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・思い出す:四天王:ディー

・思い出す:四天王:ディー


河から陸に上がり、昼なお暗い森の中へと俺は逃げ込んだ。これでもう一体は追って来れまい。


「このっ! おお!」


 後ろから追い討つような突きが繰り出されるも外れてくれた。刀を握ったままの落ち武者の両腕を慌てて抱え込み、それを力尽くで折り曲げる。


 刀身を無理矢理首の下に潜り込ませ、そのまま落ち武者の体を手近な木へと押し込む。


「死ねっ! 死ねえっ!」


 峰に頭を押し当ててもたれ掛るような、抱き着くような姿勢で重みと力を加えていく。刀身が白骨の喉元へと触れる。


 力と力のせめぎ合いがどれほど続いただろう。少しずつ、でも確実に切っ先は骨を割り、奥へと食い込んでいく。


 やがて刃が骨を貫通し、向こうの木へ到達すると、僅かに残った部分も砕け、しゃれこうべが足元にゴロリと落ちた。


 そして胴体のほうも、吊るしていた糸が切れたかのように、乾いた音を立てて崩れ落ちる。


 勝った……。


「はあ、はあ、おえ、糞、前より強くなりやがって」


 荒れた息を整えて、顔を覆っていた脂汗を拭う。


「やったねサチウス! 大金星だよ! ちょっと掛け声は汚かったけど」


 俺はその場にへたり込んで、駆け寄ってきたミトラスに傷、の手当てをしてもらった。


 俺たちは去年の夏にやったように、この何処だか分からない、落ち武者の出る山河へと修行に来ていた。


 することがないって怖いな。


「前より弱体化してるし、倒した分は俺も強くなってるって話じゃ、なかったのかよ」


「どうやらあれから、犠牲者を新たに取り込んだみたいだね。君への恨みもあって強化されたんだと思う」


「まあ勝ったからいいか、っ痛え」


 錆びて傷んだ峰に頭を思い切り押し付けたことで、額を少し切ったようだ。それにあちこち切り裂かれ、穴の開いたジャージからも出血している。


 幸いにして傷は浅い。念のために鍋の蓋と濡らしたゲーム雑誌を仕込んでおいたが、落ち武者の突きはそれを貫通していた。


 腹に肉が余っていたおかげで、深手にならずに済んだものの、石の魔法剣まで叩き斬られたときは、正直もう駄目かと思ったぜ。


「って、何してんだ」

「何って手当だよ。じっとしてて」


 ミトラスが血の流れる傷口を舐める。


 そんな野生の動物じゃないんだぞ。とはいえ、くすぐったいけど安心する。傷は直ぐに塞がり痕も残っていない。


 次に額を丹念に舐められる。血塗れの頭が今度は唾液塗れなってしまった。くせになりそう。


「こんなことなら異世界にいるとき、ディーに格闘の手ほどきでも、してもらえば良かった」


「基礎が足りてないから、トレーニングメニューを割り振られるだけだと思うよ」


 俺は異世界にいたインテリマッスルのことを思い出していた。彼女の名前はディー。外見は金髪碧眼のおでこちゃんだ。


こう書くといかにも美少女という風情だが、実態はボディビル選手のような外見で、四天王全一の突破力を持つ前衛であり、ミトラスの妹分でもある。


「そういや俺、何気にディーの戦う所って、ちゃんと見たことないな」


「あれ、そうだったっけ」


「ああ、トレセンで親父さんと戦ったときは、魔法のとばっちりが怖くて、中を見られなかったんだ。密猟者の件では、俺は早々に気絶しちまったし」


 弱いと強者の戦いを、見ることすら叶わないのか。ただ結論を言えば、トレーニングセンターのとき、彼女とミトラスは服が無くなったものの勝利している。


 また竜人町の密猟者退治では、気絶した俺は彼女に守ってもらったおかげで、眼鏡を失った以上のこともなく、生還できた。


「いつも法律的には、良いか悪いを教えてくれたり、服装が奇抜だったりってことくらいしか、知らない」


 ディーは四天王の中で、唯一人間の法律を勉強している。いつも良いか悪いかは、人間の上役任せだったミトラスに、危機感を覚えてのことだ。


 彼女のおかげで色んな問題に直面した際、何がどう問題なのかを確認できて、とてもありがたかった。


 服装は何故か普通の服装でいることが少ない。どうもアニメや漫画のキャラっぽいのを好むのだが、これは幼少期にミトラスが、彼女を可愛いと言ったときのことを引き摺ってのことらしい。


 月日の流れが残酷なのか、彼女の体が残酷なのか。


「出自がかなり灰色だから、その辺を気にしてっていうのも、あるんだろうね」


「ああ、キメラなんだっけ」


 キメラとはよくある『あの魔物とこの魔物を合体』という魔物である。頻出漢字は合成獣。


 ディーはそのキメラの子どもである。キメラが子どもを産む場合、その材料に使われた動物とか魔物の見た目で、生まれてくるらしい。


 彼女の外見が人間なのは、キメラに人間が使われていたからだろう、とのこと。地味に酷い。


 そして外見は人間だが、筋力は人間離れしている。これはキメラから生まれたからなのか、或いは内部も魔物という奇形なのか。


「あまり出自を気にしてる感じはしなかったけど、色々と困る場面は有るんだろうな」


 デリケートな問題なので、基本的に誰も彼女自身については、あまり突っ込んだ話はしない。


「そうそう。でもあの子自身、判断を跨ぐような事態に弱いから、いい訓練になってるんじゃないかな」


「蘇りのときや冒険者制度のことを、教えてくれたのもディーだったなあ」


 異世界にいたとき、死亡したドワーフの子どもが蘇る際に、どうしたものか相談をしたこともある。


 あの手続きはもしも彼女がいなかったら、思いつかなかったことだ。


「ただ服装が毎回変なのはどうにかならんのか」

「服装のことはいいでしょ! 言わないであげて!」


 怒られた。お前に端を発してるんだから、お前が矯正してやれよな。


「ごほん。ディーもまだまだ未熟なところはあるけど教え上手だし、統率力だってある。見た目大きいこと以外は、そんなに問題はないよ」


「いや見た目が最大の障害じゃないかな。それに価値観がかなり割り切ってるのも不安だ」


 ディーは前に、触れた女を惚れさすとかいう、女の敵みたいな能力持ちと、戦ったことがある。


 その際彼女は敵に惚れたが『仕事だから』と言って相手を打ち倒した。明確に仕事>恋愛なのだ。


「将来のことをあんまり言わないで。あの子が仕事より優先してくれるのは僕と先生だけなのは、悩みの種なんだから……」


 ディーの父親は同じく魔王軍四天王の一人である。彼女が何より大切にしているのが、ミトラスと父親。よくできたお子さんである。


「僕たちの中じゃ、良識あるほうなんだけどなあ」


「良識があるのなら妖精さんの学校で、体育を建築と軍隊式トレーニングにしたりせんだろ。熱心ではあったけど」


 ミトラスは小首を傾げて目を閉じると、そのまま沈黙した。冷や汗が出ている。


 彼女は夏の二ヶ月で妖精さんたちを鍛え抜き、新たな校舎の建設にも携わった。砦並みにすると言って、彼に止められたが。


「身贔屓したいのは分かるけどな、あんまり盛りすぎちゃだめだぞ」


「真面目に仕事するんだけどなー」

「するけどさ。……ちょっと冷えて来たな」


 去年の夏とは違い、三月の河川は風に吹かれる度、冷たい空気を運んでくる。


 生乾きの血の臭いが気になったので、俺はジャージを脱いでいたが、寒い


「あまり目立った活躍こそしてないけど、そんなに逸脱もしてないし」


「うん、分かる。分かるけど」


 毎日そつなく仕事してるから、それらしい思い出が無いだけで。


「あれで失敗を恐れる打たれ弱いところもあるし」

「うん、そうだな、可愛げもあるしな」


「ちゃんとごめんなさいだって言えるし、僕にとっては可愛い妹分だよ」


 うん。俺にとっても異世界で最初の女友達だしな。二人ババ抜きで遊んだりもしたし。初めてのガールズトークをしたのも彼女だ。


「いざというときはやっぱり頼りになるし、止めれば止まるしな」


「そうだよ。ちょっと評価が厳しくて、点数の低い相手には厳しいところもあるけど」


 たまに毒を吐くこともある。思えば口が悪くない訳ではなかったな。


「多少の難はあってもディーはいい子なんだよ!」

「そうだな」


 間。


「あの、えっとサチウス」

「なんだよ」

「あの、特にない?」

「何がだよ」


 ミトラスは何故か困ったように頭をかいた。

 腕を組んで何かを考え込む。


「その、何ていうか、難点というか、下げどころというか、そういうの、もうない」


「ないよ」

「よかった!」


 なんだこいつ。人をあたかも悪者みたい言って。


「あのなミトラス。俺は別にディーが嫌いな訳じゃないんだ。普通に悪い所を言った後に、いい所を続けて言って、今の結論を出せば良かったんだよ。お前が変に隠そうとするから、無理があったってだけだろ」


 言い返されたことで彼はむっとして顔を逸らした。頬が赤くなっている。怒っている、そして恥ずかしい思いをしているはずだ。


「その結論には俺も異論を挟まないよ、俺もお前も、ディーに悪い所があったって、良い所のほうが大きいし好きだろ」


「じゃあ、ディーには短所もあるけど、いい所もあるいい子だよ! これでいいね」


「うん、そうだな」


 一体全体何が『じゃあ』なのか分からんが、ここはこれ以上突かないでおこう。要はディーを褒めるのと庇うことを、両立させたかったんだろう。


 ただ最後に失敗してしまったが。


「ディーは自慢の妹分です。僕に比べて未だにちょっと子供っぽいとこもあるけど!」


 もう止めとけばいいのに、引っ込みがつかなくなっちゃって。妹さんよりお前のほうが、子供っぽいと俺は思うがなあ。


「ミトラス」

「なに」

「お前もちゃんといいお兄ちゃんだよ」


 ――

 ――――

 ――――――


 そしてミトラスは口を利いてくれなくなった。だんまりになる直前の顔は、色んな感情でぱんぱんに膨れていた。涙目になっていた気がする。


 最後にまた失敗してしまったが、むくれてそっぽを向く彼を見て俺は、今の様子を自慢の妹さんに、是非とも見て頂きたかったな、としみじみ思うのだった。


「悪かったよ機嫌直せよごめんって」

「むー!」


 うん。ディーのほうが全然手間かかんないな。

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文章と行間を修正しました。

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