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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
肝試し編2
214/518

・友情のヒヤリハット

今回長めです。

・友情のヒヤリハット



「なるほどな、オカルト部からそんなことが」

 

 ミトラスを回収してさっきまでの奇行を含めた説明を求めた所、南は留守番をしていた際にあったことを俺たちに説明した。


 やはりあいつは家系からして危険だったんだな。

 

「気分を盛り上げるためにそういう『てい』でやってきたけど、本当に出るんだね」


「え、北さんまだ出ないって思ってたの」

「そりゃいっちゃんだけ特に接触してないし」


 何故だろう。


 南と海さんが人並みの霊感だとしても、こいつだけ全くそういったものと縁が無いというのは。


「しかしあいつが夢を見たということは、また何か厄介なことが近付いているということか」


 オカルト部の部長は歴史改変によって、これに纏わる特定の人たちを、夢に見るようになった。


 特定のというのは、歴史改変が無ければ死んで異世界に転生していた連中のことである。


 歴史には元の姿と似た形に納まろうとする力が働くらしく、放っておくと死ぬのだが、これを死なせずに置くと、歴史改変が元に戻し難くなるのだそうだ。


 こっちの歴史のほうが何かと都合がいいので、現状維持のために、俺は彼らの救助に尽力しているという訳である。


 余談だけど元の歴史だと、俺も本当は死ぬはずだったんだってさ。転生は無しで。


 また困ったことに、転生予定者たちは助けないと、俺を巻き込むようになっているらしい。


 これまでにも四人助けているが、それが無かったら俺まで死ぬことはなかったにしても、人生に深刻な傷が増えるであろうことは、間違いないような事態ばかりであった。


「その辺はまた後で聞くとして、今するべきは今後の方針を立てることだね」


 先輩が眼鏡を掛け直しながらそう言った。

 時刻はそろそろ五時を回る。


 建物全体を殴りつける雨と風が、何時打ち勝ってもおかしくないくらいの勢いであり、何が気になったとしても、外を出歩くという選択肢は最早論外である。


「方針も何も固まって寝泊りするだけでしょ」


「外には出られないし、中に出るってんなら、備えておくくらいか」


「流石にこれ以上曰くの掘り下げや解明に精を出すのはねえ」


 当然だが俺たちにはこの館に関し、一つとして縁も義理もない。オカルト部部長から直々に、単独行動は止せというお達しまであった以上、首を突っ込むのは無しだ。


 探検というものは、何事もないと踏んでいるから、安心して出来るのだ。有ると分かっているものを掘り下げて、危ない目に遭うのは御免被る。


「え、なんで!? 地下室見つけようよ!」


 先輩は必死な様子で俺たちに訴えかけてくる。やや過剰なリアクションで、身振り手振りがわざとらしく非常に鼻に付く。


「老舗旅館の老朽化した旧い館に現役女子高生四人が泊まり込んで、そこは実は戦時中に日赤の病院として貸し出されていた時期があり、一部の人間を秘密裏に殺処分していた! 嵐の夜に怪奇現象が次々と起こって地下からは謎の地響きが伝わってくる! ここまで整ってるんだよ! やろうよ! ここまで出来すぎなのはもう運命だって!」


 俺運命って言葉あんまり好きじゃない。ミトラスとの出会いが運命だっていうのは、肯定的に受け取れるけど、他の嫌なことが運命だって言われたら、言った奴を殴るかも知れない。


 というか俺って運命から外れたことで、今の自分があるからな。


「日赤云々は前の歴史だろ。ここに地下室があるとは限らん」


「けどオカルト部の言い分じゃあ、歴史が変わっても悲惨な最期が変わらなかった人だって、いるかもって話じゃない。つまりこの下には、間違いなくそういう人が眠ってるし、眠るに至るこの世界での忌まわしい歴史とかが、あるってことだよ」


 なおも食い下がる先輩に俺たち三人はうんざりした顔を向けた。


 この人は暴力に弱いけど、怖いものが無いからな。俺から受ける暴力を全く恐れていない辺り、ただの痛覚刺激だけでは、止められないのが面倒臭い。


 殴れば一時的に、止めることはできるだろうけど、所詮はその場凌ぎである。


「何故そんなのをわざわざ掘り起こそうとするのよ」

「面白そうだからに決まってるだろ!」


 はっきりと断言する先輩だったが、俺たちはそれを無視して寝床の支度を始めた。


 何分こんな事態に遭うなんて、誰も考えて無かったから、寝袋なんて持ってない。


 ここに泊まるプランだっていうのに、各部屋には真新しい布団も毛布も、結局は置いてないし。


「取り合えず鞄を枕にしてタオルをかけて寝るか」

「ダニが心配だけどそれしかなさそうね」


「掃除だけはされてるみたいだから、そこは大丈夫だと思う」


 俺たちはロビーの中央に四人が寝られるように荷物を置き直した。一画多いが川の字で、一番外窓際が先輩、隣に海さん、南、玄関側に俺という形だ。


「旅館から持って来ておいて良かった」


 海さんが人数分のバスタオルを、それぞれ分配してくれる。流石だ。


 俺は自分が持って来た分を予備にして、それをありがたく受け取ることにした。


「後は飯食って寝るだけだな。ここのエレベーターの電気を、部屋に回してテレビ見られないかな」


「アンテナもないしそもそもテレビがないでしょ」


「一応水道も通ってるから、トイレと歯磨きは大丈夫だと思う」


 何とか一泊はできそうだ。


 俺たちはそれから洗顔などのために、客室の洗面所を使ったり、トイレに行くときは必ず二人以上で行くことを決めた。


 この辺は流石に揉めるようなこともなく滞り無く取り決めることができた。


「水が出るならお風呂も沸かせないかしら」

「幾らなんでもガスは止められてるだろ」

「そうよねえ」


 南が提案するもあっさり断念。


 俺たちは風呂の変わりにタオルを塗らし、体を拭くことで我慢することにした。


 確かミトラスはボイラー触れたけど、それは異世界での話だし、正体をバラすこともできない。


「水でもいいからシャワーが使えればね」

「止しましょう、血とか錆び水が出たら嫌だわ」


 敢えて言うまでも無いが、今は八月の唯中である。台風の最中だって暑い。むしろ湿気が酷い。気温こそ低いし隙間風が吹き込むような場所では、気持ちいいくらい涼しいが、そうでない場所は暑い。


 ここは日本である。

 湿度が上がって苦しいのである。


 窓を開けたいがこの天気でそんなことはできない。ちょっとだけという誘惑に駆られるけど、誰もそれをしない。


 だめだ。


 これまで考えないようにしてきたが、暑いと思うといきなり暑くなってきた。


 それは皆も同じのようで、ハンカチやタオルで胸や脇、首を初めとして汗を拭い続けている。


 俺なんかこの中で一番髪が長いから、蒸れるしベタつく。


 後頭部にヒートシンクを取り付けたいくらいには、暑苦しい。髪を、切りたい。


「地味に暑いな」


「私ね、今頃は自分がエアコンの効いた部屋にいると思ってたんだけど」


 南の悲しい呟きが聞こえる。俺は聞こえない振りをした。だってあんまり悲しいから。


 盛り上がる方向に行けば自分の身が危うく、安全な方向に行けば盛り上がらない。


 そしてどちらに転んでも、この不快な状況は、そのままなのだ。


 唯々不満が横たわる消化試合と化したこの旅行に、禍根を残さないためには、俺たちは何も考えず、時間が過ぎるのを、じっと待つより外に無かった。


「そうだね、暑いね」


 そんな俺たちの気遣いから生まれた無明の如き沈黙を嘲笑うかのように、突然の涼風が吹き、通り抜けていく。


 振り向くとそこには組み立て式の、そこそこ大きめの手回し扇風機二台を設置し、船を漕ぐような動きでクランクを回す先輩の姿が。


 形容し難いむかつく笑みを浮かべて。


「暑いならさ、探検しにいこうよ、肝がきっと冷えると思うよ」


 怒りが頂点にもう我慢できねえ。


「あ! ちょ、ちょっと!」

「うるさいよこせ!」


 俺と、ついでに何故か南も、無心でそれを強奪すると力の限りクランクを回した。


 広い空間とはいえ、篭った空気が急激にかき回され不快指数を引き下げていく。座ったままなので腕だけがものすごい勢いで動いている。


「ねえ北さん、あれもう一つないの」

「……人数分あるよ」


 少し遅れて海さんも控え目に参加した。


 お互いを涼ませるために、全力で十分過ごした俺と南の息は上がっていたが、怒りを肉体疲労に摩り替える処世術により、機嫌は幾らか治っていた。


 端的に言うとスッキリした。


「ぜえ、ぜぇ、ふぅ、ふう」

「はー、はー、はー、っんう!」


 俺と南は互いの顔を見つめ合う。何の感情も思考も頭に入ってない、いや追い出したばかりの顔。それを確認してから先輩へと向き直る。


 すっかりへこたれて、諦めの中にやや恨みの色を込めた、ずうずうしい表情を浮かべている。


「よし、行くぞ」

「え、行くって何処に」


「だから探検でしょ。今の内に終わらせて後は寝るだけにするのよ」


 その言葉に先輩は俄かにパッと顔を明るくした。


 ああ、こいつ俺たちがどういう気持ちでこの決断をしたかは、分かってないんだろうな。


 このままでは怒りとか恨みでこいつを嫌いになりそうだったから、負の感情を処理するためにこんなことを自分から進んでやろうなんて、言い出したんだ俺たちは。


 要は最後の一線を嫌々やらされるのではなく、自分の意思でやることで、嫌いになる決定打を回避しようということだ。


 俺たちも学生やって長いからな。学校で責任逃れのメソッドはある程度修めている。


 本来なら先輩が自分のしたことで、愛想尽かされる所を、わざわざ被害者の俺たちのほうから、そこから目を背けてやろうってんだから人が良い。


「それじゃ改めて準備をしてから出発しましょうか」


 海さんの音頭に俺たち三人は相槌を打った。先輩は慌ててリュックやら鞄やらをひっくり返し、残された道具類を取り出し始めた。


「南、さっきはありがとうな」

「おんなじこと考えてただけよ。別にいいわ」


 お互いに会話を交わしながら、台詞はどうにも頭に入って来ず、未だ空気が張りつめているのは怒りの余韻か、はたまた腕を振り回した疲労の名残か。


 ともあれ俺たちは、この旅行に決着をつけるべく、最後の探検へと出向くのであった。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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