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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
肝試し編2
206/518

・イン伊豆

今回長めです。

・イン伊豆


 ※このお話は海さん視点でお送りします。


 海です。神奈川県小田原市立麦仏高等学校三年生。友だちとの人生初の旅行です。


 修学旅行の経験があるので、厳密には初ではありませんが、個人での旅行という意味ではこれが初です。


 仲の良い学校の友だちもいますが、不思議な縁で知り合った三人との旅行もいいなって思って、この旅行に参加しました。


 およそ観光とは言い難い内容ですが、思えば家の手伝いばかりで、子どもらしいことをして来なかったなと思うと、これも自分のためであり、家族のためでもあるかなって。


「雨降ってるけど中々いいな」

「天気で景観を損ねないのが、如何にもって感じね」


「内心では小田原みたいだったらと不安だったけど、杞憂で済んでよかったよ」


 遠路遥々小田原から、片道二時間以上かけてやって来た、伊豆は今井浜海岸駅。


 オーシャンビューの景色、穏やかな片田舎の雰囲気と磯の香りは、それまで忙しかった私たちの時間を、優しく忘れてさせてくれるかのようです。

 

「少し風が冷たいな」

「湿気で蒸し暑いのを想像してたんだけど」

「フィクションでは風の吹く街いい街説」


 三人はキョロキョロと、周囲を見回しては燥いでいます。彼女たちは別の学校に通う三人組です。


 今となってはどうでもよくなった、だけどちょっと凄いことが切っ掛けで、知り合った人たちです。


「小田原はどうだどうだって前に出してるけどこっちは『ん? きたの?』っていう、気にも留めてない空気してるわね」


 薄い緑のワンピースに白いつば広帽子を被り、サンダルを履いているのが南さん。


 亜麻色のふわふわとした髪と良く似合ってる。こういう正統派な服を、躊躇無く着られるのって、自信がないとちょっと無理よね。


 たぶんこの中で一番綺麗です。


 去年この人はとある目的で、私をいじめていた子たちの中に加わってきた。紛れ込んだって言い方のほうが合ってるかな。


 調べるだけ調べたら、私の問題も片付けて退散するつもりだったみたいだけど、有耶無耶のうちに付き合いが長くなって、気付けば友だちになっていました。


 本人は日本人だと豪語していますが、どうにも日本人らしくない開明的な人物なので、そこだけ信用できません。楽器ケースのようなものに入れて、銃を携行しているのも×。


「旅館側はそうでもないんだろうけど、この駅がね」


 白のオフショルダーにデニムのハーフパンツ。


 南さんとはお揃いだけど色違いのコンフォートサンダルを履いているのが北さん。こっちは茶色で革靴っぽさがあるわね。健康的で子どもっぽいけどちゃんと女の子してます。


 この人とはあまり面識がないのよね。よく南さんやサチコさんの口に上るけど、直接会って話すことは、あまりない。


 二、三か月に一回あるかないかかな。でも分厚い眼鏡にコケシみたいな髪型で、趣味の話をまくし立てるせいか、印象にとても強く残る。


 北さんって毒にも薬にもならない、変な親戚みたいな子なんだけど、実はそういう生き方をするのはとても難しいことです。


 それができることから、この子もやっぱり凄いんだなって思います。


「同業というか似たり寄ったりの観光地かと思えば、持ち味も違うもんなんだな」


 最後によく分からないプリントがされた半袖シャツを着て、ファッションとは関係なく、ダメージのあるジーンズに足を通して、普通の革靴を履いているのが(この子革靴なんて持ってたんだ)サチコさん。


 シャツの表には麦わら帽子を被った可愛らしいかたつむり。下には『A tourist』の文字が、背中側には長い黒髪で分かり難いけど、噴水とその少し下にパソコンのアドレスバーのようなものが浮かんでいる。


 なんだろう、全部は見えないけど『~のひみつ』って書いてある。


「元が取れそうで何より」

「一番安い部屋だよ」

「黙れ」


 サチコさんってこうして見ると、結構愛嬌のある顔をしてる。慣れて来た頃に嫌いになっていなければ、好感が持てるっていうのかな。


 家庭の事情が複雑なので、私も今はこの子を名字で呼ぶことは止めた。サチコさんは野良犬みたいな生い立ちをしているのに、今は幸せと言える強い心の持ち主です。


 義務教育を終えるまでに、世の中と人間が信用ならないことを、みっちり教えられてきたせいか、これからそれ以上に長い人生があるにも関わらず、既にどこか終わっているような、独特の空気を持っています。


 なんだかんだ良い人なんですけどね。


 それと何故か帯刀しています。何故って場所が場所だから、護身用ということなんでしょう。この世界の日本は銃社会になっているみたいですから。


 刃物がどれほど役に立つのかは疑問ですが、しかし南さんのように、本当に銃を持って来ているのもどうかと思います。


「それで北さん、私たちが泊まる旅館はどっちなの」


 そして私の格好はというと、白と水色の水玉模様のブラウスと、オレンジと黄色の縦縞模様のスカート。バンドが青、白、赤のトリコロールカラーになってるシューズ。


 正直ちょっと失敗したかも。


 折角旅行に行くんだし、派手な格好をしてみようと思ったんだけど、原色だと目に優しくないからって、淡めの色合いを重ね過ぎてしまった。三人の珍しい物を見るような目が痛いです。


「送迎のバスがこの近くに来るはずだから、まずそこに向かうよ」


 北さんの言葉に従って、私たちは駅を出て歩き出します。タクシー乗り場や公共のバス停を、横目に歩くこと少し。


 街並みには手入れが行き届いていて、アスファルトで舗装された道の脇にさえ、必ず何かの植物があり、奥には山林が見えて、遠近に深い緑の層を形成しています。


 来た道を振り向けば一方には駅と住宅地、もう一方には海と砂浜。三つの異なる穏やかな領域が、誰にも脅かされず、誰をも落ち着かせることができる顔を、見せてくれています。


 これで晴れていたら、確かに大勢の人が口を揃え、この地を褒めるのも納得できそうです。


「観光地として強い訳ね」

「外だけでもうこれだものね」

「海岸料金待ったなし」


 南さんと北さんが相槌を打ってくれました。だけどサチコさんだけは無言で何処かを、いえ、たぶん街全体を睨んでいたんだと思います。


「ただよ、なんか嫌な感じもするな。不安を煽るっていうか」


 そんな不吉なことを彼女は言います。この旅行の目的が目的だし、天気も良くないから、分からなくはないのですが、彼女の言いたいことは、どうもそうではないみたいで。


「空気が冷たい」


「海辺で連日雨だし風吹いてるし、これから台風だからでしょ」


「格好つけても無駄よサチコ」


 二人の茶化しにサチコさんは、見向きもしないで何かを警戒していました。この中で一番荒事に慣れている彼女が、何かを気にし始めるときは、必ず良くないことが近くに有ります。


 うちのお店でバイトをしてくれているときも、お客さんのような何かが来たときは絶対に勘付くし、注意を常に払ってくれます。


 動物に例えるなら猟犬ではないけど、忠犬と番犬と闘犬の要素を、兼ね備えているように見えます。


 でも他に何も見えないこの状況で、その頼もしさを発揮するのは逆効果だと思いました。


 私たちは早くもこの旅の、ある種の成功と失敗を予感し、どうにか気を紛らわせるように、あれこれ話しながら歩き続けました。そんなときです。


 ふと海に目をやれば、そこには真っ黒い変な人がいました。一人でぽつんとしています。


 へんね、サーファーかしら。でも何も持って。


「あ、バス来た!」


 北さんの声に振り向けば、道の向こうから台風を前にし、引き上げるお客さんたちを乗せたバスがやって来るのが見えました。


 気が付けば私たちは、旅館用のバス停に辿り着いていたのです。


 私たちは、というか北さんは他のお客さんが降りるのと入れ替わりに、自分の荷物をバスの添乗員さんに渡して、我先にと乗り込んでいきました。


「ほら、さっさと乗りましょ! きっと大丈夫よ!」


 次に南さんが、私たちを元気づけるように言って、乗り込みます。私たちは基本的に着替えと、携帯電話とお財布くらいしか、持ち物が無いので身軽です。


 鞄に中身が入るのはもっと後、お土産を入れるときです。サチコさんは着の身着のままだけど、お土産とか買わないのかしら。


 ※お土産を買って帰るという発想がサチコにはありません。


「海さんどうぞ」

「あ、ありがとうサチコさん」


 サチコさんは私が乗るのを見届けて、それから後に続いた。座席は一番後ろに北さんが座り、その前の二人掛けの席に私、サチコさんが座りました。私が窓際です。南さんは反対側。


「皆様、本日は悪天候の中よくお出で下さいました。これより○○壮行、発車いたします。今日は生憎の天気ですが、今日のようなときでないと見られない景色もあるかと存じます。どうぞ良い観光を」


 添乗員の方は初老の男性で、軽く挨拶をしてくれました。初めて踏んだ伊豆今井浜の地、皆やってきたぞという気持ちでいっぱいです。


 海沿いに面した道路を、ゆっくりと走るバスから見る景色は、私にとっても新鮮でした。曇り空でもそれなりに味わいのある景色です。


 ただ欲を言えば、せめて無人の砂浜を見たかったかなと。そういう詫び寂びを期待したのですが、さっきの黒い人が、なんていうか浮き出すような感じでいるのです。


 さっきは一人だったけど、今は二人に増えてます。あ、こっちを向いている。手を振って来たので、私も手を振り返そうとして。


「よせ」


 手を掴まれました。振り向くとサチコさんの顔からは表情が消えていて、その目は遠くを見ていました。


「え、サチコさん」

「見るな、俺と話してる『てい』でいろ」


 はっとするものがあったので、振り返らずに彼女の目をじっと見ていると、瞳に映った海側の景色には、誰もいなかったのです。


「え」

「見えてるけど映ってない」


 彼女はそう言うと、ごそごそと鞄の中に手を入れて何かを撫でるような仕草をしました。まるで小動物でも入っているみたい。


「ええ、到着しました。○○壮です。本日はお越し頂きまことにありがとうございます。玄関で記帳頂けましたら直ちにお部屋にご案内いたします。ごゆっくりお過ごしください」


 サチコさんの顔を見ているだけで宿に着いてしまいました。バスから降りてみればそこには、老舗というほどではありませんが、豪華に見える旅館が佇んでいました。


 近くにはさっきみたいな人たちの姿はありません。ですが何故か安心できません。


「ここは一先ず安全そうだな」


 サチコさんは言いましたが、私は何故だかこの話がこれで終わるとは、思えませんでした。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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