・綺麗にことが進まない
今回長めです。
・綺麗にことが進まない
「はい、じゃあこれを今言った箇所に、貼って来てください」
「分かった」
という訳で次の日の放課後。俺はどっさり渡されたビラを抱えて、街を徘徊することとなった。
例のストーカー事件が、明るみに出たことど、とうとう今朝のニュースでも報道された。周辺でもマスコミと思しき連中を、見かけるようになった。
だか未だに容疑者は捕まっていない。
ニュースでは名前を伏せてあったのに、例の会社の周りには、マイクを持った人なんかが、喋りつつ練り歩いている。
「先ずはアガタの家からか」
一抱えほどあるビラは、A4サイズ程度の大きさで、数種類あった。非常に立体的な椎茸やら肉感的な美人やら、その美人とデートをする男、つまりカップルの絵やらだ。
これをその辺の電柱に、テープで貼り付けていくのが今回のお仕事である。
そしてその順番は、手元にあるアガタからのメモに書いてある。
わざわざ学校からこっちへ、貼りながら向かうのではなく、あいつの自体をスタート地点に指定している辺り、俺への確かな敵意を感じる。
俺がこのビラを貼っている姿を、件の女が目撃して後を付ければ、自動的に俺へマーキングとロックオンが済む、という寸法である。
どうにも嫌われたものだな。
いいや、仕事に戻ろう。この順番には大きく分けて三つのルートが書かれている。
一つ目がアガタの家こと『日鬼楼』から、事件現場のマンションを経由し、駅へと向かうルート。
二つ目が付きまとわれていた男から聞いたという、女から逃げ回っていたときのルート。
男から聞いたというのは、アガタが言うには今日の昼に、非常に上機嫌で店に来たらしい。
そこでやたらと大きな声で話し、アガタにも声をかけてきたのだという。苦労話を聞くていで、色々と喋らせたのだとか。
このことから考えるに、このメモは今日の昼過ぎに出来立てほやほや。
アガタは午前中、学校に来てなかったということでもある。この年頃の女子高生にしては、非常に柔軟かつ積極的な対応である。仕事が早いね。
ただ肝心の女のことについて、聞いてみたが『覚えてない』らしい。
付きまとわれて迷惑をしているが、覚えてないから身に覚えがないし、別れた異性のことは、忘れるのだそうだ。そんなことって本当にあるか。
これが白を切っているのではなく、本当に以前付き合いがあった相手のことを、キレイサッパリ忘れているのなら、女が少しだけ哀れである。
「次は公園か」
メモに目を落として、内容を口に出す。
一つ目のルートは住宅地の裏路地や、通り抜けができる狭い空間、人気の無い駐車場などを通る。
潜んでいるとしたらこういう場所だろう、言い換えるなら、遭遇しそうな場所を通らされるってことだ。
二つ目は逆に、人目に付き易い広所が多い。見つかり易いが襲われにくい、そんな印象を受ける。
俺が目を付けられるとしたら、ここだろう。それでも男の逃げ方は、強ち間違っていないように思える。ビラを貼るにしても複雑な気持ちだ。
アガタのビラは、俺が彼女に言われた通りに動いたかを、確認するためのものでもある。
二つ目のルートは確認して貰い易く、危険にも発見され易い。ちなみに一つ目のほうは確認し難く、危険にも発見され易い。
こういうことに躊躇いが無いんだもんなあ。人は見かけじゃないなあ。
公園に入って外側を見渡し、街灯にもビラを貼っていく。ちなみにテープと印刷紙の代金は俺持ち。そろそろ一つ目のテープが無くなる。
しかしこれって、本当に効果があるんだろうか。
仮にこのビラが相手の嫌悪感を刺激するとしたら、最初の路地や通路の分は、相手を広い表通りに追い出す効果を持つが、この公園だと逆に路地に追いやってしまうだろう。
どちらかに統一したほうがいいとは思う。そう思いつつ俺は、そのまま公園から学校へと引き返す。三つ目のルートは学校周辺だからだ。
アガタの家から公園やマンションを経由して、学校へ向かう道筋は甚だ不自然である。
駅近辺には行かないし、学校までの道に貼っていくことで、相手にはその区間に、標的がいることを教えるし、何より遠回りだ。
これでは魔除けというより魔寄せである。
まあ既に身の危険が近い上に、俺と学校が同じである以上、アガタとしてはこの様な、玉砕に近いスタイルを取らざるを得ないんだろうが。
一応お巡りさんも出張ってるから、見回りの区間と被る中へ、再度相手を誘き寄せる効果が、あると言えばある。
無駄なことはしてないと自分に言い聞かせ、作業に戻ろう。
「しまった、もうテープがない」
思わず口を突いて出たのは、貼り紙用のテープを使い切ってしまったことだった。丁寧に四隅を固めていたからか消費が激しい。
どこかのコンビニで買うしかないか。こんなことでお金使いたくねえな。
近所の酒ばっかり売ってるコンビニだと、文房具が売ってないんだよな。酒屋はともかく酒飲みは勉強しないってことかな。仮にも学校の近くなんだけど。
一旦学校に帰って購買部で買うか。帰りに残りを始末すればいいだろう。
俺は携帯電話持ってないから、連絡の自由度が低いのが弱点だけど、裏を返せばそれを言い訳にできる場面があるということだ。
作業が終了した報告は、帰宅してからでもいいのである。
……いかんな。俺の落ち度なのにすっかりアガタがどうでもよくなりつつある。そんな無責任は駄目なんだけど、気持ちが萎えて来ちゃってるんだよな。
先にアレ済ませちまうかな。
そんなことを考えながら、校門前まで来た辺りで、俺はあることに気が付いた。
誰かいる。
校門の前に、学生じゃない人間の影が一つ。
放課後でアガタの家まで急いでも、とっくに四時を回り、ここまで一人で手作業を繰り返して来たこともあり、時刻は恐らく六時を過ぎている頃だ。
生徒がまばらに出て行く時間帯は過ぎている。
残っているのは一部の生徒と教職員くらいだろう。学食のラストオーダーが、六時半であることを踏まえると、だいたい七時まで校内に人がいることになる。
校内には。
まるで背景に溶け込み、指摘しないと分からない、都市伝説の写真のような人物がそこにいる。
スーツ姿で、校門の斜向いの街灯から、やや離れた位置に、校舎を見つめて佇んでいる。女だ。何処にでもありそうな、黒いバッグを持っている。
近くに停車してあるのは、これまた何処にでもありそうな、白の軽自動車。
さっき出発したときにはいなかった。
入れ違いになったのか、俺には気付いてない。
というか他のものには目もくれない。中から誰かが出てくるのを、待っているのか。誰かって誰だ。俺かアガタだ。
何故ピンポイントでうちの学校に来てるんだ。
もしかして予めアガタの家のこととか、調べておいたんだろうか。それで事件のことを受けて、乗り込んできてずっと見張ってるのか。だとしたら不味いぞ。
俺には連絡手段がない。アガタのご機嫌取りにミトラスを、部室に置いて来たのが仇となった。
皆が出てくるまで、後どれだけ時間が有るか。この辺では公衆電話は校内に一つ、駅に一つだ。
俺は来た道を、相手の視界に移らない辺りまで引き返して、自転車を停めた。
そして校舎を囲むフェンスに飛び付き、登り、中へと入る。取ってて良かった、ジャンプ力及び壁登り系スキル。
そのまま走って校内へ到着。靴も履き替えず部室へ急ぐ。勝手知ったる学び舎を、全力で駆ければ今の俺なら、五分もかからない。
「来た! いるぞ!」
「あ、サチコ! え! マジで!?」
いつもと全く変わらない部室に駆け込めば、先輩と南とアガタとその他の部員たち。
「校門前、白の軽自動車、ずっと校舎を見張ってる」
「110番するから、警察にはサチコから言って。いっちゃんは学校に電話して、このことを伝えて」
「え、なんで電話」
「そのほうが教師間に連絡網で通達が行くからよ」
即応してくれた南が、携帯電話を俺に渡し、先輩も学校に連絡する。
「え、まさかもう見つかったんですか」
「お前絶対外に出るなよ、あ、もしもし警察ですか」
台詞のトーンが女性じゃなく、子どもに言う感じになったが、今はそれどころではない。
こんなことはとっとと終わらせなくては。
警察に名前と昨日のことで世話になったこと、容疑者の女が校門の前にいることを告げて、早く来てくれと急かす。
とは言え警察は救急とは違う、ただやって来るだけでも、余裕で十五分から二十分は加わる。それまでは大人しくしているだろうか。
「サチコ何処行くの」
「見張りに行くんだよ」
「だったらこれ持っていきなさい」
南はそう言って自分の携帯電話と、棒方のケミカルライトを手渡してきた。洗脳機だ。
「電話はスリープ入らないから点けっぱで。いっちゃんの番号は分かるわね。それとこっちはこの後ろ側のスイッチを入れて五秒後から三十秒以内にでっちあげる内容を伝えるのよ、いいわね」
「恩に着るよ」
俺は受け取った物をポケットに仕舞うと、部室を出て廊下の窓から外を窺う。まだいる。後ろからミトラスが無言で付いてきてくれる。
なんか今回は何時になく、色々なものを総動員して事に臨んでいるな。それだけ大変な事態ってことで、まさかこんな日が来るとは。
昇降口まで降りてそっとドアを開ける。他に生徒の姿は無く天井の切れかけた電灯が心細さを助長する。
「ミトラス、車のナンバーを確認してきてくれ」
「いいよ、待ってて」
うむ、便利だな猫ミトラス。癒されるし使い魔的な立ち回りもこなせる。
彼は悠々と校舎を出て行く。ここからだと街灯の辺りはよく見えないが、その分相手からも、見えないんじゃないかな。
あ、戻ってきた。
「書く物ある」
「ないから言ってくれ。先輩にかけて書かせる」
やったことないから液晶パネルの操作が厳しいが、電話のアイコンから、連絡先を押してみると、そこに先輩の番号があったので触る。
『もしもしサチコ』
「あ、先輩、今ちょっと、車の番号見てるんで、メモ頼んます」
『夜目まで利くのか。でかしたサチコ、どーぞ!』
ミトラスの言葉を鸚鵡返しにする。その内容を復唱する先輩の声。先輩の中でまた俺の蛮族度が上がった気がする。
来月のレベルアップでは、夜目を取るしかない。
「そういやアガタはどうしてます」
『……そういや姿が見えないな』
「え」
先輩の不穏な一言に呆けていると、誰かが隣の別学年のほうのドアから、飛び出した行くのが見えた。
一瞬見えたのは、夜叉みたいな顔した女子。
「いた! 何でか知らんが走ってるぞあの馬鹿!」
『ええ!?』
電話を切って俺も昇降口を出て後を追う。
見れば女の軽自動車は、黄色や緑らしき色が塗されており、アガタはスプレー缶を握り締めたまま、車の天井に頭を押し付けられ、何かでしきりに殴られているところだった。
「そこのおおぉーーーーー! 止めろおぉーーっ!」
女がこっちに気付いて車のドアを開ける。そのまま逃げるかと思ったが、後部座席のドアを開けて、アガタを強引に押し込み始めた。
こいつ、まさかこの期に及んで、アガタも連れ去るつもりなのか。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




