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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
二年生開始編
154/518

・救援

今回長めです。

・救援


「で、君はなんで学校をさぼってるの」


 自転車のカゴに入ったミトラス(猫)がそんなことを言う。生理来てんのに月曜の朝から体育二時間なんて出来るか馬鹿野郎。


 というのは表向きの理由である。


「授業に出るより身を守るほうが大事なんだよ」

「今何処かに向かってるのは、それに繋がるの」


 出勤登校の時間を過ぎているからか、住宅街に人の姿や気配はほとんどない。ゴーストタウンと言ってもいい。


 廃墟好きの人間が出没するようになり、職務質問される案件が増えたというのも、納得の寂れっぷりだ。


 こうして猫と話していても、何ともないのは周囲に人がいないからである。


 戦争の勝ち負け関係なくこうなる運命だったのか。日本の総人口は中国・ブラジルの血を取り入れたにも関わらず、元の世界とほぼ同じ。


 そんなことはどうでもいい。今はとにかく目的地に進まなければ。


「例のストーカー女と被害者男の家を確認しておくんだよ。相手先に乗り込む可能性があるのに、知らない訳にはいかないだろ」


 若い美人女将と女子高生の娘がいる飲食店など最早地雷めいた異性が大漁にかかる釣り堀である。


 現実は魚の数も少ない上に元気がないけど、それもどうでもいい。


 大事なのはその元気のない魚に、ターゲッティングをしている、獰猛な肉食魚の存在である。


「今はまだ男を追って店に来ているだけだが、何かの拍子にアガタんちに矛先が向いてみろ、暴力以外に解決する方法はない。というよりストーカー案件は放置すると、十中八九人が死ぬ」


 どんな大物が大金を積んだり、追い込みをかけたりしても、絶対に示談が成立しない。


 そういう手合いであると、俺が生まれる前からもう長いことかけて、証明されている。怖いね人類。


「それはまあそうだけど、危なくない」

「危ないから後手に回らないようにするんだよ」


 そう言って俺は、背中に担いだ妖刀の柄に、手をかけた。うむ、背負っている状態でも引き抜ける。修理も終えて何とか戦力になりそうだ。


 戦勝国状態の日本では、戦前よろしく婦女子が武装していても、違法にはならないと先輩から聞いた。


 街中でこのように帯刀していても『田舎っぺが剣を持ってる』とまるで珍獣のように、クスクス笑われるだけで済む。


 では何故他の女子高生が武器を持っていないのか。


 それは武器が高いのと、時世柄か拳銃や護身用機器が主流で、白兵武器は親のお下がりの代名詞であり、ダサいと見なされるのと、校則で禁止されているからだった。


 生徒手帳にも書いてあったんだよね。

 冗談だと思ってたけど。


「相手の家は分かるの」

「アガタから名刺を借りた際、超能力でちょっとな」


 日常ではほぼ出番が無く、使えることを忘れがちな俺の超能力だが、今回は役に立った。


 物に宿った記憶を読み取る力で、名刺から断片的にではあるが、元の持ち主の家がだいたいどの辺にあるのかが、分かったのである。


 この前散々迷子になったおかげで、幾らか土地勘も培われたことだし、地理的な不安は少ない。


「こうして能力を使って、シティアドベンチャーしてると、主人公みたいだな」


「だったらもう少し無責任でいいんじゃないの」

「それで気にせずにいられる人間ならそうしてたよ」


 有事の際にはさっさと縁を切って、あっさり知らない人に成り下がれるような、普通の女の子じゃねーんだ俺は。


「名刺から見えた光景は、どこか高い所に家があるみたいなんだよな。で、この近くの工場が見えたから、丘の上とかにある家だろ」


 最初にやることは高さと方角を合わせること。


「うん、探し方は間違ってないと思う」


 ミトラスのお墨付きを得て、俺は自転車を扱ぐ足に力を込めた。


 チャリを使ったのは、電車で二駅程度の距離なら、まだまだ自転車でも移動できるし、何より自分が逃げるような事態になったら、徒歩より役に立つからだ。


 そんな事態が起こらなければいいが。


「平地が多いね、方角が合ってても、高さが足りないかもよ」


「そのときは集合住宅の、高層階ってことだ。ベッドタウン化や都市開発をしてる町には、必ず色んなものがお高い、無駄に気取ったマンションがおっ建つぜ。絞込みはできる」


 青空の下、見知らぬ空虚な町中を走る。

 物音もろくにしない極端な街角。


 道路の脇には土手や広場といった田舎成分が豊富にあり、家屋も微妙なのと、そこそこお洒落な西洋風のお宅がまばらにある。


 動くものといえば、たまに見かける自動車くらい。


「社宅の線も考えたが、会社案内で載せてる写真からはどれも違うような気がした。いや、男のほうの家はたぶんその中にあるんだが、女は違ったんだよ」


 パソコンで画像検索をしてみたが、どれも職住近接といった具合で、ストーカーの名刺の記憶よりも位置が近かったんだな。


「すごい、サチコ珍しく頭がいい!」

「はっはっは。これくらいは俺にだってできる」

「それで、女の人に会ったら何て言うつもり」

「……そこだよな」


 正直な所『友だちの家のお父さんが作ったご飯を捨てさせられてとても嫌がってるから止めてください。もっと言うならお昼のお店変えてください』と言ってやりたいが、果たして聞くだろうか。


 そもそも言葉が通じない可能性もある。


「人の話を聞く奴だったらこんなことしてないだろうからな」


「それこそ下手な刺激にしかならないんじゃないの」


 そうなんだよな。話し合いで解決できるようなら、そいつはきっと人類じゃないんだよなあ。


「この際そこは追々考えよう。南や先輩の知恵を借りる手もあるし。最悪アガタの言うとおり、動きがあるまで放置するしか、ないかもしれないけどさ」


 爆発するまで待つしかないのが、本物の爆弾との違いだな。隠語としての解体とか、海に捨てるっていうのは、できるやもしれんが俺はしない。


「あ、ねえ、アレじゃない」

「たぶんそうだろうな」


 緩やかな勾配を上りつつ、俺たちは一つの集合住宅を目指していた。他に候補が無かったから。


 近くのアパートは二階建てばかりで、他の家に遮られて、工場までの視界が開けていない。


 辿り付いた場所は素朴な灰色の建造物。年代物の高層というほどではない、マンションだった。


「でもこうして見上げてみるとやっぱり高いよな」


「土台が他より一段高くて四階建てだから、上のほうならそうなるよ。君の学校の二階を、僅かに超えるか超えないかくらいじゃないかな」


 基準にする施設が大きい割りに、背の高いイメージのないものだから、今一分かりにくい。


「よし、とりあえず上がってみよう」


 俺は鞄から名刺のコピーを取り出して、もう一度苗字を見る。これから得られる情報は、男と同じ会社に所属していることくらい。


 一つの情報源から、別の情報が得られるんだから、取ってて良かった超能力。


「順番に表札を見て、声出し指差し確認していこう」

「ねえ、何か臭くない」


 出鼻を挫くようなことをミトラスが言う。機嫌が悪そう、ていうか如実に悪くなってる。


「一人暮らしで溜め込まれた生ごみや、孤独死してる独居老人なんか有るかもな」


「衛生的な建物じゃないんだね」

「生き物は皆汚いよ」


 そうこう言いながら、俺たちは一階から歩き出す。マンション自体は横長に個室が連なるタイプでなく、一階に少数の部屋が、向かい合うように並び、それが縦に積み重なっていく形だった。


 それと同じ構造のものが二棟繋がって、一つの建物となっている。例えるなら塔状の建物が、ぴったりとくっついて、城のように見えるみたいな。


 隣の建物とは廊下で繋がるということはなく、一階から上り直しという、歪な造りであった。


「部屋数少ないのは助かるけど、エレベーターがないのが辛いな」


「あっち側にはあったよ」

「え、そうなの」


 よく見ると隣のほうが一階多いようだ。増築したことで、エレベーターの設置義務が、生じたのかもしれない。


 とはいえ本当のところ、各階を回ってまた一段上がるという都合上、ありがた味は薄いんだけど。


「こっちは空振りだな。となると隣か」

「やっぱりこの建物なんか臭うよ」


 ミトラスの文句を無視して一度下まで降りて、隣の棟をまた一階から回る。


 一階だけ三部屋、それ以上は四部屋ずつ。早くも三階まで上がる。短時間で階段を上り下りして、うろつくのは結構疲れる。


「空振りか、残すは四階と五階だけど」

「やっぱり」

「あ、おい!」

 

 急にミトラスが駆け出して、階段を上っていく。呼びかけた瞬間には、もう姿が見えなくなっている。


 しきりに嫌そうにしていた、彼の様子を思い出しながら後を追う。


 もしかして本当に年寄りが死んでいるのだろうか。だとしたら一大事だ。二段抜かしで駆け付けた四階の一室、その前にミトラスが佇んでいる。


 ドアをじっと見つめている。


「おいどうし、うっ」


 臭い。糞の臭いがする。

 念のため他の表札を見るが、誰も住んでいない。


 誰もいないからこんななのか。

 それとも臭いから周りが逃げたのか。


 恐る恐る近寄ってその部屋の表札を見る。

 俺は名刺をまた取り出して隣に並べた。


 合う。苗字が。合う。


 周辺には人の気配がない。思えばマンションの管理人の姿もない。平日の午前中だぞ。おかしくないか。


 俺は自分を迂闊だと思った。俺は携帯電話を持ってない。ミトラスがいるからと安心しているが、それでも他に誰もいないような状況で踏み込んだのは、馬鹿だと思わずにはいられなかった。


 どうする。いや、どうもしない。今日はあくまでも家の場所を確かめに来ただけだ。女の部屋から異臭がしたって、別に乗り込まないといけない訳じゃない。だから。


 ――すいませーん! 誰かいませんかー! すいませーん!


 遅かった。形にならなかった不安が、実体化してしまった。体温が一気に下がって行くのを感じる。だが最早逃げ場はない。


 ――すいませーん! 誰かいませんかー! すいませーん! すいませーん! 誰かあ!


 声が止んだ。どうして。

 もう嫌な予感どころではない。

 行動に移さなくてはいけない。


 ミトラスを見る。彼はこちらを見つめてから、部屋へと向き直った。


『にゃあ』


 これはきっと合図であり命令だ。行くしかない。


 俺はそのまま大股で部屋まで歩み寄り、ドアノブを掴んだ。回して引く。開く。


 開く! 鍵は開いている!


 開いたドアの向こうから、呪いのような悪臭が一斉に外へと吹き出してくる。ドアストッパーを下ろして開けっ放しにする。


 そして、そこには……。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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