がすのに、とても役に立っている。
「まだー?」
「もうちょい、もうちょっと、お、お、とれたわ!」
みなみんの手には確かに八方避けのお札があった。私はそれを受け取りポケットに突っ込むと、みなみんに合わせて階段を下りた。
「よし、次だ次」
「しかし安全のためとはいえこの状態ってかなりしんどいわね」
「でもこれ以外やりようがないし」
現在私たち、はみなみんが這って階段裏を手探り、タオルを羽織った私と海さんが、左右に陣取り飛来物から身を守る体勢を取っている。
「サチコさんは大丈夫かしら」
ーーこっちに来い! そうだ来やがれ!
ーーにゃー!
海さんが心配をした直後、通路を挟んで反対側から猫と女の吼える声が聞こえた。
「平気みたいね」
「あいつの勇姿を記録しておきたかったなあ」
「たぶん今一番カッコいい顔してるんでしょうね」
三人で苦笑しながら作業を続ける。
例え暗くてよく見えなくても、いや、むしろ暗いからこそ、その中を全力で動き回る、人間の姿というものを見て見たかったな。別行動のデメリットか。
「次はこの辺だけど」
「だいたいこの辺だと思うのよね、あった!」
早くも慣れて来たみなみんが、ここに来て速攻でお札を見つけるファインプレーを見せる。
顔に恐怖は無く、困難を打破したときのアメリカ人みたいな顔してる。
「いよっし、とっとと二階に降りよう!」
「サチコさーん! こっちはあったわー!」
海さんが呼びかけるとサチコも『こっちもだ!』と返事をした。よしまだまだ大丈夫だな!
「サチコー! こっちはまだ大丈夫だから! このまま一階まで行こう!」
「分かった!」
私たちはそのまま二手に分かれ、一階まで戻った。途中でお札も回収し、サチコと合流して手元にはお札が八枚になっていた。
「全員生存お札も、ひーふーみーよー、八枚ある」
「サチコ、無事なの」
「ちょっとばかし切ったがそれだけだ」
合流したサチコの手は、薄い切り傷が沢山あったが背中や首は無傷だった。タオルをジーンズの腰と首に突っ込んで背中を保護してる。
「頭そんなに傷がないね」
「眼鏡があったし猫も被ったからな」
「なーう」
屈んでるときは、頭にみーちゃんが覆い被さったんだろうな。そしてみーちゃんはというと傷一つない。丈夫な毛皮してるなー。
「後は地下の階段だけね」
「よし、さっさと剥がそう。お札を剥がす度に寒気がしたり、呻き声が大きくなったりで、いよいよ不味い感じになってきてるからな」
「あれ風の音でしょ」
「往生際が悪いぞみなみん」
協議の際は安全を考慮して、いきなり地下は止めておこうってなったけど、今にして思うと最後にあそこ行きたくないな。
いまなら絶対出るって感じしかしないもん。
「サチコ、ダッシュで行ってダッシュで剥がしてダッシュで帰って来て」
「よっしゃ」
私たちは自分のライトをサチコの全身に括りつけ、ファンタジーにある、マンドラゴラを抜く犬を嗾けるように、彼女を突撃させた。
今や大きな光源となったサチコが、受付へと走って行く。そしてその後ろを黒い靄みたいなものが、追いかけていく。
たぶん目の錯覚とかじゃないんだろうな。
そしてサチコが消えてから、戻ってくるまでの僅かの時間で、気温がぐぐっと下がる。本当に下がってるのかは知らないけど、冷房キンキンに入れたのかってくらい寒くなってきた。
窓ガラスが割れているとはいえ、私たちはそんなに濡れてない。
「お、早いぞもう戻ってきた。五分経ってないのに」
「下がれ! 来てる来てる来てる!」
行って帰って来たという表現が、しっくりくるくらい直ぐ戻って来たサチコが、警告を発しながら息を切らせて走ってくる。
「ほら、最後のお札、あとこんなのもあった」
「何これ」
サチコは八方除け最後のお札と、汚い茶色のノートを手渡してきた。前者はいいとして後者は何だろう。
「後にしろ、来るぞ!」
余裕のない叱責に前を向くと、走ってる内にサチコから落ちたであろうライトの一つが、地下への階段、即ち受付裏へと光を投げかけていた。
黒い靄が掃除機で吸い込まれるように、受付のドアの奥に吸い込まれていく。たまに人型のようにも見えたそれらは、逃げるような、足掻くような動きを見せては消えて行った。そして。
「うっそだあ……」
ちりーん、ちりーん、と鈴の音を響かせてそいつは現れた。
冒涜的っていう陳腐な表現があるけど、こんなもんが陳腐化してたまるかっていう物体が、足元の光を意にも介さず姿を現した。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




