・今度は二人だ
今回長めです。
・今度は二人だ
――ヒトッツ! フタツ! ミッツ! ヨッツ! イツツ! 五光!
「阿呆がっ!」
ここはいつもの放課後愛同研。
誇張表現抜きにストーカー女と命懸けの戦いをした日から早二週間。
ゴールデンウィークを目前に控えた我々は、先輩が部室にこっそりと持ち込んだゲーム機で、古き良き対戦格闘ゲームに興じていた。
平和って素敵だな。ちなみに画面の中では、俺の操る半裸の人斬りが、部長の操る半裸の水色を叩っ切った所である。
「あがめよー! おかしいな、あの気持ち悪いステップを真似出来るよう、練習したのに」
「ゲームのほうを練習しろよ」
「ていうか部室に据え置きのハード持ち込まないの」
室内には相も変わらず、有象無象が出入りするが、些細な校則違反には、お互い目を瞑り合う。
南も注意こそ、するがそれを誰かに報告するようなことはない。
「先輩たちってゲームする人なんですね」
「片手間か放置のゲームが主流になって寂しい限り」
「今じゃ昔のゲームも、数百円で遊べるんだし、買えよって思いますけどね」
実際金のあった時代に創られたゲームは、かける所を間違えてなければ、金のかかってないゲームよりは面白い。
面白さが重複するならば、引き出しの数が多い分、より一層差が顕著になる。ていうか遊ぶときは遊べ。ながらで遊ぶな真面目に遊べ。
「ゲームなんてどれも同じじゃないですか」
「聞いたか部長、西暦が2000を数えて、まだこんなことを言う奴がおる」
「よせよせこれは人間の性じゃ。滅びるまで言い続けよう」
俺がコントローラーを南に渡す。一回交代である。
「おいお茶麻呂は止めろよ」
「いいでしょそこまで強くないんだから」
お茶麻呂が強くないなら何が強いってんだよ。
「え、私もやるんですか」
「楽しさの経験は、多いに越したことはないからね」
先輩もアガタにコントローラーを渡した。
明らかに初心者である。アガタは汚い物を押し付けられたかのような素振りをしたが、渋々といった様子で受け取った。
この一般的な女子の『自分が興味のないものは全て見下している』という態度は、どうにかならないんだろうか。
初めてのものに触る拒否感や、失敗を拒む羞恥心、そしてそんなことなど考えてもなかったくせに『私が興味ないのは、それが私にとって価値が無いと思ったからだ』という後出しじゃんけんの如く顔を覗かせる自尊心。
お喋りばかりに終始するのも、この辺の心理に要因がありそうだ。その点こいつらは、遊んでくれるからいいよな。いい意味で普通の女じゃない。
「最初は操作方法覚えるとこからでいいからさ、先ず気に入ったキャラを選べばいいよ。合わなければ使い易いキャラを探せばいいし」
先輩はそう言ってアガタを宥め、プレイを促した。これが最終的に、さっきの俺との試合のように、その場限りの真剣ギスギスへと繋がっていくかと思うと、何とも言えない気持ちになる。
「はあ、じゃあえっと、この猿っぽいので」
「駄目」
「駄目だ」
「止しましょう」
「え、な、なんでですか」
『煩いから』
アガタが選んだ半裸の(半裸ばっかりだな)赤い肌に汚い金髪の猿みたいな奴は、満場一致で却下された。
「音量半分にしてもうるせえぞそいつ」
「そいつは声の質からも、ゲームやってるって周囲にバレちゃうから」
「ダメなものはダメよ」
「ええ……」
という具合で楽しくゲームをやっていると、次第に絵柄を気に入り出したアガタは、スケッチを始めた。
南が薀蓄を披露し、俺と先輩とで、アガタが見たいと言う構図を撮るために、対戦をするという形が出来上がっていく。
「ごめんください」
そんな折、部室へ他人行儀な挨拶と共に、訪れる者があった。オカルト部の部長だった。
腰のやや上まで伸びた髪は、ゆったりとしたウェーブが掛かっており、これを『もこもこ』と取るか『毛むくじゃら』と取るかは、評価が分かれる所だ。
相変わらず前髪で目が隠れている。
そして鞄とは別に、美術に使うスケッチブックを脇に抱えている。
「お、久しぶり」
「珍しいじゃん入って入って」
俺と先輩が手招きすると、遠慮がちに彼女は室内に入ってきた。何故かアガタと南は、怖がって距離を置いた。
何故ってことはないけども、南はともかくアガタが人を怖がるのは、おこがましい気がする。
オカルト部部長の愛称で親しまれる彼女は、愛研同総合部に連盟する『超常現象研究会』の会長であり、生粋の超能力者である。
「お邪魔します」
その力を振るう所を見たことはないが、俺との交流で魔法が使えるようになっており、また他人に超能力を授けることができるなど、ラノベの主人公もかくやという人物である。
どうも彼女は魔物の血を引いているようで、本人が言うには歴史改変で、それが色濃くなったらしいが、特にそれらしい点は見当たらない。
一応俺が異世界に行ってたことも知ってるし、わざわざ化けの皮を剥がそうとかは考えない。事を構える必要のない相手には、違いないのだ。
「あ、いーけないんだー」
「まあまあそう言わずにどうぞどうぞ」
ゲーム機の持ち込みを指摘されて、悪びれもしない先輩は、コントローラーを渡そうとするが、彼女は首を横に振った。
「嬉しいけど先に用事を済ませたいの、サチコさん、ちょっと」
「俺?」
オカルト部部長はそう言うと俺を手招きした。その仕草は可愛いけど、どこか信用ならないんだよな。
でも俺に用っていったい何だろう。
「あー、え、もしかしてもうそういう時季?」
「はい」
そういえばこの前の一件で、ついでに異世界転生する人間を、また一人現世に押し留めたんだったか。
どうも彼女はその度に予知夢を見るらしく、その内容は一人助かる度に、更新するようなのだ。
「すんませんちょっと席外します」
「あいあい」
先輩に断って一旦オカルト部部長と二人で、部室を出る。後ろでは先輩が気にせず、三人で対戦を再開してくれる。
こういうとき、あまり頓着しないあの人の性格は、ありがたい。
「それで、今回も夢の中身が変わったと」
俺がそう聞くと、彼女は頷いてスケッチブックを開いた。前はマックスとサイアスの中身が、死ぬ場所が描かれていた。
どちらも小田原駅だった。そして今回は。
「漫画の見開きだな」
「分かり易いと思って」
開かれたスケッチブックは、トラックとバイクの正面衝突の頁である。これ何の漫画だろう。出所のほうが気になる。
「え、これどっち」
「どっちもじゃないかな、その証拠にほら」
何がほらなのか分からんが、彼女が頁を捲るとそこには、またもや正面衝突の見開き。
絵柄が違うから作者が違うんだろうけど、車の正面衝突事故って、メジャーなシチュエーションなんだろうか。
「作者は違うけど同じだよな」
「視点が違うから違う人じゃないかしら」
「あー、もしかして、これで死ぬ二人とも転生するってことなのか」
「たぶんそうかと」
仲良しこよしで一緒にあの世へか。確か加藤と松本だったか。加藤がバイク事故で松本がトラック。
カリエスで即死の異能に目覚めるのが加藤。レグルスで不死身の異能に目覚めるのが松本。
本人たちは気付いてなかったようだが、お互いがお互いの死因だとは。もしも気付いていたら、相当気不味いことになっていただろう。
「で、最後にこうなるの」
「え、まだあるのか」
オカルト部部長が更に頁を捲る。そして現れる驚愕の三ページ目。相変わらず恐怖を煽るためのクレヨン描き。
そこには家に突っ込むトラックらしき車と、家の横で泣きながら万歳している、女の子と猫。
「おい」
「はい」
「何だコレは」
「たぶんあなたの家」
「分かるよ。何となく」
小首を傾げるんじゃない。
「なんでトラックが俺ん家に突っ込んでくるんだよ」
「たぶん運転手が死んで、アクセルが踏み込みっぱなしになったとかじゃない」
構造的にそんなことあるのか。そしてそれとは別に気になる点が一つ。
「あとな、この右上の見出しはなんだ」
「たぶんニュースの見出しだと思う」
彼女が言うとおり、テレビのニュースで見かける日時や事件を伝える、四角い枠が頁の右上にある。
そこには『連休明け未明にトラックが民家に突入』とある。
「今回は何で日にちがしっかりしてるんだ」
「知らないけど、たぶん二人死ぬってことで、それだけ強い力が働いてるんだと思う」
「俺は完全にとばっちりじゃねえかよ」
あれ、ていうことは俺が異世界に行ってる間、あいつらが転生してきたときには、この家はお釈迦になってたってことじゃないのか。
「このまま行くと俺の命も危ないんじゃ」
「そりゃ本来いないはずのものがいるんだし」
なんで俺が悪いみたいになってるんだよ。俺の家だし俺だって生きてるよ。しかし参ったな。
「これ何とかしないと、俺に明日は無いってことか」
「いや、その日は家にいなければいいだけじゃない。正直無理なものは無理だし」
「だよなあ」
しかし連休明けか。なんだろう。つい先日人生で、一番大変だったランキングを、塗り替えたばかりだというのに、もう次の災難がやって来ている。
「これどうしたもんかな」
「週一くらいなら、うちに泊まりに来てもいいけど」
「臭くなったらな」
気遣うようなオカルト部部長の視線が痛い。決まりきった運命に、これから潰される人を、目の当たりにしてしまったという、同情が十割の視線が、痛い。
やがて彼女は、優しい笑みを浮かべたまま、無言で去っていった。
「すんません、ちょっと用事出来たんで帰ります」
「はーいじゃまたねー」
部室内の先輩たちに挨拶をしてから、帰り支度を済ませる。どうしよう、どうするべきだろう。幾らなんでも頭が回らん。
「ただいまー」
「おかえりー、どうしたのサチウス」
家に帰ればファンタジックな緑髪と、猫耳のショタがエプロン姿で出迎えてくれた。
「いや、それがなミトラス」
俺は今しがたあったことを彼に話した。今度ばかりはミトラスを頼るのも、已む無しと言える。それにしてもトラックか。
「大変なことになってしまってなあ」
大変なことになってしまったなあ。ほんとに。
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文章と行間を修正しました。




