・ヒヤリハットならず
今回長いです。
・ヒヤリハットならず
いつもの放課後の愛同研。俺にとっての学校生活を意味する時間であり、一日の内に二時間しか存在しない時間である。
毎日学校に二時間通うだけでいいんだから学校って楽だなー、なんて。
本当に二時間でいいのなら、どれだけ良かっただろうか。窓から差し込む西日が眩しいぜ。あ、アガタがカーテンを閉めた。
こいつに限らず、直射日光を嫌う奴らのたまり場なので、晩秋まではもうずっとこんな感じである。
明かりを点けよう。
「何とかしてあんたたちを、私の家族に紹介したいんだけどねー」
「いや無理だろう。俺たちが未来にいくんだぞ」
「それ自体は簡単だけど、法律に引っかかるのよ」
南は組んだ脚の上に手を置き、物憂げにしている。何でも家族に俺たちが、本当に存在しているのかを、疑われているのだそうだ。
「このままだと私が友だちいないのに、いるって言い張ってるみたいじゃない」
「ああ、いるね、たまにね、そういう悲しい人」
「疑われてるのは私の頭じゃなくて、あんたたちの実存なの!」
エアとかバーチャルとかイマジナリーとか別人格とか色々な呼び名があるアレ。
俺たちの実存が怪しい以上、間違いなく親御さんの疑念の矛先は、お前の頭の中に向けられているはずなのだが、俺は優しいのでそういうことは、例え思っても言わないんだ。
「俺たちの写真の一枚でも送ったらいいじゃねえか」
「それが信じてもらえないのよね。未来の技術は進み過ぎて、記録媒体の証拠能力は、著しく損なわれてしまっているの。無から有を盛れる未来では、現物でもない限り、本当のことを人に示せないの」
「馬あ鹿じゃないのお」
モノには限度とか、歯止めとかいう言葉を知らないのかよ。社会に捏造と改竄が浸透して、娘の学校生活疑い出すとか、頭の血管にカルキでも詰まってんじゃねえのか。
「手続きしたくても一部の偉い人じゃないと、許可が降りなくて」
「SF染みて来たな」
「今じゃ誰もが過去の秘密を暴きあって暴動ばっかりの暗黒大陸みたいになってるのよ」
元の歴史と大して変わらんな。
「じゃあ先輩が作った俺たちの四月の動画でも見せてやったらいいじゃねえか」
「そんな危険な目に遭ってることを教えたら私、連れ戻されちゃうわよ」
「それもそうか。じゃあ卒業後に見せるんだな」
そんなことを喋りながら、俺は受注した依頼に取り掛かる。愛同研は部とは名ばかりで部費が無い。
よって学校中から集めた、ゴミみたいな依頼の報酬によって、諸々の費用を稼がなくてはならない。
ホワイトボードに貼られたQRコードの山。何も知らない人が見たら狂気的な光景である。勿論俺のように携帯電話を持っていない生徒のために、文章に起こした用紙も貼られている。
俺一人のせいで依頼の守秘義務とか、デリケートなアレコレを隠せないのは申し訳ないが、QRコードがもう分からないという方にも、こっちのほうが親しみ易いので、不利益という程でもない。
「所であんたさっきから何やってんの」
「新品の皮靴の足首潰してんの」
真新しいお洒落な革靴の、丁度足を突っ込む口の縁を固めのクリップで挟む。
この足首の上辺りが丸く膨らんでおり、この部分のせいで、歩くと足首が靴擦れになるというのが、依頼人のお悩みだった。
「新しい靴って寝返る前の敵みたいな所あるよな」
他はいいけど靴擦れのせいで履けない、新しいし買い替えるのはもったいない、その気持ちを汲んで受けた次第である。
同じ依頼を複数まとめて出したら、割引すると言った所、二十足ほど持ち込まれてしまったが。
「馴染まない間はただの凶器よね」
まあ全部二、三日かけて、潰せばいいだけなので、どうということは無いが。この新品慣らしは案外儲かるかもな。
「こうなったら両親を、この時代に連れてきたほうが早いかしら」
「別にいいじゃないか。自分の友だちは、家族と関係ないだろうに」
横合いからそう言ったのは、珍しく電子工作に励む先輩であった。
いつもの何所向いて喋ってるのか分からない、柔らかいトーンではない。
可愛げも糞も無い、低い呟きだった。
「先輩何作ってんすか」
「アンチコントロールシステム」
「何それ」
「そこの外付けハッキングモジュールを、無力化するためのジャミング装置」
先輩が指差した先には、左右が水色と朱色の二色に分かれた携帯ゲーム機があった。
分解式とでも言おうか、付属のパッドや組み立てた段ボール等に、コントローラーやそれに付随する端末を取り付けることで、様々なゲームコントローラーに早変わりするというものである。
センサーによって角度や距離が認識され、分かたれたコントローラーは、ゲームの種類と握り方、姿勢によって使い方を変える。
また遠回りではあるがパソコンからのプログラミンを受け付け、他の機器と連動することで、別の装置のような動作まで可能になるという、最早ゲームの枠を超えたゲーム機という評判である。
「やっぱり先輩はそれ買ったんすね」
俺はこれが好きじゃない。凄そうな感じが前に出過ぎて噓臭いからだ。
新しいゲーム機だという期待感が最初からしない。いかにも玩具という外見に対して、ゲーマーの嗅覚が告げる人喰い箱感。
「いっちゃん、今日ずっとその作業やってるわね」
「俺にはラズベリーでアルデュイーな廉価品を、弄り倒しているようにしか見えんが」
一般大衆でも買える、極めて安価なパソコン基板と睨めっこをしながら、先輩は良く分からない部品を、丁寧に半田ごてで溶接したり配線を繋いだりしていく
「まだまだ始めたばっかりだよ。何分、妨害電波の発信機なんて、初めてだからね」
「なんだってまたそんなものを作ろうと」
先輩は古い物でも新しい物で好きな物は好きという人間だ。悪い所もしょうもない所もあるけど、だからと言ってそれが、好き嫌いに直結するような物差しの持ち主ではない。
「気に入らないからさ」
俺と南は顔を見合わせた。この人がこうして嫌悪感を露わにするのは珍しい。明確な敵意を示してくる相手ならまだしもだ。
「いっちゃんがゲーム嫌うって初めてじゃない。そんなに嫌なのこれ」
「そういや南、未来だとこの辺はどうなってんだ」
「こういうのを形が似た物に取り付ければ、その場でヴァーチャルな体験ができるってのが主流ね。ただ同じものが出回り過ぎた反動なのか、この時代のものと似たようなのが人気になってるわ」
「当然といえば当然。ヴァーチャルはヴァーチャル。ゲームじゃない。それ自体は何も面白くない」
南の言葉にさも当然とばかりに先輩が言う。
そうだな、ゲームはゲームだ。
面白さが既に、そこにパッケージングされている。
「どんなものでも面白さはプレイヤーの、当事者の感性と好みに拠るよ。でもね、相手に遊ぶこと自体の楽しさを自分に探させるみたいな『君が自分の楽しさを見つけるんだ』みたいな、そんな啓蒙臭い代物じゃなかったと私は思う」
先輩が目を閉じながら言葉を綴る。安楽椅子に座っているかのように穏やかだが、人を寄せ付けない冷たさを、聞いている側に覚えさせる。
「自分たちが面白いと思って作った以上、その作品を面白いと思ってくれる誰かを、思い描いてたはずだ。そして現実には間違いなくそれを楽しむ人間がいる。そのときプレイヤーと製作者は、同じ世界の人間になるんだ、相手の思い描いた人々が自分なんだよ。それが私にとって『テレビゲーム』が持つ繋がりであり意味なんだ、ゲームを楽しんだ瞬間、相手を肯定する自分という存在も現実になるんだよ」
先輩は静かに片手で眼鏡を外すと、もう片方の手に持ったナプキンで眼鏡を拭く。今度は遠い昔を懐かしむみたいに、優しい言い方だ。
「物語も世界も用意できなくなったから『この世界そのものをゲームの舞台にしよう。後は君次第だ』そんな考えは断じてノンだよ。分母が大きすぎる。誰が相手か分からない。この装置はゲームとして見れば、意味は同じかも知れないが、それは字面の上でのこと」
抑揚が落ち着いてくる。
段々といつもの部長に戻ってくる。逆に考えると、今のが素の斎ということなのかも、知れない。
「思惑通りに人間を動かすことが楽しいっていうのが実際の人体を伴っている。ゲームの中で相手がこうするだろうという対面式ではなく、プレイヤーがキャラクターを動かす視座でそう思っているように見える。この装置は人間のプレイヤーなんだ。私にはそう思えてならないし、それでもこれが凄まじい発明であることには違いなく、そう遠くない内にコレが全てのものを操れるようになる日が、来るような気もしてる」
声はいつもの先輩の口調になって、再び眼鏡をかけ直した。ゆっくりと目が開いていく。
「だから今こんな発明をしようと思った次第でね」
「ハードがソフトウェア的だったということか」
「あんたらこういう時に限って、急に真面目になるの何なの」
まさか先輩、いや斎にこんな確たる価値観があったとは。
これでどうして妹さんは、あんなに不信感を募らせているのか。様子がおかしいとは言うが、普通と彼女との差が、それほどあるということなのか。
俺もこっち側の人間だから、どうにも判断ができないが。
「まったく、受験勉強もこれくらいの熱意で、やればいいのに」
「うっ」
「え」
南の零した一言に先輩の体がぎくりと硬直する。
あ、そういうこと?
「……先輩、勉強してますか」
「……授業は出てます」
「予備校とかは」
「行ってません」
そりゃそうだよ。
一日も欠かさずにここに来てるのは、愛同研の人間なら誰でも知ってる。
「改めて聞くけど、なんでそんなの作ろうと思ったんですか」
「実は最近ちょっとゲームできてなくて、イライラしてました」
腹いせか。
「一応聞いとくけど志望校受かりそうなの」
「ぶっちゃけ推薦で終わらせちゃおうかとも思ってるけど、試験を受けても余裕」
腰の引けた笑みを浮かべながら、腹立たしい返答をする斎。
あくまでも飛び級やら何やらの制度が無いだけで、この人のおつむは南の上を行く。信じがたいことに。だからきっとこの言葉に嘘は無いんだろう。
「なら俺から言うことは無いですけど、あんまり心配させないでください」
「あ、うん、ありがとう」
「そこはごめんなさいじゃないの」
どっちも間違いではない。心配したのは俺の勝手だから謝る必要はない。
迷惑じゃないけど、心配する事態には発展しないで欲しいというのが、正しいかもしれない。
「そらまあ俺の言う筋合いじゃないですけどね、昨日先輩の妹さんが、東雲に来たから、何事かと思ったんですよ」
「え、栄が」
「そう。先輩の様子がおかしいけど、何か心当たりがないかって」
「あ、そう、そっか。なんかほんとごめんねサチコ」
先輩は急にしょんぼりした。
こういうとき、身内の話って意外と効くのな。
「いんですよ、いつも世話になってますし」
「私もいっちゃんの妹さん見てたかったなあ」
などと他愛ない会話をして、調子を取り戻したかに思えた三人だったが、俺は確かに見た。栄の名前が出た瞬間の、先輩の表情が凍り付くのを。
「いやー、なんていうか普通すぎたな」
「逆に気になるー!」
「いやほんとうふつう」
「うん、悪い意味でね」
地雷を踏んだなという手応えがあった。そしてこの話は、たぶんここでは終わらないだろうとも。
俺個人としては、別にこの話の続きなんか、望んでないのになあ。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




