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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
二年生開始編
167/518

・アガタが仲間になった

・アガタが仲間になった

 

「お久し振りです」

「一昨日の昨日の今日だよ。大変だったね」

「お鍋ボコボコですよ、死ぬかと思いました」

 

 殺風景な小部屋の中、婦警さんと中年警官のコンビが机の向こうで、何処かアルカイックな笑みを浮かべている。

 

「よく貫通しなかったね、それで、これからちょっと質問するから、答えて欲しいんだけど」


「あ、先に謝っておきますね。火を点けたり投げたりして、すいませんでした」


「うん、その辺も後でまた聞くからね」

 

 そうして小田原市警に出頭した俺は、彼らのお世話になった。

 

「……で、放課後に君は一度、あの集合住宅の近くまで来たけど、学校に引き返した」


「情けない話ですけど、びびっちゃったんですよね。ただ、そのまま帰るのも気が引けるし」


「それで校門の前に、その後輩の子から聞いた相手がいることに、気が付いた」


「なんていうか浮いてました、親って感じじゃなかったですね」

 

 ちなみにビラのことは伏せた。


 だって本当はあれ、勝手にやったらいけないことだからね。

 

「それで自転車を一旦離れた位置に停めて、柵をよじ登って校内に入って部室へ行って、友だちと後輩に知らせて、そこから周知してもらいました」

 

「それでそのあとに後輩の子が誘拐されたんだね」

 

 誘拐、拉致じゃねえかな。

 

「怒ってたんでしょうね、猛然と突っ込んでいって、返り討ちに遭って連れてかれて、俺たちは急いで後を追いかけたんですが、犯人と先に鉢合わせちゃって、結局あいつは何処にいたんですかね」

 

 アガタは医者に行って眼の洗浄をしたらしい。視力も下がってなかったが、しばらくは安静にするように言われたらしい。

 

「ああ、駅近くの路外駐車場に、車を停めてそのままだったそうだよ」


「それなのに逃げずに追いかけて来たのか、執念深すぎる。あ、そうだ。駆けつけたアガタの奴が、犯人のこと打ったり蹴ったりしちゃったけど、どうなるんでしょう」

 

 俺はふと気になったので、後輩の処分について聞いてみることにした。

 

「うーん、逃げずに追いかけたことから、正当防衛ではないけど、君たちが殺されそうになってたし、緊急避難ということには、なりそうだよ」


 報復に燃えたことで却って自分の身を助けたのか、或いはそれも計算尽くだったのか。


 俺たちがへまをしたことが、巡り巡ってアガタを助けることになったと、思って良いのだろうか。

 

「それなら退学とかにはならずに済みそうかなあ」


「そうだね、それで、その犯人とのやり取りに付いてなんだけど……」

 

 そんなことを話しつつ午前中が終わった。


 駅で火を使ったことについては、書類をお送りされてしまうそうだが、何分相手には全く会話をする気が無かったこと。


 また殺意も明らかに発砲したことから、先の防衛と避難の両面から、不起訴になるのではとのことだ。

 

「あー、疲れた」


 そして昨日の今日で、自由登校という名の、休校になった学校へ。今日からバイトに復帰だが、それも放課後の話である。

 

 教室には誰もいないので部室へ行く。


 今年になって待望のエレベーターが出来たが、一般生徒は使ってはならず、体が不自由な生徒と教師だけの利用に限られていた。


 ただ、その不自由な生徒に対し、学校側の嫌がらせが判明し、教師は退職。生徒も転校し、誰も手を付けなくなった。

 

 そんな箱をありがたく使わせて貰って四階へ。各階の片隅にある、乗り場から降りてまた別の隅っこへ。

 

 そしてそこには先輩と南とアガタがいた。

 

「うーっす」

「おはようサチコ」

「いっちゃんもう昼だから」

 

 いつもの三人が揃った。そして肝心のアガタだが、椅子を大量に並べて、横になり寝息を立てている。


 見れば椅子の空いたスペースに、座り込んでいたうちの猫が、俺の顔を見るなり、助かったとばかりに飛び降りると、脛を擦ってから退散した。

 

「こいつどうしたんだ」


「いきなり部室に来るなり猫を触り出してね、あ、猫は最初からいたんだけど」

 

 俺が質問をすると南が答える。先輩は何やら作業に没頭していて、忙しそうにしている。

 

「それで一しきり猫を、もみくちゃにしてから抱っこをして、私たちに『昨日はご心配おかけしました』って言って、そのまま寝出したのよね」

 

「なんだいそりゃ」


「たぶん昨日のことで取り繕えなくなったから、色々と吹っ切れたのね」


「ならそこはありがとうございますって、言う筋合いじゃないのか」


「そうね」

 

 南が苦笑する。少なくともアガタ自身にとっては、俺たちに礼を言うことはないのだ。


 むしろ俺たちが言ったほうが、いいとさえ言える。

 

 結果は良くても過程を顧みると、俺が悪いかアガタが悪いかである。


 誰が悪いということの積み重ね、マイナスの掛け合いにより、最終的にプラスになっただけであり、そこまでのしくじりと悪感情は、基本的にそのままだ。

 

「弱ったなあ。ところで先輩は何してるんです」

 

 先輩が作業を中断し、近くの机に置いてあったお茶をがぶ飲みし始めたのを、見計らって質問をする。

 

「昨夜と今朝のニュースを録画しててね、火消しのためにネタ動画を作ってるんだ」


「おーん、クレームが盛り上がる前に、笑いに両替しちまおうってんですね」

 

 それでさっきから猛然と作業に勤しんでいたのか。見れば駅の監視カメラや、他の利用者が提供した、昨日の俺たちの映像が、ノートパソコンの画面上で再生されている。


 顔はモザイク処理が施されている。元の世界よりもリテラシーが、まだしっかりしている。

 

「取り合えず音楽と効果音と、メッセージウインドウで誤魔化すよ」


「他にやる人が出るんじゃないかしら」

「そしたら二番煎じで風化が早まるし望むとこだよ」

 

 そう言って先輩は作業に戻った。わざわざ自宅から持ってきたであろう、外付けハードディスクが、その本気具合を示している。

 

「で、お前は何してるんだ」


「特に何も。こういうときはね、その週を休まないと気持ちのリセットができないものよ」


「そうか。あ、そうだ南」

 

 俺は懐に入れておいた、ケミカルライトを取り出して南に差し出した。


 昨日ストーカー女を見つけたときに、これを使っていれば、もっと円滑にことは進んでいただろう。


 使ってないけどこれはもう用済みだ。

 

「これ返すよ」

「あら、いいのこれ」

「使い忘れてしまった。なんていうかすまん」

「そうじゃなくて、その、いいの」

 

 南が視線を寝ているアガタに移す。俺に『洗脳しなくていいのか』と聞いているのだ。


 確かに俺にとって、都合の悪い部分を無かったことにできるかも知れないが。

 

「止めとくよ、止めとくことにした」

「そう……」

 

 見透かされていたのか、それとも昨日の一件で、性格を矯正しておいたほうが良いと考えたのか。はたまたその両方か。


 南は苦味のある笑みを浮かべた。

 何れにせよ、俺はやらないが。

 

「残念そうだな」


「あんたのソレは良い心がけだと思うけど、でもやっぱりしたほうが、いいと思うの。現実的に考えて」


「分かるがよ」

 

 あまり狂暴なもんで、それを何とかしようと言うのはもっともだ。アガタのあの気性を放っておけば次は無いだろう。

 

「だがありゃ本性だ、曲げたり直したりするもんじゃない」


「そんな青臭いこと言って責任取れるの」

「今度は関わり合いにならんよう気を付けるよ」

 

 そんなどっちに転んでも、責任が発生するかのような詭弁で、迫らんでくれ南。


 俺が手を出したら俺の責任だ、そして他人の性格が悪くて、嬌声する手段もあるけど、それを放置したら俺に責任になるのか。

 

 なる訳ないだろ。そんな関係じゃないし、何より相手の自然な人格を、そのままにしておこうってのが、自由とかヒューマニズムじゃないのかい。

 

 俺もそういうのはあまり好きじゃないけどさ、今日の所は自分の手や、気持ちを汚すつもりはない。


 そんなに気に不安なら自分でやりな。言わんけど。

 

「そ。じゃあもう言わないわ」

「ありがと。それにしても不思議だな」

「何が」


「俺はてっきり、これでアガタ辞めるんだろうなって思ってたんだけど」

 

 彼女は去ることなく、この部室へとやってきた。

 俺たちとは顔を合わせ辛かったに違いない。

 起こして色々聞いてみたいが、藪蛇になってもな。

 

「私も思ったわ」

「私も」

 

 南と先輩も同じ意見だった。正直な所、俺の落ち度であれだけ険悪なことになってしまったし、アガタも俺たちを許さないだろうなと、考えていたのだが。

 

「続けてくれんのかな」

「聞いてみたら」

「止しなさいよ」

 

 藪を突けという声と止せという声がある。どちらも天使には程遠い、好奇心旺盛な悪魔と、自己保身に走る悪魔の声。

 

「はっきりさせておいたほうがよくない」


「いいのよ、辞めるって言い出さないなら、続けるってことなんだから」

 

 珍しく二人の意見が対立した。


 はっきりとスタンスを明示させたほうが、いいという先輩と、消極的にでも前向きな姿勢でいるのだし、それで良しとしようという南。


 どちらが間違っている訳でもない。


「サチコはどっちがいい」


 先輩が聞いてくる。俺は。


「アガタに任せておけばいいと思うよ」


 我ながらずるい答えだとは思ったが、二人共俺より頭が良いので、話の落とし所を渡されたことを察し、それ以上食い下がるようなことは、しなかった。


 理屈を捏ねてまた俺にお鉢を回しても、今みたいな答えは出てこないであろうことを、二人は知っているのだ。失礼だな。


「いいのかなあそれで」

「いいのかしらねそれで」


 だから後は不満をたらたらと零すしかなかった。

 そして。


「いいんですよ、それで」


 アガタがそう言った。

 今もそっぽを向いて、横になったまま。


「……らしいよ」

「じゃあいいか」

「そうね」


 晴れた青空の下に、四月の桜が舞っている。


 うっかり街角に潜む秘密を暴き、うんざりするような騒動もあったが、アガタという新しい部員を得た。


 俺たち愛研同も、どうにかこうにか、新しい一年へと乗り出したのであった。


<了>


この章はこれにて終了となります。

ここまで読んで頂いた方々、お疲れ様でした。

本当にありがとうございます。


誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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