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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
肝試し編2
218/518

・巡回しよう

今回長いです。

・巡回しよう


 ※このお話は南視点でお送りします。


 私は南。この四人の中で恐らく一番理性的な人間。斎<サチコ<海さん<私の順ね。


 斎は言わずもがなだけど、サチコって結構流されやすいというか、付き合いがいいのね、そして危機と悪意に対して、反射的な行動を採る。


 自制が利かないのではなく、判断が先鋭化して洗練された結果だから、形としては襲うための条件を自分に叩き込んだ、狩猟動物のソレなのよね。


 海さんは一般人だから、それよりやや優れてる私に軍配が上がったということで。


 そんな四人だから、私と海さんがブレーキ役になるはずなんだけど、これが上手くいかない。


 何故かというと斎の行動力に反した弱さのせいで、サチコが付いて行かざるを得ない。


 この時点で斎とサチコを私と海さんの二対一で請け持つという構図が崩れるのである。


 でもまあ斎の世話って正直疲れるし、サチコが代わりにやってくれる形になるから、楽なんだけど。


 この状況でまたビデオカメラ回し始めたし、本当にどういう神経してるのかしら。


「詰所の中を先に探そう。ここまで暗いと何か見落としてても、おかしくない」


「うす」


 二人は率先して引き返すと、ナースステーションとも獄吏の詰所ともつかない小スペースの中へと入って行った。


 中は手付かずで古びた椅子と机が、そのままにしてあった。壁も天井も黄ばむことなくそのまま、本当に置き去りにされたみたい。


「ブレーカーあったけど、他に目ぼしい物は無いわ」

「鍵とかも無いね」


「鍵か、さっき通路で見かけた扉に掛かってたらお手上げだぞ」


 別に扉のドアノブが、鎖でぐるぐる巻きにされてたりはしなかったんだけど、普通に考えたら施錠されてるわよね。


「針金も何もないしね、でもこっちにはサチコと斧もあるし、みなみんの銃もあるし、四人で当たればこじ開けられるんじゃないかな」


 壊すことが前提の斎の発言に、私を含めた三人の表情が曇るのが分かる。暗くて見えなくても気分の移り変わりくらいは、それこそ空気で分かろうというものである。


「ダメならダメでいいだろ。今やってるのだって見ようによっては墓暴きみたいなもんなんだし、それなら途中で切り上げたほうが、罰も軽く済みそうだしな」


 サチコが前向きで建設的なことを言う。この子って家に神棚もないのに、信心深いのよね。


 私は社会的な慣習を尊重してそういうのを表立って否定はしないけど、信じてもいない。文明人としては当然だけど。


「結局ブレーカーも動かなかったしね」


 ブレーカーは詰所の中にあった。

 天井付近の壁に取り付けてあった。


 一面につき一階の担当となっているらしく、全部で五面。


 一つだけ全てオフになっているのが、地下のものだと分かったんだけど、どれだけレバーを動かしても、他の階を全部オフにしても、ここに光が灯ることはなかった。


「別電源で完全に切ってあるみたい」

「念の入ったことだな」


 ホラーものでよくある『明かりを付けたら敵を呼び寄せてしまう』効果も怖いけど、逆に『明るい空間には入って来れない』って法則も期待してたから、これにはとてもがっかりした。


「じゃ、今度こそ扉を明けに戻ろう」


 寄り道をしてから『而』の四足に挑むことに。右のハネの部分って洗濯機が置いてあったのよね。


 今の本館に置き場が無かったのか、持ち出さなかったみたい。


 それにここだけ扉がない。一応おトイレはあるんだけど。要は外れ、行き止まり。言い換えれば何か出たとしても、こっちに逃げたらいけないってことね。


「両側の壁に扉がある訳じゃないのね」


「片方からのみ入る部屋で、隣の通路から出入りは出来ないと」


 海さんの言葉に斎がメモを取る。壁の中に埋まるようにして存在する各部屋は、今言った通り片方からしか入ることは出来ない。


「合計三部屋、何処から行く」

「トイレの隣の列に行こうか」


 斎の言葉に私たちは、右から二本目の通路の先へと進んだ。鈍色の開き戸が霊安室というより、倉庫のような印象を寄越してくる。


 私たちは暗闇を、手元のライトで切り裂いて、然るべき人物をその前へと案内する。


『さ、どうぞ』

「何がどうぞだ」


 何故かサチコは不服そうだった。ここ完全にあなたの使い所じゃない。自覚がないのかしら。


「ねえサチコやって! 鉄砲玉やって!」


「ダクトテープでつくったこよりを鼻の穴に突っ込まれたくなかったら黙れ」


「あ、はい」


 サチコに子どもの真似をしておねだりした斎は一息で黙らされてしまった。しかしほどなくして、彼女は私たちを睨みながらも、渋々といった様子でドアノブを握る。結局やってくれるのね。


「開いてるな」


 ノブを回して軽く押し込むと、軋んだ音を立てて扉が微かに動く。


 サチコはそのまま少しずつ押し込んで、背中の刀に手をかけた。


「いっせーので開けるからな」


 最後の言葉が『せ』なのか『で』なのか言明せずにサチコは扉を明けた。いや、突入したというべきか。


 勢い良く扉を押し開け、抜刀しながら足早に中へと入る。私たちも続け様にライトで辺りを照らす。


 誰もいないし何もない。じめっとした、鼻の奥底に入ってくる嫌悪感みたいな臭いが、一瞬だけしたけどそれだけ。何の臭いだろう。


「……酷いもんだな」


 サチコの呟きに室内をよく観察する。天井には電球を吊るしておくような接続口が点々と、だらしなくぶら下がっていた。


 その全ては切れていて、幾つかは割れている。窓も無く、床はコンクリートが打ちっ放し。


「何かが置いてあるって訳じゃないのね」

「書置きがあるとしたら床か、壁か、天井だけど」


 私たちは荷物をつっかえ棒代わりにして、扉の所に置くと、斎が言った場所を重点的に見て回る。


 掃除をするみたいに規則正しく並んで、丁寧に箒やモップをかけるように、ライトを動かした。


 だけど血文字の一つも見つからない。


「何もないじゃない、何よ盛り上がらないわね」


「私はただ勝手に、私たちが怖がってただけっていうのが、一番欲しい結末かなあ」


 私の強がりに海さんが正直な気持ちを零す。


「ここが地下牢みたいな役割の場所だったなら、暴れた痕跡の一つもありそうなんだけど」


 統合失調症の人間が暴れた後のような傷跡は何処にもない。


『そこだけ新しく綺麗な場所』なんてものもないし、そう考えると、正しく弱ってる人間は、統合失調症にはならないのかもしれないわね。


「暴れるというか抵抗はしなかったんだろうか」

「いや、たぶんすることはしたんじゃねえかな」


 サチコが不吉なことを言う。一周して扉まで戻って来て、その扉を掴んでのことで。


「それに何かあるの」

「裏触って見ろ」


 促されて私たちは扉の裏側を恐る恐る触ってみる。鋼鉄製の扉の硬さと冷たさが手の平に伝わってくる。特にそれだけのようだけど。


「言い方が悪かった。撫でて見ろ」

「あー」

「こういうことね」


 平面だと思っていた扉の裏はボコボコにへこんで、歪んでいた。よく開いたものだと感心するくらい。


 注意すれば凹凸は全体に広がっていた。


「大の大人が本気で殴る蹴るすれば、こういうことになるだろうな」


「それでも開かなかったのね」


「ちゃんとした工事っていうのは、大の大人が暴れた程度ではびくともしないからな」


 文明の力って強いんだなって、私はしみじみと思いました。


「ふうー、よし。じゃあ残りも見ておこう。あ、ドアは開けっ放しにしておいたほうが、いい気がする」


「ならダクトテープで留めておこう」


 ちょっとした作業の後、斎の言葉に従って、私たちは隣の通路の部屋も、見に行くことにした。


 全員嫌々であったはずの探検が、何時しか何かに衝き動かされるかの如く、自然な意思で行われている。奇妙な連帯感だった。


「ここは、ここも、何もないのね」

「丸ごと捨ててるとなればな、骨も残るめえよ」


 三列目の部屋もさっきと同じように、虚しい抵抗の跡があるだけだった。段々と怖さが、消えていくのが分かる。まだ幽霊が残っているような場所じゃなく、廃墟と化しつつあるのだ、ここは。


 苦しみさえも残せないなんて、惨い話しもあったものね。


「こんな大きな部屋を幾つも用意する必要があったのかしら」


「狭い部屋に何人も入れたら、中の力も大きくなるからだろうな」


 正規の牢屋だったらもっと狭く、小分けされてたんだろうけど、そこまで合理的なことは、しなかったのかしら。


 例によってここも扉を明け放っておいて、いよいよ最後の列。


「ここを終えれば残すはあの露骨な壁だけど」


「旅館側がきちんと証拠隠滅してくれてれば、俺たちもこんな目に遭わずに済んだんだよなあ」


「そうね私たち被害者ね」

「だからこれは正義だ正義」

「北さんのはただの面白半分でしょ」


 などと皆して勝手なことを口走りながら、私たちはまた扉を開いた。閉じないようテープで留めてから、中へ。


 中からは一際きつい、言い換えればまだ新しい臭いが吐き出された。汚い臭い。汚い人間の臭い。


「先輩」

「……新しいねえ」


 室内にはそれまでと違い、年月の経っていない物品が散らばっていた。


「ねえ、サチコ、あんたの部屋って確か、お一人様のキャンセルよね。この時期に」


「止せ。憶測が過ぎる」


 私たちは言葉を飲み込んで、それまでと同じように室内を検めた。


 落ちていたのは空っぽのポーチ、服から取れたと思しき破れ目のあるフード、あちこちほつれた安っぽいナップサック。菓子パンでも入っていたであろう袋。


「どう見ても老舗旅館の往時と同年代じゃないね」

「身元の分かるものは無いのか」

「流石にそこだけは抜かれてるんじゃないかしら」


 海さんの言葉に誰がと問う者はいない。ナップサックも一応逆さまにしてみるけど何も出ない。


 フードだって別に、うん?


「あれ」

「どうしたのみなみん」

「この破れ目に指を突っ込んでみたんだけど、紙が」


 取り出すとそこには震える字で、知らない誰かの名前と生年月日と、これを書いたであろう日にち、昔住んでいた場所など、この場で出せる限りの、生きていた頃の情報が、僅かながらも書いてあった。


 そして裏側に一言だけ、小さく『助けて』と書いてあった。


「どうする、先輩」


「もしもこれと同じ名前の行方不明者や変死体が発見されることがあれば、私はこの映像をネットにばら撒いてから警察に通報するかな」


「下手したら退学沙汰じゃ」

「そんときは高卒検定受けるよ」


 確かに斎の頭なら、その程度余裕で受かるだろう。勝負所では剛毅なのよね。危ない時に限って、威勢が良くなるというか。


「今は言わないの」


「『旅館側の催しです』で、押し通されるかも知れないからね」


 このままだと私たちが、固定されてる椅子を壊したと逆にお咎めを受けた挙句、信用を棄損したって言われるかも知れしない。


 被害が無いケースだと『こういう仕掛けがあることをお伝えし忘れてました』でやり過ごされる可能性もある。


 これをこのまま使うことはできない。


「部屋の探索はこれで終わりかな、写真撮っとこう」


「あ、それなら私、売店で買った使い捨てカメラ持ってる」


 海さんからロングセラー使い捨てカメラ『写れるんです』を受け取った斎が、現場とメモを写真に撮って収めた。


「さ、あとは階段の所へ行って、上に引き上げよう」

「それからどうするの、いっちゃん」

「引き上げて休んでから考えよう」


 斎は有無を言わせぬ口調でそう言うと、私たちを引率するかのように、部屋を出て歩き始めた。


「いよいよ厄介なことになったな」

「私なるべく普通の高校生でいたいんだけど」


 サチコと海さんのボヤキが通路に木霊する。


 ほんと、夏の怪奇スペシャルだと思ったら、とんだサスペンスになったものよね。

誤字脱字を修正しました。

文章を行間を修正しました。

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