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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
二年生開始編
164/518

・闘え! 愛同研総合部!

今回長いです。

・闘え! 愛同研総合部!

 

 戦闘開始1ターン目。

 

 サチコ→防御。

 斎→風船作成。

 南→弾丸装填。

 

「盾を持ってる手が汗で気持ち悪くなってきた」

「もうちょっと頑張って。今武器の準備してるから」

「武器の携帯と準備は違うものね」

 

 ストーカーの女は何もしない。

 

 2ターン目。

 

 サチコ→防御。

 斎→風船投擲。

 南→狙撃。

 

「先輩それ何やってんすか」


「こいつで膨らませた風船に『色』を付けるんだよ。そしたら口を釣り糸で縛って、みなみん!」


「オッケー!」

 

 途中まで膨らませた物の中に、防犯スプレーを吹き込んで臭い風船が作成される。


 よく見ると先輩のスプレーは、先にノズルが付いていたり、水鉄砲型の噴霧器が付いてたりする。

 

「それ行け!」

 

 先輩が釣竿に括りつけた風船を、俺の後ろから女に向かって振る。放物線を描いて向こうへ飛んでいき、地面に落ちた。


 どうやら中に重石として、硬貨の一つも入っているようだ。

 

「撃つわ!」

 

 それを地べたに這いつくばっている南が、ベンチの下の隙間から、寝かせた猟銃で撃って割る。体勢的にすげえ器用なことしてる。

 

 ベンチの真ん中に分厚い看板があるから、その下で土下座してるような格好だ。ここだけは階段から撃たれても大丈夫だ。幅が狭いから三人は入れないが。


 そして割れた風船から上がる臭気。

 

 ストーカー女の発砲!

 

 もう何度目かになる衝撃。不安になって革の縫い目から、中にある鍋を触ると、一部がぼっこりと凹んでいた。


 これたぶん当たり所次第では貫通するな。気付かなければ良かった。

 

 3ターン目。

 

 サチコ→防御。

 斎→風船作成。

 南→弾丸装填。

 

 というふうにパターンを形成し、相手の女に一発でも多く撃たせて、弾切れを狙う作戦を、その場で立てて実行した。


 かれこれ警察が到着してるはずなのに、突入してきてはくれない。

 

 たぶんこの路線にいない人々の避難が云々とかで、時間を割いているんだろう。


 俺の人生あいつらが必要な場面で役に立ったのは、本来なら警察が取り押さえる相手を、俺がどうこうした後だけだ。

 

 泥棒だろうがいじめだろうが変質者だろうがストーカーだろうが警察が動くのは手遅れになってからだ。


 当事者でもない連中が、手遅れになってからやって来るんだから、基本的に役立たないのは当然なんだ。

 

「っはあ、ふう、かれこれ何発撃ったんだあいつ」

 

 流石に疲れてきた。体力的なこともそうだけど神経が参ってくる。

 

「もう六丁目くらいじゃないの」


「いや、銃は変わってない。マガジンを二回リロードしてる」

 

 果敢にも覗き見てしていた先輩の報告に、相手の銃そのものは、これで終わりらしいことが分かる。問題は残りのマガジンが、幾つあるのかということ。

 

「手荷物に拳銃四丁とマガジン複数とか、反社の抗争じゃねんだぞ」


「どうしよう風船もうないよ」

「こうなったらもう本人撃っちゃいましょうか」

 

 南が物騒なことを言う。

 エアガンでも骨が折れるしな。


 ゴム弾とはいえ弾の大きさはBB弾より大きい。もう十分大事だけど、それとこれとは別だ。

 

「止せ、ただでさえ標的が移って来てるんだ」

 

 俺では無く椅子側を重点的に撃たれ、そちらはもう穴だらけ、庇おうと盾をそちらにズラしたら、一度股抜きされたので、慌てて体勢を戻した。

 

「暴力慣れしてる上に射撃にも慣れ出した、緊張のせいで集中力も増してまだ切れてない」


「サチコと盾がなかったらとっくに、全員撃ち殺されてるね」


「じゃあどうするのよ! ん、わ」

 

 苛立ち始めた南の顔をミトラス(猫)が舐める。その後フン、と鼻を鳴らして、顔を洗い始めた。

 

「お前余裕だな」

「……顔を洗ったってことは雨が降るのかしら」

「それ迷信だけど風は強くなってきてるね」

 

 風か。今思えば風向き次第では、先輩の風船で自滅してたかも知れないんだな。言わんとこ。

 

「追い風って奴?」

「攻めてるほうならそうなんだけど」

「防戦となると相手に向かい風ってとこじゃない」

 

「守勢に厳しいな、何かこの状況の俺たちを、奮い立たせるような言葉はないのか」


「八方塞とか」

「水山蹇とか」


「普通に難攻不落とか金城鉄壁とか出、なかったのかお前ら……」

 

 言えた立場じゃないけどお前ら士気を上げるの本当下手糞ね。

 

「せめて逃げるか無力化できればな」

「目眩ましって点じゃストロボ壊されたのが痛いわ」


「一応ボム的な奥の手が有ることは有るけど、使うとたぶん前科付いちゃうんだよな」

 

 前科か、微罪処分とはいえ俺は一応あるが、こいつらは無いからな。手を汚させるのも、どちらかと言えば忍びない。

 

 そうなるとやはり俺がやるしかないのか。こんな悲しい「オレがやるしかない」を、まさか自分の人生でやる羽目になるとは。

 

「じゃあいいよ俺がやるから。ほら、誰か盾代わってくれ」


「え、駄目だよそんなの!」


「この際俺の経歴に傷の一つや二つ増えた所で、どうにもならねんだよ」


「そりゃどうにもならないでしょうけど……」

 

 南と先輩は食い下がってくれたが、現状は問答無用の有様である。俺は半ば強引に先輩と位置を入れ替えると、鞄の中身を漁った。

 

「ちょっとサチコ、うわ、わっわ! 何かすっごい撃ちだしたんだけど!」

「盾をちょい上にして俺に寄っかかれ!」

 

 こちらの動きを見逃さずに、女がいよいよ攻勢を強める。


 疲れて交代したと思ったんだろう、小柄な先輩だったら、盾を構えていられなくなると踏んだのかも。

 

「そんなことしていいの!?」

「出前の岡持ちみたいなもんだ! バネだと思え!」

 

 どの道先輩の体格では俺の頭がはみ出してしまう。しかし先輩の腕力と体力では、ちゃんとした姿勢で構え続けることは不可能だ。

 

 だから俺は自分の背中を預けて、違うな、背中を貸して、うん、もうちょっとセンチメンタルな場面で、貸したかったな。


 とにかくそれでクッションの役割を、果たすことになったんだよ。

 

「あ、意外に平気だけど取っ手がもげそうだよぉ!」

 

 接着剤で付けただけの、大型プラスチックハンガーと傘の鉄芯だからな、むしろよく保ったほうだろう。

 

「いいから! この後はどうすればいい!」


「鞄の中から塗料のスプレーはこっちに! 消火器はみなみん! 最後に投げる消化剤はサチコ!」

 

 鞄の中に入っているそれらを、言われた通りに分配する。


 消火器は小型で細長いホースが付いており、消化剤のほうは、チラシの様な紙の小袋に入ったタイプと、薬液の入ったプラスチックボトルの二種類があった。

 

「先ず私がスプレーの残りを吹きつける」

「それ銃弾に引火しないか」

「盾があるから平気だよ」

「絶対革の部分燃えるわよ」

「鍋は残るよ!」

 

 だからなんだよ。しかし先輩の言葉は続く。

 

「次はこれ、私たちのハンカチを結んだらライターで火を点けてスプレーを撒いた後に投げ込んで!」

 

 先輩から渡された、雑巾みたいな安っぽいタオルを受け取って、俺は百均で買った、自分の綺麗な雑巾と結び合わせた。


 南のだけ普通のハンカチだが、その分よく燃えそうだった。

 

「ボム的ってそういう」

「だから消化剤が必要なのね」

 

「ちょっとした火の海になったり、私たちに飛び火したりしたら、すぐ消火できるようにするためにね」

 

 相手を火達磨にして助けるという原理主義的マッチポンプである。

 

「最終責任は火種を投げ込んだサチコに行くと思う」

「あの人に燃え移らないことを祈るばかりね」


「火を見て戦意を喪失するか、弾を撃ち切ってくれるといいんだが」

 

 口にこそ出さないが、先輩も疲れてるし南の顔色も良くない。特にさっきから背中に伝わる先輩の体が、頻繁にあちこちズレるので合わせるのもしんどい。


 鍋を落とすか弾き飛ばされるかは時間の問題だ。

 やるしかねえ。

 

「先輩、頼みます」

「うーし、じゃいくよ!」

 

 先輩は片手で盾の下からスプレーのノズルを出して吹き付けた。こちらは風上だが、微かに臭いが漂ってくる。


 防犯のほうは元より、塗料もシンナーの臭いがこれまたきっつい。階段まで距離があったけど、風のおかげで大分奥まで届く。

 

 両方合わせて五分ほど。その間は銃撃が止んだ。引火しないかという懸念が相手にもあったんだろうか。そんな心配してもこれから火ぃ点けるけど。

 

「あんたってライター使えるのね、火が手元に近くて私無理だわ」

 

 百円ライターで雑巾に着火すると、南が感心したように言う。お前ライター使えないのか。

 

 火種は雑巾が、ここまで汗や水を吸っていたこともあって、火が中々点かない部分があったが、逆にそれが良かった。


 手元まで一気に燃え広がらなかったので、まだ持つことができる。

 

 言い換えればそこを失念していたので、雑巾が乾燥していた場合、あわや大惨事である。

 

「じゃあ投げるぞ、それ!」

 

 山なりに投げた火種が、音も無く燃えながら落ちていく。ホームに立ち込める異臭の真っ只中へ投じられたそれは、床に広がった油分を伝い、花が咲くように盛大に燃え広がった。

 

「うわあ、ばっなんだよコレもう!」

 

 男が目を見張る速度で跳ね起きて、こちら側へ逃げてくる。そんなことより火がこちらにも伝って来ないか心配だったが、幸いそれは無かった。

 

 地面が燃えているだけで、煙以外は上に昇ったりはしないし、あとはコレを消火するだけだ。

 

「南、やるぞ!」

「いいわよサチコ」

 

「あ、先にサチコのを火に投げ込んでね、容器が割れると中身がそのまま消化してくれるから、その後にみなみんが追い討ちをかける、念のため一本空になるまでやって、いいね」

 

 先輩が最後の手順を教えてくれる。

 これ中身かけるんじゃないんだ。

 

「今だけは撃つなよ!」

 

 少し体を起こした先輩の上から、身を乗り出し火元に容器を叩きつける。まだ燃えている雑巾の手前で砕けた容器は、瞬く間にその部分を鎮火した。

 

「……よしいいぞ!」

 

 俺も土下座状態になって下の隙間から火の様子を窺い南と交代する。もう大分辺り一帯が臭い。焦げ臭い薬品臭い生臭い。

 

「出すわ!」

 

 南が安全ピンを抜き、消火器のホースを伸ばしてレバーを押し込む。家庭用を表す緑色のボンベから勢いよく、消火剤の煙が噴き出す。

 

 初めからこれをそのままぶっかけていれば良かったのではと思うほどの量と勢い。とても家庭用とは思えない威力!

 

 残り火もすっかり消えてまた数分。学校に備え付けの物より小さいせいか、中身が少なかったのだろう。


 あまり長時間の噴霧はできなかったけど、俺たちの付け火は無事消すことができた。

 

「なんとか消えたわね」

「ああ、風も止んできたし危なかったな」

「最後の最後で運が良かったね」

 

 運、そうだ、俺も南も立ち上がったときに、撃たれなかった。向こうも様子見に切り替えたのだろうか。

 

「動きが無いけどどうしたんだろう」

「気勢が削げたのかしら」

「全然違うよ、ほらあれ」

 

 先輩が指差した先には、口元を抑えて苦しげに咳き込む女の姿があった。どういうことかと訝しむ俺と南だったが、不意に息苦しくなった。

 

「う゛んん、え゛ぇ」

「げほ、なんだ、これ」

 

 そういえばさっきから煙が散っていかないぞ。火はとっくに消したはずなのに。


 俺たちは慌てて口を塞いだ。見れば先輩が予めこうなると分かっていたかのように、口元を裾で隠していたからだ。さてはこれただの煙じゃないな!

 

「この臭いあんまり嗅がないでね」

「いっちゃん、何したの、これ」

 

 南が怖々と尋ねると、先輩は顔を前に向けて静かに言った。

 

「口裏を合わせてくれると助かるなー」

 

 俺の聞き間違いでなければ、斎は確かにそう言ったのである。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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