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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
バイトヘル20XX編
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・レベルアップしよう 4

・レベルアップしよう 4


 最後は『特技』のタブだ。特技、なんだろう。今までで一番ふわっとしてる。何が出てくるのか。サイコロ・フィクションみたいなのだったら嬉しいんだけど。


 パネルに描かれているのは棒人間の頭に電球。ここだけ毛色が異なる。


「特技の所はね、まあ、芸とか、種族の特徴とか? まあその他って奴だよ。色々詰めた」


「その他のほうが分かり易かったじゃねえか」


 何にせよこれで最後だ。リモコンでタブを選択、決定と。そして出てくる開発ツリー、もといパネル群。その中身は、一言で表すなら雑多。


「料理とか歌とか裁縫とか、それは分かる。射撃とか、剣術とか、一度もやったことないけど分かる。まあ技能だよな」


 この辺りは問題ない。中にはペン回しとかじゃんけんとかあるけど、それも別にどうでもいい。問題は次だ。


「夜目とか潜水とか炎無効化とか、血液が緑色とか、角が生えるとか、なんだ、俺をどうしたいんだ、これは特技じゃないぞ種族特徴だ」


「だからそう言ったじゃない」


 困ったように言われたって困るよ。


「あのね、忘れてると思うけどこれは君にできることで、互換性のあることで、可能性の集まりなんだよ。どうしてか知らないけど、やろうと思えばできちゃう君の体のせいなの。僕だってこれをまとめるのに、頭を悩ませたんだから」


 うーむ、苛立ってはみたもののちゃんと反論されるとこれ以上何も言えないな。俺の体のせいと言われればそれまでか。心当たりがありすぎる。


 三年も魔物と一緒に暮らして、夜の営みだってしてるんだ。体に変化がないのかと言われてしまえば、すっかりこの様である。


 そもそもこっちの世界だと、悪魔とか妖怪って人間由来の者も多いから『もしや』という思いを払拭できない。


「うーむ、今年の健康診断は終わってるからいいけどさ」


 思いも寄らない方向で壁が出来たな。いいや、深くは考えまい。とにかく今日はこれを済ませて終わろう。どれどれ。


「点数のデカい奴を取って終わるか」


『光合成』:光(日光に限らない)により、体内に様々な栄養を得られるようになる特技。不足しがちな栄養素は光で賄いましょう。


『過剰栄養変換1』:過剰摂取している栄養を他の不足している栄養に変換します。


『過剰栄養変換2』:過剰栄養変換1の後に、なお余っている栄養があれば、贅肉にすることなくフリー成長点へと変換します。要『余剰栄養変換』『過剰栄養変換1』


 日常生活において、摂取しすぎなくらいの炭水化物や、塩分なんかを他に回してくれる特技。厳密には体質なんで、カテゴリ分けとしても違う気がするが、この際言わないでおこう。面倒臭い。


 しれっと流したけど『過剰栄養変換2』は上級スキルだったんだな。変換先の成長点がフリーになるのか。贅肉贅肉うるせえよ。


 とにかくこれで馬鹿正直に鍛錬を積まなくても不摂生が点数へと変わっていくようになる訳だ。不労所得システムの構築である。


『ばか』:気にしない、気にならない、気が付かない。あなたは風の子元気な子。色んな事が平気になります。


 苦手意識が無くなるということなんだろうか。『メシ』『寝る』『死ね』と並び神話の時代から存在するパワーワードの四騎士、その一角。


 いまいち内容が分からないけど、これも成長点を千も消費するから、何か効果があるんだろう。馬鹿になるのが成長なのか。


「これで全部かな」

「じゃあ決定ボタンをどうぞ」


 リモコンを操作してパネルを選択。『取得しますか?』の質問に『はい』を選んで決定。これで俺のレベルアップは終了だ。やったことの中身が二週目の要素が解禁された程度で、直接的な強化はほとんどないが。せいぜい種族的に健康になったくらいか。


「フリー成長点は使わないの?」

「こういうのはな、後で問題に直面したときに使うものなんだよ」


 そんなときが来ないのを願っているが、ここは現実、人の世、ヴァ―レスライヒ。天敵がいないから、人が人を餌食にしないと生きては行けない人間地獄。厄介事は向こうから走り寄ってくる。


「ともかく、今回のレベルアップはこれでおしまい。さ、もう寝よう」

「そうだね。そこまで焦らなくてもいいか」


 パネルを取得してやたらと重たい効果音がしたのを最後に、俺たちは部屋へと戻ろうとする。


「これテレビ消して大丈夫? 俺の命消えたりしない?」

「大丈夫。あくまでもこの『サチコ』の画面が君と連動してるだけで、他は唯のテレビだから」


 それを聞いて安心した俺は、遠慮なくテレビのスイッチを切った。画面左上に蛍光緑でデカデカと示されていた『サチコ』も消えたが、俺の意識が途切れることもなかった。内心胸を撫で下ろす。


「折角だから、連休は魔法の練習に使うか」

「もうずっと使ってなかったからね」


 ついでに解禁した気合いと超能力についても色々と試さないとな。取り分け大事なのはテレポート、転移魔法周りだ。これが使えるようになれば、なんと定期を買わなくてもよくなるのである! なんたる経済的なマジックか!


 チャリンコ通学だから関係ないけど。どっちかというと余所にお出かけする際に、高い電車賃を払わずに済むようになるのである。


 魔法を使えるようになった以上は、せめて生活が便利になるような魔法を覚えていきたい。科学の後追いになるが、お金がかからないのであれば、そこには魔法の、個人の努力の甲斐は十分にあるはずだ。


「便利な魔法があれば教えてくれよな」

「それ以前に使い込みが足りてないから、そこからかな」


 熟練度不足か。そういえばそれは成長点で増やせなかったな。便利に見えて落し穴はあるものだ。慣れと把握は本人任せか。いい加減のような、きっちりしてるような。


「生活費の幾らかを節約できるくらいを目処に頑張ろう」

「簡単に言うけどどうせハードル高いんだろ」


 そんなことを言い合いながら、俺たちは互いの部屋の前で立ち止まった。これだけは毎日欠かせない。


「おやすみ、ミトラス」

「おやすみ、サチウス」


 部屋へと入って、それで一日が終了する。自分のことを弄り回すのが、こんなに長引くとは思わなかった。けど、これで生活に少しは目標とか、楽しみが追加されたのは確かだ。


 レベルアップする楽しみか。そんなものを自分が経験することになるとは、これまでは思ってもみなかったな。世の中のプロとか達人っていうのは、そういうのと隣り合わせの人生を送っているんだろうか。


 柄にもないことを思い浮かべながらベッドに入ると、すぐにそれを頭から追い出して瞼を降ろす。休みの朝は早いんだから。そう自分に言い聞かせながら、俺は特に代わり映えしない眠りへと落ちていった。

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文章と行間を修正しました。

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