・レベルアップしよう 3
・レベルアップしよう 3
風呂上りであることを示す湯気が、体から僅かに立ち上る。でもそんなことより今は、俺のレベルアップの続きが先だ。引き続きリモコンを操作してパネルを選んでいく。
「今度は知能から行こう。また多いな」
知能のパネルには学帽とメガネが描かれている。
「頭のパネルは体以上に項目が多いので、全部取ろうとするのは無謀ですから、程々にね。取りすぎて人格に変調を来たしても嫌だし」
頭が良くなり過ぎると、歴史の偉人変人みたいになる恐れがあるのか。それは嫌だな。過ぎたるは及ばざるが如しというやつか。そして口調がまたデスマスに戻っている。
「そういや神経ってこっちじゃないんだな。肉体のほうに視力の回復とか、反射神経の向上とかあったし」
「そうですね、知能は思考や計算、想像といったものに限られます。限ってこれだけあるから驚きですけど」
確かに。肉体のタブではパネルが行間もそこそこに並んでいたというのに、知能タブはもうびっしり。文書ソフトの行間を排除して、文字を敷き詰めたくらいびっしり、見辛い。
「で、これは何を取ったらいいのかよく解らないな」
空間認識、計算速度、演算容量、思考速度、感受性、想像力、コミュニケーション能力、他にも前頭葉とか感覚野などといった脳の諸器官の発達だの。
これは何。いや、知識のある人は、自分の脳のここを強化したいってあると思うよ。でも俺は違うだろ。
「取らないの?」
「下手に弄らないほうがいい気がしてる。取り返しが付かなくなりそうっていうか」
生き物の感情とか性格って、他の奴と自分の体にモロに引っ張られるからな。そう考えるとさっきの肉体の強化でさえ早まったかも知れない。しかしかといって取らないのも、何だかもったいない。
「お、これなんか良いじゃない」
知能タブを画面の下まで降りていくと、他からは独立している幾つかのパネル。
『ぼけない』:認知症に罹らなくなります。
取得。
『記憶力拡張』:一人三段階まで拡張可能。取得時に設定した特定の分野のことを忘れなくなります。
全部取得。それぞれに好き嫌い、土地勘、家事を設定。パソコン操作と迷ったが、そんなものよりも日常生活のほうが大事だ。
しかしたったこれだけで、成長点を使い切ることとなってしまった。知能タブのアイコンは必要な成長点が多い。
フリー成長点をつぎ込むならここかもしれないな。
「え、そんなのでいいの?」
「良かったな、これでお前が大豆のハンバーグが嫌いだってことを忘れずに済むぞ」
「そりゃ嬉しいけどさあ……」
ミトラスは不服そうだった。忘れないだけで出さないとは言ってないけどな。俺は好きだし。こういう味の好みの違いによる衝突は避けられないのだ。
「次は魔法だな。そういや教習のとき以外は、全然使ってなかったな。ペーパー魔法使いか」
そんなことを言いながら、画面丈夫のタブを移すと次は魔法だ。この世界に戻って来ても使えるらしい。パネルに描かれているのは杖と三角帽子。
知能のパネルと帽子が被ってるな、帽子だけに。
シノさん曰く『自分の力も使わず他所から貰おうなんて卑しい根性してるから、カツカツの世界に行った途端使えなくなるのよ』だそうだ。
つまり、俺の魔法は俺のMPと魔力のみを参照。消費しているという訳だ。触媒も必要ない。こういうとき教わった系統によって、はっきりと有利不利が出るな。
※シノさん
前シリーズのキャラ。『魔物が魔法を使うには』から登場した妖怪狐の巫女さん。複乳。サチコと同じ世界の出身であり魔法の先生。尻尾が九本あるほうではないようだ。
「流石にここまで来ると操作も慣れてくるな」
「難しいことはしてないからね」
お前がテレビにしたことは相当難しいことだと思うが。
「さて、おお、属性魔法は一通り使えるじゃないか」
「いいとこの教習所に通わせた甲斐があったなあ!」
嬉しそうに言うミトラスを横目に、視線を画面に戻す。火、水、風、土、光、闇、雷と、全部の一段目が取得済みになっている。これは嬉しい。なんだか自分の努力が実ってるような気がする。でも。
「他は全部三つ目まであるけど、なんで火と光だけ先が無いんだ?」
「それは君の適正ってことだろうね。限界ともいう」
なるほどな。人によっては三レベルから先も当然ある訳だ。器用貧乏タイプか。
「で、例によって拡張と」
「たまにはどれか一つ特化させたりしようよー」
抗議の声を聞き流しつつ、ここでも習得できる範囲を広げることにする。魔法はこれまでとは逆に、驚くほどパネルが少ない。自分で勝手に応用を利かせろということだろう。
「で、これを取得と」
『習得魔法拡張』:一人三つまで、本来なら覚えられない系統の魔法を、習得できるようになります。次の中から選んでください。
お、画面の中にリストが出てきた。巻物が縦に紐解かれ、その中に出身都道府県を選ぶが如く、俺が覚えられない魔法、魔法かこれ。とにかく不思議なパワーが列挙されている。
「どれどれ、気合、法力、神通力、交霊術、降霊術。屍霊術、奇跡、呪術、召還術……」
「触媒使用の魔法や、世界から力を借りる魔法もあるけど、効果は同じだから意味はないかな、そこまで大出力のものは入用じゃないし」
正直ここまで来ると違いが分からん。気合って魔法だったのか。そして俺は気合を覚えられなかったのか。何だか少しショックだ。
「お、でもほら、中には互換性があるのか、選ぶと他の魔法の光が消える奴があるぞ」
「排他の可能性もあるよね」
ああ、どちらかしか選べないパターンか。とりあえずどれを取っても消えない『気合』と『超能力』を取ろう。それと召還術。有事の際は最悪これで異世界に帰ろう。
「ちぇ」
「なんだよ『ちぇ』って」
魔法の拡張も終わり、成長点が概ね空になったところで、ミトラスが零した。彼は指差すと画面には、拡張した魔法コンテンツ群が追加されていたのだが、そこには奇跡と呪術以外のパネルが追加されている。
「何コレ」
「あーあ、いきなり当たり取っちゃうんだもんな。他の魔法は所謂派生系で、先にそれを取っちゃうと、その前の奴を取れなくなるっていう展開を、サチコが取った瞬間にネタばらしして、反応を見ようと思ったのに」
そういう意地の悪いことをするんじゃありません。
「でもそれだと俺は悲しい思いをするよな」
「大丈夫だよ取り消せるし。ついでに言うと、奇跡と呪術は光と雷、火と闇を最大まで上げると出るようになるから」
ああ、そこまで致命的な要素ではなかったのか。内心すごい焦った。そして出てない二つはたぶん上級って奴なんだろうな。俺は火と光が頭打ちだからそこまで大変でもなさそうな。あれ。
「火と光に先が出来てる」
「さっきと拡張した分で伸びしろが増えたんだろうね」
よく出来てるな人体。とここまで来て時計を見る。よし、まだ寝るまでに若干の猶予がある。操作に慣れたことと、他のパネルの説明を、一々読まなかったおかげだな。
この調子でラストスパートだ。
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文章と行間を修正しました。




