・閑古鳥が鳴く場所
・閑古鳥が鳴く場所
春。それは破滅の季節! この世で最も邪悪な者共が冬の終わりと共に目を覚まし、この世を新たな地獄へと塗り替えるために動き出す、魔の訪れ!
春。それは崩壊の季節! 生きとし生ける者が人間どもに貪られ! 搾取され! 死と破壊が加速度的に巻き起こり、悲劇が刷新されていく! 正に死と忘却の出発点!
コンクリートで舗装された地面には、花一輪ろくに生やせない。
そんな不毛な世の中には背を向けて、せめて頭の中くらい花を一杯咲かせようという我らが愛研同(四月からまた愛同研に戻った)には、俺と南と先輩の三人がいるだけだ。
新入生勧誘のオリエンテーションが終わって、正式な部活見学、あるいは放課後という自由時間、俺たちはいつもの部室で、特に何もしていなかった。
「来ないわねえ」
「来ないっすねえ」
気候変動で早く咲くようになり、四月の頭には散りがちな桜が、今年は最近になって咲き出した。
田舎ならではの素朴な景色に施された、ささやかな化粧に心が洗われるようである。
ああ春は素晴らしい。
惜しむらくは、うちにはピカピカピチピチの新入生がやって来ないことである。
周りが新入生獲得に躍起になっている中、うちは特にそれらしい活動をしていない。
「うちは良く言えば縛られないけど、悪く言えば目に見える特色がないからな」
「他の部に入らなくても、他の部のものが作れるってことなんだけど、当の部に入ればいいだけだし」
南が毛先を気にしながら言う。こいつは元タイムパトロール的な仕事を脱サラして、高校生に返り咲いた未来人。めっちゃ頭がいい。
本名南号。自称日本人。
「やはり展示物とか、目に見えるものが弱いってのはあるのよ」
そう。漫画を描きたいなら漫研に行けよという話であり、運動したけりゃ運動部行けで済む。
なのでうちの部の良さは、およそ普通とか健常とか一般な方々には、ピンと来ないのである。
「うちの真価が認知されるのって、もう少し後のことだし」
勝手に持ち込んだノートパソコンで、好みのゲームの曲を弄っている先輩が言う。
この人は一介の女子高生であり現代人で、およそ全ての趣味が好きという超人。めっちゃ頭がいい。
本名北斎。
「本当はそういう状況が、発生しないのが良いんだろうけども」
部活に入ってその部活や、生徒たちに問題があるせいで、学校生活に支障が発生した生徒にこそ、うちの部は最もありがたーい存在となる。
単に他の部に出して練習や活動にいっちょ噛みして参加するだけの遠回りなだけにも見えるこの場所。
しかし部活そのものは続けたいのに、学校が大嫌いになった生徒の、学校に来てもいい理由になれる可能性がある、セーフティーネット的な立ち位置が、この愛同研なのである。
「たぶん五月頃からいじめが発生して、不登校になり始めた生徒の受け皿を装って、取り込む形になるだろうね。学校からしたら退学してくれたほうが、気が楽だろうけどさ」
南が言うにはその時代で死ぬ人の数は、だいたい決まっているらしいので、歴史を改変すると改変に合わせた形での、大量死が起こるのだそうだ。
それと関係があるのかは分からないけど、ミトラスが蹴散らしてくれたはずなのに、最近また近所に幽霊が増え始めた。
このことを鑑みるに『街のどこかで成仏できないような事情を持った人が、結構な数死んでる』というのが分かる。
この国は本当に戦勝国になったのだろうか。まだこの校舎で自殺者の霊と、遭遇したことはないけど。
「今の所はお困りの青少年、青少女はいない、ということで良しとしますか」
そして購買部で廃棄予定のパンを貰ってきて齧っている俺。サチコこと祥子、今年で二十歳まだ十九。
異世界帰りで元オタクの現在前衛系女子高生。
頭はよくない。
「警察や消防みたいなもんだーね」
俺たち三人の溜り場である、小田原市立米神高等学校愛同研総合部は、他のささやかな会の連盟の下に、成り立っている。
趣味的な部活が増えれば増えるほど、地力は増して行くはずなのだが、肝心の中心部が空洞のような有様なのである。
「でも困ったわね、これじゃ私といっちゃんが卒業したら、サチコが一人になっちゃうわ」
「俺が卒業したとき誰もいないと廃部になりますね」
「うーん、それはそれで構わないけど、これまでの苦労を考えると、残したいという気持ちもある」
先輩が腕を組んで考え込む。どうやらお気に入りの曲をアレンジしたいようだが、裏にギターを差し込むのに難儀しているようだ。こっちを優先しろよ。
「でも客寄せができるような独自の成果なんてないしなあ、私の作ったプラモも正直微妙だし」
「あの飛行機に変形できる他作品のロボットを捥いで繋いで作った偽ガウォークは絶対駄目ですよ」
「じゃあ、あのどれから訴えていいか分からない合体ガンブラスター」
「全部じゃないっすかね」
この人を見ると非常に多方面に成長してるんだけどなあ。他所様と比べて、引けを取らないという強みがしかし、この場合役に立たないという。
『○○でいいじゃん』という言葉の何と強いことか。生徒が自主的にあれもこれもしたい。
兼部でいいじゃん。言い返せないじゃん。
「青春の水先案内人といえば聞こえはいいけど、基本的に窓口以上の意味は、残念ながら無いのよね」
南の言うことにも言い返せない。相手側に落ち度が無いのなら、生徒自身が自分の頭と足で行き先とやることを決める。健全な状態ではほとんど機能しない。
「最悪妹に頼んで入ってもらうよ」
しれっと先輩が悲しいことを言う。この人って妹がいたのか。そんな話したことなかったけど。
「あれ、妹さんってここ入ったの」
「本人は工業高に行きたがってたけどね。進学のことを考えると、学費を安く抑えたかったんだろうね」
その説明だけで姉に比べ、しっかりしてそうな印象を受ける。会って見たかったような会いたくなかったような。
「見せ物になる要素ねえ」
しかしながらこれで、身内を使うという保険の営業みたいな真似は、逆にできなくなったな。
冗談半分で頼むならまだしも、真面目に生贄にするのは躊躇われる。
「俺たちも前より、料理できるようになったけど」
「料理部行って習えばいいし」
と南。
「軍事の知識も齧ったけど」
「ぶっちゃけそれ好きな人には歩み寄りたくないし」
と先輩。
「自作パソコンや基盤のことなんかも」
「電機部行けってなもんですし」
と俺。
三人は大きく溜息を吐いた。他の諸々もやはり本家がある以上、うちに籍を置きたがる理由もない。皆の力を集めているのに、何故魅力的に映らないのか。
「デパートと商店街じゃデパートのほうが人気なのになあ」
「別に全部やらされる訳じゃないのに」
「困ったわねー」
と俺と先輩と南。門戸全開なのがいかんのかなあ。他の部はやりたいことを、やらせてくれるって言うよりも、やりたいことを強制してくれるっていうのが、大きいのかも知れない。
これが人心の厄介な所で、やりたくないことを強制されると反感を覚えるくせに、自分のやりたいことを率先してやるかというと、案外そうでもない所だ。
自発的にはやらない。面倒臭がりはやりたいことをやらされたいのである。
「先輩はこんなにも、やりたいことをやってるというのに」
「いっちゃんを基準で考えてはいけないのよサチコ」
しかも無報酬、どころか惜しげも無く金を出して、活動している。
同人活動も本当はあまり乗り気でないそうで、彼女は報酬を受け取るようになると、動機が創作意欲から報酬へと摩り替っていくから、嫌なんだそうだ。
そうなればその内自分のやりたいことが、他人の価値観のせいで出来なくなる、それが我慢ならないというのが先輩の言い分である。
らしいと言えばらしい。この人くらい我が強いというか、芯が通ってるというか、良いか悪いかはともかくとして、軸がある人と話してる実感が得られる。
言い換えれば主義主張がはっきりしてるから、同意しか欲しくない『なあなあ』の関係が築き難いという難点がある。
聞き流す程度の処世術は身についてるんだけども。
「うーん」
もう何度目か分からない唸り声を上げつつ、俺たちは腕を組んだり机に突っ伏したりした。
「……いい? 傍から見ての話よ、もしかして私達、変わってるのかしら」
南がいきなりそんなことを言いだした。
「そうだよ」
「もしかしてみなみん、私たちと友だちなのに、自分はそうじゃないとでも思ってたの」
南はどうやらショックを受けたようだ。おこがましい奴だなあ。自分が変わった友人を持った、普通の子だとでも思ってたのかよ。
お前もお前で変人枠だからな。
「え、いやでもほら、私だけ美人じゃない」
「そうだね」
「悲しいね」
「止めて頂戴そんな納得の仕方! 『だから何?』って顔しないで!」
「変人に美醜は関係ないぞ」
「むしろもっと悲しいよみなみん」
残念な美人という言葉がある。美人は三日で飽きるという言葉もある。三日もすればそこには残念さしか残らないのである。
「私って成績優秀で普通の友だちも沢山いるのよ」
「可哀相だがもう手遅れだ」
「今更縁切っても私たちのことが付いて回るんだよ」
それから南はなおも抗弁したが、虚しさが増すばかりであり、その間も誰かが部室を訪ねてくることは、無かった。
これが出足で躓いたと見るか、平和と見るかは評価が分かれる所である。所であるが、どう足掻いても新入部員は得られなかった。
俺たち愛同研は、そんな感じで新年度のスタートを切ったのであった。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




