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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
女トラックどすこい編
168/518

・今度は二人だ

今回長めです。

・今度は二人だ


 ――ヒトッツ! フタツ! ミッツ! ヨッツ! イツツ! 五光!


「阿呆がっ!」


 ここはいつもの放課後愛同研。


 誇張表現抜きにストーカー女と命懸けの戦いをした日から早二週間。


 ゴールデンウィークを目前に控えた我々は、先輩が部室にこっそりと持ち込んだゲーム機で、古き良き対戦格闘ゲームに興じていた。


 平和って素敵だな。ちなみに画面の中では、俺の操る半裸の人斬りが、部長の操る半裸の水色を叩っ切った所である。


「あがめよー! おかしいな、あの気持ち悪いステップを真似出来るよう、練習したのに」


「ゲームのほうを練習しろよ」

「ていうか部室に据え置きのハード持ち込まないの」


 室内には相も変わらず、有象無象が出入りするが、些細な校則違反には、お互い目を瞑り合う。


 南も注意こそ、するがそれを誰かに報告するようなことはない。


「先輩たちってゲームする人なんですね」

「片手間か放置のゲームが主流になって寂しい限り」


「今じゃ昔のゲームも、数百円で遊べるんだし、買えよって思いますけどね」


 実際金のあった時代に創られたゲームは、かける所を間違えてなければ、金のかかってないゲームよりは面白い。


 面白さが重複するならば、引き出しの数が多い分、より一層差が顕著になる。ていうか遊ぶときは遊べ。ながらで遊ぶな真面目に遊べ。


「ゲームなんてどれも同じじゃないですか」


「聞いたか部長、西暦が2000を数えて、まだこんなことを言う奴がおる」


「よせよせこれは人間の性じゃ。滅びるまで言い続けよう」


 俺がコントローラーを南に渡す。一回交代である。


「おいお茶麻呂は止めろよ」

「いいでしょそこまで強くないんだから」


 お茶麻呂が強くないなら何が強いってんだよ。


「え、私もやるんですか」

「楽しさの経験は、多いに越したことはないからね」


 先輩もアガタにコントローラーを渡した。


 明らかに初心者である。アガタは汚い物を押し付けられたかのような素振りをしたが、渋々といった様子で受け取った。


 この一般的な女子の『自分が興味のないものは全て見下している』という態度は、どうにかならないんだろうか。


 初めてのものに触る拒否感や、失敗を拒む羞恥心、そしてそんなことなど考えてもなかったくせに『私が興味ないのは、それが私にとって価値が無いと思ったからだ』という後出しじゃんけんの如く顔を覗かせる自尊心。


 お喋りばかりに終始するのも、この辺の心理に要因がありそうだ。その点こいつらは、遊んでくれるからいいよな。いい意味で普通の女じゃない。


「最初は操作方法覚えるとこからでいいからさ、先ず気に入ったキャラを選べばいいよ。合わなければ使い易いキャラを探せばいいし」


 先輩はそう言ってアガタを宥め、プレイを促した。これが最終的に、さっきの俺との試合のように、その場限りの真剣ギスギスへと繋がっていくかと思うと、何とも言えない気持ちになる。


「はあ、じゃあえっと、この猿っぽいので」

「駄目」

「駄目だ」

「止しましょう」


「え、な、なんでですか」

『煩いから』


 アガタが選んだ半裸の(半裸ばっかりだな)赤い肌に汚い金髪の猿みたいな奴は、満場一致で却下された。


「音量半分にしてもうるせえぞそいつ」


「そいつは声の質からも、ゲームやってるって周囲にバレちゃうから」


「ダメなものはダメよ」

「ええ……」


 という具合で楽しくゲームをやっていると、次第に絵柄を気に入り出したアガタは、スケッチを始めた。


 南が薀蓄を披露し、俺と先輩とで、アガタが見たいと言う構図を撮るために、対戦をするという形が出来上がっていく。


「ごめんください」


 そんな折、部室へ他人行儀な挨拶と共に、訪れる者があった。オカルト部の部長だった。


 腰のやや上まで伸びた髪は、ゆったりとしたウェーブが掛かっており、これを『もこもこ』と取るか『毛むくじゃら』と取るかは、評価が分かれる所だ。


 相変わらず前髪で目が隠れている。


 そして鞄とは別に、美術に使うスケッチブックを脇に抱えている。


「お、久しぶり」

「珍しいじゃん入って入って」


 俺と先輩が手招きすると、遠慮がちに彼女は室内に入ってきた。何故かアガタと南は、怖がって距離を置いた。


 何故ってことはないけども、南はともかくアガタが人を怖がるのは、おこがましい気がする。


 オカルト部部長の愛称で親しまれる彼女は、愛研同総合部に連盟する『超常現象研究会』の会長であり、生粋の超能力者である。


「お邪魔します」


 その力を振るう所を見たことはないが、俺との交流で魔法が使えるようになっており、また他人に超能力を授けることができるなど、ラノベの主人公もかくやという人物である。


 どうも彼女は魔物の血を引いているようで、本人が言うには歴史改変で、それが色濃くなったらしいが、特にそれらしい点は見当たらない。


 一応俺が異世界に行ってたことも知ってるし、わざわざ化けの皮を剥がそうとかは考えない。事を構える必要のない相手には、違いないのだ。


「あ、いーけないんだー」

「まあまあそう言わずにどうぞどうぞ」


 ゲーム機の持ち込みを指摘されて、悪びれもしない先輩は、コントローラーを渡そうとするが、彼女は首を横に振った。


「嬉しいけど先に用事を済ませたいの、サチコさん、ちょっと」


「俺?」


 オカルト部部長はそう言うと俺を手招きした。その仕草は可愛いけど、どこか信用ならないんだよな。


 でも俺に用っていったい何だろう。


「あー、え、もしかしてもうそういう時季?」

「はい」


 そういえばこの前の一件で、ついでに異世界転生する人間を、また一人現世に押し留めたんだったか。


 どうも彼女はその度に予知夢を見るらしく、その内容は一人助かる度に、更新するようなのだ。


「すんませんちょっと席外します」

「あいあい」


 先輩に断って一旦オカルト部部長と二人で、部室を出る。後ろでは先輩が気にせず、三人で対戦を再開してくれる。


 こういうとき、あまり頓着しないあの人の性格は、ありがたい。


「それで、今回も夢の中身が変わったと」


 俺がそう聞くと、彼女は頷いてスケッチブックを開いた。前はマックスとサイアスの中身が、死ぬ場所が描かれていた。


 どちらも小田原駅だった。そして今回は。


「漫画の見開きだな」

「分かり易いと思って」


 開かれたスケッチブックは、トラックとバイクの正面衝突の頁である。これ何の漫画だろう。出所のほうが気になる。


「え、これどっち」

「どっちもじゃないかな、その証拠にほら」


 何がほらなのか分からんが、彼女が頁を捲るとそこには、またもや正面衝突の見開き。


 絵柄が違うから作者が違うんだろうけど、車の正面衝突事故って、メジャーなシチュエーションなんだろうか。


「作者は違うけど同じだよな」

「視点が違うから違う人じゃないかしら」


「あー、もしかして、これで死ぬ二人とも転生するってことなのか」


「たぶんそうかと」


 仲良しこよしで一緒にあの世へか。確か加藤と松本だったか。加藤がバイク事故で松本がトラック。


 カリエスで即死の異能に目覚めるのが加藤。レグルスで不死身の異能に目覚めるのが松本。


 本人たちは気付いてなかったようだが、お互いがお互いの死因だとは。もしも気付いていたら、相当気不味いことになっていただろう。


「で、最後にこうなるの」

「え、まだあるのか」


 オカルト部部長が更に頁を捲る。そして現れる驚愕の三ページ目。相変わらず恐怖を煽るためのクレヨン描き。


 そこには家に突っ込むトラックらしき車と、家の横で泣きながら万歳している、女の子と猫。


「おい」

「はい」

「何だコレは」


「たぶんあなたの家」

「分かるよ。何となく」


 小首を傾げるんじゃない。


「なんでトラックが俺ん家に突っ込んでくるんだよ」


「たぶん運転手が死んで、アクセルが踏み込みっぱなしになったとかじゃない」


 構造的にそんなことあるのか。そしてそれとは別に気になる点が一つ。


「あとな、この右上の見出しはなんだ」

「たぶんニュースの見出しだと思う」


 彼女が言うとおり、テレビのニュースで見かける日時や事件を伝える、四角い枠が頁の右上にある。


 そこには『連休明け未明にトラックが民家に突入』とある。


「今回は何で日にちがしっかりしてるんだ」


「知らないけど、たぶん二人死ぬってことで、それだけ強い力が働いてるんだと思う」


「俺は完全にとばっちりじゃねえかよ」


 あれ、ていうことは俺が異世界に行ってる間、あいつらが転生してきたときには、この家はお釈迦になってたってことじゃないのか。


「このまま行くと俺の命も危ないんじゃ」

「そりゃ本来いないはずのものがいるんだし」


 なんで俺が悪いみたいになってるんだよ。俺の家だし俺だって生きてるよ。しかし参ったな。


「これ何とかしないと、俺に明日は無いってことか」


「いや、その日は家にいなければいいだけじゃない。正直無理なものは無理だし」


「だよなあ」


 しかし連休明けか。なんだろう。つい先日人生で、一番大変だったランキングを、塗り替えたばかりだというのに、もう次の災難がやって来ている。


「これどうしたもんかな」

「週一くらいなら、うちに泊まりに来てもいいけど」

「臭くなったらな」


 気遣うようなオカルト部部長の視線が痛い。決まりきった運命に、これから潰される人を、目の当たりにしてしまったという、同情が十割の視線が、痛い。


 やがて彼女は、優しい笑みを浮かべたまま、無言で去っていった。


「すんません、ちょっと用事出来たんで帰ります」

「はーいじゃまたねー」


 部室内の先輩たちに挨拶をしてから、帰り支度を済ませる。どうしよう、どうするべきだろう。幾らなんでも頭が回らん。


「ただいまー」

「おかえりー、どうしたのサチウス」


 家に帰ればファンタジックな緑髪と、猫耳のショタがエプロン姿で出迎えてくれた。


「いや、それがなミトラス」


 俺は今しがたあったことを彼に話した。今度ばかりはミトラスを頼るのも、已む無しと言える。それにしてもトラックか。


「大変なことになってしまってなあ」


 大変なことになってしまったなあ。ほんとに。

新章開始です。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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