・反省会
今回長いです。
・反省会
かくして俺たちは無事死人を出すこと無く、アガタも生きて、ストーカー女は警察に引き渡し、結果だけ見れば、上出来と言って差し支えない形で、一日の幕を閉じた。
夜も遅いし、後日お話を聞くということで、家に帰して頂いた我々は、疲れからか特に口も利かず、帰路へと着いた。
アガタだけは顔面にスプレーを食らっていたので、病院へ直行することになった。
失明とか視力低下にならなければいいが、そこは心配しても、俺にはどうしようもない。
俺は俺でアガタに死ぬほど蹴られた脇腹を、ほとぼりが冷めるまで、普通に治療しなくてはならない。
今の俺は我が家の自室の、ベッドの上である。もう今日は晩飯とか、そういうことは一切やらんぞ。
ちなみにブラシャツパンイチ。
「……なんていうか、結果的に大活躍したけど、感情面では余計なことばっかり、してた気がする」
「でも何とかなって良かったじゃない」
人型に戻ったミトラスが、氷枕を渡してくる。俺はそれを受け取ると、患部に当てた。
「反省点も多かったし」
妖刀の出番は無かったどころか、あわやという場面が最後に待っていたし、冷静になると俺の持ち物だけいらんかったな。
あの中華鍋の盾と先輩の持って来た色々が、一番役に立った。
「ていうかオカルト部の絵じゃ、刺されるはずだったのに、刃物さえ持ってなかったじゃねえか」
「もしかしたら予知夢は、歴史が変わる前の光景だったのかも、知れないね」
言われて見れば。この銃社会を踏まえれば、予知夢の絵が銃になっていなければ、おかしい。
「もしくは敢えて違う内容を教えたかだね」
「何のために」
「さあ、単純に好奇心からとか。教えなければ死ぬ、教えたら助かった、じゃあもし間違った情報を教えた場合は、とか」
オカルト部の部長から恨みを買った覚えはないが、それはそれで、無いとは言えないのが困る。
でもなあ、うーむ。
「もしかしてあの場面に刃物が無かったから、俺は刀を持って行ったんだろうか」
「それをあの子が使って、女の人と、何かの拍子に男の人も殺したかもって」
「そういう見えない力が、働きかけていたのかも知れない、なんてことも有り得るんじゃないか」
いつぞや南が言ってた、歴史の修正力とやらがあるのだとしたら。それが元々あった死に方、殺され方を取らせようとしたのだとしたら。
「考えすぎかな」
「運命に操られていたかもしれない、か。一歩間違えば酷い現実逃避とか、責任転嫁だよ」
うむ、考えすぎというより考え無さ過ぎだなこれ。
気の触れた無責任な発言にしか聞こえん。
所詮夢なんだ。ブレとか揺らぎとか、そういう不確かな部分だってあると、自分に言い聞かせておこう。
「この話は止めて、反省に戻ろう。道具の件だけど、現代戦は現代の道具を使うのが、一番良いんだな」
「戦いって基本的にいつも現代戦だよ」
ミトラスが正論をぶつけてくる。
銃に風船にスプレーに、火と飛び道具を山ほど使ったが、接近戦はアガタの不意打ちだけだ。
「そう考えると盾って凄いよな、材質と形状が変化しても、掲げて防ぐことは何も変化がないぜ」
「それも他の防具が、多様な攻撃を防げてこそだよ」
現代だと鍛え抜かれた屈強な男に、鈍器で殴られたり刺されたりする機会が減ったので、聖なる全身甲冑と兜は、ガスマスクと耐爆スーツに、馬は用途別に細分化された車両に変わった。
「こんなことを言うもんじゃないけどさ、正直出番があって良かったよ」
「どういうこと」
「あの場で盾が無かったら、体力派の俺はすることがなくて、魔法を使うしかなかった」
グローブを被せて、プラスチックの取っ手を、接着剤でくっつけただけの鍋が、妖精さんのお呪いのおかげとは言え、大した防御力だ。
前から受けたのもあるけど、よく壊れなかったものである。
「別に使ってもいいと思うんだけど。そうだサチコ、ちょっとマッサージしてあげる」
ミトラスはそう言うと、横になった俺をうつ伏せに転がして、按摩をし始めた。
背中を撫でた後に、強張っている部分を、揉んだり摘まんで持ち上げたり、肘や指でぐりぐりと押し込んでいく。
「おあぁ~、ありがとおぉうー」
「もう少しその下っ品な声抑えてくれない」
「ごめんなさい」
我ながら木の洞に風が吹き抜ける様な、はしたない音を出してしまった。
こる場所のメジャーな部位に、腰とか肩とかよく言われるけど、俺の場合は尻がよくこる。腿の付け根の少し上の辺り、ココをぐりぐりされると非常に効く。
「普通さあ、こういうのってもうちょっと、色っぽい声が出て、僕も乗り気になるとこじゃないの」
「そんなこと言われたって俺だぞ」
「…………」
ミトラスは複雑そうな顔をしながら按摩を続けた。無言で仰向けに引っくり返される。とはいえ表側は、そんなにする箇所ないんだけどな。
「よいしょっと」
俺は自分の胸を自分で持ち上げた。ミトラスがその下の辺りを触る。巨乳になると肩と言わず、その周辺が全体的にこる。
気持ちがいいことはいいが、性感とは程遠く、貧乳のほうが、感度がどうこうという話があるのは、この重量と面積から来る、疲労等が無いせいだろう。
昔は乳に一喜一憂していたミトラスも、今ではそんなにである。反応が良くないから飽きたんだろうな、でも演技するのもな。
「しかしまさか銃が飛び出す思わなかったな」
「うん、僕もびっくりした」
歴史改変の実感が湧く生活を、これまであまりしていなかったが、今回で嫌というほど思い知らされた。
世の中の人間が普通に銃火器で武装しているのだ。本や洋楽が減ってるとか、そんな次元の話ではない。
「俺の知ってる日本と、ちゃんと違ってたんだな」
「銃社会になってたんだねえ」
安全だったのは学生だったからだな。まさか学校の持ち物検査が、意味を持つ日が来るとは。
今の所うちの学校では、乱射事件が起きてないが、運が良かったんだな。
「曲がりなりにも戦争に勝ったことになってるのに、何で治安が悪くなってるんだろう」
「戦勝国って基本的には、侵略した国ってことだし、非道や無礼は罷り通るようになるよ、それを正当化できなかったら、戦争するなんて夢のまた夢だからね」
事情や理由がどう言った所で所詮暴力だからな。
「真っ当な理由のある暴力ではなく、暴力事態が真っ当な何かになっていく、ということなんだな」
「人間が野生に屁理屈を添えることはあっても、理性で動くことは稀だよ」
辛辣だなあ。とはいえ『欲しい、寄越せ、殺す』が俺らの原理だから、こればっかりは言い訳のしようがない。
「こういうことがあんまり続くようなら、身の振り方を考えないと不味いよなー」
「お互い低姿勢でいないと、今度はいつ引き金が引かれるか、分からないものね」
一通りマッサージを終えると、俺の上に寝転ぶミトラス。俺が同じことをやろうとすると嫌がる。
そもそもこやつの場合は、身体能力が違い過ぎて、疲労で肩こり等が起きることは、そこまでないのだ。心労は普通にあるらしいけど。
「後にも先にもこんなことは、今回だけにしておきたいよ」
「そうだね、僕も流石にハラハラしたよ」
「まさかご近所に、こんな恐ろしいものが潜んでいるとは、夢にも思わなかったぜ」
小人閑居して不善を為すとは言うが、この場合誰がどう悪かったのだろう。
先ず男女関係がだらしなかった、サイアス山本が原因である。
次にそんな男に引っかかった、ストーカー女だが、それだけなら被害者だ。
だが知らぬ間に別れていた、で済んでいたはずが、異常な執着と攻撃性で以て、数々の犯行に及んだ。
その次に二人の関係を知ってはいたが、どうすることも出来ずに、見過ごしていた会社もよろしくない。
そしてそのままアガタの家に、問題の人物が接触してしまった。憂さが溜まったアガタが、校舎の壁に落書きをするようになってしまった。
これも良くないな。
最後にアガタと接触した俺が話を聞いて、あのマンションに乗り込んでしまい、色々あってこうなった。
俺の悪かった所は、アガタを刺激しないやり取りができなかったことだ。そのせいでアガタが、猛然と動き出してしまい、拉致され、危うく人を殺しかねない所だった。
アガタのおかげで山本の連絡先が分かって、ビラを貼って回ったことで、女に発見されず逆に見つけられたと、結果オーライなとこもあったが、順を追うと甚だ危うかった。
「これさ、俺たちが頑張ってなかったら、色々とヤバかったんじゃないか」
「今更」
「俺だってもう少し褒められても良いんじゃないか」
「それも今更」
溜息と共に寝返りを打つと、ミトラスが反対方向に半回転して、コアラのようにしがみついてくる。器用な真似をするんじゃない。
「……なんか……すっごい疲れたな」
「お疲れ様」
「ミトラスも本当にありがとうな、助かった以外には言いようが無いよ」
マンションの被害者女性たちの件や、アガタのご機嫌取りなど、ミトラスは今回大活躍だった。直接手を出してもらうのが、一番早かったんだろうけど。
「どういたしまして。僕としても君の成長が見られて感慨深いよ」
脇の下辺りに、頭をごしごしと擦り付けられ、くすぐったい。ファンタジックな緑髪と猫耳が非常にくすぐったい。
「成長してるかな」
「してるよ、初めてあったときから比べれば格段に」
「そうかな」
「そうさ。先ずこの一年が無かったら、体力的にも不可能だったよ。フェンスに登ったりビラを貼ったり、盾で銃弾を受けたり」
それは分かる。間違いなく疲れて、根が上がってただろう。
壁をよじ登るのも難しく、今日よりもずっと、どん臭いことになっていたに違いない。
「それに北さんと南さんの二人だって、手伝ってくれたでしょ」
「いや、それは俺の努力とは違うだろ」
「違わないよ。いざという時に助けてくれる友だちがいるなら、それはお互いの努力あってのことだもの。二人が離れていかない日々を、送ったこと自体が君の頑張りなの」
友だち作りを頑張りましたってことか。
それこそくすぐったいな。
「そうかな」
「そういうことにしておきなよ」
ミトラスの笑う声がする。片腕を伸ばしてなんとか頭を撫でると、彼も頑張って上体を傾けた。
ああ、確かに今日という今日は、自分でも頑張ったと言って、いいと思う。
「そうするか」
そういうことにしておこう。
「ところでサチウス」
「ん」
「今日はこのまま寝ちゃう。それとも何か食べる?」
たぶん今日最後の予定を聞かれて、俺はミトラスを見た。彼と目が合う。特に何も無く、俺を所有しようとは思ってないみたい。
何気ない視線だった。
「そうだな、よっと」
「わ!」
うつ伏せになってから勢い良く体を起こすと、また半回転し、俺の背中に寝そべろうとしたミトラスが、ベッドの下に放り出された。
ふっふっふばかめ。油断大敵だぜ。
「腹は減ってるし、レトルトで何か食うか」
「もう、言うだけでいいじゃない、構わないけど」
彼は少しむくれていたけど、直ぐに機嫌を直して、部屋を出ていった。
ずっと気を遣ってくれてたみたいだ。本当に、一時はどうなることかと思ったけど、何とかなって本当に良かった。
本音を言うともう寝たいけど、頑張って彼と一緒に夕飯を食べよう。
「サチコー」
「はーいー」
俺は返事をして、簡単な着替えを済ませると、ミトラスの待つ台所へと向った。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




