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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
進路相談編
194/518

・今頃部活案内

・今頃部活案内



 土曜日。授業は午前で終わり、早々に部活が始まる日である。このうちの半分は、体育を初めとした主要でない科目を宛がわれている。


 不毛さ際立つ日である。


 梅雨入りして雨が降らなくても、天気が良くない六月ともなれば、その虚無感も一層際立つ。


 いつもなら半ドンで終わって、制服のまま街に繰り出しやらかす学生たちも、この頃に限ってはどうにも元気がない。


 そんな放課後の一時前。ホームルームが終わり学食もごった返す中、俺は呼び出されたアガタと栄の二人と共に、愛同研の部室にいた。


 これからやることは愛同研に対して、連盟している各部を紹介して校内を歩くというもの。


 目的は一年生二人に、うちがどういう集まりなのかを説明するのが一つ。


 もう一つは栄を俺に慣らすことである。この部活案内は当然の成り行きとして、担当するのは俺か南ということになったのだが、じゃんけんで負けたので俺になった。


 思えば今日はバイトがあるからと、断ろうとしたのだが、南が東雲にどう事情を話したのか休みとなってしまった。しかも代わりに南が店に入ってる。


 遺憾無く俺の生活を邪魔するなこいつらな。


 という訳で、決行された本件であるが、そういえばアガタにもちゃんと紹介していなかったことを、思い出したので、急遽無理を言って巻き込んだのである。


「ごめんなさいカトレアさん、付き合わせちゃって」

「いやまあいいですけど」


 不機嫌さを隠そうともせず、棘のある早口で答えるアガタ。一年生が両方とも目つき悪くって、正直うんざりする。


「丁度いい機会だったし、先輩も一対一じゃ気を遣うでしょうから」


「うん、そうだなー。お前ら同じ部活だし、一年生同士だからさー」


 俺は適当に相槌を打った。アガタの言う理由も無くは無いけど、実際は怪しまれないための、隠れ蓑に過ぎない。


 俺の立ち位置は現在『先輩の妹を預けられて困っている上級生』であり、それを因数分解すると一般的には『間が保たない』『気を遣う』『面倒臭い』という解が導き出される。


 これは間違いだが正してはいけない。


 これから性格を矯正しようと、目論んでいると悟られてはいけないのである。故にアガタという不穏分子を代入したのである。


 栄と共通項の多いこいつを用いることで、次のように誘導できたらいいなと、考えてのことなのだ。


 即ち、栄には『面倒だからヘルプを入れられた』と思わせ、アガタには『自分はついでで、しかも緩衝剤代わりに使われている』と。


 ろくなものではないが警戒されるよりは良い。

 アガタのほうは合ってるし。


「いやー何分いきなりでさあ」

「私は別に今頃ですけどね」


 アガタが食い気味に言ってくる。まあ、こいつが関係無いのは本当のことだしな。


「だからお前もやってなかったなって、声を掛けたんじゃないか」


「そうですか」


 アガタはそれ以上言わなかった。


 こいつもなんだかんだ賢い面があって、先輩の妹を預かるというこの状況に対して、前述のように自分が緩衝剤として、声をかけられたと思っている。


 それだけに今、俺がアガタの機嫌を損ねたら不味いと考えているし、下手に煽って俺を怒らせる、つまり現在の心理的な優位を、手放すということも望んではいない。


 御し易いな。こいつな。


「まあ、いいじゃないですか。サチコ先輩も忙しいんですし、行きましょ」


「うん、ありがとな。じゃ出発しようか」


 栄の仲裁が入って、ようやく俺たちは愛同研見学ツアーに出発することができた。うむ、姉が絡んでないと気立ての良い子に見える。


 そう。そもそもなんで急に、栄が愛同研にやってきのか。それは今朝のホームルーム後に、いつもの三人で保健室に集まったときまで遡る。



「栄の奴に『私に挑むか私から逃げるかはっきりしてくんない』って煽ったから、今日辺り来ると思うんで後よろしく」


「ちょっと理解が追い付かないんだけど、それはどういうことかな」


 三人揃って保健室の問診票に、名前を書き込みながらの一幕である。


「昨日久しぶりにいつも通りの過ごし方したら、栄が一言だけ腐して来てね、進路のことを言って来たから丁度良いと思って、私も言い返してやったの」


 それで挑発したのか。

 そんなんで本当に来るのかなあ。


「いっちゃんも段々サチコに似てきたわね」

「私もサチコが妹なら良かったんだけどねえ」

「そんなことより急すぎませんか」


 書いた問診票に、三人揃って生理痛と書いて提出。体温計が二つしかないので、年功序列に従って俺が最後になった。


 保健医とスクールカウンセラーのおばちゃんたちは特に何も言ってこない。


「別に待つ必要はないなら、どんどん進めたほうがいいってのは自明のことだよ」


「そらそうかもしれませんがね」


「うちに来るとしても、その後どうすればいいかまだ決めてないわよ」


 昨日の今日でもう実行に取り掛かれるほどのスピード感も処理速度も、俺たちには無い。分かり易い無理を言われても、困惑するばかりである。


「それはこの後説明するからさ、先ずどっちが栄に付くか、決めてくれないかな」


 俺と南は顔を見合わせた。話を聞いてないから抗弁できない。抗弁できないから代案も出せない。そもそも断るという選択肢を我々は持っていないので、抗弁する意味もない。


「サチコ、じゃんけん」

「ん。最初はグー、じゃんけんほい。げ」


 俺がグーなのに対して南がパー。

 南の勝ち。俺の負け。


「サチコ、あんた面倒臭いって思ったときグーのまま出す癖、直したほうがいいわよ」


「あ、俺今日バイトあるんだった」


「私から海さんに断っておいてあげるし、難なら手伝いに行くから、安心して頂戴」


「決まったね、それじゃ今日の予定を説明するよ」


 南と先輩が体温計を脇から引き抜いて、保健医に報告する。二人は消毒用の脱脂綿で本体を拭くと、それを俺に寄越した。


「いや一本でいいだろ」

「みなみん、じゃんけん」

「はいはい。じっけった」


 南がパーで先輩がチョキ。先輩の勝ち。南の負け。


「みなみん、勝ったときの手を次も使う癖を、直したほうがいいよ」


「え、私そんな癖あるの」


 ちなみに先輩は一度あいこになると、前と同じ手を出さなくなるという癖がある。なのであいこを続けていくとそのうち自滅する。


「じゃあ私の体温をどーぞ」


 そして俺は先輩の使った直後の体温計を、脇に挟みながら、即興で考え出された妹さんのための、認知療法的性格改善プログラムの内容を聞くことにした。



――で、今に至る訳だ。まさか本当に来るとは。


「案内と言っても他の部を回るだけだから」

「どこから見て回るんですか」


 話している分には普通の栄、普通なだけに顔に刻まれた皺が却って浮く。


 加齢の皺を隠す化粧ならまだしも、ストレスの皺を消す化粧って聞いたことないな。でも調べて教えたら嫌われそうだ。


「今は何処も昼食の時間だから、俺たちも昼にするとして、運動部は一番最後だな」


「なんでですか」

「あそこは必ず食休みを挟む」


 アガタと栄が二人して怪訝そうな顔をする。まあ、一般的な高校の体育会系と来れば、飯を食ったらもう練習、みたいなイメージがあるのかも知れない。


「愛同研と連盟してくれてる部は、全部で九つある。こっちでも順番は立ててあるけど、先に見ておきたい所があるなら要望を優先するよ」


「すいません、ちょっと分からないです」

「こっちに話を振るの止めてもらえませんか」


 うーんこの塩対応。愛想の欠片もない。


「じゃあ昼飯がてらに家庭科室に行くか」


 そう言って俺は二人を連れて、今言った場所を目指して歩き出す。後ろから二人が無言で付いてくる。


 家庭科室は、文化系クラブが部室を同じくし、日によって主が変わる校内でも異質な拠点である。

 

 時代を選ばない家庭科という基本的な科目は、人間生活を教わり学ぶ、最も大事な教科だと思う。


 時代が進むごとに軽視されていくが、俺にとっては外国語の知識より、ミシンの使い方のほうが大事だ。


「そういや二人とも今日は弁当とか持って来てるの」

「いえ、半ドンですし」

「今日土曜日ですよ」

「うん、その言葉が聞きたかった」


 階段を下りて行き交う生徒たちとすれ違う。皆が下駄箱か学食を目指す中、一部の生徒たちは別の流れへと合流する。


 学年の異なる生徒たちが、用の無いはずの途中の階に集まっている。


 長蛇の列、という程ではないが、そこそこの人だかりができている。そこはさっき言った家庭科室の真ん前である。


「いらっしゃい! はい弁当二つで千二百円!」

「ありがとうございましたー!」


 ビニール袋を受け取って、ほくほく顔で帰っていく男子生徒二名。じりじりと進む生徒の列。俺たちも最後尾に着いた。


「家庭科室で何売ってるんですかね」

「知らないんですか北さん。今日は土曜日ですよ」

「土曜日だと何かあるんですか」

 

 列の先頭で何かを売る生徒の姿が一瞬だけ見えた。満面の笑みを浮かべる、天然パーマのむくつけき大男だった。


 鬼瓦のような顔に、満面の笑みを浮かべている。


「はい焼きそば弁当おまちどうさま!」


 家庭科室は日によって主を変える、校内でも異質な拠点である。そして今日は土曜日である。土曜日であるということはつまり、今日の家庭科室は、料理部のものである。


「はーい次の方どうぞ!」

「人相に反比例してニコニコですね」

「好き嫌いが激しいけど悪い奴じゃないよ」


 弁当の仕込みを前日からやり、調理は土曜の授業を返上してまでやる連中だ。


 授業に出てないのに弁当屋には出るとか、大丈夫なのかこいつら。


「うちの部長に負けず劣らずの変人ばっかりだけど、付き合ってみると案外楽しいもんだよ」


 ちらりと栄を見ると、何故だか少しだけ、表情が強張っていた。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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