・三人目
今回長めです。
・三人目
「ん?なに、ミッチーの知り合い」
「ああ、同じ学校のコ」
金髪のほうが尋ねると、南は素っ気無く答えた。ただそれだけという含みのある乾いた響き。一方で海さんは怪訝そうに俺を見ている。
外敵と知り合いということは、それだけで評価を下げるものだ。付き合う相手は選べというのは、そういうことなのである。
それにしてもミッチーねえ。フルネームが犬死作戦めいてるくせに。可愛いあだ名だな。
「もっかいだけ聞いてあげるな。何してんの」
「見れば分かるでしょ。ストレス発散よ。ちゃんと相手を選んでやってるから大丈夫」
南は一応未来人である。一応というのは、なんかそれっぽい道具を使って、この場から消えたり現れたりできること。
そして俺と北先輩のように、前の世界の記憶がある人間を、観測できているという点から、どうも本当らしい、と判断しているに過ぎないからだ。
未来から来た奴のお約束に『あまり歴史に影響を及ぼさないように暮らす』というものがある。南の台詞は要するに、この行動もそういう範疇に留まっているからいいんだ、ということのようだ。良い訳あるか。
「お前やっぱり頭良くねえだろ。正直してそうとは思ったけど出先でやるとはな。迷惑だから他の奴にしてくれ」
自転車のスタンドを立てながら言うと、舌打ちが聞こえてくる。南のじゃない。別のだ。特徴の無いほう。髪は染めてない。南のゆるふわとは違う唯のセミロング。春物の白いワンピースの上にベージュのコートを着ている。年と顔に対して合ってない。
そんな服着てすることがこれか。暇だな。ずっと携帯を弄り回している。所謂ガラケー。いかつく重たいインゴット。こっちの歴史だとまだ流行中なんだろうか。連絡役か。それとも他の友だちと話す片手間に、いじめも嗜むのか。どっちにしろ面倒だ。
「頭悪いんじゃないの。何か粋がって出てきたけど、そんなこと指図される理由ないし」
「ていうかのこのこ来てんじゃん。馬鹿じゃん。てぃひっ」
金髪が汚い笑い声を漏らす。本当に汚いからこっちも反応に困る。
「お前はもう少し善玉だと信じてやりたかったがな。用が無いなら帰るぞ。それとメアド消せ。二度と海さんに関わるな」
無視して必要なことだけ告げる。するとどうだろう。街灯の下の空気が、僅かに膨らんだような気がした。寄らば大樹の陰とは言うが、電柱に括り付けられた灯りの下が、せいぜいの人間ってのも嫌なもんだな。
「うっぜ」
その一言と同時に、特徴のないのが携帯をこっちに向けてくる。シャッター音。一切相手の目を見ずに、ずっと液晶の画面を見続けている。
「とりあえず晒すから」
「出た晒すから!」
金髪が笑う。特徴の、いい加減この際直毛でいいか。お互いに大嫌いなんだろうなってのが分かる。金髪が笑うたびに直毛の指の動きが早くなる。
「したらあんたもうどこも入れないから」
「ウケル!」
ああ~。すげえ悠長。勝ち誇った笑みを浮かべてるけど、そのSNSの類と録に接点のない俺を、そこでハブる準備をしても意味が無え。皆やってると本気で思ってるんだろうな。
「……南。何か言うことあるか」
「その上から目線止めて。むかつくから。あとその子置いていって」
「そっか。じゃあもういい。海さん、下がっててくれ。危ないから」
「え、あ、うん」
それで会話は一度途切れた。俺は海さんを下がらせてから、自転車のかごに入れてきたそれを、一つ手に取ると直毛の手元へ狙いを定め、ぶん投げた。
コーンと小槌で打つような軽快な音が響くと、弾き飛ばされたガラケーは、重い音を立てて地面に落ちた。
「……は? ………………は!?」
直毛は自分の手からガラケーが無くなったことに気付くのに、随分と時間を要した。とろい。壊れでもしたのか、不必要に装飾された機塊を拾い上げると、そのまま動かなくなる。
次に電柱を狙う。南を盾にしようとする金髪と、それを避ける南。誰に当たっても構わないので、気持ちよく第二投。自分の腕が物を投げるときの衣擦れの他に、僅かな風切り音。南は地に伏せ、金髪は街灯の裏に回る。
カーンという小気味よい音。ともすれば金髪に当たってたな。なんでか来るほうに動く奴っているけど、こいつもそうか。
当然と言えば当然だが、いじめをする人間は何もスポーツ万能とは限らない。男子の場合は頭か体のどちらかが、それなりに長じているケースが多いが、女子は違う。
個体の能力はだいたいダメで、少数のグループに成績優秀者がいることもあるが、それは殆ど活用されない。中には全員優秀な犯罪予備軍もいるけど、それこそ少数派である。
ソーシャルネットワークという名の井戸端会議が、世界の全てなのである。悪意ある口コミによる、集団戦ダメージが全てなのである。故に俺みたいな持たざる者は、暴力での各個撃破がとてもし易い。
痛みに屈するならそれで良し。取っ組み合いになるならそれもまた良し。
「ちょっと石なんか投げないでよ! 危ないじゃない!」
三投目に入ろうとする俺に、南が批難の声を上げる。
石。ファンタジー世界じゃその辺に転がっている無限弾丸。現代だと整地舗装がされて、おいそれと手に入らないレアアイテム。
家の庭から手頃な大きさのものを選んで、二十個ほど持ってきた。割れた煉瓦なんかも混じってる。
「手ぬるいにゃー」
戦争経験のあるミトラスは眠そうだ。彼からすれば遊びみたいなものなんだろう。見栄を張らずにお願いして、蹂躙してもらえばよかったかも。
「お前は学習しないやつだな。痛くても覚えないのか。お前が止めないと俺も止めないぞ」
「くそ、分かった! 分かったわよ! 本当にこの時代の人間なのかしら」
南は甚だ不服とばかりに溜め息を吐くと、他の二人を手招きして再び集まった。うむ、想像以上に早く片が付いて良かった。
こっちとしても、ミトラスにこういうのが好きな奴だとは思われたくない。俺は先輩と推しカプの人気の推移について、議論をしてるほうがずっと楽しいんだ。
「人の事情も知らないで……私はその子に聞きたいことがあるだけよ。あとついでにお金も集ろうとしてました。これでいいでしょ」
「お前最低だな」
この茶色は本当に色々とダメだな。そんなことだから過去の人間に、原始的な力で悪事を打ち砕かれるんだ。
「それで聞きたいことってなんだ」
「現状では私とあなたと北しか知らないことよ」
個人的な評価ってのは往々にして、本人不在のところで分かるものだけど、こいつの中では先輩呼び捨てか。そしてこの三人ということは、改変された歴史に関する案件である。
「話せば長くなるぞ」
「簡単よ。東さん。初代アメリカ大統領は」
「え、黒人奴隷農場主。あれ?」
その覚え方もどうなんだ。しかしこれではっきりした。この世界にはアメリカはない。ついでにインディアンも絶滅している。というかそのせいで独立に失敗したみたいに、教科書には書いてあった。
「やっぱりあなたもなのね」
「え、まさか、あなたもそうなんですか!」
「そんなことより南、この二人はどうするつもりだ」
ここに来て前の歴史の記憶持ちがまた一人。これが何を意味するのかはさて置いて。問題は余った二人の不良である。
「え? なに? これどういう空気?」
「私のケータイ壊れたんだけどぉ!」
すっかり話の流れに取り残された金髪と直毛が、不安と不満を綯い交ぜにしたような表情で、こちらを伺っている。
「ああ、ごめんなさい。先ずはこれ見てくれる?」
そう言って南は、ポケットからアイドルオタクが持ってるともっぱらの、棒状ケミカルライトを取り出した。色は清涼感のある半透明の青白。
嫌な予感がする。なんでそんなものを取り出して、相手に見せたのか。見ろというからには見てはいけないような、そんな気がする。
「はい、チーズ!」
咄嗟に海さんの顔前に腕を伸ばして俺も目を瞑る。直後、瞼の裏が突然の明るさに一瞬だけ焼かれる。
「はあい、ありがと~。あなたたちは今日ケータイを失くしちゃって、ここまで探しに来ただけ。じゃあね」
そんな台詞が聞こえた後に、目を開けて状況を確認する。金髪と直毛は脳が溶けたのではないかと心配になるほど、ぼーっとしていた。立ったまま放心している。一方海さんは尻もちを搗いて頭を振っている。眩暈を起こしているようだ。
「危ねえ。お前それ記憶を消す『ピカッ』てする奴だろ、映画で見たぞ」
「あら、避けてたの。やっぱり予備知識があるって面倒ね。全員一遍に処理できたら楽だったんだけど」
こいつはやっぱりやな奴だ。群魔の市長みたいに誠実だと思っていたら、実はそんなことは無かった。ということもなく、普通に嫌な奴だ。
※市長
前シリーズのキャラ。『魔物のレベルを上げるには』から登場。『神無側市』を治める市長。サチコが誠実な人だなと思ったら、二章先の話で謀殺をやる恐ろしい人間。
「海さん、立てます?」
「あ、うん、もう、何がなんだか」
そりゃそうだ。いじめに立ち向かう『てい』で話が進んでいたのに、南が現れたことで別路線にズレて、しかも直撃でないにしろ、脳に影響を与えそうな光を視てしまったのだ。まるでラノベ主人公の導入部のような有様だ。
「とにかく、今日はもう遅い。一旦帰って、また後で話しましょう」
「あ、うん」
「え、このまま徹夜で情報共有したりしないの?」
俺を含めて前の歴史の記憶持ちがこれで三人目。それが果たして何を意味するのか。そんなことよりもうすぐ御前一時だ。やってられっかそんなこと。
茶色を無視して俺は海さんに手を貸して起こす。足元が覚束ないので自転車の後ろに乗せて帰ることにする。ニケツの初の相手がミトラスじゃないのがちょっと悲しいが贅沢を言っている場合ではない。
漕ぎ出したペダルは前よりも重く、五月とはいえ深夜の空気は重く、冷たい。そんな空間にいつまでも殺伐とした雰囲気のまま、まんじりともせずにいてもしんどいだけだ。
俺たちは公園に三人を放置すると急いで海さんを連れて『東雲』へと戻り、その後我が家へと帰宅した。
本当に煩わしい。こういう余計な問題さえなければ人類はもっと幸福だというのに。
「良かったね。あの子を助けられて」
「まだ分からん。でももう寝る」
玄関を開けて中に入って鍵を閉めて猫を抱えて布団に潜り込む。苛立ちを抱えても眠いものは眠いし、疲れは嫌増していくばかりだ。
大きく息を一つ吐いて、明日への忌々しさを胸に秘めたまま、俺は瞼を降ろした。ああ、休みが明ける。なんて憂鬱なんだ。
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文章と行間を修正しました。




