表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
女トラックどすこい編
169/518

・目的のあるレベルアップ

今回長いです。

・目的のあるレベルアップ


 帰宅して着替えを終えて、夕飯の最中にこれまでの経緯を、ミトラスに説明した。何気ない食卓で、するような話題ではなかったが。


「という訳なんだよ」


 片付けも終わった今となっては、気分のせいか今日の晩御飯が、美味しくなかったような気がしてくる。


 俺はリビングにある、テーブル横の椅子に腰掛けながら、テレビのリモコンを手に取った。さてこれからどうしたものか。


「だからあんな乾いたサナギみたいな顔してたんだ」


 俺そんな顔してたのか。でも無理もないんじゃないかな。これから自分の家に、トラックが突っ込んでくるなんて言われて、狼狽えるなというのは酷な話だ。


「そうなんだよ。今回ばかりは頼むよミトラス。お前の魔王パワーでなんとかしてくれよ」


「そんな熱中症のカラスみたいな声を出さないでよ。それに僕は王位を継いでないし、戴冠式もしてない。厳密には魔王じゃないんだってば」


 そんな廃嫡された次男以下みたいなことは言わんでくれ面倒臭い。


「至近距離で爆発が起きたり爆発を起こしたりしても平気なんだから、トラックくらい平気だろ」


「平気だし、いよいよとなればやってあげるけどさ、先ずは君自身の力で、何とかしようと思いなさい」


 む、ミトラスがちょっと偉そうな言い方をしたぞ。何を俺に説教する気だ。ちょっと気になる。


「またまたそんな、俺が一般的でない大型車両にぶつかって、それを食い止められるとでも」


「今の君ならできるよ。君にはもう一つの姿があるでしょう」

「もう一つの姿……え、あれ」


 ミトラスが言っているのは恐らく『八尺モード』のことだろう。


 文字通り体がそれくらい大きくなった状態で、生活が不便になるので、今まで通りの姿でいるが、一応は俺の本当の姿である。


「あの形態に現状で、ありったけの強化をしたなら、止められるはずだよ」


「マジで」


 ミトラスが人差し指をピンと立てた。小馬鹿にしたような仕草と表情にムラムラする。


「僕が自分でもマズイ! と思ったとき以外ほとんど行動を起こしてないことは、君も見てきたでしょう」


「見てきたけども」


「今回はいい機会です。今日のレベルアップと連休を使って、この試練を乗り越えましょう!」


 ミトラスが燃えている。

 俺はスタントマンや芸人じゃないのに。


 むしろこういう時こそ、友人たちの力を借りたい所だよ。とはいえ相手は突っ込んでくるトラックだし、この前と合わせて、連続で命の危険に巻き込むのも気が引ける。


「無理だと思うな、できないと思うな」

「大丈夫、君は僕が死なせないから」


 お前のそれは俺を守ることじゃなくて、俺から死を奪うってことだろ。死にたくないけど嬉しくない。


「さ、つべこべ言ってないで、ちゃっちゃとレベルを上げてしまおう」


「へいへい」


 俺は渋々テレビの電源を入れて、リモコンで画面を操作した。今や恒例行事のレベルアップである。


 リモコンを通して、日々のあれこれで俺に溜まっている、人には言えないアレコレで、かさ増しした成長点を、別の何かに置き換える儀式である。


「今回は目前に迫った課題に対して、狙いを絞った成長をしなくてはいけない。いいね」


「いいねってお前、トラック対策に何をどう狙いを絞るんだよ」


 リモコンの先を軽く振りながら訪ねると、ミトラスは急に顔をキリッと引き締めた。


 こいつ全然余裕あるな。他人事だと思ってんだろ。仮にもお前の下宿先の一大事だぞ。


「先ず攻撃力だよ。トラックに轢かれても死なないことは大事だけど、それでは相手を止められない。せめて方向を逸らせるくらいの力は要るね。これが第一」


 腕を組んでまた人差し指を立てる。


「次に防御力。大型車両の事故は致死率が高く、即死率はほどほど。酷い重症を負いたくなければ、重さと硬さ、速さに耐え、そして下手を打って、車輪に巻き込まれても肉が裂けず、骨が砕けない体が不可欠」


 ミトラスが腕を組んで次に中指を立てる。


「そんな都合のいいもんあると思うか」

「僕とかにはあります」


 お前と異世界にいた、四天王なんかは恐らくそうだろうな。


 関係ないけどミトラスは、一度熱々のなめこの味噌汁を、太股に零して何ともなかったことがある。慌てて拭いた俺のほうが、却って手を火傷したんだ。

 

 何処かしらの角に足の小指をぶつけても平気だし、こいつがダメージを受ける所は、ほとんど見たことがない。


 だからって訳じゃないんだけど、こいつは俺の窮地を低く、見積もっている所があるような気がする。


「そして三つ目が生命力。仮に目に見える重傷でなくても、あまり大きいな力同士で衝突すれば、脳が揺れたり心臓が止まっても不思議じゃない。それを防ぎ、或いはそこから戻るためには生命力、つまりは体力が求められるのです」

 

 ミトラスが腕を組んで親指を立てる。

 そこは薬指じゃないのか。


「以上の三点を踏まえ、パネルを取得していきます」

「HPと力と防御を上げろと」


 完全に戦士枠。脳筋、体力派、バラドル路線。自分の性別に対する保守的な何かが、頭の片隅で猛抗議をする。


 しかし対案が出ないので、俺はこれを黙殺することしかできない。ごめんな心の声。


「じゃあ最初はいつも通り、肉体のタブから、こいつだな」


『丈夫な骨』:骨が丈夫になり骨折の回復も早くなります。また新陳代謝における老廃物の石灰化が、一定以下の大きさに留まるようになります。


『丈夫な皮』:耐火、耐水性が向上し断裂を含めた物理的な負荷に強くなります。また皮膚病にかかり難くなり、治癒が早くなります。


「なんか、素材みたいな名前だから避けてたけど、随分しっかりしてるな」


「確かに防御は上がりそうだね、残りは特技で補うのかい」


 取得。両方1,500点で合わせていつもの三千点。次、知能。


「まあ待て、攻撃力という点で言うならこれだろう」


『神経伝達速度向上』:全身への各信号の伝達速度が更に速まります。


「似たようなの去年取ってたよね」


 夏ごろに取得したのは肉体タブでのものだが、こちらは知能である。


「あれは健康のためだったが、今回ばかりは完全に戦闘目的だ。巨人化するならトルクとしての瞬発力はあるとしても、俺のおつむが鈍ちんのままでは、スピードに欠ける。そしてそれを補うのは更なる筋肉ではないんだよミトラス」


 運動部の連中を始め、一般的にアスリートの方々は体に頭が付いていかない、ということは無い。


 体を動かすという分野においては、猛烈に頭の回転が速い。それはハードとしての筋肉を、使い慣れた脳みそという、ソフトがあればこそである。


 知能枠なのに肉体と思うかも知れないが、頭無くして体は動かないということである。ともあれ三千点を支払って取得。


「なるほど、ちゃんと考えてたんだね」

「使い道がここくらいしかないけどな、よし次」


 魔法のタブ。日々の暮らしに追われて中々、覚える機会がない。ないけど覚えようとしたときに、覚えられないのも困るので、今回もルート開放。


『奇跡』:特殊な精神領域を基点とする魔法を、習得できるようになります。また魔法そのものの授与・貸借が可能になります。


「特殊なってのは、まあ信仰心のことだろうな。神様から授かるとかいうのが、本当のことになるんだな」


「これによって本来使えない系統の魔法を、使えるようになるんだ。これ本当に厄介でね……」


 ミトラスが疲れたように呟く。敵が隠し玉を持っていたり、場合によっては大量授与からの、魔法使い大量生産みたいなことも、可能になるんだろう。


 そりゃあうんざりもするわな。RPGでも複数の系統の魔法が使えると便利だし。


「いいから、役に立つ魔法を今度教えてもらうから、次行くぞ次」


 最後は特技である。ここでトラックとのぶつかり合いに、役に立つ特技でもあればいいんだが。どうしたものか。


「相手とぶつかる特技っていうと、格闘技かスポーツだろうな」


「ラグビーとかプロレスとか」


「ぶつかりに強く攻防と体力が上がる、そんな都合の良いものあるか?」


 体育会系の特技なら、取得した場合体力はほぼ必ず上がる。筋力も上がるから攻撃も防御も上がる。


 ただ『トラックとぶつかるのに役立つ』というニッチな条件が、絶妙に選択の幅を狭めている。


「あ、これなんかどーお!」

「お、どれだ」

「これこれ!」


 テレビに駆け寄ったミトラスが、画面に映る無数のパネルの中からある一枚を指差した。


『相撲』:神事であり、妖魔と戦うための太古の法、立ち向かうことに優れる。


 ――

 ――――

 ――――――


「いやいやいやいやいやいやいやいや」

「え、なんで。だめ?」


「ないだろ、それは男の人のすることだしないだろ」

「今そんなこと言ってる場合!?」


 何を心外そうに言いやがって。ごく自然なことのように人の尊厳を、壊しにかかるんじゃない。


「場合だと思うなー。俺今心の底からそう思うもん」

「でもほら立ち向かうことに優れるって有るよ!」

「でもほら妖魔と戦うとも有るだろ、お前に悪いよ」

「そんなことよりも僕たちの家のほうが大事だよ」


 てめえこの野郎ついさっきまでそんな素振り無かったじゃねえか絶対面白がってるだろ。


「それにさ、料理のほうが体力付くだろ」


 特技パネルの中に、いつの間にか増えていた、料理の項目。これは俺の実生活の料理経験が増えたから、出現したのだろうか。


 試しに選んでみるとら画面に映るステータスバーの体力の部分が、モリっと増える。やはり料理は体力。


「相撲よりも増えるのは意外だけど、相撲のほうが他の項目も増えるよ。魔力だって増える!」


「本当だ……」


 どうしてこんなときにそんないらんセールスポイント見つけて来るんだよ畜生。


「じゃあ」

「じゃあって何。今はこれが最善だと思うよ僕は」


「俺の名誉はどうなるんだよ、女なのに相撲上手って尻軽や床上手よりも、遥かにいけない響きがしてる」


「どうしてそんなに嫌なの」


「お前はこの国で力士がどういうものか知らんから、そんなことが言えるんだ!」


「どういうこと!?」


 この国では体力派は基本的に珍獣の類なんだよ! ちょっと芸を仕込んだ動物程度の扱いで、力士はそれより下! 鳶とか無職とおんなじ!


「女の俺が男のカースト最下層の技を修めるのは幾らなんでも」


「体を動かすことに男も女もないよ、この通り取れるじゃないか」


 くそ、そこは性別で選べなくなっておけよ。自分で言い出した料理と秤にかけて、総合力で上回るなよ、絶対嫌だよ。


 差別だなんだと騒がれても嫌なものは嫌だ。なんだかんだ寛容で慈悲深い俺だって、嫌なものは嫌だ!


「君がこんなに頑なになるのは、初めてのような気がするけど、いいから取りなさい!」


「嫌だ! 嫌だと言ったら嫌だ! トラック相手に一人女相撲だなんて死んでも嫌だ!」


「終わったらパネル削除していいから!」

「うるせー! 俺にだって最低限度の尊厳がある!」


 かくのごとく俺は久しぶりに、顔を真っ赤にして抵抗したが、ミトラスも何故だか譲ってくれなかった。


 取れ! ヤダ! の応酬の末、最終的に深夜を回った辺りで根負けした。ちくせう。


『相撲』:神事であり、妖魔と戦うための太古の法、立ち向かうことに優れる。


 取得。それも前回使わなかったフリーの成長点を、合計なんと9,000点の大台を注ぎ込んで、パネルの最大まで。


 さらば今までの俺。こんにちは神の戦士サチウス。


「さ、朝になったら早速色々取り掛かるからね」


 鼻息も荒くミトラスは、そう俺に言い渡して、寝に入ってしまった。


 ……寝よう、俺も疲れた。これはきっと夢だ。朝になったらいつもの優しいミトラスがいて、これじゃない解決策をきっと示してくれるはずだ。


 きっとそうだ。


 早く寝てしまおう。でないとこれが、きっと本当のことになってしまうから。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ