・過ぎたるは及ばざるがごとし
・過ぎたるは及ばざるがごとし
連休五日目。今日が最終日だ。
すっかり汗と烏賊臭くなった部屋の中、その芳香剤と化した布団の中には、健やかな寝息を立てるミトラスの姿。
俺はと言えば全身が筋肉痛である。腰も痛い。
簡潔に言うと四日目はずっと致して過ごした。
身体強化で間接的に高まり過ぎた性欲を、抑え切れなかったのだ。
普段は俺のほうが根を上げるのだが、一昨日の夜から昨日一日は、バフの名残で体力と性欲が有り余ってるものだから、まー出た出た沢山出た。
本来の身体強化はスタミナも上がるが、強化された体を維持し切れるものではない。
だから強化の度に、どんどん消耗し易くなっていくのであるが、ここで新発見。
強化は解除しても名残がある。魔法を解除しても完全に効果が消えるまで、タイムラグがある。その中で最後まで残るのがスタミナ、持久力とか回復力だったのだ。
つまり限界まで強化して、直ぐに解除すれば、普段より沢山できる。
そして相手はミトラスである。小柄な体のどこに、それほどの体力があるのかって程の性強。流石魔王の息子。休憩挟みつつで、結局丸一日してた。
「はー、えがった」
お隣で裸の上に、タオルケットを一枚かけただけのショタが、大口を開けて口から涎を垂らしている。
今まで結構な回数、この唇と触れ合ってきたけど、不思議と飽きるということがない。
タオルで口を軽く拭うと、彼は嫌がるように寝返りを打つ。
生えている耳は猫のものなのに、下も含めて体は人間にしか見えない。
初めて会ったときからこの姿だけど、これも俺や他の皆のことを、考えた上での姿だったりするのかな。ふとそんな考えが、頭を過る。
おしりは可愛いんだし、今のままでいいけど。
しかし命拾いしたな。連休明けの未明だから、もし三日目の内容が、昨日にずれ込んでいたら。
行為の真っ最中に、トラックが我が家に突っ込んで来てたかも、知れないんだな。
「……風呂入ってこよ」
朝風呂とか贅沢だな、なんて。体中べとべとだし、洗わなきゃ幾ら何でも臭い。ミトラスも入るだろう。それに敷布団を洗わなければ。
昔の薄くて洗える布団が、よもやこんな所で役立つとは。
それにベッドは洗えないから、布団でしようと判断した俺の、なけなしの理性もグッドジョブ。
今年は遊びに行けなかったけど、休みの間中ずっとこういうことするのも、悪くないかな。
そんな不埒に想いを馳せつつ、疲労と倦怠感の回った全身に、力を入れて立ち上がる。
ふらつく足取りで風呂場へ歩き出すと、未だ生乾きの部分から、ミトラスの雫が一滴垂れた。
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「いやあ、思わぬ収穫」
遅めの朝食たるレトルトカレーにありついた彼は、助平そうな、しかし幸せそうな表情を浮かべている。
石鹸とシャンプーの香りで、すっかり清潔さを取り戻したミトラス。『これがオフの日の私です』とばかりに、ぶったるんでいる。
「強化の利用は計画的にしないと危ないな」
「そうだね、僕は満足したけど」
「俺も満足したけど、毎回はつらいよ」
「そっかあ」
何だか手応えがないな。途中で一緒に風呂に入り、洗いっこしたからだろうか。なおその風呂では現在、敷布団が洗剤入りの、ぬるま湯に浸かっている。
「制御もまだまだだし」
「あ、制御といえばね、取り敢えず巨人化と性欲増強については、こんなのどうだろう」
ミトラスはそう言って、一度自室へと戻ると、お札に使っていた、和紙と筆ペンを持って来た。
さらさらと上手な隷書体で書かれた文字は『巨人退散急々如律令』と『性欲減退急々如律令』であった。
「このお札を額とかお腹に貼れば何とかなると思う」
「巨人のほうは事後として、性欲は前後どっちだ」
彼は俺の巨人化、というよりは剛力使用後の問題点を改善するため、お札を作ってくれたのだが、肝心な部分については、首を傾げてしまった。
「うーん、僕は女の人の体をしてないし、身体強化後の発情も、押さえつけていいかどうか、判断が付かないんだよね。事前に貼っておいたら強化に不具合が出るかもしれないし、逆に興奮状態を急に沈静化させるのも、危ない感じがする」
分かる。体を強化すると神経も、体の大きさに合わせて増えるし、ちょっと興奮状態になる。
怒りや憎しみではない、ポジティブな興奮なのだ。これをいきなり素面に戻すのは、健康状態に良くないのではないか、そんな懸念が出るのは至極当然のことである。
「具合は自分で試すしかないということだな」
「ごめんね、僕も後天的な巨人で、段階的に大きくなるとか見たことなくって」
先天的な巨人は、まあモンスターとしての巨人だろうな。フィクションではそういうケースもあるけど、現実的には先ずあるまい。
巨人が魔法で人間に変身して、また元に戻るというのとも違うしな。
「いいって。自分のことだし、これだけして貰えて、嬉しいよ、ありがとう」
「あんまりこういうことで、お礼を言われたくなかったかも」
「なんで」
「男から避妊薬渡されて喜んでる人みたいに見える」
「あ、そう……なんかごめん」
それを手渡したのは君だぞミトラス君。
気まずい沈黙。俺たちはカレーを食べ終えて、食器を片付けて、そうだこれからのことを話さないと。
「なあ」
「うん」
「俺があれだけ巨大化できるんなら、トラックとか余裕じゃないか」
俺のほうから話を切り出すと、ミトラスは少し考える素振りをしてから返事をした。
そこは考えるまでも無く乗ってこいよ。お前の言葉で空気が悪くなってんだから。
「確かにそうだと思うけどさ、この辺りに巨大化の煽りを、食らわない場所なんかないよ」
「う、そ、そうか」
言われてみれば確かに。あんな誰もいない打ち捨てられた山奥の道路とは違い、この辺は市街地だ。道路でカニの如く横向きになって変身しても、身動きには制限が掛かる。車道の幅も狭いし。
「例のトラックの戻ってくる場所だって、周りに家があるんでしょ」
「うん……」
件のトラックの駐車場は、学校前の道路から進んで差し掛かった丁字路を、曲がったその先にある。
曲がった先の道路は、緩やかな長い下り坂になっていて、その中間に駐車場がある。
多少蛇行してはいるが、その坂をほぼ真っ直ぐ降り切った所に、俺の家を含めた住宅街がある。
逆落としである。
「仮に丁字路で待ち構えたとして、上からトラックやバイクを上手く掴めるかい」
「ちょっと難しいかな」
「でしょう」
交通事故を防ぐの目的であって、俺が自動車にぶつかっても、平気になることが目的ではない。あくまで手段なのだ。
しかも大きくなり過ぎると、やり難いと来ている。
「地面に胡坐をかいて座る君が、トラックとバイクに腕を伸ばして押さえつけてた所で、車のほうの勢いが余って、座席が潰れたり運転手が投げ出されてしまう恐れがある」
「難しいな」
「なので適正を考えると、八尺から剛力一回で、片方を正面から止めるのが、いいと思う」
「階級を合わせないといけないのか」
敢えて不安の残る状態で、事に臨まないといけないというのが苦しい。それでもこの前よりは、楽になるはずなのだが、どうしても不安が拭えない。
「どうしたもんかな」
「考えてごらん」
バイクとトラックが正面衝突できるタイミングは、丁字路か坂のどっちかだけど。
「バイク側の車道に看板を立てて、通行止めするくらいかな、そうすりゃ曲がる辺りで、トラックが速度を落としてる所に立ち会って、止められると思う」
「じゃあそれでやってみよう」
今回の異世界転生予定の二人の死因は、正面衝突による交通事故だ。
言い換えればそこを避けさえすれば、後の流れは自然と死ぬ機会を失うはずだ。たぶん。
「よし、そうと決まれば学校に行こう。昨日の時点で交通安全の看板は完成してるはずだから、それを見つけて、後でこっそり回収して設置するってことで。あ、看板の運び入れとか学校に忍び込むのは手伝ってくれよ」
今日の方針を決めて、お互いの機嫌もなんとか直せたような気がする。
俺は一度自室へ戻り、制服に着替えた。そしてまたリビングに行くと、猫になったミトラスがいた。酷く嫌そうな顔をしている。
「僕はいかないよ」
「あの」
「いかないよ。手伝うけど学校には当分行かないよ」
まだ許されてなかったんだなあ。一度視線を外へと移す。もうじき昼の良い天気だ。綺麗な青空が広がっている。
「その」
「いかないよ」
そのまま苛立たしげに、尻尾を振り回す猫を前に、俺は『はい』とだけ言って家を出た。お前はなんともないし、平気なんだからいいだろとは、とても言い出せないくらい嫌がっている。
自分の撒いた種だけど、根深くなったものだなあ。
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文章と行間を修正しました。




