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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
肝試し編2
216/518

・なんちゃって単独行

今回長いです。

・なんちゃって単独行


 ※このお話は斎視点でお送りします。

 

 私は高校三年生の英傑、北斎である。


 現在は三人の仲間を騙した企画モノの旅行の責任をロケの最中にも関わらず取らされている。オイシイ。


 惜しむらくは、今の私の姿を誰も見ていないということだ。


 いや、正確には一匹いる。サチコの猫だ。こいつの頼もしさと来たら半端ではない。


 格ゲーで言えば本体。ホラーで言うなら安全地帯に相当する存在だ。


 これが普通の猫ならば、犠牲者枠にカウントされるだろうが、この白黒は安心の猫先生である。


「みーちゃん先生、まだ先は長いかな」

 

 小声で呼びかけてみると、猫はこちらを振り向いてじっと見てから、前へと進んでいく。


 うん、怖がって人間の後ろの隠れようとせず、先導してくれる辺りがいい。


 正に忠犬って感じがする。猫だけど。


「にゃーう」

 

 たまにいるよね、散歩に行くと、逆に飼い主を引率する犬。年寄りが付いてくるのをじっと待ってたり、横断歩道を盲導犬ばりに付き添ったりするの。


 この子は猫だけど。

 

 この猫はあの無頼が全幅の信頼を置くだけあって、非常に賢い。さっきから光源が私のライトのみというこのダクト内で、慎重に歩を進めている。


 また何故だか時折、立ち止まり伏せたりする。


「にゃー」

「はい止まります」

 

 この時目配せをしてくることがあって、不思議とその意図が、こちらに伝わってくるのだ。さっきから私が小声なのも、何も雰囲気を出してるとかではない。

 

 振り向いて急いで手元に寄ってきたときなんかは、直ぐにピンときた。


 ライトを消して息を殺すと、なんと生暖かい空気が吹いて来るし、人の呻き声のようなものまで、聞こえてきた。


「もう安全そう? 動いていい?」

「まー」


 そして安全の合図には、必ず『鳴く』と『触る』の二つの手順を、踏んでくれる。

 

 道中で一回、鳴き声だけのときがあったんだけど、直後に凄い怒鳴り声(猫の)が響いて、誰かに襲い掛かるような物音がしたんだよね。


 あれライト点けたら私はどうなってたんだろう。

 

 間違いなくこの探索のグッドエンドの条件は、誰に猫を持たせるかという、フラグ管理に掛かっていると思う。


「なう」

「はい、大丈夫」


 気遣いのできる猫だ。

 ちゃんと声掛けをしてくれる。

 これで君が犬だったらなあ。私犬派なんだよね。

 

「まだ五分だけど、思ったより離れた所に来たね」


 冷静に考えたら、地下への階段って地上の階段から続いてるのが順当だ。


 何も上から柱が通ってるからって、下への通路があるというのは、我ながらどうかしてる考えだった。


 しかしそうなると、階段周辺の地面を掘るなんて真似をしなきゃいけないし、そんなことをしたら器物損壊である。みなみんの件は怪我の功名だった訳ね。


「しかしこの横穴、階段とは別方向に向かっている。奥へ奥へと」


 建物は四角く左右が階段となっていたが、降りてきた梯子から見て横、玄関から見て更に正面へと続くこの通風孔、響くのは私の足音と衣擦れの音、外の嵐。


「ねう」


 更にもう三分ほど歩くと行き止まりに突き当たる。猫の足元の床は、上で見たのと同じように取手の付いた蓋になっていた。


「着いたね……さて、降りるべきか、戻るべきか」


 考えるまでも無く、戻って四人で行くべきである。私の身長だと、降りた後に戻れない可能性があるし。


「降りるのはないな。よし、それじゃ一旦戻」


 ――ベベーン!


「わーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!!」


 驚きに体のリアクションが付いて行かなくて神経が痛い! 誰だこんなときに電話かけて来た奴は!


 違う! なんで私は着メロをこんなにうるさいアニソンにしておいたんだ!


 腰が浮いて抜ける所! 胴回りが一撃でスカスカになってものすっごく気持ち悪い!


「誰だ! こんなときに!」


 思わず叫んでしまう。慌てて携帯をケツのポケットから抜き出すと、そこには『サカエ』の文字が。このタイミングでかけてくるなよ!


 落ち着け。深呼吸だ。深呼吸しろ。


「はいもしもし」


 ――あ、斎。


「焦ったよ。今肝試しの最中だったから死ぬかと思ったよ」


 ――え、やっぱり何か出たの。


「そんなことはどうでもいい。それで、栄が電話してくるってことは、頼んどいたことに、何か進展があったってことだよね、ていうかやっぱり?」


 栄にはこの旅行のことを事前に説明してある。その上で現地に何か、オカルト方面で不穏なことがないか調べておいてくれと、調査を依頼したのである。


 皆を怖がらせる材料が欲しいとそのときは言ったんだけど、まさか今更要らないとは言えない。


 ――それよ。当たりも当たりでね、あんまりことが大きかったから、調べるのに時間が掛かっちゃった。ごめんなさい。


 ああ、妹が素直に謝ってるし、迅速かつ敏腕って感じでありがたいんだけど、ただただタイミングが良くない。


「いや、ある意味ベストタイミングか。手遅れにならなくて良かったんじゃないかな」


 ついこの先日までギスギスしていた関係の、栄を気遣って、この私が心とは裏腹なことを口にするとは、あにはからんや。


 ――そう、良かった。それじゃ早速その旅館の曰くについて報告するね。


「あ、うん、よろしくおねがいします……」


 ――その旅館、以前は『お墓みたいなもの』を請け負っていたらしいの。『みたい』っていうのは、そのまま埋葬するんじゃなくて、単に遺骨や遺品を預かるということね。行旅死亡人っていうのかしら。氏素性の分からず、引き取ってくれる相手もいない死骸を、受け入れていたみたい。


「ご遺体ね、何の為に」


 ――ご遺体は火葬して、遺骨や遺留品は一定期間保管されるんだけど、その費用は相手の身包みを剥いで捻出するの。足りない分は都道府県持ちね。


 ちなみに期間を過ぎるとどうなるの。


 ――売れる物は売って、後は良くて埋葬、悪くて処分ね。


 もうしんどい。


「つまり、ここには昔の行き倒れのお骨が納められていたってことだね」


 ――昔じゃないわ、たぶん、今もよ。


 今、今もって言ったかい妹よ。暑くて汗ばんでたはずの、私の体が冷たくなってきた気がする。猫を抱き寄せておこう。あ、あったかい。


 ――行旅死亡人って官報に出るのよ。ほら、そこって観光地だし、海なら毎年遊びに来て、死ぬ人が出るじゃない。


 出るな。クラゲを触りに行って死ぬ馬鹿とか、お酒飲んで海に入って死ぬ馬鹿とか、隠れてエッチしてたら熱中症になって死ぬ馬鹿とか。


 ――だから最初は変死者の線で当たってみてたの。でも掴めてせいぜい事故死者の数と日時まで。新聞やニュースみたいな記録に残ってない限りは、めぼしい死に方なんて無かったんだけど。


「そこで行旅死亡人に行き当たった」


 ――そう。現実の身元不明の死体っていうのなら、その『盛れる』んじゃないかって。それで過去に遡って電子書架を漁ってみたのよ。


「電子書架とな」


 ――※国立国会図書館電子書架。そこで静岡に絞ってみたの。


 ※電子書架=デジタルコレクション。


 見ない間にしっかり成長してたんだなあ。有能なんだけど、良くも悪くもドキドキハラハラしてきた。


 ――毎年その時期にね、必ず行旅死亡人が出てる。何十年も欠かさずに。途切れることなく。そして遺骨は必ずそこに納められてた。特に変更を示す記録がないから、そのままだと思っていいと思う。


「待ちなよ栄、理由が無い。この旅館がそんなものの受け入れ先に、名乗りを上げる理由が無い。ここは旅館なんだよ。名前に傷が付くような真似をする理由がない」


 ――親族経営よ。


 生唾を呑んだ気がしたけど気のせいだった。喉がからからに渇いてる。何かないかと体をまさぐってみたけど、荷物は殆ど上に置いてきたのを思い出す。


 ――旅館の経営者と、そこの市長と、県知事、全部一族よ。


「おぼろげながら全体図が見えてきたね」


 行旅死亡人の管理には金が掛かる。旅館は行旅死亡人の遺骨や遺品の管理を請け負い、費用を自治体に請求する。


 当然行き倒れが金なんか持ってる訳ないから、不足分が出る。


 不足分が出たら県から支給される。一見すると旅館という要素が不自然というか不似合いだけど、そこに別の要素が追加されると別の見方が浮上する。


 もしもそれらの業務や処理に関わる人間が、皆同じ家系の人間なら?


 行き倒れを出汁にして、身内が身内に金をやっているという構図が、浮かび上がってくる。


「つまり、旅館に行政側の金を突っ込むための“道”がその、下請けになるってことなんだね」


 ――そういうことになるね。観光地の旅館ともなれば組合での力だって大きくなるでしょうし、それを支配下に置けたらって考えるのも、不自然なことじゃあ無いんじゃないかな。


「地元の利権のために、毎年死体を斡旋してたってことか」


 ――あんた鈍いわね。毎年そんな都合よく行き倒れが出てくれる訳ないでしょ。


「架空の死人が出てる……?」


 ――それならまだいいけどね。最悪の場合、死体の使い回しもあるかも知れないね。


 ああ、今、この方面に関しては、私ははっきりと想像力で栄に上を行かれたが、状況が状況だけに全然悔しくも嬉しくも目出度くもない。これはまずい。


「死体廻しって、ねえ栄、それって本当に親族経営なのかな。名字が同じだけの人々ってことは」


 ――それぞれ自分の日向自慢で紹介してたから間違いないと思う。正直ここが一番簡単に裏が取れたし。ていうかホームページに、普通に略歴載ってたわよ。ご丁寧に親族自慢まで乗っけちゃって。


 ああ裏取りまでして、できた妹だなあ。よもや思い付きから始まったこの旅が、ここまで大事を掘り返すとは、この歴史にはこの歴史なりの忌まわしさがあるということで、そこに前の歴史の分も、どうやらフジツボの如くこびり付いているらしい。


 ――神も仏もない世なら、何をしたって罰は当たるまいって感じね。


「栄。帰ったら私も手伝うから、各自治体が告知した行方不明者と、各地の行旅死亡人をまとめておいて。たぶん他でも同じことをやってる可能性が高い」


 日本全国の死人の神経衰弱か。

 本当に神経を衰弱させる事案だよ。


 ――構わないけど意味あるの。


「行政の手続き上過誤があった場合、改めて正しく請求し直さなければならない。そしてそれは、不払いならば適正額を支払わなくてはならず、逆に多く取っていたらな、返金しないといけない」


――あー、なるほどね。私たちはそれに気付いてしかるべき所に、報告をすればいいって訳か。


「そういうこと」


 現実の生きた人間の悪事や陰謀の、証拠はないにしても、尻尾が見えそうな位置にまで、図らずも来てしまった。幽霊も怖いがこっちも怖い。


 怖いけど、面白くなってきたと思わないか。


「栄」


 ――何。


「ありがとう。今回のお前はこれまでで一番有能だった。はっきり言って見縊ってた。お前も凄い奴になってたんだな」


 ――ふふん、私が誰を相手に今日まで張り合ってきたと思ってるのよ。帰ったらちゃんとお礼してよね。


「分かった。じゃあね、栄」

 

 電話を切るのに少し遅れて、私が来た道から眩しい明かりが近付いてくる。私の悲鳴を聞きつけて、慌てて来てくれたんだろう。


「なんだよ、私まだまだ全然余裕そうじゃん。なあ、みーちゃんくん」


「にゃー」


 猫はまるで日の出のように屈託なく笑った。そんなふうに見えたってだけなんだけど。でも今はこの感性で喋ったり、考えたりしていいんだ。


「いっちゃん大丈夫!?」

「全然大丈夫だぜみなみーん!」


 私の名前は北斎。まだまだ強がりを言える心の余裕を失っていないぞ。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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