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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
進路相談編
195/518

・成長する変人たち

今回長めです。

・成長する変人たち



「思ったより美味しかったですねえ」

「これは楽しみが増えました」


 家庭科室で料理愛好会こと、料理部の弁当をすっかり堪能した二人は、幾分機嫌が良くなっていた。


 美味い飯はささくれ立った心に、少なからず影響を与える。今度からこいつらと何かするときは、最初に食事を与えておくのも手だな。


 ちなみに注文に困ったこいつらは、俺と同じ焼きそば弁当を注文した。白米が焼きそばに変わった程度のものだが、普通に美味い。


 そしてそのおかげで今、俺たちはほんのりとソース臭い。


「ここの焼きそば弁当は、園芸部の先代部長が残していった蕎麦畑の、蕎麦粉を使ってるんだ」


『へー』


 反応が薄い。彼女たちは一緒に買ったペットボトルのお茶で、口を漱いでは手鏡なんか取り出して、歯に青海苔がこびり付いてないかを、確認している。


 説明に興味がなくともしておこう。評価がマイナスでないだけでも、する意味はある、はず。


「今年から始めるって話だったけどもうか、早いな」

「蕎麦ってそんなんに早く実が生るものなんですか」


「家庭菜園のやつだと、二ヶ月半くらいで収穫できるらしいけど」


 先代から引き継いで、四月の頭から作付けを行ったとすると、確かにピッタリ今頃である。


 であるが『理論上は』という言葉が付くので、この企画は手腕と天候に、恵まれたということだろう。


「とはいえこれも、いつまで続くか分からないから、食べられる内に食べとくのが、いいだろうな」


「私今度は揚げ玉マシマシで食べてみたいです」


 蕎麦作りを止めて、普通の花壇に戻ってもおかしくないのだが、アガタは次も食べる気みたいだ。


 気に入ってくれたならいいけどね。


「それで先輩、次は何処へ行くんですか」


「この天気だと、バイク部は職員の駐車場で、部品の整備してるだろうから、後回しだな」


 運動部も後回しにするとして、出された飯を食っただけだが、とにかく料理部の紹介も済んだし、残りは六つ。

 

 園芸部も今は梅雨対策で、花壇にシートを掛けるくらいだし、何より外だ。オカルトも避けたい。


 何気にこの一年、あそことは部長以外のメンバーと会ったことがないし、特に理由はないけど、こいつらを引き合わせたくない。


 となると残るは衣装部、漫研、電機部、軍事部の四つのうちどれかになる。


 この中で女子の気を引けそうなのは、衣装部と漫研くらいか、この二つを回ったら眠くなる頃だし、軍事部に行こう。


 食後に字を見ると眠くなるから衣装部だな。服とか飾りのほうが即物的で、こいつらも喜ぶだろうし。


 最近の漫研の作品は、コマの中に説明が増えすぎて読んでて苦痛さえある。スターシステムの使い過ぎで同じキャラを大量に出したりするし。


「お前らお洒落って興味ある」

「え、お洒落、ですか」

「ありますあります!」


 おおアガタの食い付きがいい。栄もまんざらではなさそうだ。衣装部は性格がきついが、美人の三年が卒業して、新しい部長に世代交代した。


 俺も顔合わせは初めてである。


「予め言っておくけど、そこまでお金は掛かってないからな」


「その辺は流石に分かってますよ」

「ならいんだ、ちょっと待っててくれ」


 俺は予防線を張ってから一度部室に戻った。愛同研の半分は、あちこち動き回っているので、所在が分からない場合が多い。


 そのため先輩が昼に一度、各部長に連絡し、所在を部室のホワイトボードに貼り出すのである。


 どれどれ、今日の衣装部は、電機部と合同。


『今日の衣装部は、電機部と合同』

 

「ええ……」


 嫌な予感がする。するけど他のプランはないので、行くしかない。アガタと栄を連れて理科室へ。理科室は三階の外れにある。


 理科準備室も併設されているが、生徒がここに入ることはあまり無い。


「でもちょっと楽しみですね」

「自作の装飾品とか、そういうのにも興味あります」


 美術部の二人が何かを期待してウキウキしている。もしかするとごめんなあ。コスプレっぽい衣装ならまだいいんだけど、今日は電機部と一緒っていうのが。


「すいませーん」

「あ、はい何でしょうか」


 中からは何故か、金槌で金属を打つような音が飛び出してくる。


「部長さんいます?」


 ドアを開けて中に向けて声をかけると、何やら作業中らしい、十数名の生徒の中から、白衣を羽織った女子生徒が一人やってきた。


 坊主頭にカツラを取り付けながら。


「え、禿げ」


「いえ、剃ってるんです。機械に巻き込まれたら危ないから」


 高校の部活で体育会系でもないのに、そこまでするのか。あ、まずい二人が引いている。


 もしかしてしまってごめんなあ。


「えっと、衣装部の活動を見学しに来たんですけど」


「じゃあ今正に最中ですよ、どうぞどうぞ! と言っても私、電機部ですけど」


 電機部員は悪戯っぽく笑うと、俺たち三人は部室内に通された。彼女が衣装部でないことに、内心で胸を撫で下ろす。


 前衛的とかいうアレな感じの奴じゃなくて、本当に良かった。


「各テーブルで作業してるのがそうです」


「あの特殊な環境下の作業に従事する人が着てそうな防護服を着込んでるのが衣装部」


「はい」

 

 やたら分厚い服を着込んで、各自ゴーグルを付けて目と体を保護している。こいつらはいったい何処からこういう物を調達してくるんだ。


 ていうか逆じゃない?


「あなたたちは」

「今日は記録に専念です」

「そう」


 気まずい沈黙。


 それぞれの実験台では、白くごてごてしたスーツを着込んだ、衣装部員だという連中が、作業に没頭している。


 机上の台に固定した金属板を、バーナーで熱したりライトで照らしたりしながら、時には叩いたり、時には捻ったりしている。


「あの、あの人たちは何を作ってるんですかね」

「指輪を作りたいとか」

「え、じゃあ今指輪を自作してるんですか!」


 小さな薄い金属板を数十枚重ねたり、取付具でまとめたり、机の上にレンガを集めて竈を作ったり、そこで熱した金属板を叩いたりしてるのは、そのせいか。


「部長さんが言うには、光による金属への着色の可能性がどうとか、光の色は鋳込めるかとか、うち顔負けのことを言ってましたね、そんなのまだガラスの領域なのに」


「先代部長は正統派の美人だったのになあ」


「だからでしょうね。現部長は前部長の大ファンで、装飾品作りにこだわりがあったそうです」


 信奉している女のために、服の仕立てからボタンの製作まで全部自分たちでやってたのが、とうとうここまで拗らせたのか。


「ちなみにあの一番奥で作業してるのが、今年の部長さんで、これが部を通してできた成功例ですね」


 電機部員の女子が、ポケットから取り出したのは、淡く薄い緑色をした指輪だった。


「レジン、いや、トルコ石でもないな」

「色合い的には翡翠ですよね」

「人工翡翠ってやつなんでしょうか」


 作業風景に引いていた栄とアガタのテンションが、戻ってきた。なるほど、現物を見ればモチベーションが帰ってくるんだな。覚えた。


「ちゃんと金属ですよ」

「これでか」


 見た目の上では完全に石の質感を持ったリングだ。しかし金属性と電機部員は言う。


「聞いて理解できるとは思わんけど一応。何故こんなことを」


「それは私からお話しましょう」


 理科室の奥で作業をしていたはずの防護服が、いつの間にかすぐ近くまで来ていた。ゴーグルを外した眼は爛々と輝いている。髪は短く刈り込んでいた。


「初めまして。私が衣装部の現部長です」

「愛同研のサチコ。こっちは新入生」

「北栄です」

「黄縣蘭、アガタで構いませんよ」


 二人が簡単に自己紹介する。不思議なことだが愛同研の部長たちは、部長に任命されると皆から、部長と呼ばれるようになる。それまで呼び名を差し置いて。


 どちらかというと襲名である。


「何故かと問われると簡単です。私は最も美しい女性の最も美しい時期に対して、あまりに力不足でした。私の手でもっと輝かせたいと思いましたが、それは簡単なことではありませんでした。衣装部にとって相手の魅力を引き出す衣装を、作れるようになるのが目標です。これはその一環に過ぎないのです」


「やってることが装飾品の製作というより、冶金そのものといった感じだが」


「貴金属も金属です。そしてこの時代において、最も金属の加工に知識と技術を持つものは、何か。それは工業です。数多の工業分野が誇る冶金の価値は、その形を装飾品に代えた所で退けを取るものは何も無し」


 また前の部長とは違った方向に尖ってんなあ。コングロマリットめいた人間模様が何とも幾何学的。自分でも何を言っているのか良く分からない。


「あの、この指輪はいつ頃出来上がるんでしょうか」

「夏休み前までに仕上がればいいかな」


 その言葉を聞いて栄が目を瞬かせる。専門的な設備は無いので、活動は長期的になりがちである。


「お前らが何処を目指しているのか、相変わらず分からんな」


「何処にでも行くつもりです。綺麗な人は何処にでも行きますからね」


 でっけえなあ。前の部長とどういう関係か知らないけど、この人をここまで衝き動かすんだから、大変なことだな。


「それで、今日は見学ですか」

「あ、そうそうそうだよ。お邪魔なら退散するけど」


「お構いなく、生憎今日は見るだけにしてもらいますけど」


 完全にこいつらの空気に呑まれて忘れていたけど、今日の予定は見学だ。誰も抑えないと事故らない限りはどんどん伸びるのが、こいつらの凄い所だ。


「じゃあ三十分ほど見学したら次行くけど、いいか」

「あ、はい」

「他所の部も結構面白いことしてたんですねえ」


 栄は気圧されているのに対しアガタは興味津々だ。こいつは凄い人を紹介するとやる気が出るが、栄はそうでもないのか。


「光による着色率ですが、炭素の含有量によって有意義な差が出ると、言って良さそうですね」


「どうも青系の素材を使うと、却って結果から青色が失われていく気がするんだけど」


「青くなる下地を消耗してしまうのかもしれません。別の素材を探してみましょう」


 目まぐるしく動く理科室内では、様々な人間模様があり、新入生二人もそれぞれの反応しめしている。


 そんな中で、俺はその光景を、見つめ続けていた。うん、まったく話についていけないけど、黙っとこ!

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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