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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
女トラックどすこい編
184/518

・番外編 煩悩猫

今回長いです。

・番外編 煩悩猫


 ※このお話はミトラス視点でお送りします。


 僕は猫である。名前はミトラス。みーちゃんと呼ばれている。本性は魔物だけど今は猫なんだ。


 普段は図書館で人間に化けて勉強してる。でも最近はよく猫になって、サチウスについて学校に来ることも増えた。


 人心の荒廃しきった世界の、若者の動向を三年も観察できるなんて、早々できる経験じゃないしね。今日も今日とてヒューマンウォッチング。


 この国の人たちが変わっているとは、サチウスの便だけど、事実その通りで他の国、正確には他の人種と明らかに性向が異なる。


 サチウスの人種は大陸版と祖を同じくするものの、外敵との戦いが比較的少なく、小規模だったぶん温厚で勤勉と言われるものになったらしい。でも今はこのざま。


 小心だからこそ備わっていた、自分の生存に向き合う勤勉さが失われている。そんなことをしなくても生きていけるからだ。


 第一、外はともかく内乱はよくやってたみたいで、戦いらしい戦いもなくなってからは、温厚さは陰湿さを残して失われているし、元々責任感に欠ける所は、大陸と同じだ。


 当事者意識に欠けるし、問題から目を背けることに必死。


 逆に西欧人は当事者意識が強すぎるみたいだけど、やっぱり責任感はないし好戦的。問題を解決したがるけど、その方向性はこっちの人たちと、さして変わらないみたい。


 それまでに培った形質は、危機の克服と同時に不要となり、形骸となっては歳月に、洗い流されていく。文明の風に錆びついた面影が、なんだか悲しいね。


「猫ちゃん、この前はごめんね!」


 そんな思いに耽っていると、アガタさんに鷲掴みにされた。彼女は必死に謝るけど、不思議と謝意などは伝わってこない。


「ねー」


 この逃がすまいと力のこもった手!


 自分のせいであることが、一秒でも続くことを受け入れられない顔!


「もうスプレー使うときは気を付けるから、許して」


 人に自分を許すよう強要するなんて。僕もちょっと前まではこんなふうだったのか。サチウスには軽蔑されただろうな。反省。


「まーあ」


 体を掴む手を引き剥がすように、寝返りを打って手を離させる。どうしてこんなに余裕が無いんだろう。


 うーん、一つのことに打ち込んでいるときは、結構すごいんだけど。


「サチコ先輩、まだ怒ってるんでしょうか」

「はよ続き描けってよ」


 北さんと二人で、何かの図面らしきものと睨めっこしているサチウスが、そんなことを言う。


 それだと僕が監督役というか、インテリ猫みたいになってしまうんだけど、まあいっか。


 僕はサチウスの傍の机から降りて、アガタさんが今描いている物を見た。錦絵というのをモチーフにした奴だ。


 鬼という古の大妖怪と、人間の将軍たちの決戦を描いた絵だけど、教科書に載っているこれを、彼女は真似しようというのだ。


 美術の絵や聖書の構図を導入した漫画に影響され、自分でもやってみたくなったんだとか、そして現在は長方形のベニヤ板を前に、悪戦苦闘している。


「行き詰ってるから構って欲しかったのに」


 彼女は登場人物を、海外のものに変えようと試みているけれど、肝心の鬼の代役となる魔物が、思い浮かばないみたいだった。


 無理もない。僕たち魔物はあくまでそういう生き物だけど、妖怪は人間の心から出たモノだって言うし、根本的に違うものだ。


 イマジナリーフレンドっていう、後ろ前向きでさえない、魔物化した生霊とでも言おうか。


 非常にネガティヴで、この妖怪を生み出せるっていうのが、サチウスたちの種族の、極めて悪質なオリジナリティだ。


 人間全般に言えることだけど、本当に同じ生き物とは思えない。例えるなら『同じ種族以外と交配出来る似たような外見の生き物同士が、たまたまその場に居合わせたばかりに、互いを同族だと勘違いしている』ような。


 だから生まれた人はどっちの種族でもあって、どっちの種族でもなくて。それが今は人間と呼ばれているのではないかって、たまにそう考えることもある。


「その鬼の代わりが務まるような、華のある化生はそう多くないし、絵の配色も活かしたいなら、更に候補は絞れるだろう、横のモブみたいな四天王も今回はいないし、一騎打ちの形で描ける強みもある」


「じゃあ、たとえば」


 サチウスが絵に向き直る。彼女は教養が全然身に付かない割に、経験則はしっかり培われてるし、奇妙な交友関係のおかげで、審美眼は磨かれている。


 アガタさんも怒り合ったり、手が出たりすることもあるのに、不思議と仲が険悪にならない。


 だからなのか、アガタさんは感想を聞くとき、サチウスによく話を振る。


「牛頭か、虎か、いっそ骸骨に鎧を着させるのも有りだな。背景を原野から波飛沫と日輪に変えれば、劇画調になって、京劇みたいになるな。でも路線は西洋風だったっけか」


 サチウスがちょっとだけ、先輩っぽい振る舞いをしている。構図は人間と魔物が左右に分かれて、一対一の形だ。


 でも元の絵の鬼は大きいせいか屈んでいて、ちょっと迫力に欠ける。


「ファンさんはキャラクターに悩むわよね」

「人物画の引き出しに乏しいとも言える」

「パース狂いも技の内だよカトちゃん」


 愛同研三羽烏が口々に言う。アガタさんはしばらく悩んでいたけど、もう一度描き出すことはなかった。


「うーん、構図は決まってるんだけど」

「人間嫌いだから人間描きたくないんだろ」

「そうなんですよね……」


 そして代わりに北さんがゲーム機を引っ張り出してくる。前見た奴と違う気がする。


「同じ人と思うから駄目なんだ。もっと焦点ぼかせ」

「架空の存在として愛するんだよ」


「自分のロボット漫画で、散々市民を蹂躙しておいて良く言うわね」


「え、同じ人間だから、酷い目に遭わせられるんじゃないの」


 そうこう話しながら選ばれたのは、亡者の騎士が特に目的も無く世界をうろついて、自分と同じように呪われた者たちの、末路に立ち会ったり、時には引導を渡したりしながら、魂を集めてレベルを上げるゲームだった。


 レベル上げの部分はまるでサチウスみたいだ。うちでやるのよりも、絵面が格段にかっこいいけど。


「お前の好きな武器で、物語を進めてやるから、他のキャラの台詞とか参考にしろ」


「でもこれたかがゲームですよね」


「聞いたか部長、西暦が2000を数えて、まだこんなことを言う奴がおる」


「よせよせこれは人間の性じゃ。滅びるまで言い続けよう」


 北さんとサチウスが、途中で何度か交代しながら、非常に速やかにゲームを進めて行く。敢えてキャラの身長を最大限高くしていることで、それよりも大きい悪魔の存在が際立つ。


「でも、騎士と悪魔かあ」


 アガタさんは画面を見つめながら、何やら考え込むようになる。


「将軍と鬼の代わりにはなるだろ」


「色合いとサイズで考えると、鬼役は山羊頭がいいと思う。他はデカすぎる」


 鮮やかな腕前に、容赦なく敵の魂が奪われていく。このゲームだと基本的に皆不死で、死んでも復活してまた魂を奪われていくのだという。


 主人公も同じで、死ぬと特定の場所から復活する。


 こういうのをリスポーンというらしい。ある手順を踏んで居ないと、どれだけ先に進んでも、大分前の地点から復活となるから、大変なんだって。


 僕はちらりサチウスを見た。彼女の場合は死んだら死そのものが、かなり前に戻されてしまうみたい。


 僕の呪いで死なないから、世界とか時間とやらに、連れ去られる心配はないけどね。


「レベル上げるけど何上げます」

「技量でいいでしょ」


 サチウスから聞いた魂とのやり取りは、大きな収穫でもあったけど、衝撃も受けた。


 魂が自分たちが生きていたときのことを、覚えているということ。


 もしかしてこれが、歴史改変でも記憶が残る、本当の意味なんじゃないだろうか。


 以前に南さんが言ったような、周りからの影響が少ないということ、その主体というか主語が、魂に当たるのではないだろうか。


 歴史改変でも変わり無く、その肉体に宿ったままの魂は、前の歴史との変更点がほとんどなかったから、当事者として意識は、前のままでいられたんじゃないだろうか。


 肉体としての生命と、そこに宿るはずの魂、それらの不一致は記憶の不一致にも繋がるってことだろう。


 魂と肉体の記憶や歴史が、一致を見なければ、記憶が混濁しそうだ。自然な成り立ちのように思っていた事柄は、実はとても危うい均衡の上に、成立していんだなあ。


 マックス君のこともそうだ。僕たちがこの世界に来たタイミングは、何も見計らった訳じゃない。


 というよりも、歴史改変が基本的に上手く行かないのなら、改変前の歴史に着地しているほうが、自然だと思う。


 その場合、元の歴史のまま、マックス君の転生前が助からずら終わったはずだ。


 改変された歴史はそれが無効化されると消えるけど、言い換えればその瞬間までは、存在しているのかもしれない。最後にやっぱり駄目だったという、瞬間までは。


 今は改変自体は成功し、やはりその後の世界も存在しているということなんだ。これが改変時における、世界の現実ということなんだろう。


 そしてそこに僕たちが来た。別の考え方だと、歴史改変でサチウスの人生が大きく変わっていたら、この世界に彼女はいなかったことになって、その場合は予定通り、マックスこと石塚君は死んでいただろう。


 或いはサチウスが、この世界に戻ろうとは考えなくなっていたかも知れず、やはり彼の歴史改変は、第三者の手による確定が行われず、元通りになってしまっていただろう。


 そうすると、彼の生存という結末自体は三年前の三年後、いや四年前の二年後から決まっていたということなんだろうか。


 やっぱり随分と危ういバランスの上に、今回の件は成り立っていたのかもしれない。


 本来なら魂たちが見通していたはずのものが、思わぬ形で外に弾んで、大きく狂って戻ってきた。


 奇跡は高くついたのか、それとも運命が安売りされたのか。そんな言葉が頭を過ぎる。


 それとサチウスは、肝心なことを聞き忘れている。異世界に生まれる人間の中には、いきなり青年として発生する者たちがいる、それについてだ。


 また今回のような大規模な歴史改変で、同じ人間でありながら、別の魂が入った場合などのも、知っておきたかった。


 転生者の異能が備わるメカニズムもだ。


 ここはやはりサチウスを説得し、てもう一度変身してもらったほうが、いいかもしれない。ダメ元で。


「ねー」

「なんだ」

「あ、ごめんねほったらかしで」


 手と口を止めずに遊んでいるのか、後輩の世話をしているのか分からない彼女たちが、こちらを向く。


 声が元に戻らないよう気を付けてと。


「ねー」

「こやつ人間みたいな鳴き声するなー」


 女性陣に遠慮なく体中を揉み解されながら、僕はサチウスを見た。


 ちょっと信じがたいけど、僕がこの人をこの世界から呼び出したことで、色々な流れが変わったみたい。


 流石に歴史まで変えることになるなんて、思ってもみなかったけど。サチウスに付いて来なければ、こんなことは絶対に、知らなかったはずだ。


 歴史改変の方法も確立できれば、いったいどれほどのことが可能になるだろう。


 この大きな力の発見が、この三年間の二番目に大きな収穫なのは間違いない。


 アニミズマ―装備を犠牲にした甲斐があったというものだ。でもまさか本当に神聖な力があったとは。


「あーお前悪い顔してんなー」

「え、そうなの」

「にゃーう」


 サチウスが僕を独り占めするように、抱っこしてくれる。僕は体を動かして、抱かれ心地が良いように体勢を整えた。うん、適度な弾力と良い匂い。


「おーよしよしよしよし」


 サチウスがアゴをかいてくれる。この三年間の一番の収穫は何かと問われれば、勿論こうやって彼女と、いちゃいちゃする時間である。


 ここに歴史改変の力が加われば、過去に誰かの邪魔が入ろうが、未来で僕が彼女との仲が、悪化するような失態を演じても、怖いものなしだ。


 何が何でも解明しておきたい。そうなれば僕とサチウスの将来は、安泰だと言っていいだろう。


「むあーうー!」

「おーよしよしよしよし」


 はっはっはっはっは。


「おーよしよしよしよし」

「むなー!」


 はっはっはっはっは。


「おーよしよしよしよし」

「けふん、みゃ!」


 ごめんもうやめて。


「前肢で嫌がられたわね」

「ん。じゃあそろそろ帰るか」


 おっと、サチウスたちが部活動を解散して、帰るみたいだ。僕もサチウスの後を追って、駐輪場へ行って自転車のかごに乗り込む。


 夕方に風がひげに気持ちいい。


 まあ僕とサチウスに限っては、滅多なことはないと思うけど。だって僕とサチウスだし。

 

 たぶん、きっと、いや絶対大丈夫だと思う。今でさえ好調なんだし、この日々が続く限りは、変える必要なんかない。僕がこの歴史改変を頼ることは、この先ずっと無いだろう。


 でも知っておくのに越したことはないし。


「所でミトラス、お前心の声駄々漏れだったぞ」

「え、それはどこから」

「『ここに歴史改変の力が加われば』の辺りから」


 あれ、おかしいな。普段は下心丸出しでも、聞こえないはずなのに。流石に猫として、気を抜きすぎたかも知れない。


「歴史改変したって、俺が俺のままなら、お前の失敗も覚えてるってことじゃ、ないのか」


「あ」

「覚えてると言えば廻しの件、覚えてるよな」

「はい」


 あ、この流れはまずい。早く説得のために話を切り出さないと!


「それと……」

「はい」

「あと……」

「はい、はい」


 その後僕は家に帰るまでの間、今回貯めたツケとでも言うべきものを、並べられ清算する羽目になった。


 また、二度とサチコにコスチュームを着せないことを約束させられてしまった。なんていうことだ。


 ああ、早速この歴史を改変したい気持ちに駆られてしまう。サチコをもっと着せ替えしたかったのに。


 いったいどこで間違ってしまったんだろうなあ。


「そうだ、せめて女の子の衣装だったら!」

「駄目です」


 駄目か。


 僕はこうして、歴史改変への糸口を失ってしまったのでした。


<了>

この章はこれにて終了となります。

ここまで読んでくれた方々は本当にありがとうございます。嬉しいです。


誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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