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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
肝試し編2
213/518

・曰くがあることは譲らない

今回長めです。

・曰くがあることは譲らない


 ※このお話は斎視点でお送りします。


 今回のパーティーは私、海さん、サチコの三人。

 みなみんはロビーに残ってしまった。

 この探索に付いてきてくれなかった。


 どうしても死亡フラグを、立てたいみたいだけど、それならちょっとビーチの様子でも、見てくればいいのに。


「南さん大丈夫かしら」

「いざとなったらこっちに逃げるだろ」


 とは言え本当にそうなっても困る。


 帰って来たらいなかったというホラー恒例の展開を阻止するため、サチコの猫を護衛に付けたからたぶん大丈夫だろう。


 もっとも猫が無残な姿で発見されて、やっぱりみなみんが消えている可能性もあるけど。


 あれ、もしそんなことになったら私サチコに許されなくなっちゃうんじゃないかな。


 あれ、もしかしなくても今回、かなり危ないことになってない? 主に私の人間関係にとてつもない勢いで崩壊の危機が迫ってない?


 やっべ流石に幾らなんでも勢いだけで、考えて無さ過ぎだったか……?

 

「先輩」

「うおっサチコ!」

「なんだいきなり、白昼夢でも見たのか」

「いやいやなんでもない、なんでもない」


 いかんいかん、さっきから単調作業の繰り返しで、飽きてきたのかも知れない。


「さっきから同じような部屋を調べて回ってるから、疲れてきたんじゃない」


「そうだな、じゃあ少し休むか」


 海さんのフォローで私は疲れていることになった。けどここで反論しても益はないので、大人しく従っておく。


 私たちは四階と三階を繋ぐ階段へ移動すると、踊り場に座って休憩することにした。


 お昼を食べてからは三人で、各階の各部屋を順番に検めていた。部屋の高さや長さを図り、畳が剥がされた床や押入れを覗き込んだ。今はその帰りである。


 最初から畳剥がされてるから、床下に何かあるかもという線を、最初に潰されてるのが残念。まあ私たちがやらずに済んで良かったけど。


「ねえ北さん、これって何が目的なの」

「ん、ああ。これはね、隠し部屋を探してるんだ」

「隠し部屋」


 売店で買った飲み物を三人で分け合いながら、私はこの調査の狙いを教えた。


 二人が怪訝そうな顔をする。そりゃ一般の旅館に隠し部屋があるんじゃないかって、考える奴は頭がおかしいからね。


「この旅館を見て二人ともどう思った」

「どうって」


「一階は横長で旅館の暖簾が掛かってる。でも外身はなんだかマンションとか集合住宅っぽくてさ、後ろ側なんかもろにそうだなって。構造上どうしてもそうなるんだろうけど」


 サチコが答える。そう。マンションだろうが旅館だろうがホテルだろうが、大勢の人が寝泊まりする層状の建築物となると、どうやってもその姿は似通う。


 違いは外装の綺麗さと内装の趣くらい。

 和風に見せているけど、館っぽさは薄い。


「そうだね、こればっかりは余程大がかりな設計をしないと、違いは出ないよ」


「ああ、お風呂とか一階とかそうね」


 私は頷く。後はお部屋をどれだけそれっぽい、寛ぎ空間にできるかだ。


 この建物はたかだが四階建てだけど、一部屋一部屋が大きめに造られてあり、そのせいか一般の五、六階建てのマンションくらい背丈がある。


「この旧本館と今の本館は、建物の大きさはほぼ同じなんだ」


「ははあ、さては中身が一致しねえんだな」


 鋭い。なんだかんだでサチコは一般の人と違って、最低限の思考が常に頭にある。そして一年の付き合いから、私への理解というか親和性も高くなっている。


 打てば響くことが増えていく。これが人付き合いの醍醐味だね、


「その通り。それがなんだか気になってね」

「でもそれって当然じゃない」


 良くも悪くも常識人の海さんが疑義を唱える。


 この中で一人だけ日焼けしているような肌色で逆に申し訳なくなるってくる。


 晴れてたら私たちも海で日焼けも出来ただろうに。いや、そうしたら予算オーバーで、そもそも来られなかったか。


「本館の二階はビジネスクラスで、こっちはスタッフルーム。大浴場も向こうは三階でこっちは四階。外枠は同じでも建てた時代が違うし、建て方や部屋の大きさや、間取りも当時と違うほうが当然じゃないかな」


「そう、正しい。真っ当な指摘だけどね海さん。あの本館は敢えてこちらに似せて作ってある。同じにできる所は、なるべく同じにしておきたいっていうのは、あると思うよ。その証拠にサチコの部屋とここの二階の部屋は内装以外、寸法はほとんど同じなんだ」


 私はこんなこともあろうかと、用意しておいたメモを懐から取り出した。


 サチコの部屋とここの二階の部屋とを調べた際に、それぞれざっと書き起こしたものだ。


「二階と一階にはそっくりそのままなんだ。部屋の配置も当然等間隔」


 基本的に同じ形のものを、位置替えしたくらい。


「本当だ、何時の間に」


 私が単独行動を採るときは、建設的だけど言葉にすると長くて面倒な処理をする必要があるときだよ。


「そして見てもらうと分かるんだけど、本館の四階とここの三階も同じ間取り」


「もしかして旧の三階と新の四階って階を入れ替えただけか」


「排水ってなるべく直ぐに、外に捨てられたほうがいいし、そのせいかもね」


 うむ。まともな返事と推測だ。会話が気持ちいい。語彙に乏しくてコミュ力があるってそれただの動物だからね。


 畜生の鳴き声のやり取りであって文明的な意味とか価値を持たないからね。これからもこうありたいね。ありがとう二人とも。


「となると、大浴場の周りも同じはずだよな」

「と、思うじゃん」


 私はリュックから画用紙とペンを取り出し、ささっとこの旅館の各階の上面図を描いた。番号を割り振りそれぞれに『新二・旧二』『新四・旧三』『新三』『旧四』と書いていく。


「この通り長方形が各階だとして、二階の部屋の形がこう」


 二階の部屋は『早』という字に似た間取りになっている。下端が出口で左右の端がお風呂とトイレ、残りは部屋。


 一応新のほうは『日』の下のトイレ側のほうの壁に押入れがある。お風呂の分を削り、収納スペースに宛がった訳だ。これが点々と続いていく。


「で、新旧の四三がこう」


 被ってる客室は『甲』の字の様になっている。『田』の部分が大きく広い、一応『早』のトイレ部分は一緒だ。そして上の線は海が見える窓辺の席でる。


「で最後、大浴場のある階ね」


 新本館のほうは男女八角形を隣合せるような造りをしている。廊下の片方にトイレ、反対側の壁際に喫煙所や自販機があり、その外れに少数の客室がある。


 そして私たち(サチコ以外)はこの内の一つに泊まっていた。


 一方で旧い方はというと。


「はい」

「部屋が足りないな」


 サチコが呟く。そう、旧いほうは新しいほうに比べると、部屋が足りないのである。


「単にお風呂のためだけって、割り切ってただけじゃないの」


 海さんが呟く。勿論その通りである可能性も大いにある。しかし自分で描いておいてなんだけど、各階の図を見ていて、あることを閃いてしまう。流石私だ。


「待ってよ、この四階の部屋の無い位置にこうして印を付けて、下の階にも繋げていくと、どうだ」


 新に比べて旧の部屋の無い辺りをペンで塗り潰し、下の階の重なる部分をまた塗り潰していく。


「下の階の部屋と部屋の間を通りますね」

「排水管が通ってるのかしら」


 ここは旅館だ。見た目が命である以上、汚水を外壁に垂れ流す訳にはいかないだろう。充分な数と大きさの水道管だって要る。そしてここで一階の図を描いて加える。


「思い出してもらうと一階は吹き抜けなんだ。この線の殆どは、一階に着いた途端に意味を失う」


「でも一個だけよ、一箇所だけ怪しい場所があるな」


 サチコが一階のある場所を指差す。それは旧館四階から降りてきて、一つだけ吹き抜けのロビーに落ちて来ない場所だった。


「受付の裏……」


「楽屋だな。あそこも昨日は軽く見た程度だったし、何か見落としがあるかもな」


 サチコそう言うと、見計らったかのように窓の外が光った。雷が近くに落ちたみたいだ。厳密にはアレも通電っていうんだろうけどね。続く轟音。衝撃がこっちに伝わってくるような勢いだ。


「近いわ、何があっても外に出ないでおきましょう」


「そうだね、特にサチコは眼鏡も刀もあるんだから、絶対だめだよ」


「あのなあ、お前ら俺を避雷針か何かと……」


 唐突にサチコが黙った。耳を澄ませているようだ。私も真似て周囲の音に集中してみる。うねり吠える台風と土砂降りの雨、雷の音、外はこんなにもうるさいけど、無人に近い屋内の声をかき消す程ではないね。


「赤ん坊の声?」

「いや、猫だ」

「みーちゃんだね、みなみんのも混じってる」


 私たちは顔を見合わせて階段を駆け下りる。すわ妖怪か、とうとう出たかと駆け下りる。


 ありがたいのはサチコが思ったより冷静で、一番遅い私に合わせて降りてくれてることだ。


 ここで飛び出して行って、私と海さんを置き去りにされては二次災害の危険がある。それを彼女も分かっているんだろう。


 四階に戻ってエレベーターを使うのがいいんだろうけど、この状況ではそれも怖い。


 もどかしい気持ちを抱えたまま一階まで降りると、ロビーの声も大分明確に聞こえるようになっていた。


 そしてそこには。


「よしよしいいわよみーちゃん! もっと言っておやりなさい!」


「うなーうおうおうんんにゃーい!」

「もっともっと言ってやんなさい!」

「にゃうにゃーい!」


 床に猫を向ける夏模様の少女の姿が。


 彼女がいい汗をかいた辺りで、私たちは示し合わせた訳でもなく、揃って再び歩き出した。


「ただいまー」


「あ、みんなして今まで何処に行ってたの、こっちは大変だったのよ!」


 脳味噌までゆるふわ臭いのが、猫を抱きながら血相を変えてこちらに駆け寄って来る。


 怪しげなものは影も形も無いし傷一つ付いてない。


「無事で良かったよみなみん」


「嘘おっしゃいなさい! 撮れ高はどうしたって顔してるわよ!」


 バレてる。いやうん、決して心配していなかった訳じゃないんだよ。好奇心のほうが大きかった訳でもないんだ。


 しかし何故だろうなー。そう思っても口には何故かできないでいる、謙虚で控えめな私なのでした。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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