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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
肝試し編2
205/518

・3+1(主人公)

・3+1(主人公)



「てんめえーーーーーっ!!! また騙しやがったなあああああああーーーーー!!!!!」


「ぐあああ気付いてももう遅いわー! 足代払うから許してーー!」


「往復で4,080円だぞ!」


 ここは熱海行特急電車の中。朝八時の小田原駅に集合し、乗り込んだ生まれて初めての特急電車の中で、俺は伏せられたもう一つの真実を先輩、いや斎から聞かされた。


「分かった払う、払うから! はい!」

「お前本当こういう時は払いがいいよな!」


 斎は裕福だがお金持ちって程ではない。しかも浪費癖がある。


 今回の俺への支払いだって、その一つに過ぎないのだろうが、この手の補償とか報酬に、糸目を付けない気持ちの良さが斎の厄介な所だ。これ以上食ってかかり難くなる。


 とりあえずお金は受け取ったし、アイアンクローを止めてやる。斎が後ろによろめいてドアが閉まる。


「そもそもなんでお前ら三人組が優待で、俺だけビジネス用なんだよ」


「それが総合的に見て最も安上がりだったからよ」

「そりゃそうだろう、本来俺の+1いらねえもん!」

「なんだかごめんなさいね」


 南の言葉に腹を立てれば海さんが謝る。こいつらは自由席側にいるので、俺とのこの会話は刑務所の面会室の如く、ドア一枚隔てている。


 なんだかそれ以外の隔たりも感じる。


「南さんが誘ってくれて、高校最後の夏だから、友だちと旅行に行ったらどうだいって、家族にも勧められちゃって。断れば良かったかしら」


 例年夏休みは家族と過ごす海さんが、それを蹴ってまで一緒に行きたいと言ってくれたことは、素直に嬉しい。


 だから俺たちはその点については、言わないでおこうという合意がある。戦いにもルールはあるのだ。


 海さんは責めないが南は後で責める。


「大丈夫、海さんはいいのよ気にしないで!」

「そうだぞサチコあやまれー」


「今のでお前らの評価が、また一段下がったからな。斎のほうはもう二度と先輩とは呼ばないからそのつもりでな」


 元より俺のほうが年上だったし、これですっきりするというもの。


「海さんはいいんだよ。でも俺はなんだよ。観光地の観光シーズンにビジネスクラスおひとり様がキャンセルってきな臭すぎるだろ、そんなものの後釜に納まる俺の気持ちも考えてよ」


「そんなこと言って金額に釣られたくせにぐああああーーーー!!」


「ちょっとドアを開けるのは反則よサチコ!」

「俺が反則ならお前らは詐欺だろうが」


 再び顔面を鷲掴みにして斎を宙吊りにする。


 分泌された脂汗で、手を滑らせないようにするにはコツがいる。


「嘘は何一つ言ってないぎええええ!!」

「俺が優待受けられないのは嘘じゃないのかよ」


「誰もサチコが受けられるだなんて言ってないでしょむーーーーー!!」


 空いてるほうの手で南も掴んで持ち上げる。これが俺の成長の証。しかし狭い通路でこれだけ騒いでも、ご迷惑にならないな。


 車内に客がほとんどいないからだろうか。


「天気、良くないわね」

「え、ああそうですね」


 仲裁を諦めたらしい海さんが、通路にある窓から外を眺めた。流れ行く景色の天気は、晴れと曇りで明暗がはっきりと分かれる、奇妙な天気だった。


 小田原方面は快晴なのに、行先の空には雲が厚く広がっており、僅かに薄い箇所は銀色に輝いて見える。


「少しでも晴れてくれたら海水浴ができるんだけど」

「そうですね」


 熱海に着いたら乗換で、伊豆は今井浜へと向かう。正直なところ熱海で過ごせばいいだろという気持ちで一杯である。


「まさか今年も肝試ししようなんて言い出すとは」


「北さんが言うには、旧校舎には本当に幽霊がいたんだって」


 海さんが苦笑して聞いてくる。


「すごかったですよ、地下から水が溢れて地面が崩落して、走って逃げてたら校舎の窓に手がベタベタベタベタってくっついて、もうなんか色々と大変でしね」


 その旧校舎だが、現在取り壊しの真っ最中である。今は爺さんの幽霊が一人いるだけだ。


 不思議な物で校舎が倒壊した後、中にいたはずの他の幽霊たちは、すっかり消えてしまったのである。


 あの日の地面の下に吸い込まれたのか、はたまた校舎が壊れて抜け出したのか。


「でも良く不審者に遭遇しなかったわね」

「その危険もあるので、今回は刀を持ってきました」


 腕が疲れてきたので二人を放してから、俺は背中に負った刀を顎で指した。


 今まで役に立った例が無いものの、怪奇スポットで悪霊相手ならばと持って来たのだ。一度くらいちゃんと格好よく使いたいというのもある。


「なんか模造刀っぽいわね」


「あちこち傷んでたし、鞘と柄も木刀を割ってはめ込んだだけですからね」


 鍔もないし仕込み杖とかドスみたいな印象を受ける。これをハクビシンとドブネズミの皮で作った刀子に入れて、紐で体に結び付けている。


 なお刀子自体は、猟友会で買ったものを、衣装部に渡して作製してもらったものだ。こげ茶と黄土色で、そこまで柔らかくない。


 しかし害獣のものとはいえ本物の毛皮を使っているので、中々どうして雰囲気が出ている。これが材料費一万ちょっとで済むんだからコネの凄さを実感する。


「まあ、この世界の不審者銃を持ってるから、気休めにもなりませんけど」


「私たち素人なんだし、仮に銃を持ってても同じじゃないかな」


「そんなことないわよ!」


 息を整えた南が元気に声を上げる。自由席を取って置きながら、なんだかんだ俺を置いてけぼりにして、涼んだりしない辺りにこいつらの良心が見える。


 俺も帰りは自由席を取ろうかな。


「私今回もアレ持って来たんだから、四月も大活躍したアレ!」


 こいつ銃を社内に持ち込んだのか。まあ銃社会の国でも、持ったままバスや電車に乗れるけど、この世界で暮らす内に、こいつも妙なことになったな。


「我々は一度怪異に遭遇し、また一度は狂人を退けている。つまりは組織的な犯罪にでも、巻き込まれない限りは、滅多なことはないってことなんだよ」


 自分が滅多なことを口走ってる自覚はないのか斎。あっても無くても変わらないんだろうなあ。脂汗をハンカチで拭いてるけどまだまだ余裕があるし。


「しかしな斎、お前の目当ては、建て替えで壊される前の、老朽化した旅館なんだろ。実際に不審者いたらどうするんだ」


「そこら辺は大丈夫だよ」


 斎はそう言うと、自分の手荷物からクシャクシャになったチラシを一枚取り出して見せた。


 それはリニューアルされた新しいほうの旅館の広告だったが、片隅に小さく『旧本館への見学も受け付けております』と書かれていた。


「どういうことかしら」

「廃館も見世物にしているってことでしょ」

「ああ、こういうの好きな奴いるもんなあ」


 海さんと南と俺はチラシを覗き込んで呟く。いわば黄金時代を過ごした古巣の終わりを、廃墟という観光地として、活用しようというのだろう。


 これも一つの自社ブランドか。


「撮影もしていいんだよ!」

「だからそんな重装備だったんだな」


 自由席側の床には斎の荷物が置かれている。二つのデジカメ用のバッグがあり、大きなリュックサックには三脚やら何やらが入っている。


 こいつ体が小さくて体力もないくせに、趣味のときだけ積載量が十倍くらいになるのな。


 ちなみに皆の荷物は、海さんは旅行用鞄が一つ。

 俺は学校で使う鞄が一つ。

 着替えと奴しか入ってない。


 南は旅行鞄の他にいつぞやの猟銃のケースを持って来ていた。


「旅館側からもタクシー出てるし道短いし」

「思い切り管理下にあって安心だけど」

「これならいっちゃんがいても大丈夫ね」


 およそ心霊現象とか肝試しとは程遠いようだ。名目上は肝試しだが、内実は斎個人による老舗旅館の廃墟見学らしい。


 悪天候で申し込んだのは、料金で足元を見る為か。


 ――本日は東日本鉄道、特急熱海行をご利用いただきまして、ありがとうございます。次は、終点、熱海です。間もなく、終点、熱海、熱海。お出口は、右側です。新幹線、伊東線と東海道線、三島、沼津方面はお乗換えです。本日も東日本鉄道をご利用くださいまして、ありがとうございました。


 立ち話をしたままでいると、車内に終点に到着したことを示すアナウンスが流れた。


 こうして長時間おしゃべりしても、平気になったことを考えると、俺の女子力も上がったものだな。


「よし乗換だ!」

「結局自由席を買った意味は無かったわね」


「帰りは皆で座ったらいいのよ、ね、サチコさん、私からも出してあげるから」


「いや、そこまでしてもらわなくても大丈夫ですよ。斎から貰った分で買えばいいから」


 穏やかな移動時間が終わり、俺たちは一度熱海へと降り立った。駅全体が暗く、既に俺たちが台風の影響圏に入ったことを報せている。


「良い匂いのする駅だな」


「磯の匂いと夏の青臭さが混ざって、夏とか青春って感じがするわ」


「それでいて静かね」


 耳を澄ませば波の音まで聞こえてきそうだ。観光地にしてみれば災難だろうが、これはこれで趣がある。


「で、乗換はどっちだっけ」

「あー、待ってー! 皆待ってー!」


 振り向けば野暮ったさの塊と化した斎が、小走りに追いかけて来ていた。歩いて五分も経ってないのに、随分距離ができている。


「斎―置いてくぞー」

「謝るから先輩呼びに戻して!」


 荷物を持ってくれと言わなかったことを評価して、俺は斎の評価を戻してやることにした。


 俺も丸くなったものだ。


「雨降って来たわ」

「傘買ってく」


 俺たちは天気に反して明るい気分だった。四人だけで馬鹿なことを言いだして、旅行に来たことに舞い上がっているのが、自分でも分かる。


 この瞬間だけ切り取っておきたいくらい、幸せな気分だ。


 これでこのあと、オチがつくようなことが待っていなければなあ。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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