・human invincible
今回長めです。
・human invincible
俺はこの世界には存在していない。目の前の神様的な存在が、そんなことを仰る。
「本来なら存在していないってどういうことだ。その本来とやらは何だ」
――異世界に行く前のお前は、同じ年頃の生物たちに暴力を振るわれ、重傷を負い、その生を終えるはずだった。ここに存在している予定など無かった。
異世界に召喚されたばかりの頃の俺ならば、確かにいじめに遭ったら、暴力に抵抗は出来ても、勝つようなことは無かっただろう。
なるほど、本当なら今頃とっくに死んでたんだな。異世界に行くまでは、何時死んでもおかしくないとは思ってたけど、そうか殺されるのか。
――お前の死体を彼の者が発見し、精神的な衰弱に拍車が掛かり、それを皮切りに、七名の紐付けられた死が、始まる予定だったのだ。
この言い分を考えるに、異世界転生した七人の男共の死は、俺から始まるドミノ倒しだったんだな。
七人ミサキみたいだと思ったが、あながち間違いでもなかったようだ。
――お前の生はこの時点には無い。お前が死ねば、お前の死は本来予定されていた時系列へと、収束するのだ。この改変は、お前が未だに生きていることで、かろうじて留まっているのだ。
「なんだその『制度はもうお終いですけど、今までの利用者の方は利用できます』みたいなノリは。利用者が死に絶えるのに伴って、完全廃止ってか」
――お前が異世界に転移出来たのも、お前の生命がその年に消えることが決まっていたからだ。長く生きる予定の者は、おいそれと世界を移れず、また私たちが移らせない。
さらっと無視して白いのが先を続ける。なるほど、この先もういないことに変わりは無いんだから、消えようが死のうが一緒だと、そういうことだったんだ。
で、俺ももうじき死ぬから、別にいいやってなった訳だ。
存在しないはずの人間だから、その後の歴史改変とは関係ないもんな。だがそんな奴が、改変後の世界に現れて、改変を踏襲してしまったから、世の中続いた訳だ。迂遠な自助努力だなあ。
――だがそれは間違っていた。見落としだった。他の者たちは死期が遅れたが、誤差の範囲だった。死して異世界にも転生させられる。なんら重大な影響は、起きないはずだったのだ。
「こんな面倒臭いことになるなら、ずっと前に犬とか猫にでも、転生させたら良かったじゃねえか」
そもそも歴史改変を試みる奴が出るなら、最初から無難な転生先を選べば良いだけだ。
最初は知らず知らずだったかも知れないけど、今なら人間だけ避けるくらい、できるんじゃなかろうか。
――それが出来ればそうしている。これもまた誤算だった。一度人間の体に入り、人間を経験した魂は、他の生物への転生を行えなくなることがあった。別の動植物となっても、いつかはまた人間に転生しようとする。そしていつかは『人間の魂』となりて、完全に消え入る。破滅は免れない。
「なんだそれ、人間への依存症と中毒を併発するっていうのか」
怖すぎるだろ人体。
――魂に死を齎す存在。それが人間であった。私たちは初めて延命というものを考えた。異世界に目を付けたのはこのときだった。人が存在する世界、宇宙、時間、およそそのような全ての場所で、同じ問題が起きていたからだ。私たちはこの問題に対処するべく、ある手段を考えた。それが。
『異世界転生』
俺の呟きが大いなる魂と重なる。話が大きくなればなるほど、自分の部外者感がすごい。
――人生を半ばで切り上げ、また別の人生に挿げ替える。こうすることで人間による魂の汚染が洗われ、再び別の生物への転生が、可能になる。
浄罪か。魂の洗濯、ロンダリング。接ぎ木のようにも思える。放っておくと溜め池の水が腐るから、水路を引いて流れを作った、というふうにも見える。
「そういや異世界に転生した奴が、死にもせずに戻ってくるのはおかしいとは、何故だ」
――人生の汚染が最も進んだ魂は、その後の転生で最も強く人生に反発を覚える。転生後に幸福な人生を送った者は、その時の記憶を魂が持っている限りは、それを最後の人生にしたがる。
「要は懲りるんだな」
反発そのものは転生後の人生で、宥め透かしてやり過ごし、それが終わってから、もう人生は沢山だと、言わせてやる訳だ。賢い。
失う実感の薄いガチャと違って、リアルに人生を苦しんでる分、もう一回とは中々思わないんだろう。
――数多の魂が人間に囚われ、その多くが二重に苦しみ破滅を携えている。私たちの管理は、その救済であったが、歴史改変により、夥しい数の生き死にが、変わった。
「その場合魂も時間が巻き戻ったりして、そのときは神様たちがまた、新しく予定を組むだけのことじゃないのか」
――異世界転生予定の魂はそのために、途中で一度死ぬ人間に、転生せなばならぬ。その人間が生まれなかった場合、代わりがいるとは限らない。私たちは魂を管理してはいるが、生物の生き死にまでは操作していない。あくまで見繕って宛がうだけなのだ。
「そこまで全能って訳ではないんだな。待てよ、なら歴史が変わると、転生者たちはどうなるんだ」
――異世界転生できぬようになった場合、転生先には別の魂が入るようになっている。当然それは異世界へと転生した者ではない。
「中身が地元民ならただの異世界人だもんね、それ」
――異世界転生をできず消え入る魂も出る。特に今回のような場合、異世界に行き転生者の前後を知るお前が、同一の魂、わ『両者』となるように決定付けてしまった。同じ魂が二つ存在している。一つの魂が二つに分かれたのではない。時と世界を越え、同じものが二つに増えたのだ。
「するとどうなるんだ」
――分からぬ。同じ魂を持った人間が、何をするかなど見当も付かぬ。ただ一つ言えることは、魂無き時代から人間は獰悪であり、知性によって本性に磨きがかかっている。捉えた魂に如何な効果があるのかは、人ならぬ私たちには分からない。しかし、魂にとって良い様にはなった試しがない。
「勝手なことを言うな。元はと言えばお前らが自分の生に苦しんで、人の体に入り込んだのが始まりだろ。良い様に使おうとして失敗しただけじゃないか。それに考えようによっちゃあ、消えてしまった魂の補充が出来ていいんじゃないか」
相手の落ち度にくっつけて無理を行ってみる。魂の正しい繁殖とか増殖の方法は知らないし、人間だってクローンで人口補えるからいいだろなんて言ったら、その場で殺されたっておかしくない。
――そうかもしれん。しかしそこには人間がある。ただそれだけで希望が持てぬ。
ぐうの音も出ない。
反論できるけど、感情的にはとても反論しづらい。俺がそこまで人類に、肩入れできないのもそうだし、魂サイドからしても、他の生き物は特に何ともない、死ぬまでの間同居するだけ。
なりきりのつもりって感じだ。なんで人間の時だけこんな悲惨なことになるんだって言い分も、もっともである。
――故にこそ、お前には死んでもらいたい。他ならぬ魂の安息のために。一時の生で魂に混沌を招いてはならない。魂の救済のために、その生を手放してもらいたい。
「嫌に決まってるだろ」
ようやく話が戻って来たな。要するに歴史改変は魂側が困るから無かったことにしてくれ。そのためには楔になってる俺に抜けろ(死ね)ってことじゃないか。至って簡単至極。
――お前の魂はお前を覚えている。その生が閉じてもお前はもう失われぬ。
「俺の魂がそうだとしても、人間として生まれた俺はこの一代限りじゃねえか。両方含めて俺なんだ。死んだらお終いなんだよ!」
――無論、お前が望むなら異世界転生もさせよう。お前の魂の汚染の度合いから考えれば、異能も発現するだろう。
え、異世界転生の異能って、そういう仕組みになってんだ。道理で最近減って来たなって思ってたんだよなあ。
そこまで世の中を憎んでなかったよねっていうか。また一つ知らなくてもいい秘密を知ってしまった。
「あれ、もしかして俺って、最初は異世界転生の予定なかったの」
――なかった。
「じゃあ嫌だよ」
俺に限って言えば、いっそ最初からそうなってればこんな妙なことになってない。嫌だとか悪いとかではないけども。
「俺は体も魂も含めて俺なんだよ。魂にしてみれば、今日だけの気分に過ぎなくても、この体は一生俺だ。そして魂が今、俺の形になっているのなら、俺は他の誰にもなりたくない」
――人間の魂になっているというのか。その生にしがみつくというのか。
「転生ができなくなる理由っていうのは、きっとそういうことなんだろう。人間のつもりでいるから、人間以外になりたくない。俺もそうだ」
世の中には鳥や魚になりたいと、思うやつはいるだろうけど、それだってきっと少数派。もっと高級な人間になりたいってのが本音じゃないかな。でもな。
「体から見ても、魂から見ても他人がいる。ならそいつは自分の人生を生きて行けばいい。俺になる必要はないし、乗っ取られる謂れもない。そいつの人生や意思や人格を塗り潰すなんて、俺も嫌だ」
それに、自分の人生で許せなかったことを、簡単に手放すなんてこと、俺には出来ない。
「別に人生になったら、今の俺の人間関係は終わる。過去になるんじゃなく、別人になって、相手を許せてしまう。俺にはそれが許せない」
――お前の代わりに私が許そう。神の命なれば。
何を言われたのか分からなかった。しばらく意味を考えた。
なるほど、俺が許せないものを、主が代わりにお許しになってくださるか……。
「ふ。ふっふっは。ふっはっはっはっはっはっ!」
ーー何がおかしい。
「許す。お前が。俺の代わりに? 傑作だな。お笑い草だよ」
おかしくて笑いが止まらなくなる。息が苦しい。俺の許せないものを、私が許してあげますから、死んでくださいってか。
そんなもの誰が望んでるんだよ。
誰が。
付き合い切れねえ。
「お前が……許す……俺のを……お前が……そう」
しゃっくりみたいになって震えていた体から、おかしさが抜けていく。素面に近付くに連れて怒りが込み上げてくる。
俺が許してないものはな、誰だって許せないんだ。誰も許しちゃいけないんだよ。馬鹿だなあ。
「俺が許さねんだよ!」
怒鳴った直後に、何かの眩しさが、何処からか差し込んでくる。
白いものの向こう、金色の光が地平から少しずつ、登って来るのが見える。太陽の光だった。
現実の光が、この場所を拭い去ろうとしている。
空が白んでいく。
引き換えに、こちらの世界が崩れ去っていく。
――他の者を救おうとは思わぬのか。
「俺は死にたくない、ここには二度と来ないよ」
――それで幸福な生が、望むものが、求める全てが手に入るとしてもか。
段々と白い塊も、俺のイメージなのかもしれないテレビなんかも、光の中に飲み込まれていく。
俺の手足も少しずつ霧散していく。やがて俺の全てが消え去ると。
――逸れた魂よ、お前は何処へ行こうというのだ。
夢から覚める瞬間、確かにそんな言葉を聞いた。
そして。
「俺は死んでも、俺の奴隷にはならない」
目を開けると、明けていく夜空が見えた。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




