・今頃部活案内
・今頃部活案内
土曜日。授業は午前で終わり、早々に部活が始まる日である。このうちの半分は、体育を初めとした主要でない科目を宛がわれている。
不毛さ際立つ日である。
梅雨入りして雨が降らなくても、天気が良くない六月ともなれば、その虚無感も一層際立つ。
いつもなら半ドンで終わって、制服のまま街に繰り出しやらかす学生たちも、この頃に限ってはどうにも元気がない。
そんな放課後の一時前。ホームルームが終わり学食もごった返す中、俺は呼び出されたアガタと栄の二人と共に、愛同研の部室にいた。
これからやることは愛同研に対して、連盟している各部を紹介して校内を歩くというもの。
目的は一年生二人に、うちがどういう集まりなのかを説明するのが一つ。
もう一つは栄を俺に慣らすことである。この部活案内は当然の成り行きとして、担当するのは俺か南ということになったのだが、じゃんけんで負けたので俺になった。
思えば今日はバイトがあるからと、断ろうとしたのだが、南が東雲にどう事情を話したのか休みとなってしまった。しかも代わりに南が店に入ってる。
遺憾無く俺の生活を邪魔するなこいつらな。
という訳で、決行された本件であるが、そういえばアガタにもちゃんと紹介していなかったことを、思い出したので、急遽無理を言って巻き込んだのである。
「ごめんなさいカトレアさん、付き合わせちゃって」
「いやまあいいですけど」
不機嫌さを隠そうともせず、棘のある早口で答えるアガタ。一年生が両方とも目つき悪くって、正直うんざりする。
「丁度いい機会だったし、先輩も一対一じゃ気を遣うでしょうから」
「うん、そうだなー。お前ら同じ部活だし、一年生同士だからさー」
俺は適当に相槌を打った。アガタの言う理由も無くは無いけど、実際は怪しまれないための、隠れ蓑に過ぎない。
俺の立ち位置は現在『先輩の妹を預けられて困っている上級生』であり、それを因数分解すると一般的には『間が保たない』『気を遣う』『面倒臭い』という解が導き出される。
これは間違いだが正してはいけない。
これから性格を矯正しようと、目論んでいると悟られてはいけないのである。故にアガタという不穏分子を代入したのである。
栄と共通項の多いこいつを用いることで、次のように誘導できたらいいなと、考えてのことなのだ。
即ち、栄には『面倒だからヘルプを入れられた』と思わせ、アガタには『自分はついでで、しかも緩衝剤代わりに使われている』と。
ろくなものではないが警戒されるよりは良い。
アガタのほうは合ってるし。
「いやー何分いきなりでさあ」
「私は別に今頃ですけどね」
アガタが食い気味に言ってくる。まあ、こいつが関係無いのは本当のことだしな。
「だからお前もやってなかったなって、声を掛けたんじゃないか」
「そうですか」
アガタはそれ以上言わなかった。
こいつもなんだかんだ賢い面があって、先輩の妹を預かるというこの状況に対して、前述のように自分が緩衝剤として、声をかけられたと思っている。
それだけに今、俺がアガタの機嫌を損ねたら不味いと考えているし、下手に煽って俺を怒らせる、つまり現在の心理的な優位を、手放すということも望んではいない。
御し易いな。こいつな。
「まあ、いいじゃないですか。サチコ先輩も忙しいんですし、行きましょ」
「うん、ありがとな。じゃ出発しようか」
栄の仲裁が入って、ようやく俺たちは愛同研見学ツアーに出発することができた。うむ、姉が絡んでないと気立ての良い子に見える。
そう。そもそもなんで急に、栄が愛同研にやってきのか。それは今朝のホームルーム後に、いつもの三人で保健室に集まったときまで遡る。
「栄の奴に『私に挑むか私から逃げるかはっきりしてくんない』って煽ったから、今日辺り来ると思うんで後よろしく」
「ちょっと理解が追い付かないんだけど、それはどういうことかな」
三人揃って保健室の問診票に、名前を書き込みながらの一幕である。
「昨日久しぶりにいつも通りの過ごし方したら、栄が一言だけ腐して来てね、進路のことを言って来たから丁度良いと思って、私も言い返してやったの」
それで挑発したのか。
そんなんで本当に来るのかなあ。
「いっちゃんも段々サチコに似てきたわね」
「私もサチコが妹なら良かったんだけどねえ」
「そんなことより急すぎませんか」
書いた問診票に、三人揃って生理痛と書いて提出。体温計が二つしかないので、年功序列に従って俺が最後になった。
保健医とスクールカウンセラーのおばちゃんたちは特に何も言ってこない。
「別に待つ必要はないなら、どんどん進めたほうがいいってのは自明のことだよ」
「そらそうかもしれませんがね」
「うちに来るとしても、その後どうすればいいかまだ決めてないわよ」
昨日の今日でもう実行に取り掛かれるほどのスピード感も処理速度も、俺たちには無い。分かり易い無理を言われても、困惑するばかりである。
「それはこの後説明するからさ、先ずどっちが栄に付くか、決めてくれないかな」
俺と南は顔を見合わせた。話を聞いてないから抗弁できない。抗弁できないから代案も出せない。そもそも断るという選択肢を我々は持っていないので、抗弁する意味もない。
「サチコ、じゃんけん」
「ん。最初はグー、じゃんけんほい。げ」
俺がグーなのに対して南がパー。
南の勝ち。俺の負け。
「サチコ、あんた面倒臭いって思ったときグーのまま出す癖、直したほうがいいわよ」
「あ、俺今日バイトあるんだった」
「私から海さんに断っておいてあげるし、難なら手伝いに行くから、安心して頂戴」
「決まったね、それじゃ今日の予定を説明するよ」
南と先輩が体温計を脇から引き抜いて、保健医に報告する。二人は消毒用の脱脂綿で本体を拭くと、それを俺に寄越した。
「いや一本でいいだろ」
「みなみん、じゃんけん」
「はいはい。じっけった」
南がパーで先輩がチョキ。先輩の勝ち。南の負け。
「みなみん、勝ったときの手を次も使う癖を、直したほうがいいよ」
「え、私そんな癖あるの」
ちなみに先輩は一度あいこになると、前と同じ手を出さなくなるという癖がある。なのであいこを続けていくとそのうち自滅する。
「じゃあ私の体温をどーぞ」
そして俺は先輩の使った直後の体温計を、脇に挟みながら、即興で考え出された妹さんのための、認知療法的性格改善プログラムの内容を聞くことにした。
――で、今に至る訳だ。まさか本当に来るとは。
「案内と言っても他の部を回るだけだから」
「どこから見て回るんですか」
話している分には普通の栄、普通なだけに顔に刻まれた皺が却って浮く。
加齢の皺を隠す化粧ならまだしも、ストレスの皺を消す化粧って聞いたことないな。でも調べて教えたら嫌われそうだ。
「今は何処も昼食の時間だから、俺たちも昼にするとして、運動部は一番最後だな」
「なんでですか」
「あそこは必ず食休みを挟む」
アガタと栄が二人して怪訝そうな顔をする。まあ、一般的な高校の体育会系と来れば、飯を食ったらもう練習、みたいなイメージがあるのかも知れない。
「愛同研と連盟してくれてる部は、全部で九つある。こっちでも順番は立ててあるけど、先に見ておきたい所があるなら要望を優先するよ」
「すいません、ちょっと分からないです」
「こっちに話を振るの止めてもらえませんか」
うーんこの塩対応。愛想の欠片もない。
「じゃあ昼飯がてらに家庭科室に行くか」
そう言って俺は二人を連れて、今言った場所を目指して歩き出す。後ろから二人が無言で付いてくる。
家庭科室は、文化系クラブが部室を同じくし、日によって主が変わる校内でも異質な拠点である。
時代を選ばない家庭科という基本的な科目は、人間生活を教わり学ぶ、最も大事な教科だと思う。
時代が進むごとに軽視されていくが、俺にとっては外国語の知識より、ミシンの使い方のほうが大事だ。
「そういや二人とも今日は弁当とか持って来てるの」
「いえ、半ドンですし」
「今日土曜日ですよ」
「うん、その言葉が聞きたかった」
階段を下りて行き交う生徒たちとすれ違う。皆が下駄箱か学食を目指す中、一部の生徒たちは別の流れへと合流する。
学年の異なる生徒たちが、用の無いはずの途中の階に集まっている。
長蛇の列、という程ではないが、そこそこの人だかりができている。そこはさっき言った家庭科室の真ん前である。
「いらっしゃい! はい弁当二つで千二百円!」
「ありがとうございましたー!」
ビニール袋を受け取って、ほくほく顔で帰っていく男子生徒二名。じりじりと進む生徒の列。俺たちも最後尾に着いた。
「家庭科室で何売ってるんですかね」
「知らないんですか北さん。今日は土曜日ですよ」
「土曜日だと何かあるんですか」
列の先頭で何かを売る生徒の姿が一瞬だけ見えた。満面の笑みを浮かべる、天然パーマのむくつけき大男だった。
鬼瓦のような顔に、満面の笑みを浮かべている。
「はい焼きそば弁当おまちどうさま!」
家庭科室は日によって主を変える、校内でも異質な拠点である。そして今日は土曜日である。土曜日であるということはつまり、今日の家庭科室は、料理部のものである。
「はーい次の方どうぞ!」
「人相に反比例してニコニコですね」
「好き嫌いが激しいけど悪い奴じゃないよ」
弁当の仕込みを前日からやり、調理は土曜の授業を返上してまでやる連中だ。
授業に出てないのに弁当屋には出るとか、大丈夫なのかこいつら。
「うちの部長に負けず劣らずの変人ばっかりだけど、付き合ってみると案外楽しいもんだよ」
ちらりと栄を見ると、何故だか少しだけ、表情が強張っていた。
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文章と行間を修正しました。




