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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
肝試し編2
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・嵐の前のレベル上げ

 肝試し編2! 


・嵐の前のレベル上げ


 ※このお話はサチコ以外の人物の視点が多めとなっております。


 八月八日の夜八時。


 エアコンと扇風機と魔法により、三方向から風を吹かせて大変快適な夜。


 俺がこの家に来たときに、婆ちゃんが新調したエアコンは、割と良質なものだったようで、電気代と送風力がかなり良好。


「あー、気持ちいいーぜー」


 年代物の扇風機も電機部の力で修理と改良が進んでいて、省電力高回転である。そこに俺が魔法で風を加えれば部屋の中の、いや家中の空気は体感温度-2℃である。


 使ううちに分かってきたことは、はっきりとした効果がある場合、魔法には詠唱や名前が付くけど、ただの石ころを出したり、そよ風起こすくらいなら、そういうのは要らないらしい。便利だ。


「あーーだーめーにーなーるー」


 居間のテーブルに突っ伏した俺と、猫になって大の字なって寝転がっているミトラスは、揃ってだめな声をあげた。


 六月の栄の一件に解決の萌しを見て先送り、もとい長い目で事態を静観することにした俺たちは、その後何事も無く、夏休みへと突入した。


 俺にとっては二度目の、先輩にとっては三度目の、南は何度目なんだろう。とにかく夏休みである。


「いかんな、このままでは寝てしまう。とっととやることやってしまわんと」


「うん、そしたら寝よう」


 そして例によって、どうやって改造されたか分からないテレビのスイッチをオン。リモコンで画面を切り替えてと。


「しかしまさか旅行に行けるとは」

「本当すごいよねえ、棚から棚牡丹ってやつだね」


 人間形態に戻ったミトラスは一旦部屋へと戻ると、俺の鞄と自分用の赤い輪っかを持って来た。付いてくる気満々である。


 俺も連れて行こうとは思ってた、でも現実的には今の姿は元より、人間状態で連れて行くことも無理だ。


 だから猫になってもらうしかないとはいえ、鞄に自分の首輪を突っ込んでくる彼の姿に、罪悪感とか背徳感を覚えずにはいられない。


「思えば君を連れて、旅行に行ったことって無かったもんね、ごめんねサチウス」


「いいって、お前は仕事好きだし、魔物は勝手に市外に出たらいけないしさ」


 異世界にも事情があって、魔物はろくに観光旅行もできない。この辺を改善できればいいのだが。


 でも海水浴には行ける。今回も不憫を強いるし帰ったら頑張って、ちゃんとした旅行に行こう。


 そう、『ちゃんとした』旅行に。


「ちゃっちゃと今回のレベルアップ済ませちまうぞ」

「おー!」

 

 で、いつもの肉体タブ。先月は脂肪の実験をしたけど結局は戻したんだよな。


 だから後二回は取れるし、最初の分と合わせて肉体は限界を超えて三回強化できる。


 これを一点集中するか、体の弱い部分の補強に回すかは、まだ未定である。


「今回はこれ」


『無重力弱体無効』


「なんかすごくすごそう」

「俺もそう思う」


『無重力弱体無効』:無重力状態における筋骨の分解劣化を防ぎます。


「でもこれって要る」

「要らないと思う。けどすごそうだし」

「そうだよねえ、すごくすごそうだもんね」


 取得。こういう全く必要でもなんでもない強化を、自分に施せるのって地味に楽しい。それ以外は無意味だとしても。


 たまにはこういうことをしたいんだよ。


「次は魔法か、段々と大枠が減って来たな」


「人間の魔法関連の許容量って大したものだね、なんで使えなくしちゃったんだろ」


「退化したというより、元から使えなかった人間が、増えただけって感じで、お、これは」


『精神力代替』:術の行使に必要な精神力が不足した場合、他の精神力を代わりに消費して発動します。


 俺の今までの魔法タブは当たり前だが、魔法を中心として成長してきた。しかし幾つか異なる系統の術も使えるようになっている。


 使い道が無いので覚えたまま、埃を被っているものもあるが、それらを使えばMPが足りない場合も、魔法が使えるということか。


 いや、この説明を見ると魔法に限ったものではないのかもしれない。双方向とでも言おうか。


「明らかに便利そうだから取っておこう、取得」

「場持ちがよくなっていくね」


 使用回数の増加か。これに以前覚えた魔法ブーストのソワカを足すと、もしかしなくても結構強くなってるんじゃないか、俺。


「異世界に行った当初は、ただの貧弱な女子高生だったのにな」


「今ではこんなに逞しくなって」

「皆が守ってくれたおかげだなあ」


 安心と幸福のある暮らしが、人を強くするんだな。世の中生まれや才能が全てじゃないとか言うが、世迷言である。


 環境に左右されるという言い分もあるが、それは才能を伸ばすというよりも、如何に環境に成長を邪魔させず、足を引っ張らせないかということなのだ。


 俺の周りの人間を見ていると確信が持てる。

 ともあれ取得。


「次、知能」


「あまり発達させると、頭の形変わっちゃうから慎重にね」


「え、そうなの」


「たまにサチコの頭を撫でるけど、昔と比べてちょっと膨らんでると思う


「怖いこと言うなよ、取る気なくなっちゃうじゃん」

「ごめん、でも死にはしないと思うよ」

 

 そういう問題じゃないんだよミトラス君。くそう、自分で自分の頭を触ってみるも、今まで気にしたことなかったから、形が変わってるかどうか分からない。


 脳が発達して膨らんで、頭蓋骨も成長してるってことなのか。


 成長してるといったって、頭を大きくなんてしたくないぞ俺は。


「あ、ほらほらこれなんかどうかな、今出たばっかりっぽいけど」


「誘導が雑、どれどれ」


 この際乗っかっておこう。思考から不安を追い出すのだ。


『混線制御』:複数の領域の精神力を同時に使用した場合、各精神力の区別が付くようになります。また使用の中止に関してのみ制御ができるようになります。


「これはアレか、合体魔法的なものをやった際に力が暴走するみたいなのを、防げますよ的な」


「合ってると思うけどもうちょっと説明なんとかならなかったの」


 制御できるのは中止だけか。『危ないから止める』ができるだけ上等だな。


 撃つには個人的な練習が必要か。そこまでする理由がないから、試したことないけど、今の俺にできるんだろうか。


 事故が防げるのは大事。よって取得。ここまで成長点は全部三千点ずつの使用である。


「払いが綺麗に揃うのはいいけど、またしょうもない特技を山ほど取りてえな」


「じゃあ、歌と声量を限度まで取得して、脂肪と合わせて肺活量を限界超えて、強化でもしてみる?」


「お前は俺をオペラ歌手にでもしたいのか」


 長射程ソニックヴォイスで、嫌がらせしろってか。視界が悪くても関係ないぜ。


 せめてペットの射程も同じにしてくれよ。でなきゃ仲間を巻き込まないようにしてくれ。


「まあ声はそのうち取るからいいよ」

「え、取るの」


「チンピラに絡まれたときはな、相手より大きい声で怒鳴るのがいいんだ。自分より格上の生き物だって、一発で理解するからな」


 うんざりして終わるまで黙ってると、勘違いして調子に乗る。大声での威嚇は迷惑ながら、護身術になる場合もあるのが悲しいな。


「話を戻すぞ。特技は、これ」


『夜目』:夜間及び暗所でも目がよく見えます。


 成長点三千点を払って取得。前回の戻した分と合わせてフリーの成長点が六千の貯金。


 また遺伝子のときみたいに、ドカンと要求されるすごいのが来ないものかな。


「すごい今更感あるね」


「俺も思ったけど、今度行くところでは間違いなく、有ったほうがいい」


 一通りレベルアップ作業が終わった俺たちは、テレビのチャンネルを変えて、一服することにした。画面には週末の天気予報が映っている。


「週末は大荒れだって」

「知ってる。台風が来ることも知ってる」


 小田原は晴れだが別の地域は雨だ。台風が来る。


「本当に行くの」

「止せよ最初のテンションを維持しようぜ」


 俺たちは今度旅行に行くことになった。行先は静岡の老舗旅館だ。シーズンの一番いい時にキャンセルが出たから、格安になったって先輩が。


 俺は最初、皆で海水浴に行こうという誘いに乗っただけだ。それが蓋を開けたらこの様である。


「水着、持ってく?」

「一応」


『高校最後の夏休みなんだ。一回でいいから友だちと海行きたいんだよ! 頼むよ!』


 と先輩に頼まれ『今なら父親が株主優待で貰った旅館の割引券を、サービス期間に合わせて使えば四分の一の値段で旅行も出来るよ!』って言葉と熱意に釣られて、いや絆されてみればこれだよ。


 一週間ずっと雨、台風まで来ていてどうやって海水浴すんだよ。そう問い詰めたのは、旅館に申し込みを入れた先輩から、真相を告白されたときだ。


 キャンセルすると四分の一より高い金を払う必要がある。


 引き返せない所に来たことを知った、俺や他の犠牲者たちは、それぞれに渋い顔をしながら、引き上げていった。一蓮托生が決まった瞬間であった。


「あいつ利き手が折られても、懲りないタイプだから厄介だよ」


「雨具、全部入れといたよ。あとライトも」

「ありがとう」


 ミトラスの報告を受けて鞄の中身を確認する。今回のロケ先は旧校舎、ならぬ建て替えによる取り壊しを控えた廃旅館である。


 去年の旧校舎の一件で味を占めた先輩は、今回の旅を企画したのである。



 ――全国の天気です。引き続き暑い日が全土で続きますが、一部では雨模様となっています。また太平洋側で発生した低気圧が、徐々に発達しながら日本に接近し、火曜日に四国に上陸、週末静岡県伊豆半島以北まで北上する見込みです。現地の方々はなるべく外出を控え、出かける際にはくれぐれも、お気を付けください。以上天気予報でした。


 週の終わりに、台風直撃。

 今井浜海岸に、台風直撃。

 俺たちに、台風直撃。


 今年の夏は、嵐が叫ぶ海の旅館で、肝試し!

新章開始です。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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