・もっと大きくなあれ 後編
今回長いです。
・もっと大きくなあれ 後編
「巨人族は伊達じゃなかったんだね」
「正直もうお腹いっぱい」
足元のノミのような物体に、小声で話しかけるが、それでもさっきまでよりも、大声になってしまう。
私サチコ、今地上から高さ十メートルくらいの所に頭があるの。夕日がとっても眩しいの。
「これだともうトラックは楽勝にようにも思えるけど腰から下の高さとなると、逆にやりづらいな」
その場でなんとか胡坐をかいて、鳩尾の辺りに掌を上に向けて置く。そこにミトラスが上って来て座る。
彼が周りから見えなくなる魔法を、かけてくれているものの、俺の図体は道路を占有して、はみだしつつある。
なんとか体の柔軟さを活かして、納まっているが、普通に座っていたら、ガードレールは大きくひしゃげてしまったことだろう。
「色々と試してみたけど、これが一番大きく強くなるみたいだね」
「もうなんかきつい」
俺はソワカを併用して、上級のバフとなった剛力を唱えた。その結果、八尺形態を上回る、力と体を手に入れた。
そこからトラックとのぶつかり稽古を、急遽取り止めて、限界まで強化したらどうなるか。
どの段階で八尺形態になったら、どのような変化を遂げるのかを、検証してみたのである。
「まさかこうなるとはなあ」
強化魔法の解除って結構難しい。
自分の体のことだし、一時的に不思議な力が込み上げるんじゃなくて、実際に体がこんなことになってしまっているのだ。
それを元に戻すというのは、文字通り身と骨を削り神経が磨り減るのだ。もうくたくたで体中が痛い。
しかも途中で案の定、ブラジャーとパンツとシャツは破けた。もういい。もう隠そうとは思うまい。
そんな苦労の末に分かったことは、剛力の使用限界は三回ということ。そして八尺形態で三度使うより、人間形態で三度使ってから、巨大化したほうが大きくなるということであり、試した結果がこれ。
「身体強化をかけると、巨大化の倍率も上がるって、ことなんだろうな」
「そうだね、八尺時の強化限界が六メートル程度だったことからも、そうだと思う」
平常時から八尺への移行で、身長は約1.5倍になる。剛力を使う度に一メートルちょっと伸びて、三回目で五メートルほどになった。
そこから巨大化した今が十メートル。巨大化の倍率が二倍程度まで上がっているのだ。
「これ戻るとき怖いな」
「でもいい訓練にはなったはずだよ」
ミトラスが言うには、一番簡単な肉体の鍛錬とは、身体強化のバフの反動を、受けることだという。
確かにこれを応用すれば、一点を集中して鍛えることもできれば、部分痩せもできるだろう。
でもそれ以上にしんどいことが一つある。
「ソワカだけでこれなら、呪いのほうまで教えたらどうなってしまうんだろう」
「え、まだあんの」
「ソワカの呪い版というか日本でのマイナーチェンジというか」
ソワカは呪文ブーストである。
それの呪いバージョンとなるといったい。
日本のマイナーチェンジ、そんなのあったっけ。
「陰陽道っていうんだけど」
「お前それ魔法じゃなくて学問。道は今でいう学とか科目のことだぞ」
或いは知識や技術の分野の一つであって、風水師と並んで、ファンタジー系風評被害に遭ってる名前。
「え、方角や地理の吉凶を判断し、運勢へのアプローチを図る、風水をはじめとして占いと呪いの技術体系を研究、学習する陰陽道が、魔法と関係ないってそれ本気で言ってるの」
「俺が悪かったよ畜生」
外国人のくせになんでそんな詳しいんだよ。俺の掌の上にいるのに、俺より存在がデカいの止めろよな。
でも大きい奴と小さい奴のコンビって、昔から小さい奴のほうが、偉くなるのがセオリーだからな。何気に現実的な表現だったんだな。んなわけあるか。
「それで、だいたい見当が付くけど、陰陽道版のソワカってなに」
「次にサチコに覚えさせる魔法はこれ、『急々如律令』です!」
ああ、フィクションの陰陽師がよく使うアレ。
「これも呪文の末尾に付け加えるものです。僕の調べでは魔法のパワーアップ効果は、ソワカに加えて微々たるものですが、これを付けた場合、本来の使用限界に加えて、あと一度だけ使えるようになるんです」
ということは剛力+ソワカ+急々如律令の場合、強化を最大限に引き出しつつ、四度目の強化まで繋げられる訳だな。まるでボスキャラのようだ。
そりゃこんなことできれば、人間だってボス張れるわな。
「でもそれには長いお経みたいなのが必要なんだろ。ソワカも本来そうじゃなかったか」
「ところがどっこい!」
ミトラスがこちらを見上げて、両手を振ったり飛び跳ねたりしながら叫ぶ。
ただ喋るのに飽きたのか、メリハリを付けようとしているようだ。
「さっきも言ったかもしれないけど、真言の呪文の大部分は力を借り受ける魔人、もとい神仏や偉人の名前なのです」
その負担を軽減するのがソワカで、他の魔法に付けるとデメリット無しで、一つ上の効果になる。
「それに急々如律令の場合、長くなるのはそれだけ詳細に標的を絞れる、呪い特有の追跡性なんです。パソコンでいうアドレスの付与なんです。ソワカみたいに大元の呪文と、これだけでも成立はしますけど」
優れた検索エンジンのように、絞り込みができるという訳か。そもそも呪いって特定の個人にかけるものだしな。
あとゲームでお馴染みの短い呪文のような使い方、あれはあれで間違いじゃなかったんだな。
「しかも唱える呪文を記したお札を用意しておくと、それを触媒にして、更に効果を向上させることができます。逆に呪文と急々如律令のどちらかをお札に書いておくことで、詠唱を短縮できます。また、この呪文を付与してから唱えると、魔法の発動が早くなるという点が、ソワカとの最大の違いなんです。速度重視の補助なんですね!」
説明用の丁寧な口調で言い終えると、ミトラスは鼻息を荒くした。説明台詞が言えて満足そうだ。
なるほど、発動が早まるということは、所謂演出の早送りないしはカットということか。
それは大事だな。つぶさにムービーを見たいという人もいるだろうが、何度も見る、それどころか自分が何度も使うのであれば、早くして欲しいと考える人もいるだろう。
高速化の流れはこんなところにもあったのだ。
「要するにだ、その急々如律令を使えば、この状態から最終形態になれるってことか」
「そういうことです!」
力強く頷くミトラスが、懐から何やら一枚の紙きれを取り出す。和紙である。
長方形に切り取られたそれには、隷書体で赤い文字が書かれている。
『剛力薩婆訶急々如律令』
なるほどこんな感じになるのか。この場合、剛力とソワカが元の呪文にもなり、急々如律令がそれにくっついたということか。
剛力とソワカ自体が魔法なんだけど、如律令の効果で俺にもう一度微弱な剛力が掛かる。
強化ごとにお札一枚加えた場合、いったいどうなってしまうんだろうか。
「なあ、これってどうやって強化してるんだ、俺自身はもう三回まで使ってるんだぜ」
ミトラスは考え込んだ。足を投げ出してうんうんと唸る。
「たぶん世界に対しての強化だと思う。自分個人の力が強くなるのではなく、より相対的な、周りに対して強く、大きくなるっていうのかな。語弊を恐れずに言うと偉くなるっていうか。周囲への影響力の形が呪文に沿って表されるんだ」
「ああ、言われてみれば神仏とか地獄の閻魔さまとか大きく描かれがちだな、すげえ即物的というか唯物的というか、そんなふうに思ったもんだよ」
確かに大きくなって力持ちなら影響は出るけどさ。大きい奴=強い奴=偉い奴という、古代から続く価値観の由来を、垣間見たような気がする。
「この辺に宗教と行政の差が出ている感じがするね」
「同じ自己強化と言っても、自分に向うか外に向けるかで、系統が違ってくるってことだな」
まさかこんな所で、こんな知識が増えるなんて思わなかった。原始的な政治力の強化でもあったんだな。
「そういうこと、さ! それじゃ今日の仕上げに使ってみようか!」
「よーし」
巨大化の倍率を考えれば、八尺になる前に使ったほうが良かったんだろうが、これ以上大きくなっても困るし、先に大人しいほうから試せるんだから、良しとしよう。
「じゃあここにお札置いたからね!」
「おー」
掌に置かれた白い粒みたいなお札が、風に飛ばされなそうになった。それを押さえようとしたが、今度は逆にその風圧で、お札が何処かに行ってしまいそうになる。
すごいやりずらい。やはり巨大化前に済ませるのが一番か。
「危ね、お、あるある、では改めて……剛力薩婆訶急々如律令!」
――みしっ。
あ、だめだ。やばい。
――みしみしみしみしみしみし!
八尺時の強化での身長の伸びが数十センチ程度だったのに明らかにメートル/秒でデカくなっている!
体中が軋みを上げて目線の高さが増々地面から遠ざかって行く。座り込むのを止めて立ち上がるが、足が地面に沈んでいく。
手近な木々が一人でに薙ぎ倒されていく!
「ミトッ、っ!」
いかん声まで大きくなっている。というかもう女を通り越して人間の声にも聞こえない、自分の声が。
これは相当不味い! というかミトラスは何処だ!
「耳元にいるよ! 巨大化が戻ったらすぐに元に戻すから! それまで我慢してサチウス!」
おお、いつの間にかそんな所に。ノリで深く考えずにやってしまったが、お前がいればなんとかなるな。
……こういう甘えがものごとを深く考えさせないんだろうな。反省しよ。
やがて最後の巨大化は収まった。自分の高さ、大きさというので実感が湧かないが、デパートのエレベーターから地表を見下ろすような、それくらいの高さ。
横浜に沢山ある高いビルくらいあるんじゃないの。
「今三十メートルくらいある」
ミトラスの声が聞こえる。今の自分を鏡で見てみたいがそんなものはない。湖にでもいかないと、分からないだろうな。
というか本当にそこにいるんだろうか、顔を横に向けて見ても、彼の姿が見えない。
「耳の穴のとこ、そんなことしても見えないよ」
そうか。道理でこしょばいと思ったぜ。
「じゃあゆっくり戻していくから、じっとしててね」
ミトラスがそう言うと、何やら耳慣れない呪文が聞こえて来る。日本語や英語じゃないし、異世界の言葉とも違うような。
お経のように長々と、同じ呪文を繰り返している。少しすると俺の体は、段々と元に戻り始めた。
いつもの俺に戻るのには要したのは一時間。日没を迎えてこれから夜だ。
「あわやといった所だったけど、何とかなったね!」
「そうだなあ」
長い読経を終えたミトラスが額の汗を拭った。内心相当焦ったみたいだ。こいつ俺で実験するとき、毎回想定外の事態に直面してんな。
一先ずは茂みに隠しておいた服を着てと。
「なあ、思ったんだが、俺の巨大化を解除するのは、それこそお札作っとけば、良かったんじゃないか」
「……あ」
目から鱗と言った様子で、ミトラスは間の抜けた声を上げた。うむ、早速陰陽道のスピード感が、役立つ場面の目途が立ったな。
「ともかく、収穫はあったし今日はもう家に帰ろう」
「大丈夫サチウス、息が荒いけど」
「何度も剛力を使ったからな」
ミトラスが気遣わしげに、俺の手を引いてくれる。抱き寄せてもいないのに、髪の匂いが鼻の粘膜を突き刺す。
「うん、反動がきついんだね」
「そうだね、もうだいぶきつい」
そう、俺は自分が使うまで忘れていたが、剛力は身体強化の魔法である。
そして、身体強化には感覚を鋭敏にすることも含まれる。それがしんどいことの、内容なのである。彼の匂いで咽せそう。
ついでに言うと、今日一日バフの練習をして、なおかつさっきまでの危機感が去ったことで、今はもう火照った感覚だけが体に残っているのだ。
「帰ったら、ちょっと相手してくれる」
「分かった。サチウスは寝てていいからね」
端的に言ってね、もう我慢できないくらいムラムラしてる。
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