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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
二年生開始編
152/518

・動きようはあるのか

今回長めです。

・動きようはあるのか


 海さんには危険そうだということを告げて、先に家へ帰した。ここで何事かあったら、俺はあの人のご家族に会わせる顔が無い。


 同行者を海さんからアガタへと変えて、一度『日鬼楼』から離れた。彼女は疲れているようだったので、今は自転車の後ろに乗っている。


 つまり運転手は俺。


 アガタの自転車には前にカゴ、後ろに座席が付いている、年季の入った大き目のママチャリである。


 きっと昔はチャイルドシートが付いていて、小さい頃の彼女が、座っていたことだろう。


 今も座ってるけど。


「あの一見普通そうな女と、冴えない男は何だ」

「常連客です。近くの会社の人みたいで」


 背中越しに質疑応答をする我々。俺の場合髪の毛が車輪に巻き込まれると、真面目に死ねるので、現在は服の中に仕舞ってある。


 腰まであって邪魔だから、髪を切ろう切ろうと思っているのだが、その度に色々な人々から止めろと言われて、短くできないでいる。


 話を戻そう。


「ただ長く居座るだけの、迷惑な客って訳じゃ無さそうだな」


「はい。男の人はお昼の定職だけで、お店が終わるまでいます」


 迷惑な客だろそれ。


「女は」


「チャーハンを頼んでは、食べないで下げさせます。それで追加でまたチャーハンを」


「椎茸ほじくり出してか」

「はい。お金は払うんですけど」

「完全に病気だな」


 こんなことを言うのは嫌だが、じっとしていなくて良かった。こんなことを大人しく話し合っていたら、秒で気が滅入る。


 気晴らしに自転車に乗って、うろつくという選択をして正解だった。


「営業妨害じゃないのかこれ。相手の会社や警察に、連絡しなかったのか」


「会社知らないから、警察に相談しました。でも」


 アガタの声が小さくなる。

 ここは神奈川県だからな。


 黒船来航時は横浜村から、ずっとお上と外国人が居座る大都市だ。治安の良さは国内平均を、ばっちり下回っている。


「お店にはそういう客を追い出す文章は無いし、お金は払っているし、それにこういう人たちは下手に取り締まると、直ぐに戻ってきて逆恨みして、もっと酷いことをするから、我慢したほうがいいって」


 沿岸部が外気に触れっ放しの、傷口みたいなものとはいえ、これは酷い。


 警察のほうから、取り締まるのを止めておけとは何事だ。組織に金玉が付いてない証拠だな、敗北主義者共めらめ。


 だから神奈川では親が警官というだけで、子どもがいじめられるんだ。


「うちが外国人って思われてるからでしょうか」


「ここの警察は年中こんなもんだよ。まともに機能してるのは、ネズミ捕りくらいのもんさ」


「それは流石に言いすぎなんじゃ」


「しかも賄賂が利かないのに不祥事は起こすっていう中途半端さ」


「微妙に世界基準じゃないんですね」


 金さえ出せば真面目に仕事をしてくれる訳ではないのが、非常に悪質だと言わざるを得ない。


「景色は良いのになあ」

「何だかすいません」


 片方には工場と会社が並び、白と灰色の建造物の影が伸びる。もう片方には道路とまばらな地面、民家に干してある洗濯物や、草木が風にそよぐ。


 ああ、こんなときで無ければ、散歩にはもって来いだったろうな。


「話を戻そう。それで、さっきの男女なんだが、こいつらに関係ってあるのか」


「勘違いしてるふうに、思われるの嫌だったし、言いがかりだったけど、その、ストーカーを疑う方向で、身元を検めてもらったんです。そうしたら」


 この世界でもストーカーの名前はストーカーのままなのか。困っちゃうな日本人。


「女の人がそうだって、男の人の」


 ……

 …………

 ………………


 ……あ~! そっちか~!


「そっちのほうだったかあ!」


 市街地なのか工場の敷地なのか、判別しにくい中を抜けて、近くのお寺に通じる横断歩道に差し掛かり、一時停車する。


 今日に限って走っているのが、トラックばかりで緊張する。


「先ずは当事者同士で話し合ってと、そこで切られてしまって」


「客とはいえ経歴や身元なんか分からない、不審な相手に話し合えって、頭沸いてんじゃねえのか」


 身元を明かさないって点は、警察も犯罪者も一緒だからな。一種の身贔屓なのかも知れん。


「あ、いえ、身元は分かってるんです」

「そうなの」


「はい。お巡りさんが名刺を強請って、それの確認をした後は、返さないでこっちに」


 不祥事だよなこれ。思いっきり警察仲介で個人情報が漏洩している。


 まあ興信所の情報は引き渡せても、向こうからは一切教えてくれなかったりするし、そこはいいけども。


「それであの二人が近くの会社員だって知ったのか」

「はい」


 アガタが頷く。寺には駐車場はあっても、駐輪場がないので、自転車を境内の前で停める。寺務所傍の自販機で、適当に飲み物を購入した。


「ふう、で」


 一服してしばし沈黙する。


 寺の中の静けさは居心地が良くて、昼を終えて差し込む、夕日以前の陽光と、遠くなった街の音が、安全であるかのような気にさせる。


「一応会社のほうにも電話してみたのですが」

「また思い切ったな」


 アガタは苦笑した。笑うと却って疲労の色がはっきりとする。知り合って間もないからか、流石に気の毒に思えてくる。


 これで南みたいに性格が最悪だっていうなら、気にせず撤収するんだけど。


「どうも知ってるみたいなんですけど、どうしていいか分からないみたいで」


「まさか何も言わずに放置してるのか」


「そうみたいです。お昼頃なら、一緒にお店に食べに来てくれるようには、なったんですけど」


「二人を連れて引き上げてはくれないのか」


 彼女は頷いた。参ったな、手詰まりだぞこれは。


 会社だって自社の社員同士が、ストーカーと被害者なんてことにまで、指導はできない。だって仕事と関係ないし、プライベートなことだし。


 もっと言うなら刺激したら、誰かが殺されてしまう危険が、十分に有り得るのである。


 基本的にDVやストーカーの解決策なんて、当事者の全員死亡くらいしかないからな。


 警察に言って匿ってもらうのも限度があるし、相手も追いかけるのを、止めないのが基本だからだ。


 日鬼楼には気の毒だが、刃傷沙汰の折には現場とならないように、祈るくらいしかできそうにない。何か手は無いものか。


「追い出そうにも関わらなけりゃ、出て行ってはくれるんだよな」


「そうなんですけど、料理を作ってるお父さんもがっかりするんですよね」


「分かる。食べ物を粗末にすることは、金を払っても許される行為じゃないからな」


 下げた椎茸を除いただけの手付かずチャーハンは、勿体無いので後で温めて食べるらしい。


 連日来るから、連日チャーハンということになる。少なくとも平日の彼女の弁当は、これのせいでチャーハンになるらしい。


「そうだアガタ、その名刺ってまだ持ってるのか」

「え、はい。これです」


 そう言って彼女は、財布の中から二枚の紙切れを、取り出した。


「万一通報することもあるかも知れん。これを写させてもらっていいかな」


「そういうことでしたらどうぞ。で、いいのかな」


「相手が不審者だって分かってんだから、一応持っておいたほうがいいだろう」


 本当はいかんのだろうが、もしも警察のご厄介になるような事態が発生した場合、そのとき一から説明するよりも『ストーカー案件で相談していた誰々が』と出したほうが、早そうではある。


「じゃあ早速行くか」


 俺たちは立ち上がって寺務所を出ると、少しの間街をうろついて、コンビニを探した。


 この辺りの地理に詳しいのか、アガタのナビゲートにより、無事たどり着くことができた。そこでコピー機を使い、彼女の持っている名刺をコピーする。


 まあ他にもすることがあって必要なんだけど。


「サイズが合わないから余白が大分出てしまった」

「しかもぺらぺらですね。心許ないです」


 帰ったら切り取った余白を重ねて張って、メンコみたいにしておこう。このままでは財布に入れておいても、破れてしまいそうだ。


「せめて店を変えてもらえりゃいいんだがな」

「そんなことしたら他の店に迷惑ですよ」


「お前んちよりはいいよ。まあ、知ってる人の店でも駄目だけど」


 途中でバイト先が頭に浮かび、次にさっきの二人が店に来てしまう光景に塗り換わった所で、考え直す。


 こういうとき、まとめて地獄に落ちてくれるのが理想的な、酷い奴の一人もいてくれればいいのに。全く上手くいかない世の中である。


「すまんな、流石にちょっと役に立てそうにないわ」

「こればっかりは、どうしようもありませんからね」


 店を出ると俺はアガタに自転車を返した。サドルに跨る姿は普通の学生そのものだ。


「でもありがとうございます。心配してくれて」

「成果出して言われたかったな。じゃ、また学校で」

「はい、また明日」


 気を遣ってそう言ってくれる彼女に、軽く手を振ると向こうも笑って、ペダルを漕ぎ出した。長く艶やかな髪の毛が、風を受けてふわりとたなびく。


 彼女の背中が街角に消えるのを見届けてから、俺は改めて名刺に目を通した。女のほうの名前には見覚えがなかったがしかし、男のほう苗字にはあった。山本と書いてある。


 脳裏に蘇るのは異世界の街こと、神無側市群魔区において、異世界転生者たちに書類を配った日のこと。


 あのとき回収した書類には、彼らの転生後と転生前の名前が記入されていた。


 山本の転生後の名前は確かサイアスで、下の名前が他の転生者と被っていたせいで、もう一人サイアスがいたはずだ。


 異能は目が合ってだけで、異性を惚れさせ撫でると洗脳状態に持っていけるという、脳から男性器が生えてるようなやつだった。


 あいつの死因は女に刺されてってことだったけど。待てよ。刺殺?


 何だっけ。確か今年にも、そんな物騒な話題が、上がったことが有ったような無かったような。いいや、帰ってからゆっくり思い出そう。


「俺も今日は帰るか」


 先ずはこのことを周知するのが先決だ。

 そう決めて家に帰るべき一歩を踏み出す。


 踏み出して、また立ち止まる。見慣れたいつもの街を過ぎれば、素知らぬ顔、聳える工場の影。


「ていうか、ここって今どの辺なんだ……」


 知らない場所にあるコンビニの前で、俺はしばらく途方に暮れるしかなかった。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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