・再起反復やり直し
今回長いです。
・再起反復やり直し
梅雨の曇り空の下、珍しく空気が乾いており冷たい風が吹いている。現在は二時丁度。トイレ休憩などを挟んで図書室前。
理科室での見学で、鼻息を荒くしているアガタと、ちょっと疲れ気味の栄。嫌という訳ではなかろうが、栄が気後れしてしまっているな。
「どうした栄くん、気分悪いのか」
「栄でいいです。いえ、凄い人たちだなって」
「ええ、指輪作りがイメージと違って、かなり地味で力仕事だったんですね」
アガタくん、お前の感心する所はそこなのかい。
「そりゃ愛同研の部長たちは、一つのことに打ち込んで来た人たちだからな、その筋では、うちの部長より凄いよ」
「え、そうなんですか」
「いやいや当然だろう。サッカー部の部長が、野球部の部長より、野球が上手いことはあるまい」
「あ、そ、それもそうですよね」
この言い方はサッカー部の部長が、野球の素人であることが前提である。
しかし文脈上ではうちの部長は、相手の分野でもそこそこできる人ってニュアンスを、含んでいる。
分かり易く言うと『それおかしいじゃん。あたかもうちの部長だって、やればできるみたいな口ぶりだったじゃん。でもそういうんじゃないじゃん』ということである。
逆にわかりにくい。
「考えてみれば当然でした」
このすり替え的な言い方に、気付かず納得してしまうのか栄。間違った解釈でもそのおかげで、間違った価値観が修正されるなら、それでいいけどさ。
「あれ、今の何かおかしくありません」
お前は気づかなくていいんだよアガタ。
「で、次の見学場所だけど、さっきのが二か所同時になったから、次は軽めの所に行こう」
「そうですね」
「あの」
アガタの声を聞こえなかったふりをして、俺は彼女たちを率いて、隣の空き教室に移動した。
「今年はここが漫研の部室だったはず」
「図書室の隣っていうのが何かいいですね」
お、栄の表情が少し明るくなったな。よしよし。
「漫画っていいますけど、もうこのご時世漫画で一括りにするのも、乱暴ですよね」
「そうだな、でも他に妥当な言葉もないし、ジャンルで分けるくらいしかないし」
ファンシーでキラキラな奴から、一つも光がない陰惨なものまで、月刊誌から新聞の四コマまでと多岐に渡り過ぎているが、それでも他に言葉が無いから全部漫画である。
今ではネットもあるしな。紙媒体にも限られない。
「じゃあ見学していいか聞いてくるから、ちょっとだけ待っててな」
『はーい』
図書室横の空き教室は少し変わっている。
授業の音が、直接伝わらないように造られており、一般的な教室のように引き戸ではない。
廊下に付いたドアを開けて中の通路を進み、壁に取り付けられた、もう一枚のドアを開けると辿り着く。
「エロ本あったら片付けさせないと」
説明から優れた防音性を想像するであろうこの教室だが、その実グラウンド側に面しており、教室に外の音はよく届くようになっている。
あくまで校舎の中の音がこの教室に伝わりにくく、またこの教室の音だけが、やはり、校舎に伝わり難いという、すこぶる中途半端な場所なのである。
場所も三階で高さもいまいち。
「ごめんください」
ドアを開けて中を窺う。
こいつらに気を遣ってのことではない。
こいつらは部活の時間が始まると、部室をバクテリアの繁殖にも似たスピードで散らかすのだ。
床に値打ち物が転がっていることもあり、それを壊すとまた気違いに戻るので、接触には注意を払う必要がある。
「は~~~~~~!!」
腰を落とし蟹股になって何やら力を溜めている漫研部長の後姿が見えた。そっと気付かれないようにドアを閉める。これは俺が悪いな。ノックをしなかった。
気を取り直してノックを二回。反応無し。
もう二回。反応無し。
三度目を強めに三回すると中から『絶対零度!』という叫び声がする。
「ノックしてるだろ!」
「うわあ!」
髪を伸ばしっ放しで、頭がぼさぼさになっている漫研部長は、文字通り飛び上がって驚いた。羞恥心から顔を真っ赤にして、こちらを見ている。
部室内は全ての机の上に、資料やら漫画雑誌やらが乱雑に積み上げられ、床には画材やフィギュアが散らばっている。
「あ、存在が漫画みたいな人! お久しぶりです」
「俺に限ったことじゃないと思いたい」
オカルト部の部長と異なり、髪が伸びると目隠れになり、教師から指摘されると週末に散髪して元に戻るコレは、漫研部長である。
眼鏡を掛けてるけど、果たして前は見えてるんだろうか。
「作業中悪いけど、新人に部活案内してるんだ。見学させてもらっていいかな」
「あ、新入生! 新鮮なネタ! どうぞどうぞ!」
この動物的な反射が、時折たまらなく不安になるんだよな。
「じゃあちょっと呼んで来るけどさ、前の漫画はどうなったんだ」
「休載中です」
「そう」
漫研部長は数多の作品を手がけるものの、完結させたことはほとんどないという、見る人が見たら蛇蝎の如く嫌われそうな人である。
画力もあるしキャラクターも魅力的だが、本人が飽きるという致命的な欠陥を抱えている。
少ない巻数で終わる小説の、挿絵辺りを任せるのがいいんじゃないかな。でも本人は漫画を描くのが好きなんだよな。
「見学いいって」
『はーい』
アガタと栄を伴って中に入る。二人とも初めから漫画描きに対するイメージがあるのか、部屋が汚くても幻滅した様子はない。
「うわ、やっぱり散らかす生物なんですね」
身内の例があるからか栄の言い方がきつい。
「あれ、他の部員の人たちは」
「そういやそうだな」
最初のインパクトが大きすぎて、頭の中から何処かへ行ってしまったが、言われてみればここには、漫研部長しかいない。
「他の部員は皆自分の場所で執筆中だよ。自分のネタが盗まれるんじゃないかとか、締め切りを持つ者同士見張り合っているような気がするとか、同じ所にいられないんだ」
心の病気がこんな場所にも。
君たちはいったい何の為に集まったんだ。
「とはいえこのまま執筆なんて地味だし、折角来てくれたから、取材に切り替えるよ」
「そんな気を遣って頂か無くても」
栄が照れたように頬をかく。上手い事行って作業から逃げるなあ。
「じゃあ私の普段の作業風景を自撮りした動画があるから、それを見ながら質問に答えてくれればいいよ」
「え、なんでそんなのがあるんですか」
「自分への修正と、ネタの一つとしてかな」
アガタが嫌な顔をしながら頷く。分かるけどやりたくないし、分かりたくないと言った感じだ。向上心はあるけど、内省は嫌いなタイプである。
「これでよし。じゃあ先ず簡単に自己紹介してくれるかな」
漫研部長は二人に席を用意すると、恐らく自分で持ち込んだであろう、薄型モニターとDVDプレーヤーをセットし始めた。
画面に自撮り動画が再生されていく。
「北宋、十六歳です! えっと、今は美術部と愛同研に所属してます!」
「特技とか目標はあるかな」
「特に無いですけど、姉に勝ちたいと思ってます!」
おお、意外にまだまだ積極的。この消えてない気概を吉と見るか、凶と見るか。
「何か一言あるかな」
「私は体だけの女じゃありません!」
その一言はどうなの。コンプレックスから来てるとはいえ、後で絶対後悔する発言だぞ。
「よし、初々しい。じゃあ次はあなた」
「黄縣蘭、満州人とブラジル人のハーフの日本人」
「濃いなあ、じゃあ国籍あるけど日本人の血は入ってないんだ」
「いえ日系ですんで、あと母方の祖父が白系ロシア」
日本人の割合がニ分の一。東洋人成分が大半だが、アガタの外見に出ているのは、中華系の切れ長の目くらいだ。醤油顔じゃなくて良かったな。
「特技や目標は」
「絵を描くことです。分野を問わず描けるようになりたいですね」
「はっきりしてるな。何か一言お願いします」
「家業を継いでくれて、私を自由にしてくれる彼氏募集中です」
重い。
「なあ」
「なに」
「俺にはないのか」
「あるわけないでしょ」
「そう」
なんでちょっと吹き出しながら言ったんだよこの野郎。そんな嬉しそうにするんじゃないよ。言いよお前の無辺集で面白みもない自撮り動画見るから。
漫研部長の動画は、紙の原稿をスキャナーで取り込み加工をする方法と、タブレットで作成したデジタル画を印刷して描き加えていく方法と二つがある。
デジタルとアナログの二刀流である。
どちらにも手を出したが故に、両方の苦悩を背負う無明の行いである。
理論上最強の流派みたいなもので、どちらの良い所も吸収して活かせる者は少ない。大半が拒否反応を起こすか、単純にストレスに耐えかねて止める。
「作品とか見せてもらっていいですか」
「あ、そこの棚にあります」
手作り感溢れる冊子に、まとめられた短編は、比べていい対象が無いようなデキだったけど、意外に読めたし楽しめた。
「三年になるとね、部の紹介で漫画描くときに背景の担当になるんだ」
「ああ、描ける人材が三年しかいないからな」
「だからしんどくてね、早い内から背景の練習させとかないと、自分の漫画手伝わせられないし」
漫研部長がしんみりと胸の内を吐露した。しがらみはこんな所にもあるんだな。お、そうこうしている内に時間が結構経っている。
「時間も頃合だしそろそろお暇するよ」
「あそう。まだ一時間経ってないけど、まあいいや」
「先輩として何か言っておくことあるかい」
漫研部長は頭をばりばりと掻いた後、少しだけ考え込んでから、眼鏡を外してレンズを磨き始めた。
「そうだね、なるべく沢山、失敗をできるようになりなさい。それが一番上達を手伝うから」
そう言って眼鏡を掛け直した。アガタと栄は揃って不機嫌そうな顔をしている。
「人間の一番の力は始めることと立ち直ることだよ。失敗したから挫折するんじゃない。失敗から立ち直れないから挫折する。だから幾らでもやり直せる人間になって、幾らでも失敗して、幾らでも立ち直ればいいだけなの。それができる人間ほど強く、上手になっていくんだよ」
流石に編集もいないのに、何度も自分にボツを食らわせる人間の言うことは違う。
作品が毎回エタるのも本当は飽きたんじゃなくて、途中で立ち直れなくなるから、なんだろうな。そうであって欲しい。
「具体的にいうと」
「お金も健康も大事ってことだよサっさん」
疲れたように笑う漫研部長の瞳が前髪の奥に覗く。目の下の深い隈があり、どこか寂しげだった。
「そっか……じゃあ、そろそろいくよ。今日はありがとう」
『ありがとうございました』
俺たちが礼を言うと、彼女は無言で静かに手を振ってくれた。誰しも悩むことがあって、思う所があるんだな。
「思ったよりも全然まともな人でしたね、部屋の中は汚かったけど」
「うん、やっぱ三年生ともなると、芯はしっかりしてるんだね」
アガタと栄にも何かしら良い影響があったようだ。思いも寄らぬ人物のおかげで、事態がやや好転した形である。
ーー我は求め訴えたりー!
廊下に出てドアを閉めようとした瞬間、奥からまた奇声が聞こえてきたけど、俺はそれを聞かなかったことにした。
「次は何処に行こうか」
「次もああいう部長さんがいる所がいいですね」
「そうだなー」
アガタと栄にも何かしら良い影響があったようだ。思いも寄らぬ人物のおかげで、事態がやや好転した形である。
自分に強く言い聞かせながらが、俺は漫研の部室を後にした。
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文章と行間を修正しました。




