・選出
今回長めです。
・選出
受付裏の一室。開けて見れば最初に見たときと変わりなく、何もない。
椅子も机も無く、部屋の中には思わせぶりな、いや先輩があんまりにも食い下がるから、そう見えるようになってしまった柱が一つ、天井から床までを貫いて立っているだけ。
しかしそれだって中に人が一人、入れるくらいの太さで何か隠された仕掛け、例えば謎の出入り口とか、そういうのがあるかと、皆してベタベタと触ってみたがそんなこともなかった。
いきなりの行き止まりである。
「何もないぞ」
「でもさっき確かに床下からドン、ドンってガンガンぶっ叩いて来てたのよ!」
四人がかりの懐中電灯で、中をどれだけ照らしても俺たちは無事だった。
館の中に電気も水道も通っているが、それはトイレや階段、廊下の一部など限られた部分だけで、基本的にスイッチを押しても、部屋の中の明かりは点かないようになっている。
「しかし変だね」
「何がだ」
ここに来て先輩がまた何か気付いた。
こいつの観察力と考察力をそろそろ黙らせたい。
「どこかにブレーカーがあるはずなんだ。でもここまで何処にも見当たらない。それにオーナーの部屋も。客商売である以上、責任者の不在は有り得ないんだ。分かり易く言うとこの館の主、支配人室みたいなのがどこにもないのはおかしい」
「二階の部屋のどれか、或いはここがそうなんじゃないのか」
「百歩譲ってそうだとしても、ブレーカーが見当たらない理由にはならない」
大方目に見えない所に、配電盤等があると言いたいのだろう。そしてそれは、地下室にあるに違いないという流れにしたいんだろう。どうしたものか。
「外にあるんじゃないかしら。それっぽい箱ならよく家の壁に貼りついてるじゃない」
「いや、それはメーターだよ海さん。電線から電気を引っ張って来て、同梱の別の機器と接続してるんだ。引き込み線ってやつね。ブレーカーは家の内側にあるレバーの列。あれの場所が分からないと、ここの電気が落ちたときに、明かりを復帰させられない」
確かに心許ない明るさでも無いよりはましだ。いよいよ外は暗くなって来ているので、俺たちもこうして用意した懐中電灯を使わなくては、探検どころか移動もしんどい。
現状どれくらい暗いかというと、点在している明かりが浮き上がっているだけと言えば分かるだろうか。
あそこに明かりがあるのは分かるけど、その足元や周辺はまるで分からない有様なのである。
まあ目印以上の意味はないにしても、あってくれる分には助かるから、消さないほうがいいだろうってことなんだな。
でないと本当に視界が確保できないし、懐中電灯の電池だって、今から明日の朝までは到底保たない。
「各階に分散して管理してるとか」
「それなら私たち全員が、ここまで全部見逃してるってことになるよ。無理がある」
となればこの部屋の中にでもありそうなんだが。
俺は入って来たドアのほうを振り返って、天井や壁を見るが、それらしいものは無い。
こんな状況で振り向くとか恐ろしいんだけど、そこはミトラスがいるからこそ、できる行為だな。
ちなみに現在先頭は先輩。そこから南、海さん、俺、ミトラスという順になっている。
「先に南の座ってたソファーのほうを調べるか」
「思えば一人掛けのソファーが一つだけが固定されているっていうのが、奇妙だったのよね」
海さんの言葉に頷きつつ、俺たちは一度部屋を出ることにした。再びロビーに出て、南が座っていた場所へ集まる。
ソファーは脚の底に、小さな四角い金属プレートが付いていて、それが床に面している。
ネジ穴式の固定具で、金具を通してネジを壁や床等の接触面の先へ通して、締めるというものだ。
「北さんドライバーある」
「持ってきてない」
「小銭も刺し込めそうに無いわね」
またも行き詰る。建築物の中を探す際にはピッキングツールや工具の類を持ち込んだほうが良い。撮影機材よりは役に立つだろう。
そんなことを考えていると、皆の視線が俺に集まっていることに気付く。自意識過剰ではない。沈黙した三人が、こちらをじっと見つめていたからだ。
正確には、背中のある一点を。
「サチコ、その刀ちょっと抜いてみ」
「そうね、刀の先っちょなら入るんじゃないかしら」
先輩と南の口から転び出たのは、刀の切っ先をマイナスドライバー代わりにしようという意味の、蛮族語であった。
聞く人によっては怒られそうである。
「なるほど、ちょっとどいてな」
「え、サチコさん本当にやるの」
海さんが気遣ってくれるのに対し、俺は手を振っていいんだと返す。
何気にこいつは他の階の探索時にも、中に誰かいないかと、棒代わりに突っ込んだりしていた。
鞘に括り付けた紐を口で銜えて、鞘本体は刀の先端に引っ掛けて長さを伸ばすという具合に。
先輩がドアを開け、俺が最初に検め、海さんが続くというのを延々と繰り返した。
なので今更刀剣類以外の使い方をしても、どうってことはないのだ。抜刀。
「ねえこれ前より直ってない? 刃毀れがあったような気がしたんだけど」
「現状でも刀身が少し見えるってのは凄いな。殺し屋が艶消しするのも分かる気がする」
「こんな大事そうなものをこんなことに使って本当に良いのかしら」
三者三様の言葉を発しながら誰も止めない。
幅広肉厚の切っ先を、小さなネジ穴にちょんと指し込んでみる。
「ネジ穴舐めたらごめんな」
先端と柄を押さえながら慎重に、じっくりと回す。
一脚につきネジ四本、さしもの妖刀もまさか自分の現役時代から、数百年後にこんな目に遭うとは思わなかったろう。
お前の老後の最盛期は、あの何処とも分からぬ森で落ち武者の獲物をしていた頃だ。すまない。
やがて。
「……とれた」
「これで何も無ければ、気のせいだったって自分自身に言い聞かせて寝るわ」
地道にネジ穴をほじくること三十分。
全てのネジを取り外した、俺は刀を鞘に納めて一息吐いた。ふふふ、すんなり納刀できる。日頃特に焦点の当たらない、練習の成果が出始めている。
素直に特技で剣術を習得したらいいだろって話だけどな。
「はいサチコさん、お茶」
「ありがと海さん」
汗を拭って喉を潤わせる。海さんは取り外したネジをビニール袋の一つに入れて、失くさないように保管した。
南と先輩は二人してソファーを横にずらしている。
「明かり」
「はいよ」
懐中電灯の光を先輩の足元に投げかけると、取り残されたカーペットの切れ端が、見るなとばかりに最後の抵抗を示している。
だがそれも虚しく、誰も触っていない、風も吹いていないのに、布切れは浮き上がって道を開けた。
――そこには。
「本当にあったな」
丁度ソファーで隠れる程度の四角い枠。下側に付いている取手を握って持ち上げると、穴。
明かりを向けると梯子。
「どう思う」
「死体や行き倒れを背負って、霊安室に行くのは不自然よね」
「歴史改変で建物の細部が変わったのかしら」
「いや、これは別の出入り口ってことじゃないかな」
全員で穴を覗き込みながら口々に言う。
試しに中に石を投げ込んで見るが、乾いた音が反響するばかりだった。
「あんたまた石を」
「俺はバイトの時以外は必ずポケットに入れてる」
「私サチコさんのそういう所信頼してるわ」
先輩がハンディカメラを中に入れて撮影、一旦戻して様子を確認するが、梯子と壁が続く。たぶん一階分の深さはあるんだろうな。
「恐らく階段は別の所だと思う。考えてみれば地下に広い空間があるなら、そこの用途が何であれ、それなりの広さの階段が必要だ」
「けどいっちゃん。それじゃあこれは何なの」
「たぶん、ダクトって奴じゃないの」
「段々映画じみてきたね」
「地下と地上を繋ぐダクト。となればそのダクトから降りられる場所に出れば、下も探せるし埋め立てられた階段の在り処も分かるな」
沈黙。誰から行くか、ではなくそもそも入りたくないという空気が一瞬で蔓延する。それはそうだろう。
かび臭くて汚いことは確定の場所に、一張羅を汚してまで入りたい奴は、いない。
「先ずは俺が降りてみる。それで何かあったら戻ってくるよ」
三人から言葉は無かった。海さんが自分の懐中電灯を渡してくれたので、それを受け取ってから梯子に、手掛け足掛け降りていく。
埃でべたつく梯子を握り、ゆっくりと先へ。幾らも経たないうちに着地。
高さで言えばここは踊り場といったところか。そして周囲を明かりで照らすと、案の定、横穴がある。
既視感を覚える、しかし何処で嗅いだか思い出せない厭な臭いが漂ってくる。
埃や砂だけじゃない、もっと有機的なものが混じっている。
「何も無い。降りて来て大丈夫だ!」
上に向って呼びかけると、海さん、南、先輩の順で降りてくる。流石に四人も来ると狭いし身動きが取れない。
「なにも全員で来ることないだろ!」
「だって怖いじゃない!」
こういうダクトの空間って、あくまでも工事の際に一人二人が覗きながら、作業をするために設けられたものだから、こんな多数で中を進むような前提では、作られてないだろう。
なので俺たちは一度外に出て話し合った結果、ダクトを進む生贄、もとい代表を決めて、下まで行くことにした。
そしてそれは、我らが北斎に満場一致で決定した。諸悪の根源とか言い出しっぺとか責任を取らせるとかそんな感じである。
「いいか、戦いになったらすぐに逃げろよ」
「念のため猫を連れて行きなさい」
「気を付けてね」
俺たちは見送りの言葉を先輩にかけた。彼女は不服そうだった。
「まさかこの私が危険を冒す立場に身を置く日が訪れるとは」
勿体無いから懐中電灯の明かり切っちゃお。南も海さんも倣う。
こういう連帯感がいかにも日本人だよな。
「待ってお願いだから待って、私が悪かったから!」
再点灯。
かくして本当に地下へ続く道を見つけてしまった俺たち。何故階段が無いのか。ブレーカーは何処か。
この胡散臭い旅行も佳境を迎えようとしていた。
「覚えてろよ! 絶対に覚えてろよ! 私のこと忘れないでよ!」
「最後ちょっと弱気だったね」
「そりゃこんなん誰でも怖いだろうしな」
「でもこればっかりはリーダーの仕事だと思うのよ」
文句を言いながら梯子を降りて行く先輩の頭部が、見えなくなるまで見送ると、俺たちは自分が行かずに済んだという喜びを心、の中でしっかと噛みしめるのであった。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




