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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
二年生開始編
146/518

・レベルアップ19

今回長めです。

・レベルアップ19


『ぱーぱーぱぱぱぱぱっぱー』


 二人でクラスチェンジ的なメロディを口ずさむ。

 俺の名前はサチコ。異世界での通名はサチウス。

 今年で二十歳、まだ十九。高校二年生。


 今日の始業式を終えて、晴れて二年生へと進級することができた。めでてえ。


「おー、賢さ以外は全体的に上がっている」


 新しい体になって、テレビに映る自分のステータスを見る。棒線がまた少し伸びているではないか。


「それはそうだよ、体に限れば成長期の終わり、人によっては円熟期の終わりまで、成長するからね」


 隣で椅子に座っている緑髪幻想少年は足をぱたぱたさせながら猫耳をパタパタさせている。かわいい。


 何がどう変わったって訳でもないけど、強いて言うなら少しだけ引き締まって、全体のバランスが整った感じだ。


 個性と言えなくもなかった、歪んだ体の長短がまた一つ是正されたというか。


「でも本当に良かったの。年齢進めちゃって」


 ミトラスが心配そうにしている。そう、俺はこの度彼の呪いによって止めていた、自分の体の年齢を二歳進めてもらったのだ。これで体は十七歳。


「少しだけ年を取りたくなったんだ。お前のほうこそ嫌じゃなかったか」


「全然。君が望むなら、呪いを解いたっていいんだ」


「そこまではいいよ。今だけは、皆の時間に合わせたいだけだから」


 同じ高校生ではいられないから、せめて少しくらい近づけようって思っただけだ。


「しかし腹はあまりへこまなかったな」


「ああ、割れてはいないけれど、大分お肉が減ってしまった。そして奥が少し固い」


 ミトラスが人の腹を撫でたり押したりして悲しんでいる。人が健康を促進させたというのに失礼な。腹筋が割れてないだけで、十分だと思うんだけど。


「諦めろ。それじゃいつも通りレベル上げるぞ」


「うー、どうして生き物の体は極まると、ムキムキになってしまうんだ……」


 俺は自分がムキムキになっても、絶対に勝てないであろうぷにぷにの生物が、横で嘆いているのを無視しつつ、リモコンを手に取った。


 先ずは肉体のタブ。なんだかんだ言って、まだまだ取るものが沢山ある。ここのパネルを全部取得すると外見がモンスターになる。人間の可能性って凄い。


「あ! サチウスこれ取って!」

「どれ」

「これこれ!」


 ミトラスが画面に駆け寄ると、一つのパネルを必死に指差した。


『脂肪』と書かれている。


『脂肪』:筋肉が血管を過剰に締め付けることを予防します。また体表と内臓までの距離が一定以上になるように、緩衝材となる脂肪を注入します。


「ねっ!」


 滅茶苦茶お目々をきらきらさせてこちらを見るミトラス。効果も贅肉とかじゃなく、身を守るためのものとなっている。


 自然界では脂肪は蓄えを意味するし、古の時代の剣闘士たちも、致命傷を避けるために、敢えて太ろうとしたという話もある。


 まさか痩せた先で太れと言われるとは。取得。なお必要成長点はきっちり三千点也。


「いやっっったァ!」


 少し筋張ってきていた肉体に、以前のような弾力が戻ってくる。そしてはしゃぐミトラス。殴りたい。


「これでまた体重増えるのか」


「サチコの身長なら77kgくらいまでは適正体重だから大丈夫!」


 俺知ってる。これフラグっていうんだ。

 次に計ったらそれ以上あるんだ。


「どのみち体を強化して、筋肉が増したらその分重くなっちゃうんだし、避けては通れないよ」


「それはまあそうだけど」


 納得できないしたくない。しかもお前がそんなに喜ぶとなれば、尚更俺の心境としては釈然としない。


「さ、いい加減次々。魔法のタブだよ」


「まあいいか。よし、じゃあ前々から取ろう取ろうと思っていたこれだな」


『呪術』:闇魔法の派生系でより遠距離・長期的で追尾性に優れた魔法が使えるようになります。他の魔法的なものとの相性も抜群。負の精神からでも、純粋なエネルギーを発揮できるようになります。


「何これ純粋悪ってこと」


「いえ、源泉が負の感情でも、そこから取り出された力に区別はないということです。要は今まで搾り取れなかった所からも、搾れるようになっただけです」


 丁寧な説明口調で嫌なことをミトラスが説明する。


 盗んだものだろうが労働の対価だろうが、金は金という感じだ。


 ステータス画面の魔力がもりっと増えているのは、新しい分野が拓けたことで、マジックポイント的なものとして、扱える総量が増えたということか。


「これでようやく君にも、大事な魔法を教えてあげられるよ!」


「ああ、お前の得意分野って呪いだったっけ」


 魔王の息子直伝の呪いかあ。


 これまで儀式的なものって、全然やったことなかったけど、そういうものの特訓も、増えたりするんだろうか。


「お楽しみはまた今度ね、次は知能だよ」

「うん、これは今回決めてある。ぽちっとな」


『想起力』:覚えたことが思い出せない人へ。


「これ、覚えてないから思い出せないんじゃないの」


「覚えてないことは思い出しようがないだろ。覚えているから、思い出せないという事態が発生するんだ」


 ミトラスは目から鱗が落ちたとばかりに頷いた。


 そう、記憶力は増しても、思い出せなければ意味がない。人間どうでもいいことは、頭の片隅に追いやってしまうもので、必要なとき思い出すということは、中々できない。


 できないからテストで暗記するだけの部分で、点数取り損ねたりする。これでこれからのテストの点も、また少し上向くだろう。


「特技はどうするかな。フリーの成長点は取って置きたいし」


「無難に運動系でよくない。無難はいいことだよ」

「安定と安全は全生命体のゴールだからな」


 ただな、俺のように別に取り柄が欲しい訳では無い奴からしたら、特技って困るんだよな。


 必殺技の一つも欲しいけど、それこそ使う機会が無いしな。そんな機会に恵まれても事だし。


「これはなんかどうかな。『滑舌』」


「話す声の聞き取り易さは人によって大きく異なる。当てにならないよ」


「じゃあこれは『利き舌』」


「何それ」

「味の細かい所が分かるようになる」

「自分の料理の粗を浮き彫りにするだけだろそれ!」


 困ったな。欲しい特技が無い。こういう流れで運動系の特技ばかり取得してるから、いつの間にか脳筋というキャラ付がされてしまうんだ。


 昔はただの脆弱で不健康な一般人だったのになあ。だから人間の世界って生き難い。


「そういえば料理って特技にないね」


「あれは技術だけじゃなくて、知識も必要だからな。仮に取れるようになっても、大量に成長点を要求される気がする」


 あ、もしかして特技が肉体寄りなのって、知識不足が原因なのか。面倒臭いなあ。


「知能のほうでも知識がポンと手に入れば良かったのにね」


「俺も思ったけど、成長点の入手の仕方が、動物の死骸から作ったサプリだからな。他の分野まで得点できてるのが百歩譲ってる状態だし、流石にそこまでは無理だろう」


 つまり人類の物騒な特技を得ようと思うなら、先ず俺自身がその手の勉強をするしかないということだ。


「やっぱり勉強しないと駄目かあ」


「でもサチコ、勉強してまで身に付けたいものなんてあるの」


「……無いな」


 全く無い。正直ゲームの腕前や、たまに手伝う先輩の漫画でさえ、上達したいと思ったことがない。


 道具の使い方を何となく覚えて、それで相手の渡してきたマニュアルやら説明が、分かればいいってだけだし、専門的なことに食指がまるで動かない。


「楽して安全にストレス無く暮らせればそれでいい」

「君はつくづく人間に向いてないね」

「魔物に生まれるべきだったなー」


 そんなことを言って苦笑し合う。人を殺すほど働かせるような職場じゃないなら、俺は幾らでも従順になれるし、与えられた仕事を事務的にこなすだけの、歯車でいい。


 悪意に備えて軽くて小さい脳味噌を、重くして膨らませるなんて不毛だ。それこそ終わりがない。


 俺は嫌だ。好きでもないのに切りが無いなんてことは特に。


「でもたまには格好つけたいな」

「そうだ、この前妖刀拾ったでしょ。剣術とかどう」


『剣術』:刀剣類を振り回し、相手を殺傷するための技術。知識に応じて必要な成長点が下がります。複数回取得可能。


 流派がどうのとか使う刃物の種類は何かとか、そういうことでさえない。そりゃ確かに言われてしまえばその通りだけど。


 何回取れるか分からないが、現状で成長店を一回6,000も要求される。これ取ったら刀の手入れの仕方も分かるようになったりしないかな。


「あのへっぴり腰になりながら砥いでた奴」

「やめて」


 この前の砥ぎ方は、どうやら間違っていたようで、途中でミトラスに指摘されて、滅っ茶苦茶恥ずかしくなった。珍しく調子に乗ったらこれだよ。


 手は固定して腰で押すとか、逆に動かすのは手だけでそこ以外は動かさないとか、違う言い分が出て来ると困る。


 困るから結局、手元の動きだけを真似出来ればってことに、なってしまうんだけど。


「付き合って五年目だし、そろそろ殺人デビューしてもいいんじゃないかな」


「止してくれるそういう言い方」


「何度か止めたことはあるけど、僕としてはやはりそういうことをしてみて欲しいって気持ちも捨てきれなくて。こう、死んでも殺されても、誰の琴線にも触れない、丁度いい人を見繕ってさ」


 捨てきって。どうぞ。


 人間が人間を殺すことを、それほど大事として捉えてないのも理解できるが、俺にとっては大事だから。狩りに出かけるみたいな『てい』で言わないくれ。


「止そうぜ。大人しく他の運動系の特技を取るよ」

「えー」


 えーじゃない。俺はリモコンを操作して一枚のパネルを取得した。


『ジャンプ力』:跳躍力が向上します。


 以前取ったものを限界まで強化。何気に特技で最大まで上げるのってこれが初めてか。一回千点合わせて三回取得済み。とうとう成人男性を飛び越えられるほどのジャンプ力が手に入った。使い道は勿論ない。


「こんなところか」

「剣術のほうがいいと思うけどなあ」


 ミトラスはなおも食い下がったけど俺はパネルの取り直しはしなかった。嫌いな奴相手なら別に、と考えた頃もあったけど、俺も丸くなったな。


「まあ、これはこれでいいか」

「そうそう」

「跳躍だけに弾みがつくもんね!」


 ……。


「は?」

「え?」


 …………。

 ……………………。


「いやだからね、勢いがつくっていう意味での弾みが跳躍することの物が弾むってことに掛かって」


「ごめん明日も早いんだわ」


 いいかいミトラス。そういうこと言っても、話は特に弾まないんだよ。喉元まで出かかった、その言葉を飲み込んで、俺はテレビを消した。

新章開始です。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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